三章
第96話 無限の輪
大手クランは神のダンジョンへ潜ることを中止し、代わりに外のダンジョンでモンスターの間引きが進められた。大手クランが間引きを率先して行うことが民衆や下の探索者への示しになるため、迷宮制覇隊や貴族兵と共に外のダンジョンへと向かった。その間は初中級の探索者が神のダンジョンへ潜り、久々に草原階層なども定期的に映り民衆を楽しませていた。
その一月半の間に努は貴族に
そして努は途中ギルドでのモンスター間引きメンバーへいつの間にか入れられていて、半ば無理やり連れて行かれた。だが一、二回は行っておかないと民衆の目が厳しくなるだろうと努もわかっていたので、ギルドの配慮には感謝していた。
ギルドとのダンジョン攻略のついでに迷宮制覇隊とも外のダンジョンへ潜り、その時に三種の役割を改めて指導した。それに銀髪エルフのクランリーダーと個人的な話も交わした。そして努はスタンピードで一番貢献した者として名が知れていたので、当然迷宮制覇隊へ勧誘された。
しかし努はどうしても神のダンジョンを攻略しなければいけないので、その勧誘を断った。だが彼女はまだ勧誘を諦めているような様子が見られなかったので、努は少し困ってしまった。
そしてスタンピードから一月半後の現在も神のダンジョンの中を映すモニターには初中級の探索者しか映らず、大手クランなどは迷宮制覇隊の指導の下、外のダンジョン回りをしていた。だがそろそろモンスターの間引きも完了しつつあり、あと半月後には大手クランも神のダンジョン攻略を開始するとのことだった。
その間はモニターに映る有望な新人などを大手クランや中堅クランなどが引き抜く期間となっている。努もこの半月の間にアルドレットクロウで貰った人材の資料を元に、クランメンバーを勧誘する予定だ。
現在のクランメンバーはガルムの弟子であるタンクのダリルが確定していて、エイミーの親友であるアタッカーのディニエルも加入が決定していた。先のスタンピード戦で前線にいたディニエルを努が運んだことと、親友のエイミーの言葉が決め手だった。
そのおかげで一先ず最低限のクランメンバーは確保出来たので、努はクランを作成できる。クランハウスも貴族から褒美として貰っていたので、すぐにクランを立てることにした。
努はダリルとディニエルを連れてギルドの受付にクラン設立申請を貰い、あらかたの項目を埋めていった彼は一つの項目で手を止めた。
「あー、クラン名か。そういえば考えてなかったな」
クランの名前。肝心なことを忘れていた努は手にしていたペンを離した。犬人で童顔のダリルは目を輝かせながらその用紙を覗き込んでいて、金髪エルフのディニエルは興味なさげに欠伸をしている。
「黒白の三獣士なんてどうでしょう!? あ、じゅうは獣のじゅうです!」
「いや、確かにエイミーとガルムとダリルならそれでいいけどさ。僕とディニエルさん獣人じゃないよ?」
「それじゃあ黒白の三獣士と金色の~、指揮者とか!」
「いやもうそれ色々突っ込んでるだけだよね……」
垂れた黒い犬耳をひょこひょこと動かしながら興奮気味のダリルに努は少し引きながらも答える。受付嬢はダリルの子犬のような童顔に少し見とれつつもニコニコとしている。
「エイミーと愉快な仲間たちとか」
「いやまぁ、エイミーも後から入る予定はありますけどね? 今はいませんからね?」
「なら早く決めてよ。ツトムがクランリーダーなんだし」
ディニエルは後ろに纏められたポニーテールを揺らしながらもぶっきらぼうに言った。努はうーんと腕を組んだ。
「三種の神器……は違うな。うーん」
「格好いいのでお願いしますね!」
「ハードル上げないでくれ……」
キラキラとした純朴な視線を向けてくるダリルに努はたじたじになりながらも、腕を組んで考える。出来れば三種の役割や安定した戦法にちなんだ名前をつけたいところだが、あまり良い案は浮かんでこない。
「……戦況のループ。繰り返し。メビウスの輪、はわかりにくいか。……よし決めた」
努はどうにでもなれと用紙にクラン名を記入した。ダリルはその用紙を後ろから覗き込んだ。
「無限の、輪?」
「うん。このクランは三種の役割を導入した安定した戦闘をしていくことになるから、無限に戦闘を継続出来るようになればいいなーっと、思って、付けたんですけど……」
クラン名を言って黙ってしまったダリルに、努はだんだん言葉を尻すぼみにしながらも顔を俯かせた。するとダリルはわなわなとした後に顔をバッと上げた。
「無限の輪! いいじゃないですか! それで行きましょう! きっとガルムさんも喜びますよ!」
「いいんじゃない」
ダリルは大絶賛の嵐で、ディニエルはどうでも良さげだった。ディニエルの反応に努は少し安心しつつ、その用紙を受付に提出してクラン設立申請を終えた。この世界に来て半年が過ぎ、ようやく努は自分のクラン――無限の輪を設立することが出来た。
クランも設立したので早速ダンジョンにいきたいところだが、努はスタンピード戦の後で貴族に公式の場で褒美を貰い、その場に集まっていた民衆などに顔が知れ渡っている。大手クランが神のダンジョンに潜っていない中、その努だけが潜るのは反感を買う。なのであと半月は神のダンジョンへは潜れない。
それと努は貴族の褒美で合わせて貰ったGを返還したのだが、それでも所持金額が大変なことになっているので現在は頑張って消費しているところだ。といっても森の薬屋のポーションは数量限定であるし、装備も充分だ。外のダンジョンへも行かず代わりにGを多く支払っているのだが、それでも消費が追いつかない始末である。なのでまずはGを消費することが必要だった。
「それじゃあ、クランも作成しましたし外に行きましょうか」
「はい! 何をするんですか?」
そのハスキー気味の高い声と身体の大きさが釣り合っていないダリルに見下ろされた努は、ギルドの扉を開きながら言った。
「二人の装備調達です」
――▽▽――
「何でも買っていいの?」
「いいですよ。Gならいくらでもあるんで」
ディニエルが
「じゃあこれとこれと……」
するとディニエルは心なしか眠そうな目を輝かせつつ、様々な見本の矢を手に取り始めた。ダリルも弓矢の専門店に来たのは初めてなのか、物珍しそうに様々な色の矢を見比べている。
弓術士は召喚士などと同様に、金欠になりやすいジョブだ。弓から放つ矢は勿論有限であり有料。ゲームのように回数無限の矢があるわけではない。どんな矢でも撃てば撃った分だけ消費され、無くなってしまえば攻撃手段が無くなってしまう。
そのため弓術士がまず先に覚えることは、いかに矢を潰さないか。それに尽きる。モンスターの硬い部位に当てて矢を駄目にすることを避け、戦闘が終わったら出来るだけ回収する。そうしなければ採算が取れないからだ。
ディニエルは元から森で生活し狩人として腕があったため、そういった技術には長けている。普通の矢などの扱いにも慣れているので、矢を節約することは得意だった。
だがそれに加えて矢にも様々な種類がある。撃った途端に矢が弾け、中の細かい矢が拡散するもの。何か合図を送る際に使う笛矢。そういった特殊な矢は高価である。
そして弓術士にとって一番用途が高いのが、属性矢。各属性ごとの魔石を織り込んで作られている属性矢は特定のモンスターに効果的であり、様々な種類がある。そしてその矢も総じて高価である。
だが努にいくらでも矢を買っていいと言われたディニエルは、どんどんと様々な種類の矢を買っていった。続々とカウンターに乗せられていく矢に店主の男エルフの顔が引きつっていく。
「こんなもんかな」
「随分と買い込みますね。あ、じゃあお会計お願いします」
「お、おう」
店主に引かれつつも努は代金を一括で支払う準備を始めた。そして店員が慌てたように矢を数えて値段を集計していく。それからしばらくして金額を聞かされた努はすぐに現金で支払った。
