第87話 黒と赤の閃撃

 金色の調べがこのスタンピードに対して考えた戦法は、タンクとヒーラーを多く導入することだった。


 今までのスタンピードならばアタッカーたちにそこまで危険が及ばなかったが、今回は竜を相手にするため危険性が格段に上がる。万が一の事故を恐れてレオンはアタッカーの女性たちを説得して今回は裏方に回ってもらうことにしていた。幸いにも現在はアタッカー職が多いので、金色の調べのアタッカーが後方に回っても充分事足りている。


 その代わりにレオンが一人で前線のアタッカーをこなす。タンクとヒーラーでレオンや他の団体をサポートし、最大限に活かす戦法。ユニスが考案した戦法をレオンは快く受け入れ、今回は安全重視で各団体のサポーターとしての役割を担っていた。


 そしてレオンは紅魔団のヴァイスから直々に頼まれ、アルマのサポートを行うことになっていた。ただしヴァイスから最初は絶対に手を出さないでくれと言われてもいたので、先ほどは氷竜が反撃するまでは手を出さずにいた。


 レオンはアルマの他にも致命傷を負ったアタッカー三人を素早く障壁内に運び、治療を生業なりわいとした白魔道士に届けてその命を救っていた。おかげで紅魔団は四人の人命が失われずに済んでいる。


 障壁近くへ向かってくる氷竜に複数のタンクからコンバットクライが一直線に飛ぶ。だがアルマを救ったレオンの姿を氷竜は認識していたのか、彼を狙っている様子だった。



「エンチャント・フレイムゥ!」



 レオンがロングソードに炎を付与した途端に彼の姿が掻き消え、気づけば氷竜の翼に斬撃を与えていた。剣に付与された炎がレオンの動きに沿って軌跡を描き、氷竜の周りに散っていく。


 金色の加護と音楽隊の支援によりレオンのAGI敏捷性はSになっている。フライを取り入れたその動きはもはや目で追うのすら難しい。氷竜もその素早さについて行けずに立ち往生してしまっている。


 メテオストリームで折れている翼や削れている鱗を中心にレオンは斬撃を与えていく。そしてタンクの数人は次々とコンバットクライを飛ばして氷竜のヘイトを稼いでいる。


 氷竜はちょこまかと飛び回るレオンに苛立ったのか叫び声を上げ、全身から冷気を吹き出してレオンを捉えようとした。しかしその冷気が触れそうになる時には既にレオンは退避している。そして冷気が止むまで逃げ回った。


 氷竜もずっと冷気を出しっぱなしにすることは無理なようで、少し時間が経つと冷気が収まってくる。それを確認したレオンは独楽のように身体を回転させながらロングソードを叩きつけた。



「ったく、硬ぇなー」



 冷気によって鋼(はがね)のように冷え固まっている鱗に剣を弾かれ、じんじんと痺れている右手を振る。だが幸いにもアルマが傷を付けた鱗や翼には斬撃が通る。しばらくレオンはその部分を中心に攻め、氷竜を一人で圧倒していた。


 氷竜も二度メテオストリームを喰らい、墜落して翼が折れて消耗していたこともあり動きは鈍い。そろそろタンクたちの放っているコンバットクライで氷竜のヘイトが取れると思われた時、赤い線が氷竜の横腹に突き刺さった。


 紅魔団のクランリーダーのヴァイスが深紅に染まっているクロスボウを持ち、赤い矢を次々と射出していた。不死鳥の魂フェニックスソウルによって強化されている矢を受けた氷竜は目に見えて怯んだ。


 ヴァイスのユニークスキルは氷竜とかなり相性が良いため、彼はもう氷竜を一体討伐して援護に来ていた。その後ろからは白魔道士がフライで付いてくるように飛んできている。


 ヴァイスは金色の調べの集団に振り向き、アルマがいないことを確認した。そして後は任せろと言わんばかりに赤いクロスボウを掲げた。



「人の獲物を、取るんじゃねぇよっと!」



 レオンは楽しそうに牙を向くとヴァイスの矢が突き刺さった場所を狙ってロングソードを突いた。目に見えて色の変わっている鱗は先ほどよりも随分と柔らかくなっていて、その長剣は簡単に突き刺さった。


