第88話 不吉な気配

 エイミーに呼ばれて記者の者の取材に対応した努は無難なことを話した。黒竜の対処法やガルムの活躍などを話して新聞社二社の取材を終えた。すると一人の記者がノートを持ちながら話しかけてきた。



「ソリット社の者ですが」



 その出だしの言葉で努の目は見るからに冷えていった。ソリット社に所属している女性の記者は努の冷えた視線から気まずそうに顔を反らしたが、すぐに立ち直って口を開く。



「よければ取材を受けて頂けませんか? 黒竜でのツトムさんの活躍を」

「すみません。ソリット社の取材はお断りさせて頂いていますので」

「そ、そうですか……」



 取り付く島もない努の様子にソリット社の女性記者は口端をひくひくとさせながらも、それ以上食い下がることもなく去っていった。


 他の新聞社を伸ばすために努はソリット社の取材を受けないようにしている。努が火竜討伐を二度果たしたことを記事にして報じた二社の新聞は話題を呼び、その後のガルムやエイミーの独占記事も相まって業績を伸ばした。そして最近は努が提供するダンジョンに関する情報の中で、シェルクラブに関する情報が話題となってその日の新聞は完売することが出来ていた。


 それに他のクランもその二社の取材に協力的だ。ここ最近階層更新の早いアルドレットクロウもソリット社以外の取材にも金銭度外視で積極的になり、火竜を討伐したシルバービーストはソリット社からの取材を断っていた。金色の調べも他の二社の取材に答えるようになってきている。


 まだ最高階層更新中の紅魔団がいるので保っているものの、ソリット社の業績は目に見えて下がってきていた。そのことに焦りを覚えているのかソリット社は遂に重い腰を上げて今回努に取材での接触を図った。


 だが努はソリット社の取材に応じるつもりは微塵もない。応じるにしても二社が成長し終わってからと考えているし、個人的に恨みもあるので一生応じることがないかもしれなかった。


 取材の対応を終えると努は民衆に囲まれているエイミーとガルムを見た。エイミーは男女問わず人気があり、随分と忙しそうであった。ガルムは子供や女性を中心に囲まれていた。


 努は以前の悪評は無くなったものの、民衆に人気があるとは言えなかった。一度広まった悪評はソリット社の謝罪記事があったとはいえ、胡散臭さを覚えている者もいる。もう悪く言われることは無くなってはいるが、人気があるとは言えない状態だった。


 努はその場から離れるとアルドレットクロウの集まっているところへ向かった。召喚された階層主級のモンスターを触りにいくためだ。その召喚獣たちはこのスタンピードが終わったら使役を解除してしまうそうなので、努は今のうちに触っておこうと考えていた。


 デミリッチを近くで見ると努は何だか理科室を思い出し、シェルクラブには子供がよじ登って遊んでいた。鉱石などをくっつけている硬い甲殻を撫でて満足した努は、今も大盛況の火竜触れ合いコーナーの列に並んだ。やはり火竜が一番人気があるようで探索者や民衆が集まって大分混んでいた。


 三十分ほど並んでようやく順番が回ってきた努は、ルークに軽く挨拶しつつも肉を食べている火竜の足をそっと触った。


 火竜の鱗はとてもすべすべとしていて触り心地が良かった。そしてルークの計らいで努は火竜の背に乗せて貰い、空を飛ぶことが出来た。フライで空を飛ぶことには慣れていたが、火竜の背の上から見る空の景色はまた違って見えた。


 ただ火竜の鱗はすべすべしているので、旋回した時に努は振り落とされた。フライで努は体勢を整えると残念そうにしながらもするすると地上に降りた。民衆たちが火竜に乗って空を飛びたいと言わない理由はこれが原因だった。


 クイーンスパイダーに関しては元々触りたくはないと努は思っていたが、何だか不気味な声でクイーンスパイダーの腹に頬ずりしている女性がいたので余計に近づかなかった。周りの民衆もそれは同じようだったので努は少し安心した。


 その後は中央広場を出て行って努は北の障壁付近で待機し、偵察に出たレオンの帰りを待っていた。その付近にはバーベンベルク家の長女と見張りの兵士、それと金色の調べのクランメンバーくらいしかいなかった。


 今回金色の調べは裏方に回っているが、その中でもレオンの偵察はとても良い働きをしている。その圧倒的速度と大抵のモンスターに負けない強さを持っているレオンの偵察は生存力が高く、必ず情報を持って素早く帰ってくる。最高の偵察力を彼は発揮していた。


 一時間おきに外に出てレオンはその時間範囲で見れる場所の偵察を行っている。その程度の距離で観測出来れば充分に迷宮都市は迎撃の準備を始められるからだ。


 そして昼過ぎから三回の偵察を終えて帰ってきたレオンは、スタンピードの軍勢を観測して帰って来た。



「あ、どうも。どうでしたか?」

「ん? なんだ。また待ってたのか、ツトム。そんなに気になるのか?」



 レオンは汗で少し濡れた髪をクランメンバーにタオルで拭かれながらも、北の障壁近くで待っていた努に呆れたような顔をした。北の障壁近くには見張りの貴族兵と金色の調べくらいしかおらず、他の者は中央広場に集まって休憩したりしている。