ディニエルは口笛を吹きながら買った矢をどんどんと矢筒のように細長いマジックバッグへと入れていき、店内が寂しくなったその弓矢専門店は本日の営業を終了した。
「うわ、もう入らないよ。こんなの初めてだ」
容量オーバーでぱつぱつになった細長いマジックバッグを見てディニエルは嬉しそうにそれを持ち上げた。余った矢については努のマジックバッグへ入れられることになった。
他にも弓と装備や靴なども新調させるため、努は二千万Gの入ったマジックバッグをポンとディニエルに渡した。装備はサイズなどを測るだろうと気を遣ってのことだったが、ディニエルは頭のおかしい人を見る目を努に向けていた。それでも彼女はそれを受け取ると、装備の新調のため一人で街へ繰り出していった。
「それじゃ、次はダリルの装備だね。行こうか」
「は、はい!」
金銭感覚の大分おかしい努の行動にダリルはかしこまりつつも、武器や装備を買うために工房が集まっている地区へと向かった。
努はこの工房が集まる地区にはポーションを入れる細瓶を作成してもらうことくらいでしか訪れないので、あまり馴染みはない。だが近接系ジョブの探索者にとってはギルドと同じくらい訪れる場所だ。
モンスターと戦えば武器や防具は消耗する。それにタンクという役割が広まってきた最近では防具修理の需要は高まり始め、工房は更に忙しさを増していた。物を運ぶ馬車や人で通りは溢れ、鉄などを加工するために鉄槌で叩く甲高い音が響いている。
その通りには探索者や商人も多く出入りしていて商談の声が飛び交い、売り買いがされている。努は自身より背の大きいダリルに付いていくと、彼はその大きい身体を屈ませて一つの工房へ入った。中に入るとむっとした炎の熱気が努の顔に広がった。
ガルムがよく利用している工房には複数の髭を蓄えたドワーフたちがハンマーを振り下ろし、炎の中へ鉄や鋼を投入していた。その者らの肌は炎で煽られて赤くなっている。その中で一番年をとったダリルより身体の大きいドワーフの老人が、灰を被った髭を払いながらカウンターに出てきて声をかけた。
「おう、ガルムんとこの弟子か。どうした?」
「ダリルですよ! ダ、リ、ル! そろそろ覚えて下さい!」
「んで、あんたは……ツトムさんだよな?」
「はい」
きゃんきゃん吠えるように突っかかっていったダリルを気にも留めないドワーフの男は、汗を拭いて顔を整えると努に頭を下げた。
「ガルムからも話は聞いている。迷宮都市を救ってくれて感謝してるぜ。ここは俺にとって家みたいな工房だ。ここがなくなったら困るんでな」
「大げさですよ。それで、今回はダリルの装備を新調しようと思い来たのですが」
「ほう。予算はどれくらいだ?」
「いくらでも出すので、最高の装備をお願いします」
「はっはっは! 気前が良い! 随分良い飼い主に拾われたみてぇだな! よくここに連れてきてくれた!」
「僕は飼い犬じゃないですっ!」
ドワーフの男は可笑しそうに笑った後、ダリルの頭をぽんぽんと叩いた。ダリルは食ってかかるようにその手を払う。
「ま、詳しい話はこっちでだ」
ドワーフの男はカウンターの横から努たちの方へ出ると、右に続く道へと歩き始めた。すると努は思い出したようにダリルへ尋ねた。
「あ、ダリル。僕も一緒にいて大丈夫?」
「はい。大丈夫ですよ。……というか、ディニエルさんみたいにお金渡してほっぽり出さないで下さいね!? あんな大金持ち歩いて僕歩けないですからっ!」
「あ、そうか」
この世界に来てすぐ大量のGを手に入れてその後も金に困っておらず、更に元々ゲームの貨幣と捉えてしまっていることもあるため努の金銭感覚はおかしい。青い顔をしているダリルに努は納得しつつもドワーフの後を追った。
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