第99話 無限の輪、始動
そうして鳥人のタンクであるハンナと、カミーユの娘でアタッカーのアーミラが
その早朝に努はクランハウスのリビングにいて、全員のステータスカードの写しを並べて見ていた。
ダリルのレベルは以前の三十一から五十二へと上がっていて、タンク職の重騎士である。VITはB+もあり、ダリルはガルムに三ヶ月ほどの指導を受けたおかげで大盾を使い安定したタンクをこなすことが出来る。ガルム
ガルムの厳しい訓練を乗り越えているので根性はあるし、モンスター相手に怯むこともなくなってきたそうだ。なのでダリルには安定したタンクとしての役割が期待できる。
ディニエルはレベル七十のアタッカー職である弓術士。金色の調べの中でも一軍に入れるトップの実力を持っていた彼女は立ち回りや対応力などが極めて高く、現状の大手クランの中でも彼女を越える弓術士はいないだろうと言えるほどだ。そんな彼女を初期メンバーに迎えられたことはかなりの幸運と言える。
サボり癖という欠点は目立つものの、彼女は力を抜いていいところをわかっている。重要な局面でサボっているところは見たことがないので心配はないだろう。
ダリルとディニエルに関しては安定性があり実力もあるので特に問題はない。二人の書類を仕舞った努は続けて新しく加入した者の書類を見た。
鳥人で身長の小さいハンナのレベルは六十二レベルと中々高く、拳闘士というジョブを授かっている。アタッカーとしてならばレベル六十二でもアルドレットクロウで二軍三軍を争える実力を持っているが、タンクに転向してからは全く上手くいっていない。
羽タンクと周囲から邪険にされているハンナだが、努は彼女に避けタンクとしての素質を見込んでクランに誘っている。
拳闘士はコンバットクライも打てるし、鳥人にはモンスターの命中率を下げる固有スキルのフェザーダンスがある。なのでハンナにはガルムやダリルのように高い
現状タンクという役割は火竜戦で目立ったガルムや、現在頭角を出し始めているアルドレットクロウのビットマンなどが参考にされて真似されている。だが避けタンクという発想はまだ出ていない。なので努はハンナに避けタンクの第一人者になってもらう予定だ。
ただハンナはガルムに憧れてタンクになったと聞いているので、もしかしたら避けタンクに抵抗を持つかもしれない。事前にガルムのような立ち回りでタンクは出来ないと言ってはあるが、避けタンクのことをあの場で詳しく話すわけにもいかなかった。そのため努は情報の
だが最悪ハンナが抜けることになってもタンク職ならば候補はいくらかいる。なのでハンナに関して努はそこまで心配をしていない。
そして最後の書類に努は目をやった。カミーユの娘である赤髪のアーミラ。レベルは四十六と一番低いが、ユニークスキルである龍化を持っている。ユニークスキル持ちというだけで大手クランから誘いが来るほど、それは珍しく有用である。
だがアーミラはそのユニークスキルを持っていても大手クランから誘われていない。アーミラのクランが解散したとなればすぐに大手クランがこぞって勧誘しにくる筈だが、彼女は中堅クランにしか誘われなかった。
その理由はモニターで窺える彼女の協調性皆無の立ち回りと暴言の数々にある。アーミラは龍化というユニークスキルを持ってはいるが、まだカミーユのように制御出来ていない。アーミラが龍化すると意識がほとんど無くなってモンスターしか見えなくなる。そのためアーミラは龍化を使った場合連携が出来ない。
それに龍化を使わなくともアーミラに協調性なんてものは微塵も見られなかったし、仲間に対する敬意も感じられない。他のPTメンバーも腫れ物を触るかのような扱いをしていて、アーミラに意見する様子は見られなかった。そんな険悪な状態が続くクランが長続きするわけもなかった。
努が言伝で聞いた話では、クラン解散前のモニター映像ではアーミラ一人でシェルクラブと戦っていたそうだ。一人で戦い、龍化が切れて倒れたアーミラ。そんな彼女をPTメンバーは遠くからただ見つめていた。そしてアーミラが殺された後は蘇生もされず、そのままシェルクラブを突破出来ずにクランは解散したそうだ。
(少しは大人しくなっているだろうけど、どうだろうな)
そんなPTブレイカーは努としてもクランへ入れたくなかったが、カミーユの頼みならば断れない。この世界は脱出するべき世界であるため、努はあまり人と深い関係になりたくないと思っている。だがガルム、エイミー、カミーユに関してはもう遅い。三人だけは