「スタンピードは見つけたぜ。でも少し妙だった」

「妙ですか?」

「ウガオールの時の規模より大分少なく見えたんだよ。血にまみれたモンスターも結構見かけたし、共食いでもしてたのかね?」

「……血だらけですか。何か他にありましたか?」

「いや、他は特に無かったな。また次の偵察で何かわかったら報告するよ」

「ありがとうございます」



 それじゃ、と貴族と警備団へ報告しにいったレオンを努は見送った。スタンピードの数が減り、血だらけだった。確かに共食いしたのなら当てはまるが、龍の存在を考えると見方は変わってくる。


 数多くいる龍の中でモンスターを血だらけにするような龍は限られている。自然現象を操る龍はモンスターを血だらけにしないだろう。その場合焼けているだとか、凍っているなどの報告があるはずである。努は血だらけのモンスターと聞いて三つほど候補は浮かんだが、その中でも真っ先に浮かんだモンスターがいた。



(暴食龍、かもな)



 努が一番に思い浮かんだ龍が暴食龍というモンスターだ。その龍はフィールドのモンスターを捕食することで有名であり、食べるごとに強くなるという設定のモンスターである。ゲームでは無数に沸くモンスターMOBを食うことで強化されるので、そのMOBをいかに素早く狩って消していくかに攻略の鍵が握られているボス級モンスターである。


 だがその暴食龍をこの世界に当てはめたとすると、相当不味いように努には思えた。もしその暴食龍がダンジョンのモンスターを食い尽くして外に出て、更にスタンピードの軍勢も捕食しているのだと仮定した場合、状況は最悪だ。


 勿論他にもモンスターを血だらけにするような龍は存在するし、それに別の要因も考えられる。なので努は暴食龍だけは止めてくれと願いながらも、自身の持っている備品を確認し始めた。



 ――▽▽――



 その後は夕方までレオンの報告は特に変わりのないものだった。スタンピードの数が相当減っているという報告だけだ。昼から四時間ほど休んだ探索者たちは間が空いて少し気が抜けていて、それは他の貴族兵や警備団なども同じだった。


 しかしそれも仕方のないことではある。本来のモンスター集団が攻めてくるスタンピードならば迷宮都市から犠牲者が出ないことが当たり前であり、更にあの竜たちですら犠牲者を出さずに突破出来たのだ。なので気が抜けるのも当然ではあった。


 努の周りにいるギルドメンバーたちの様子を見ても、随分と楽観的になってしまっている。その中で気を抜いていないのはカミーユくらいだった。



「ツトムは心配性だな~。もう大丈夫だってー」



 そして北の障壁付近でレオンの帰りを待ちながらも考え込んでいる努の隣には、エイミーがそんなことを言いながらも座っていた。ガルムもその後ろに付いてきていて、銀の鎧をカチャカチャとさせながらストレッチをしていた。



「ねぇねぇー。広場戻ろうよー。一緒に火竜乗ろうよー」



 努はじゃれつくように辺りをうろつくエイミーの眼前にヘイストの球体をピタリと止め、ふわふわと漂わせた。そしてエイミーが興味を持ったように白い猫耳を立ててそれに触れようとすると、素早く動かして遠ざけた。



「このっ! そい!」



 ヘイストの球体を楽しそうに追いかけ手で捕まえようとするエイミー。そうやって鬼ごっこのように遊んでいると、北の障壁に突然がつんと何かがぶつかった。その音に努は驚いてヘイストを止めると、エイミーが両手で鷲掴みにするように青い球体を手に取った。エイミーのAGIが上昇した。


 突如障壁にぶつかったそれは、高速で偵察から駆け戻ってきたレオンだった。彼は格好悪いからと普段伏せ気味にしている狼耳を立て、その後ろにある金の尻尾は全開に逆立っていた。明らかに様子がおかしい。


 貴族の長女が障壁にぶつかった者がレオンだとわかると、すぐに障壁を一人分開いた。彼女は訓練を重ねて障壁と感覚を共有出来るようになっているので、障壁に異常があればすぐに気づける。


 ふらふらと立ち上がって障壁内に入ってきたレオンの顔は真っ青になっていた。そんなレオンに金色の調べのクランメンバーは不安そうな顔で話しかけるが、彼は返事をする様子はなく茫然自失(ぼうぜんししつ)としていた。



「レオンさん! 何かあったんですか!?」



 努はヘイストを捕まえたと自慢してくるエイミーを振り切ってレオンに近づくと、彼の肩を掴んで揺らした。そして周りのクランメンバーに止められたが、レオンはようやく意識を取り戻したようにハッとして口を開いた。



「ヤバいのが、いた。モンスターを食ってた」

「……それは二足歩行で、頭が大きくありませんでしたか?」

「あ、あぁ。確かにそうだった。地竜に少し似てた。けど全然違う。勝てる気が、しなかった」



 息の荒いレオンは余裕の失せた顔でそう言った。モンスターを食い、顔が大きく二足歩行。その特徴からして大方暴食龍だと努は予想できた。



「レオンさん。急いで貴族に報告を。僕もギルドに話しておきます」

「……あぁ」



 努の淡々とした声にレオンも落ち着きを取り戻してきたのか、力強く頷いた後に姿をかき消した。努は後ろで待機していたエイミーとガルムに振り向くと、その二人もレオンの尋常ではない様子を見ていたようで真面目な顔をしていた。



「カミーユのところに行きましょうか」

「うん」

「あぁ」



 頷く二人と共に努は中央広場へと戻りカミーユがいるであろう場所へ向かった。

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