第85話 黒竜攻略戦

 黒竜の全長は火竜とさほど変わらず、その細長い蛇のような体や薄い翼などの特徴も同じであった。唯一違うのは額にひん曲がった歪な小さい角があるだけである。


『ライブダンジョン!』でも火竜の色違いなだけに手抜き乙と評されていた黒竜はこの世界でも姿形はそこまで変わらないが、その黒の鱗は火竜よりも強靭で尻尾は少し短い。そして何より闇属性の攻撃をして来ることが特徴的である。


 黒炎は闇属性なので赤の火装束では防げないため、別の対策が必要となる。対策装備があれば手っ取り早いのだが、この世界で闇耐性のある装備は現状では希少であり迷宮都市には存在していない。なので黒炎は白魔道士、灰魔道士などの聖属性スキルで打ち消さなければならない。


 他にも体力が五十%を切ると魔眼が発現し、目を合わせた者の動きを封じるなどの特徴もある。なので序盤に目を奪えれば後々の戦闘が楽になる。


 それと二体いる黒竜と同時に戦闘することは事故に繋がるため、一体は補助部隊に受け持ってもらい距離を取らせている。そのため補助部隊には優秀なギルドメンバーを多く割り振っていた。


 主力部隊は十一名でタンクはガルムと金色の調べのタンクが二名。ガルムにタンクを教えられていた腕の良いギルドメンバーたちは全て補助部隊に割り振っている。ヒーラーは努とユニス。その他四名のギルドメンバーのヒーラーと金色の調べのヒーラーは補助部隊だ。


 努はユニスも補助部隊へ割り振ろうと考えていたのだが、流石に一人くらいは連れていけと補助部隊を指揮する強面のおじさんに言われたので渋々入れた。音楽隊による支援と回復があるため手は足りているし、口を半開きにしてドヤ顔しているユニスは癪(しゃく)に障った。


 努は小さめの音を増幅する風の魔道具を手に持ちながらも指示を出す。



「タンク三人は互いの位置が被らないよう散開! コンバットクライどんどん撃って! ウォーリアーハウルは駄目ですよ!」



 ウォーリアーハウルは盾や鎧などを打ち鳴らしてモンスターの敵対心を煽るスキルだが、その音を聞いたモンスター全てのヘイトを稼いでしまう。なので今回はコンバットクライやタウントスイングなどの個別にヘイトを稼げるスキルが最適である。


 コンバットクライによる赤い闘気にタウントスイングという武器で殴りつけてヘイトを稼ぐスキルでタンクたちがヘイトを稼いでいく。その中でも一番ヘイトを稼いでいるガルムを黒竜が踏みつけようとし始めた時、努の指示によりアタッカーたちが黒竜へ向かった。


 エイミーが数多く放った双波斬が黒竜の翼を重点的に襲いかかり、龍化をしたカミーユが先陣を切って黒竜へ向かった。その他二人ほどのアタッカーが続き、残り二人のアタッカーは代わる時のために待機して黒竜の動きを観察している。


 そして努がそのアタッカーたちの攻撃を出来るだけゲームと同じように頭の中で数値化してヘイトを予測。その数値は寸分狂わずとまではいかないものの、ある程度参考にはなる。アタッカーの攻撃や竜の様子を見て頃合だと感じた努は一度アタッカーたちを引かせた。



「メディック」



 タンクの者たち全員にメディックを送りつつ黒竜の様子を見守る。幸いガルムが一人でも現状維持は出来ている。金色の調べのタンクはそこまで頼れはしないので、ガルム万々歳であった。



「メディック」



 そして地上にいるユニスもアタッカーやタンクにメディックを放っていた。誤射だけはするなよと努は願いつつも黒竜の動向を観察する。


 現状は特に問題なく進んでいる。黒竜の攻撃パターンは火竜とあまり変わらないのでガルムは対応出来ているし、空を飛ぶ様子も見受けられない。


 ガルムは爪での斬撃などを大盾で受けて派手に吹き飛ばされてはいるが、運以外のステータスが常時支援で一段階上昇しているためさして問題ない。回復力の低い吟遊詩人のスキルである慈愛の聖譚曲(せいたんきょく)ですら充分回復が間に合っている。


 しかしそれも黒竜が首を引いて息を吸い込み始めたところで終わりを告げる。黒い炎が黒竜の口から放たれてタンク三人に降りかかった。その黒炎は対象を焼き尽くすまで自然消滅することはない。そして対策装備が無ければ防ぐことは不可能である。



「ホーリー」



 努はその黒竜の動作を確認した後に精神力を弄らず普通にホーリーを放つ。じっとして黒竜の攻撃に備えているガルムとパニックに陥って走り回っているタンク二人の足元から光の柱が立ち上り、少しのダメージと共に黒炎はさっぱりと消えた。



