第97話 羽タンク
その後ダリルの装備揃えに付き合った努は、ついでにドワーフ職人へ火山に備えた装備をお願いした。本音を言えばこの先の耐寒装備、光闇耐性装備、腐食耐性のある装備も依頼したいところだが、それは明らかに周りから怪しまれるので出来ない。
先日のスタンピードで努はゲーム内イベントである竜の宴を参考にし、黒竜雷竜の対策や暴食龍などの情報を提供した。だがスタンピードが終わった際に努はどこでその情報を仕入れたのか疑われ、暴食龍などをわざと迷宮都市にけしかけてたのではないかと噂を流されていた。
その噂はソリット社の
ダリルの装備はおよそ一週間ほどで出来上がるそうなので、それまでは努のクランである無限の輪は活動しない。その一週間ほどはクランメンバーの勧誘に当てる予定だ。
タンクについてはアルドレットクロウから貰った資料にあった、鳥人の拳闘士にまずは会う予定だ。アルドレットクロウが色々と手配してくれたので、翌日には会う予定が付いている。だが問題はアタッカーだ。
先のスタンピードにより初中級のタンク職以外のジョブが半数ほど亡くなっていて、努が誘おうとしていたアタッカーも死んでしまっていた。それにより目星を付けていたアタッカーがいなくなってしまったので、誘うアテがなかった。
しかし取り敢えずのアタッカーとしてディニエルが入ってきてくれたので、最悪初心者のアタッカーを入れて活動を開始しても問題はない。なので努はギルドに行ってアタッカーのクランメンバーを募集する予定だ。
「こ、ここですか」
「うん。ここがクランハウスね」
そして装備を注文した後努はダリルにクランハウスを案内していた。ディニエルは既に荷物を運び終えて割り振られた部屋に住んでいて、努も宿から荷物を移動して住んでいる。ダリルはガルムがギルド職員になる前に住んでいた集合住宅に住んでいたのだが、昨日彼にさっさと移住しろと言われて遂に移住を決心したそうだ。
努も少し気になっていたが、ダリルはまるで親のようにガルムを慕っている。それは良いことなのだが、いつもダリルはガルムへ子犬のようにぴったりと付いているので独り立ち出来るのか心配していた。だが指示は聞いてくれているし素直な性格なので問題ないと思ってもいた。
そんなダリルは三階建てのしっかりとしたクランハウスを丸い目で見上げながら、その大きさに驚いているようだった。およそ十人前後の者が快適に住める作りとなっていて、ほとんどの設備はついているし掃除も成されている。ギルドまでもそこそこ近い優良物件だ。
努は鍵を開けてクランハウスに入り、ダリルも付いていく。木製の建物特有の匂いにダリルはわぁっと声を上げながらも、階段を進んでいく努へと付いていく。その身長は努を越しているが彼の歳はまだ十六歳前後だ。一応この世界では成人扱いだが、まだ子供のような幼げな様子を残している。
「ダリルにはこの部屋を使って貰おうと思う。この部屋の中ならある程度自由に改造しても大丈夫だから」
「はい! わかりました!」
「それじゃ、荷物の整理が終わったら後は好きにしていいよ。あ、これが部屋の鍵と、クランハウスの鍵ね」
「はい! ありがとうございます!」
首輪にかけられた二つの鍵を受け取ったダリルはぺこりと頭を下げる。
「それじゃあ僕はしばらくクランハウスの一階にあるリビングにいるから、何か用があったら呼んでね」
「はい!」
元気な声を出すダリルにそう言い残して努は部屋の扉を閉じ、クランハウスのリビングへ向かった。
そしてふかふかのソファーに座って前にある机にマジックバッグから書類を出した。
(攻略プランはPTが全員揃わなきゃ考えられないしなー。取り敢えず新規の情報揃えつつ、火山のモンスター中心に見ていくか。新聞社に提出する記事は……もう大丈夫だしな)
努が育ててきた新聞社二社は着々と力をつけてきて、更にスタンピード後努への取材で更に儲けている。それで資金は相当貯まったのでもう努がどうこうしなくとも勝手に成長するだろう。それに一社ならまだしも、二社同時にならばソリット社に対抗出来うるようにはなってきている。
ソリット社もスタンピードの時の記者や努の素性が疑われた時の
(とは言っても、しばらくは特に活躍しないだろうけどね)