そうして努はクランメンバーの情報が記された書類を仕舞うと、静止させていたスキルの数々を解除して朝食を作り始めた。大量の卵とベーコンを焼き上げ、パンとオレンジジュースを用意し始める。
そして努はベーコンエッグを五人分作り上げると焼いたパンをテーブルに置いてオレンジジュースをコップに入れた。この二週間ほどはクランハウスの家事は各自に行わせている。だがクラン活動が始動すればそんな暇はなくなるので、既に家事などを行ってくれる使用人を雇っていた。その者には明日から代わりに家事をしてもらう予定である。
努が朝食の準備を終えると二階から誰かが降りてくる音が聞こえてきた。努よりも背の高い童顔の犬人、ダリルである。彼は朝食の匂いにつられて下のリビングへと降りてきていた。
「あ! ツトムさん! おはようございます!」
「おはよう、ダリル」
「うわっ! 美味しそうですね!」
黒い尻尾をぶんぶんと振っているダリルに努は苦笑いを零しつつも、冷たいコップを五つテーブルに並べた。ダリルは努の左前にある大きいソファーに腰を下ろすとテーブルに置かれたコップを覗いた。
努も一人がけの椅子に座ってオレンジジュースに口をつけると、ダリルもそれを習うように飲み始める。そしてオレンジジュースを飲み干すとダリルは努に顔を向けた。
「いよいよ今日からダンジョンですね。緊張します……」
「まぁ今日は慣らしみたいなものだから、大丈夫だよ。潜る階層も浜辺辺りを予定してるし」
「そうなんですか。頑張ります!」
気合を入れるように両拳を前にして握ったダリルは、努の作った朝食に手をつけ始めた。ダリルはよく食べるので彼の分の朝食はかなり多めに作られている。明日からこの朝食作りから解放されることは嬉しくもあるが、悲しくもなるような気持ちに努は包まれていた。それだけダリルの食べっぷりは見ていて気持ちが良いからである。
そんなダリルの食べっぷりを見ながら努も朝食を進めていると、二階からまた人が降りてくる音がした。二番目に降りてきたのは背中に翼を持った鳥人のハンナだった。彼女はひょこんと立った青い髪を揺らしながらリビングに歩き、二人に気づくと敬礼するように頭へ手をやって挨拶した。
「どーもっす!」
「どーもです!」
「どーも」
元気という点で波長の合っている二人を努は見送りつつ、続いてきた長い赤髪を後ろに縛ったアーミラにも目を向けた。彼女は軽く頭を下げると空いているダリルの正面に座ってすぐ朝食に手をつけ始めた。ハンナはダリルの隣に座り、何やらタンクのことについて話し合っているようだ。アーミラは黙々と朝食をがつがつ食べている。
そして最後にディニエルが眠たげに目を擦りながら下に降りてきた。彼女は空いているアーミラの隣に座って欠伸を一つ零した。そしてヘアゴムを咥えながら金髪を後ろに纏めると、それを縛ってポニーテールにした。
一週間近く共同生活をしているが、そろそろクランメンバーたちも周りの雰囲気に慣れてきた頃だ。アーミラはあまり喋らず、ディニエルは元々口数が少ない。なので会話の中心はダリル、ハンナ、努の三人になることが多い。中でもダリルとハンナは元気同士で気が合うのかあまり会話が途切れないので、食卓が気まずい雰囲気になることはなかった。
「昨日も言ったとおり、今日からダンジョンに潜ります。準備はよろしいですね?」
「はーい!」
まるで元気溢れる小学生のように手を上げるタンク二人と対照的に、アタッカー二人は動作が重い。アーミラは渋々といった様子で腕を組み、ディニエルはこくりと頷くだけだ。ディニエルはそれがいつも通りなので問題ないが、アーミラはそもそもあまり喋らないことが多い。以前努がカミーユの家で話した時とは大違いだ。
各々心配な要素はあるが、今回は慣らしということで浜辺に潜る。そこでPTの雰囲気や問題点を洗い出して修正していけばいい。努は朝食を食べ終わり食器を水につけ、皆の朝食が終わるのを待った。
そして最後にディニエルがパンを咥えながら食器を努へ渡した。その食器を努が水に浸けて五人の準備が整うと、努を先頭に無限の輪のクランメンバーたちはクランハウスを出てギルドへと向かい始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます