第86話 大手クランの力
赤糸の火装束を羽織ったアルドレットクロウの一軍から五軍のPTが障壁を出ようとしている中、ルークは召喚士三人と共にまだ動かず障壁内へいた。
召喚士総勢四人の前には大量の魔石が一帯に置かれていて、今最後の大魔石一つが屈強な男によって運び込まれた。魔石換金所のドワーフ少女はリストを確認した後、ルークに魔石の搬入が終わったことを告げた。
「じゃ、やろっか」
ルークはにこやかな顔でそう言うと周りの召喚士も頷く。そしてルークは赤い極大魔石(きょくだいませき)の前へ、他三人は緑、紫、青色の極大魔石の前に立った。その極大魔石はどれも階層主級のモンスターから稀にしかドロップしない価値のある魔石である。
その極大魔石の下や周りには膨大な無色の大魔石や色付きの魔石が積み上げられて配置されている。多数の魔石のさながらピラミッドのような形で積まれていた。
「召喚(サモン)――女王蜘蛛(クイーンスパイダー)」
召喚士がスキルを唱えるとその緑色の極大魔石の周りにあった無数の魔石が溶け出した。そして緑大魔石の周りを覆うようにその液体は盛り上がっていき、段々と形どられていく。
最初に八本足の巨大蜘蛛が地に降り立ち、腹の先から細く強靭なしおり糸を出した。真っ白な体表に羽毛のように柔らかい毛がゆらゆらと揺れている。沼の階層主の女王蜘蛛(クイーンスパイダー)。
「召喚(サモン)――デミリッチ」
次に黒いローブを羽織った骸骨が怪しい妖気のようなものを纏って現れた。荒野の集団墓地で湧く骸骨を倒し続けると姿を現す死を操る者。荒野の階層主を凌ぐ強さを持つデミリッチが骨の杖を振るうと、骨の配下が次々と召喚され始めた。
「召喚(サモン)――シェルクラブ」
召喚された巨大蟹は両腕を上げて金切り声のような叫び声を上げる。その甲殻に張り付いている鉱石が日を弾き、煌びやかに身体を輝かせながら両腕を静かに下げた。浜辺の階層主であるシェルクラブ。
「召喚(サモン)――火竜」
そして赤の竜が地を蹴って空を舞う。凶悪な叫び声を障壁の外へ向けて放った火竜は、命令を待つかのように翼をはためかせながらその場に滞空している。渓谷の階層主である火竜が空に誕生した。
障壁内に召喚された四体の階層主級モンスター。そのモンスターたちは召喚士の命令であれば自殺さえ厭(いと)わない。火竜がルークの命令でゆっくりと地に降り立ち、四体のモンスターは召喚士の命令でひれ伏すように頭を下げた。
その見たことがない光景に民衆から大きな歓声が上がり、ソリット社はその光景を写真機で収める。貴族や対モンスター魔道具を操っていた兵士たちはそれらが召喚される事を知ってはいたが、いざ目の前にすると圧倒されていた。
四体のモンスターが従順であるというアピールを済ませると、ルークは火竜の背によじよじと登った。白魔道士にフライをかけて貰っているので自力で飛べるのだが、そこはご愛嬌だ。
階層主級のモンスター召喚するには階層主討伐の際に低い確率でドロップする極大魔石に、大量の色付き魔石と無色魔石がいる。そのコストは絶大で普段のダンジョン攻略などではとても運用できない。
だが今回は異例のスタンピードということで魔石の都合はついた。なので召喚士四人は普段召喚できないモンスターを召喚することが出来てホクホクした顔をしていた。特にルークは火竜の赤い鱗に頬を擦り付けている始末である。
「それじゃあ行こうか」
「あー、いいなぁ! 生き残ってたら後で乗せて下さいね!」
デミリッチと並んで立っている召喚士は火竜に乗っているルークを羨ましそうに見ながらそう言った。ルークはその男に片手を上げた後に火竜の背を叩くと、翼をはためかせて空へ上がっていった。
貴族の障壁魔法が一部分解かれ、その四体の階層主級モンスターが墜落していった火竜の元へ向かう。一軍、二軍PTは十人ずつに別れて墜落してダメージを負っている火竜と戦っているが、見ていて安定感があったので残り二体の方へ召喚士たちは別れて向かった。
火竜とデミリッチ、女王蜘蛛とシェルクラブに別れて二体の火竜の元へ向かう。ルークは火竜に乗りながらも四軍PTの援護に向かい、外のダンジョンから来た火竜と相対する。
ルークの召喚した火竜は外のダンジョンの火竜より体長がやや大きく、力も強い。それに音楽隊の支援も召喚獣には適用される。運以外全てのステータス一段階上昇。そんな火竜は強いに決まっていた。
なので墜落によって手傷を負っている火竜ならば容易に押さえ込むことが出来て、その間に四軍の遠距離アタッカーが安全に攻撃できた。それにデミリッチの召喚した骨系モンスターたちによって鱗もどんどんと剥がれていった。
だがデミリッチや骨系モンスターは日の光が弱点なのか、あまり力を発揮出来ていないように見えた。しかしルークの火竜一匹でも充分だった。火竜同士の戦いを四軍メンバーたちは安全な場所で観戦していた。
シェルクラブと女王蜘蛛が担当した火竜もルークほどあっさりとは押さえ込めなかったものの、八本足のモンスター同士のコンビネーションで火竜を圧倒していた。火の通りづらい糸を丸々としたお尻から射出して女王蜘蛛が火竜の動きを鈍らせた後、シェルクラブの巨大な鉗(はさみ)での一撃や鋭い水弾などで火竜を削っていった。
シェルクラブは一度火竜のブレスを受けて美味しそうな匂いを漂わせたものの、白魔道士によって回復され焼き蟹にならずに済んでいた。
そして召喚士四人によって火竜二体は押さえ込まれ、討伐された。アルドレットクロウの一軍二軍PTは神のダンジョンでも安定して火竜を倒せていたので、支援を受けての十人体制。更に墜落によって痛手を負った火竜に遅れを取ることはなかった。
火竜を四体討伐したアルドレットクロウはその後一度戦況を把握した後、召喚士四人を中心に他の団体の援護へ回った。
――▽▽――
黒いローブを着込んで黒杖を持っているアルマはメテオストリームを三回放って竜たちを迎撃した後、あまり隕石を当てられなかった黒竜と雷竜を不愉快そうに見ながら青ポーションを飲んだ。
「アルマは墜落した方を頼む。あっちは俺がやる」
「あ、ちょっと! 私だって――」
紅魔団のクランリーダーであるヴァイスは黒の鎧に身を包み、男性にしては長い黒髪を風にたなびかせながらヒーラー一人を連れて障壁へ向かっていった。走り去っていったヴァイスにアルマは思わず舌打ちを零す。
ヴァイスは持っているからあのように立ち振る舞う。持っていない者では初見の氷竜を一人で相手にすることなど自殺行為に等しいし、周りから止められるだろう。だがヴァイスは持っているから許されるし、実際に倒せてしまうのではないかと無意識的に感じさせてしまう。
ユニークスキル。それは神に選ばれた者にしか発現しないスキルとされており、それを持つ者は少ない。ヴァイスはその数少ない者のうちの一人である。自身の身体に熱を付与することが出来、更に傷が自動回復する|不死鳥の魂(フェニックスソウル)というユニークスキルを彼は持っている。
ユニークスキルを持っている者と持っていない者ではそもそもの力が圧倒的に違う。神の寵愛を受けし者。警備団団長、ギルド長、大手クランのクランリーダー。全員がそうだ。持っていない者はアルドレットクロウのルークと、貴族の私兵団団長のメルチョーくらいだ。
(持ってる人はいいわねっ! 好き勝手出来て!)
アルマは自分の言葉を聞く前に走り去っていったヴァイスに内心で当たり散らした。青ポーションの入っていた瓶を乱暴に放り投げると、残った紅魔団八人と共に墜落した氷竜へと向かい始めた。
アルマとて最初からヴァイスを憎んではいない。最初はまだ名を馳せていなかったヴァイスに勧誘されてPTを組み、クランを設立してここまでの大手クランへとなった。アルマはアタッカーの中の一人として良い活躍をし、それで満足できていた。
だが黒杖を持ってから、彼女は変わった。ギルドの資金と個人の膨大な金を費やして買った黒杖は、まるでユニークスキルのような力を有していた。魔法スキルを放つ際の消費精神力が格段に下がり、威力も増大した。その上昇率は現状あるどの杖よりも桁違いに高かった。
その宝石が散りばめられたような外見をした黒杖は、百階層までの素材を使って生産することの出来る最高峰の杖だ。古城階層主の爛(ただ)れ古龍から1%の確率でドロップする素材や、その他1%素材を大量に使って初めて生産出来る黒杖。更に一定の確率で壊れる可能性のあるマゾ仕様の武器強化を重ねている。
何本も壊れていった黒杖の亡骸の上に立っているのが、アルマの持つ黒杖だ。最大強化に至っているその黒杖は白魔道士ならば裏ダンジョンですら中盤まで充分通用する杖だ。その杖はこの世界では正しくチート染みた性能を秘めている。
そしてその黒杖を得てからは半年間討伐がなされず、今後もしばらく討伐は難しいと考えられていた火竜を紅魔団は討伐することが出来た。その火竜討伐で多大な貢献を見せたアルマは取材陣に祭り上げられ、一躍有名になった。
紅魔団の新たな支柱と周りからもてはやされ、ヴァイスにも認められた。そのことがアルマは嬉しくてたまらなかった。いつの間にか遠い存在となっていたヴァイスに同列と認められたことが、何よりも嬉しかった。
だが段々と月日が経つと、アルマのヴァイスを見る目が変わっていった。羨望の対象だったヴァイスはもう手が届く場所にいる。嫉妬。ヴァイスの持つユニークスキルにアルマは嫉妬を覚えるようになった。
自分にもユニークスキルがあれば、黒杖と相まって最強になれるのに。そんなことを思い始めてからは嫉妬が彼女の胸を焦がした。ヴァイスだけではない。他のユニークスキル持ちに対しても何処か劣等感を持つようになってしまっていた。
(まぁ、いい。今日で私の名声は更に上がる)
アルマはそんなことを思いながらフライで空中を飛び、紅魔団八名と共に墜落した氷竜へ辿りついた。
翼の骨格が折れて苦しそうに口から冷気を漏らしている氷竜。そんな氷竜にアルマは黒杖を向けた。
「メテオストリーム!」
アルマがスキルを唱えた直後、空が一瞬光ったと思うと黒色の隕石が氷竜に着弾。その後も隕石は雨のように降り注いだ。メテオストリーム。アルマが好んで使うスキルであり、その威力は絶大である。
「メテオストリーム! メテオストリーム!」
その後も隕石は降り注ぎ、氷竜は身体を靄で包みながら身を低くしたまま、圧倒的物量の隕石に飲み込まれた。どんどんと隕石が氷竜を中心に積み重なっていく。
「ボルテニックブラスト」
「クリムゾンバーン」
「炎蛇(えんじゃ)」
「エクスプロージョン」
他の黒魔道士や呪術師もアルマに続いて魔法スキルを放つ。地を走る雷が着弾し、巨大な炎と蛇を模した炎が隕石を包むように覆う。そして最後に爆発が氷竜を襲った。
その後も青ポーションを飲みながらも炎系の魔法スキルがどんどんと打ち込まれていき、隕石はその熱を吸収するように真っ赤に染まった。その隕石の隙間から水が蒸発するような音が漏れ、水蒸気が溢れ出てきた。
その熱せられた水蒸気が迫ってくる前に紅魔団の一員は攻撃を中断し、避難してそれを遠くから見つめた。そしてその水蒸気は段々と白さを増していき、霧のようになって隕石の一帯を包んだ。
濃い霧で見えなくなった隕石の降り注いだ塊を紅魔団の者たちは不思議そうに見つめた後、アルマに判断を仰いだ。
「……どうします?」
「あれだけ撃ったし、問題ないでしょう。一先ず白い靄(もや)を晴らしましょう。ブラストを撃ってくれる?」
水蒸気が冷やされることで出来た霧のようなものを晴らすため、アルマは風の魔法スキルであるブラストを撃つよう指示する。黒魔道士の男が杖をかざし、空気の弾がどんどんと射出されて霧を晴らしていく。
「ひぐっ」
「え?」
その風の弾を撃つ黒魔道士へお返しをするように、鋭く研ぎ澄まされた氷の塊が飛んできた。それは黒魔道士の腹に着弾し、その男はおびただしい量の血を流した。白魔道士の者が急いでバリアを張った後に治療を開始する。だが無数に飛んでくる氷の礫(つぶて)に次々と紅魔団のアタッカーは倒れていく。
そして霧が晴れた先には体表が白くなっている氷竜が口を開き、ブレスを放とうとしていた。ぞわりとアルマの背筋に悪寒が走る。
「ボルケーノ!」
咄嗟に炎系の魔法スキルを放ち、氷竜の放った冷気と打ち合わせる。それで何とか冷気のブレスを防げたものの、アルマは氷竜の弱った気配を見せない様子に驚愕していた。
(なんで!? あれだけ撃ったじゃない! なんで動けるの!?)
あれだけの魔法スキルを放たれて生きているはずがない。しかし霧の中から姿を現した氷竜はそこまでダメージを負った様子はない。そして氷竜は身を揺らして自身の身体に付着していた厚い氷の塊を振り落とした。
(……氷の鎧でも作っていたのか!? トカゲ風情が!)
あれだけの炎系スキルを叩き込まれてなお、氷竜はそこまで痛手を負ってはいなかった。最初のメテオストリームの後、氷竜は自身の身体から冷気を噴出。それは炎系スキルで熱されて一度水に変わり、再び冷気で冷やされて氷竜を守る厚い鎧となっていた。
「各自散開! 炎系のスキルで攻撃! メテオストリーム!」
アルマは恐怖を打ち消すように大声で叫びながらも指示を出す。そしてメテオストリームを放つが、もう既に氷竜はアルマがそれを使うことを認識していた。すぐに四足歩行でその場から動いて落ちてくるメテオを避けていく。
そのメテオストリームで二回も痛い目にあっている氷竜は完全にアルマをターゲットにしていた。その他の回復したアタッカーたちが魔法スキルを放つが、目もくれずにアルマへと這いずるように向かっていく。
アルマはその氷竜から逃げるようにフライで飛んだ。氷竜は既に空へ飛べない。空ならば安全。アルマはそう思い全速力で空に上がった。
しかし氷竜は口を閉じてもごもごとした後、氷の粒を広範囲に吹き出した。自身の唾液を凍らせた氷の散弾。
「あぐっ!」
それはアルマの足と腹を貫いた。空中で体勢を崩してしまったアルマはそのまま落ちていく。頭から先に地面へと落ちていく。
(死ぬっ! 死んじゃう!)
流れ出る血液。迫る地面。頭の中は死でいっぱいになり、アルマはフライを上手く制御出来なかった。地面はすぐ近くに迫り、アルマは怖くて目を閉じた。
その時だった。黒い影が素早くアルマを横から拾い、空中へと上がっていく。氷竜が氷の礫を吐こうとするも時すでに遅く、もう礫が届かないところまで離れていた。氷竜はそのことに怒ったように叫びながらもそれを追いかけていく。
「回復、よろしくな」
「は、はいっ!」
金髪を短く刈り上げている男が人を安心させるような笑顔をしながらそう言うと、その白魔道士は顔を赤くして返事をした。ちなみにその白魔道士は男である。
逃した獲物を探して回るように辺りを見回しながらも、障壁へと迫ってくる氷竜。うひゃー、と楽しそうに声を上げながら、金色の調べのクランリーダーであるレオンは目の上に手を当てて氷竜を眺めた。
障壁の内からは金色の調べのクランメンバーたちがレオンを囲うように現れる。その者たちは全員女性だった。それに紅魔団と違いアタッカーは存在せず、VITの高いタンク職のみで構成されていた。
「さてさて、それじゃあ竜退治としゃれこみますか!」
「まだ私たち、火竜も倒してませんけどね」
「それは言わないお約束だぜ!」
和やかに会話を繰り広げているレオンは気を取り直すように剣を抜き、氷竜へ狙いを定めるように向けた。
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