第98話 カミーユの娘
ハンナのクラン一時加入が決まり残りはアタッカーのみとなった。そしてギルドのクラン募集掲示板の枠が空く三日ほど、努は特に何もせず過ごした。家となったクランハウスで朝早く起きた後はまず森の薬屋へ並びに行き、その後は外で朝食を食べつつモニターを観察する。午後からはもうルートが決められている屋台や店を歩き回り、店主や店員と言葉を交わしつつ開発品などを見て回る。
そんなルーチンワークの日常で変化があったことは、まず森の薬屋に弟子が入ったことだ。以前はお婆さん一人しかいなかった森の薬屋に女性の大人びたエルフの弟子が加わり、店内カウンターで受付をしたり掃除をしたりと忙しなく動いていた。
その女性が王都で行われた数万人規模の選定戦を勝ち残り代表として選ばれた弟子らしく、当分はお婆さんの仕事を見て学びつつ雑務をこなすらしい。
「あと百年で覚えてくれりゃいいから、気楽さね」
「……今のところ、無理ですけどね」
軽く言うお婆さんに弟子は憂鬱げな目で虚空を見上げた。お婆さんはポーション作成技術の創始者であり、エルフの中では生きる伝説として知られている。そんなお婆さんの技術を受け継ぐ者として認定を受けた彼女は、その技術を目の前で見て心が折られているそうだった。
弟子が作ったポーションも売られていたので努は試しに買って飲んでみたが、確かにお婆さん作のポーションの方が明らかに優れた効能を持っていた。それに味も弟子が作った方にはえぐみが感じられる。
ただ味に関してはまだ我慢出来る方だ。他のポーション屋のものは不味く効能が良いか、美味しいが効能が悪いの二種類しかない。それに回復力も他の最高級ポーションとあまり変わらないとのこと。お婆さんのポーションと飲み比べさえしなければ充分良いポーションと言える。現にその弟子のポーションも即売り切れまではいかないものの、午後すぎには完売しているようだった。
「私のレシピを見てこの売上じゃ、まだ卵の殻すら破れてないようなもんさね」
「ははは……」
普段の優しげな雰囲気が感じられないお婆さんの厳しい言葉に努は苦笑いを返しつつ、森の薬屋を出た。弟子がお婆さんの技術を習得出来るまでの道のりは、まだまだ遠い。
そして遂にギルドの掲示板に空きが出来たので、クランメンバー募集用紙を貼り出す時が来た。スタンピードにより努の名声は格段に上がったため、すぐ応募してくる者は多いだろう。なので努は自身で新聞社に依頼して作成した用紙を持ち、人が多くなる夕方にギルドへ出向いた。
そして受付にクランメンバー募集の張り紙を持っていき貼ってもらうように頼むと、受付嬢は気まずげに視線を彼の後ろへ向けていた。その受付嬢の視線に気づいて努が後ろを向くと、いきなり肩をがっしりと掴まれた。
「やっと見つけた。ツトム、少し話がある」
「へ? あ、ちょっと!」
そこらじゅうを走り回っていたのかカミーユは汗ばんだ手で努の腕を掴むと、ギルド食堂の方へ連れ出した。外のダンジョンに連れ出された時を思い出しながらも、努は藍色の制服を来たカミーユに連れられるまま席へ向かわされた。
「今日に限ってクランハウスにいないから、探すのに苦労したぞ」
「はぁ。それで、何か用ですか?」
「まぁ、取り敢えず座ってくれ」
ようやく息を整えたカミーユは落ち着くように息を大きく吸って吐いた後、努へ席に座るよう促した。努がおずおずと席に座るとカミーユは様子を窺うように上目遣いになった。
「ツトムはクランを設立したよな? 確か、無限の輪だったか」
「えぇ」
「それで、アタッカーを探しているそうだな?」
「はい。そうですね」
「……そこで頼みたいのだが、うちの娘を入れてやってくれないだろうか?」
「はい?」
カミーユの恐る恐るといった顔での提案に、努は首を傾げながら声を上げた。
「カミーユの娘さんですか?」
「あぁ。以前一度会っているよな?」
「えぇ、……アーミラさんでしたっけ?」
「そうだ」
カミーユはハンカチで額の汗を拭いながら答える。だが努には一つ疑問があった。
「アーミラさんって既にクラン入ってませんでしたっけ? 確か自分で作ったと聞かされた覚えがあるんですが」
「あぁ。そうなんだが……実は解散してしまってな」
「……解散ですか」
カミーユは視線を下げながらそう話し、努は腕を組んだ。アーミラのPTを努はモニターで何度か見たことがある。そしてPTの空気が最悪なものであることを知っていたため、クラン解散の理由は大体想像することが出来た。
カミーユもそのことを知っているのか、努を気まずげに赤い瞳で見上げた。
「解散理由は、クランメンバー全員がクランを抜けたことによる人数不足だそうだ。……正直言って、アーミラには問題があった。あの子は強いが、協調性がない。それに荒っぽいし口も最悪だ。だが、あの子もクラン解散で反省はしているようなんだ。協調性のなさも改善したと思う。多少丸くもなった」
「…………」
「お願い、出来ないだろうか」
「はい。いいですよ」
「本当か!?」
カミーユの深く頭を下げてのお願いに、努は軽い調子で答えた。その返答を聞いて前かがみになったカミーユから努は顔を引きつつも、人差し指を立てた。
「ただ、僕のクランは一週間試用期間を設けています。もしアーミラさんがその期間中に問題を起こした場合はすぐ除名しますよ」
「そんなものは当たり前だ。もし娘が再び問題を起こすようなら即除名で構わない」
「そうですか。なら、今度契約書を持っていきます。いつ空いてますか?」
努がそう言うとカミーユは机に肘を付きながら考え込み、彼の方へ向き直った。
「私はしばらく忙しいが、アーミラは毎日ギルドの訓練場にいる。こちらで話は通しておくから、ツトムが空いてる日に訓練場へ来てくれればいい」
「では明日に向かおうと思います」
「本当に、助かる。……しかし、随分あっさりと加入を認めるのだな」
「こちらも一度助けられましたしね」
努としてもカミーユには外のダンジョンへ付き添ってくれた借りがある。あの時外のダンジョンへ間引きに行かなかったら確実に立場が悪くなっていたが、努は組めるPTメンバーがいなかった。その時にギルドの枠組みに入れて貰えたのはとても助かっていた。
するとカミーユは呆れたような半目で努を見やりながら両肘を机に付けて顎に手を当てた。そしてなまめかしい笑みを向けた。
「難色を示されるだろうと思っていたから、せっかく色々と用意していたというのに。無駄になってしまったな」
「その様子だと、どうせろくでもないことでしょう。……ただ僕もアーミラさんの戦闘映像を見たことありますけど、あの調子じゃ即除名ですよ。大丈夫なんですか?」
実際に努はアーミラPTのシェルクラブ戦を何度かモニターで見たが、相当酷いものだった。アーミラは唾を飛ばしながら暴言を吐きまくり、他の者たちは黙ってモンスターと戦っている様子。それはまるで一人の主人と奴隷四人で構成されたPTのようだった。
確かにアーミラはユニークスキルの龍化もあるし戦闘センスもあるが、まるで味方と合わせる気もない立ち回りと暴言がとにかく酷かった。それに龍化した際などは味方ごとモンスターを大剣でぶった切っていたこともある。正直カミーユの娘でなければ関わり合いたくない人物であった。
だがカミーユはそのことを特に心配していないのか、腕を組んで静かに頷いた。
「あぁ。問題ないだろう。あの子もクラン解散で相当懲りたみたいでな。それにもう一度同じ過ちを繰り返すのならば見込みはない。もし問題行動を起こしたらすぐクランから除名してくれ」
「わかりました。……それじゃあこの用紙はしばらくおやすみかな」
努はクランメンバー募集の用紙をマジックバッグへ仕舞った。ガルムとエイミーが入ってくるまでは五人で活動してPTの地盤を固めようと努は考えているので、もうメンバーは揃っている。だがハンナとアーミラに関しては抜ける可能性もあるので、新人のチェックはこれからも行う予定である。
「それでは、明日訓練場に向かいますね」
「あぁ。迷惑をかけてすまない。娘をよろしく頼む」
「連携が上手くいくのなら、良いアタッカーになりそうですしね。こちらこそ紹介ありがとうございます」
そう言って努はカミーユと別れ、クランハウスへと戻っていった。
――▽▽――
翌日努は昼頃にギルドの訓練場へと向かうと、その入口で赤髪の少女がむすっとした顔で壁に寄りかかっていた。カミーユの娘、アーミラである。
彼女はカミーユをそのまま若くしたような背格好で、女性にしては背が高くスラッとしている。背中に垂れ下がっている赤い長髪や赤の革鎧もお下がりなのかほとんど変わらず、鋼の大剣を背に背負っていた。
「……じろじろ見てんじゃねーよ」
「あ、すみません。アーミラさんですよね?」
「あんたはツトム、ツトムさんだろ」
アーミラは何処か沈んだ空気を纏わせながらも寄りかかるのを止め、反動をつけて前に進んだ。そして努の顔を見るとすぐ悔しそうに目を反らした。
「笑えよ。ツトムさんにライバル宣言かまして、俺はこのザマさ」
「はぁ。それでは取り敢えず、あちらでお話しましょうか」
努は馴染みあるギルド食堂の席を指差すと、アーミラは静かに頷いて付いてきた。アーミラの一人称に努は違和感を覚えたが、特に何も言わず席に向かって座った。アーミラも努が持てないほどの重い大剣を床に置くと彼の正面に座る。
「今回アーミラさんをクランに入れるわけですが、一週間は試用期間です。と言っても余程問題行動が見られない限りは除名することはありません」
「さんはいらねぇよ。呼び捨てでいい」
「……そうですか。なら僕も呼び捨てで構いませんよ。どうせPT組む時にはそうする予定なので」
「そうかよ」
アーミラは何処かおどけるような動作を取りながらも従業員を呼び、飲み物を注文した。努もついでにオレンジジュースを注文しつつも話を進める。
「まずはステータスカードを見せて頂いていいですか?」
「はいよ」
アーミラは事前に準備していたステータスカードを努へ渡した。努は青色のステータスカードを受け取ると上から目を通した。
レベルは四十六。ステータスは
「うん。いいステータスですね。では契約書がこちらになります」
「……いいのかよ。俺なんか入れちまって」
「別に構いませんよ。カミーユの娘さんですし」
「……ちっ」
アーミラは努の返答が気に食わなかったのか舌打ちを漏らすと、契約事項の欄にさっと目を通してすぐにサインを記した。それをアーミラがギルドの受付で提出すればクランの一時加入が認められることとなる。
「あと一週間と少しは神のダンジョンへ潜れないので、活動はそれからになります。三日後に顔合わせをする予定なので、クランハウスに集まって頂くこととなります。予定は空いていますか?」
「空いてるよ。訓練しかやることねぇし」
「そうですか。では三日後クランハウスで顔合わせと。では受付に契約書を提出した後、クランハウスに案内しますね」
そう言って努が席を立ち上がるとアーミラも立ち上がる。その動作も何処かゆっくりで元気がない様子だった。カミーユの言っていたことは本当だったんだなと努は思いつつも、受付を済ませた後はクランハウスを案内した。それが終わるとアーミラは再びギルドの訓練場へ戻っていった。
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