 ヴァイスはロングソードを抜いて隣に飛んできてぴたりと止まったレオンを見つめた。その目は手にしている熱を持った武器とは裏腹に、とても冷徹そうな目だった。



「……俺一人で充分だ」

「それはこっちの台詞だっての!」

「……アルマは」

「無事だよ。けど、結構危なかった。俺がいなかったら四人は死んでたぞ?」

「……だからお前に任せた。礼を言う」



 ヴァイスも当初の作戦では努と同様に、氷竜を分断して一体ずつ全員で仕留める心づもりであった。だがアルマの強い要望によりヴァイスは渋々氷竜を一体彼女に任せたのだ。なのでレオンに怒りを向けられたヴァイスは少しアルマを恨みながらも礼を言った。


 そしてマジックバッグに機械式のクロスボウを収納したヴァイスは、レオンと同じようなロングソードを手にした。その途端に彼の手に持ったロングソードは深紅色に染まる。



「……他の場所へ行ったらどうだ? 俺は氷竜とは相性が良い」

「ご生憎(あいにく)、他は満員だよっ!」



 二人は氷竜を相手にしながらも会話を交わしていた。ヴァイスの深紅に変色しているロングソードは氷竜の鱗を次々と溶かし割り、レオンはその鱗部分に次々と攻撃を加えていく。



「……黒竜の方へ行ったらどうだ」

「カミーユさん、ガルム、ツトムがいるし、他もバケモン揃いだぞ。俺が行っても意味ねぇーって」

「……それなら貴族の」

「メルチョー爺さんいるぞ?」

「…………」



 ヴァイスはその言葉を最後に諦めたのか無言で氷竜に攻撃し始めた。相変わらず気難しい奴だな、とレオンはひとりごちながらもヴァイスと共に氷竜を削っていく。



「……はぁ」



 その下でコンバットクライを撃っていた金色の調べのタンクたちは、好き勝手やっている二人の男を見てため息を吐いた。見るからに二人だけで氷竜を圧倒している。自分たちが手出しをすればむしろ足を引っ張ってしまうとすら感じてしまい、彼女らは悔しく思った。


 そして氷竜は二人によって速やかに討伐されてしまった。その後のハイタッチを要求するレオンを無視したヴァイスはさっさと立ち去っていった。



 ――▽▽――



 そして朝から始まった竜討伐戦は、昼頃には迷宮都市の勝利で終わりを告げた。


 結果としてはアルドレットクロウが火竜四体。貴族の私兵団は氷竜一体、火竜二体。紅魔団が氷竜二体。ギルドが黒竜二体。警備団が雷竜一体討伐と、予定通りに完遂することが出来た。その後ヴァイスの証言で氷竜一体の成果は金色の調べに譲られた。


 貴族の私兵団は対モンスター魔道具を駆使した戦いで墜落した火竜二体を足止めし、援護に来たアルドレットクロウの召喚獣四体と共に討伐。氷竜はメルチョーが一人で倒していた。儂は人型モンスター専門などとメルチョーはぼやいていたが、皆から聞き流されていた。


 一番手傷が少なく事前情報からも厄介とされていた雷竜は警備団取締役のブルーノが中心に戦い、見事勝利を収めていた。縮れちゃったわ! とブルーノは雷を受けて焦げた髪の毛を悲しそうに押さえていたが、その間抜けさとは裏腹に彼の活躍は驚異的であった。もしブルーノが雷竜を倒せなかった場合、多くの犠牲者が出ていたことだろう。


 昼に差し掛かる頃には全員の成果報告が終わり、何と犠牲者無しで竜討伐を乗り越えることが出来ていた。その結果に努は少し意外そうな顔をした。紅魔団、警備団、貴族の私兵団からは死人が出ると思っていたからだ。


 特に雷竜を担当した警備団は間違いなく死人が出るだろうと予想していた努は、警備団の評価を大幅に改めた。


 その後は貴族の私兵団による大規模な炊き出しの準備が進められつつ、倒された竜たちの回収作業が始まった。中級や下級の探索者たちを筆頭に死体となった竜たちが次々と障壁内に運び込まれていく。


 竜たちの素材は鱗一枚ですら多大なGゴールドを生み出すため、北の都市復興の資金源となる。運び込まれた竜たちの死体は複数人の解体職人の手によってその場でどんどんと解体され、パーツごとに切り分けられて出来るだけ小さくされた後に特注の縫い目がある巨大マジックバッグへと収納されていった。


 そしてレオンが北方面を一通り索敵してまだ後続のスタンピードが来ていないことを確認すると、探索者たちにパンと暖かい汁物。骨付き肉などが振舞われた。人目を気にしているのか骨付き肉をお上品にちびちびと食べているエイミーと、がつがつ食らっているガルムが対照的だった。



(もうバレてると思うけどな)



 魚住食堂でエイミーが物凄い勢いで食事をしているところは周りに結構見られていたと努は記憶しているが、彼女には言わないでおいた。


 その後はルークと召喚士たちが四体のモンスターを従えて皆に触れ合う機会を与えたり、記者の取材や民衆の歓声でてんやわんやになった。努はそんな熱狂の波から抜け出すと一人北側の障壁の前に向かい、ベンチに座って北方面の景色を眺めていた。


 竜の襲撃は防ぐことが出来た。それも犠牲者無しでだ。そのことは努も嬉しいし、安心した。だが竜の宴ならばこの後更に強力な龍が一体出現する。その候補はいくつか挙げられるが、どれも厄介な龍であることには違いない。


 もし出現するのだとしても複数候補があるため対策は困難。なので努は様々な予測を頭の中でしながら対策を立てようとしていた。貴族の障壁魔法。対モンスター魔道具。探索者たちの戦力。それらをどう動かせば龍を倒せるか。



「お前さんは行かぬのか? 名を売る絶好の機会じゃろうに」



 無表情で考え込んでいる努に背後から声をかけたのは、両手を後ろに回して腰に当てているメルチョーだった。努はそのお爺さんが貴族関係の偉い人と認識していたので、少し緊張しながらも立ち上がって姿勢を正した。するとメルチョーは面倒そうに手を振った。



「気を遣わずともよい。儂はただの老いぼれじゃ。よっこらせっと」

「……ありがとうございます」



 とはいえ努はメルチョーと初対面だ。貴族は探索者を切り捨てたという怖い印象が努の中にあるので、彼は自然と緊張で肩が上がってしまっている。メルチョーは立派に蓄えられた白髭を触りつつ、努から少し離れたベンチに腰を下ろした。



「随分と暗い顔をしておるの。この異例のスタンピードを犠牲者無しで乗り越えたとは思えん顔じゃな」

「……まだスタンピードは終わっていないですからね」

「じゃが、残ったのはただのモンスターの群れじゃ。そこまで気を張らずともいいと思うがの。それにカミーユから聞いたぞ。黒竜戦では大活躍じゃったそうじゃないか。そんなお主が喜ばずしてどうする?」

「それは、そうですね。すみません」



 努が黒竜を討伐しても浮かない顔をしていることをギルドの皆は察していて、気分を盛り上げさせようと気を遣ってくれていた。皆が喜んでいる中で確かに水を差したようで悪かったなと努は反省した。



「ですが、嫌な予感がするんです。えっと、メルチョーさんは貴族様の私兵団団長でしたよね? もしよければ一応警戒するようにして頂けないでしょうか?」

「嫌な予感、か。その根拠は何かあるのか?」

「根拠というものは、正直無いです。しかし竜が現れたということが、僕には不安に思えてしまうのです」



 根拠はゲームの知識です、などとは言えないため、努は口を濁した。メルチョーは努の何か隠している様子にすぐ気づいたが、追求することはしなかった。努は確かに謎めいた人物ではあるが、害を成しているわけではない。むしろ知り得なかった情報を提供し利益をもたらした人物である。


 それに下手に追求してしまえば努が迷宮都市を去ってしまうことも考えられるため、メルチョーは少し口を噤(つぐ)んでどうしたものかと腕を組んだ。



「ふむ、そうじゃなぁ。流石にあの方には直接言えぬが、その代わり儂が頭に留めておこう。実際ツトム君の事前情報には助けられているしの」

「ありがとうございます」



 指先で頭をトントンと叩いたメルチョーに努は安心した後、深くお辞儀をした。するとその背後の方から何やら拡声器の魔道具に増幅ぞうふくされた声が流れ出した。



「あ、あー、ツトムー、ツトムー。聞こえますかー。至急中央広場に来て下さいー。記者の人を確保していますー。早く来て下さいー」



 拡声器によって増幅されたエイミーの声が周囲に響き渡っていた。迷子のお知らせかと努が思わず頭を押さえていると、メルチョーがほっほっほと仙人のような笑い声を上げた。



「ほれ、行ってきたらどうじゃ」

「はい、すみません。自分の根拠のない話を聞いて下さってありがとうございました。では」



 微笑ましそうに顔を綻ばさせているメルチョーに促され、努はその声の発生源へと向かっていった。そして拡声器を持ったエイミーを見つけた後責めるように見やると、彼女はあざとく頭を小突いて舌をぺろっと出した。

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