アタッカーに関してはもう一から育てようと努は思っているので、しばらく最前線には戻れない。その間はこれといった活躍も出来ないと思うので、ソリット社の取材を受けようが問題ない。良いネタはもう大体二社へ提出している。
努はその後何かつまみを作りつつも情報を記した書類整理を続け、ダリルが荷物の整理を終えると留守を任せてギルドへと向かった。そしてクランメンバーでアタッカーの募集を受付で依頼し、モニターを見た後に帰路へついた。
――▽▽――
翌日。努はアルドレットクロウのクランハウスに訪れていた。そこの事務員に努は中へ通され、ある一室へと案内された。その一室の中は机と椅子だけという簡素なもので、鳥人の小さな女性が緊張したような面持ちで座っていた。
努は鳥人をシルバービーストで見たことがあるし、街中でも何度か目にしてる。そしてシルバービーストにいた二人の鳥人は、腕を覆うように羽が生えていて鳥足だった。だが今目の前に座っている彼女は違うタイプの鳥人だった。
姿形は人間とほとんど変わらず、足も普通で手も変わらない。だがその背中からは鮮やかな青い翼が生えていた。その翼は居心地が悪そうに少し動いている。
民族衣装のような服装をしている彼女は少し露出が多く、布で大きな胸を巻くようにして固定している。少し目に毒だなと努は思いつつも礼をして正面の椅子に座り、事務員の女性は書類を机に置きながらも彼の隣に腰を下ろした。
そして面接をするような形で二人は対峙すると、隣の事務員が書類を見ながら口を開く。
「彼女の名はハンナと申します。歳は十七の鳥人。ジョブは拳闘士です。そして、タンクを志望しています。ステータスカードの写しがこちらになります」
「し、紹介にあじゅかったハンナっす! よろしくおにがいしゅるっす!」
盛大に噛んだハンナという少女は恥ずかしそうに顔を俯かせた。事務員の女性がやり直せと言わんばかりにごほんと咳払いをすると、彼女は慌てて努を見上げた。
「ハンナっす! よろしくお願いするっす!」
「……はぁ」
事前に敬語を教えているにも関わらず口調の変わらないハンナに事務員の女性は露骨にため息を吐いた。ハンナはそのことを今更思い出したのかやらかしたと頭を押さえている。努はそんな二人の様子を窺いつつも言葉を返す。
「はい。よろしくお願いします。実は以前ハンナさんのことをルークさんから聞いて、とても興味が湧きましたので今回ご足労頂いた次第です。本日はわざわざ時間を作って頂きありがとうございます」
「いや、そんな、あたしなんて大した人間じゃないっす! 止めて下さいっす!」
努は火竜討伐、大手クランへの指導で探索者の間では元々知名度が広まってはいた。それに加えスタンピードで最も勝利に貢献した者として貴族に評価されてからは、民衆などにも一気に名が広まって有名になった。そのためハンナは努のことを雲の上の人と認識しているようで、頭を下げられて恐縮していた。
「今回はハンナさんを僕のクランへ勧誘しに来ました。とは言っても事前にお話は聞いていると思いますが」
「あ、はい。ルークさんから聞いてるっす。それにあたしをタンクとして入れてくれるってことも聞いてるっす。……でも、どうしてあたしなんか誘うんっすか?」
「勿論ハンナさんにタンクとしての可能性を感じているからです」
「……すぐ死ぬタンクで有名らしいっすよ、あたし。可能性なんて、ないっすよ」
ハンナは諦めたように下を向くと、ひょこんと寝癖のように立っていた青髪が跳ねた。彼女はアルドレットクロウを辞めてから今までタンクを目指してきたが、全く成果を上げられずにいた。
以前はそこまで下の探索者に流行っていなかった三種の役割も、スタンピードによって努の知名度が上昇したことで注目され始めている。特にここ一月半で努が広めた三種の役割は大分広まり、今や初心者の探索者でも大多数が知っているほどだ。
今のところギルドが斡旋を行っているPT募集でも少しずつタンク、ヒーラーなどの言葉が出てくるようになっている。アルドレットクロウが紅魔団を抜くまで下の探索者には広まらないと努は思っていただけに、それは嬉しい誤算だった。
そしてアルドレットクロウを抜けてそれまで一人で訓練を積んでいたハンナも、その流れに喜んで乗りギルドの斡旋でPTを組んでいた。だがここ最近ハンナは悪評が広まりPTが組めずにいる。
羽のように軽く
現に彼女はガルムの立ち回りを真似て大盾を持ちタンクをこなそうとしているが、まず大盾を使いこなせていない。それにVITも低めなのでモンスターに攻撃されればすぐに致命傷を負う。VITが低いのだから当たり前の摂理だ。
「そうですね。評判は伺っております。ですがその評判を加味して貴女を誘っています」
「……なんで、そんなあたしに拘るんっすか。ツトム様ならもっといい人をクランに入れられるはずっすよね?」
「理由は二つあります。一つは貴方の能力を純粋に買っているからです。貴方はタンクを出来る素質を充分持っています。ただ現在の装備や立ち回りは大幅に変える必要がありますけどね」
「…………」
ハンナはその言葉を信じていないのか警戒するような目のままだ。その視線に努は少し困りながらも頬を掻いた。
「二つ目は、まぁ、個人的にハンナさんを救いたいと思ったからですよ。僕って最初の頃何て呼ばれていたか、知ってます?」
「……
「そう、それです。僕もその二つ名のせいで最初PTを組めずに苦労したんですよ。幸運者なのにLUKがDじゃねぇか! って言われてPT加入を断られまくりました」
懐かしげに目を細めている努をハンナはじっと見つめた。幸運者。努にそんな二つ名がついていたことをハンナは確かに知っていた。
「僕は運良くガルムやエイミーと出会えたので何とかなりました。ですから、大体同じ境遇のハンナさんも救いたいなと思っているわけです」
「でも、ツトムさんは凄い人じゃないっすか。あたしなんて、ダメダメっす」
「……ハンナさんは、何故タンクを続けているのですか?」
「え?」
ハンナは努の質問を受けて俯きがちの視線を上げた。努は目を少し開いてハンナを真っ直ぐと見据えている。
「貴女はアタッカーとして優秀だったとルークさんから聞いています。別に、この状況から抜け出すのは簡単なはずです。アタッカーをすればいいだけのことでしょう」
「……それは」
「羽タンクなんて二つ名を付けられてPTが組みづらくなっても、貴女はタンクを続けている。何故ですか?」
「…………」
ハンナは迷ったように視線を彷徨わせたが、すぐに努の目を睨み返すように見た。タンクを続けている理由。そんなものはわかりきっていることだ。
「……いいなって、思ったからっす」
「はい?」
「格好いいなって、思ったからっす! 火竜を相手に倒れないガルム様を見て、格好いいと思ったからっす!」
ハンナは席を立って背にある青い翼を興奮したようにはためかせた。それで起きた風で書類が巻き上がって事務員の女性がじろりと睨むと、ハンナは慌ててすぐに翼を止めた。事務員の女性はアルドレットクロウにハンナが在籍していた時、PTの顧問についていた者だ。ハンナとはそれなりの付き合いがある。
そして座りこんだハンナに努は頷いた。
「なるほど。いい動機ですね。なら尚更僕のクランに来るといいんじゃないですか? それに後でガルムも入る予定ですし」
そんな努のあっけらかんとした返答にハンナは目を丸くした。この動機を聞いた大抵の者は一笑に付すか、盛大に呆れるからだ。しかし努は特に笑いもせず、呆れもしていなかった。
「別に、ガルム様は関係ないっすよ。……でも本当に私がタンクを出来るっすか?」
「えぇ。ただ、ガルムのような立ち回りでは無理です。ですがそれ以外の立ち回りと装備を整えれば、貴女もタンクは出来ます。いかがでしょうか?」
「……こんなあたしでもタンクが出来るなら、なんでもやるっす! 是非よろしくお願いするっす!」
「そうですか! こちらこそよろしくお願いします。ただ一週間は試用期間を取りますので、合わないと感じたら抜けて頂いても結構ですので」
「わかったっす」
「それでは契約に入りましょうか」
努はクラン加入申請の書類を出してハンナはそれを書き記し、事務員がその書類に不備がないか精査する。そして事務員からも許可が出たので、ハンナは無限の輪へお試し加入が決まった。
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