(ホーリーの精神力節約したいところだけど、タンクの視界が心配だしな。ケチらずやった方がいいか。多分ガルムがおかしいだけで、普通怖いだろうし)



 自分の身を黒炎が燃え焦がしている中、ガルムだけは冷静に黒竜の前足攻撃を防いでいた。しかし他のタンク二人は明らかにパニックを起こしていた。自分の身体に火がついて熱さを感じているのに動揺しない方がおかしい。そのため努はホーリーを出来るだけ早く当てて消火してやろうと思いながらもヒールで三人を回復させる。


 だが何も燃えるものが無いはずの地面からは薪が燃えるような音が響いていて、黒竜の吐いた黒炎は地に健在していた。地面に引火した黒炎は燃え広がることはないが、消えることもない。


 黒炎の見た目は火のようだが実際には火ではなく、火を模した呪いのようなものなのでその勢いが緩むことはない。努はその地面に残った黒炎をホーリーで消火した。



(黒炎が地面に残るのは面倒だな)



 ゲームではなかった現象に努はげんなりしつつも地面に残った黒炎の処理を行っていく。特に小さい炎まで消さなければいけないのは相当面倒な作業で、努はため息を吐きながらもホーリーウイングで細かい黒炎を処理していった。


 アタッカーは時々待機の者と代わりつつも黒竜の鱗や固い後ろ脚の甲殻を剥ぎ、翼を中心的に攻撃している。努は上から戦況を眺めつつも時偶指示を飛ばしてヘイトを管理し、タンクに黒竜の攻撃がきちんと集中するように維持させている。



「左から火球! アタッカー退避!」



 他の火竜からの流れ弾も努はすぐに把握して退避の指示を飛ばす。黒竜が黒炎を放てばアタッカーにブレスを止めさせるよう指示を出し、すぐにホーリーで黒炎を鎮火。ヒールでタンクを即時回復。


 そして二人のタンクは何度も黒炎を受けては鎮火され、次第に黒炎に対する恐怖心は薄れていった。その後は二人がかりでガルムの休憩時間を作れるほどには動きも良くなってきていた。ガルムの動きを参考に二人は黒竜の攻撃を受けて飛ばされ、すぐに立ち上がってコンバットクライを放っている。


 アタッカーの方も順調に黒竜を削れている。たまに尻尾で弾かれる近接アタッカーがいるものの、痛みが来る頃には努のヒールで回復されている。黒炎が燃え移ってしまっても上から戦況を把握している努からすぐにホーリーが飛んでくる。基本アタッカーの方へ黒竜のヘイトが向かないのでそこまで重い攻撃も来ない。


 ユニスもアタッカーを中心にヒールを飛ばしているが、ほとんどは努のヒールが先着していた。ユニスは上空の努を見て悔しそうに舌打ちを漏らしながらも、二人のアタッカーが休む場所にエリアヒールを設置してメディックを当てることに切り替えた。



「はぁっ!」



 そして龍化状態のカミーユが黒竜の後ろ足の腱を断ち切った。エイミーは黒竜を常に出血させることに重点を置いて立ち回っていて、精霊術師の副ギルド長も精霊を次々と召喚しては射出して援護している。


 すると黒竜は黒炎を上空に吐き散らしながら叫び声を上げ、首をぐねらせて黒炎を辺りに撒き散らし始めた。黒炎による全体攻撃。降りかかる黒炎を皆出来る限り避けてはいるが、黒炎が集中したタンクは全被弾。アタッカーも数人地面の黒炎を踏んでしまって被弾、ユニスもその大きい尻尾に黒炎が引火した。



「あちちちち!」



 初めて自身に黒炎が付着して焦っている者を中心にパニックとなり、黒炎を受けた者がせっかく黒炎を避けた者にぶつかって引火してしまったりしていた。ユニスも尻尾に引火した黒炎に動揺して走り回ってしまっている。



「落ち着け! こちらに黒竜は来ていない! その場から動くな!」



 カミーユの凛と通る言葉が通り慌てふためいていたアタッカーたちは少し落ち着きを取り戻す。黒竜はタンクに向いているためアタッカーたちにそこまで危険はない。黒炎によって感覚は熱いという信号を送ってくるが耐えられる熱さではある。



「ホーリーウイング」



 そして上空で黒炎を避け切った努がスキルを唱えて聖なる羽を具現化させ、まずは黒竜に狙われているタンクの黒炎を優先的に処理した。その後身を焦がす熱さに耐えているアタッカーにも聖なる羽を飛ばして黒炎へ刺すように当てて消火。涙目で走り回っていたユニスの尻尾にもその羽はサクっと刺さって黒炎は鎮火した。



「ヒール」



 努が杖を振ると集まっているアタッカーの頭上から霧雨のようなヒールが降りかかり、全体を回復する。全体回復スキルはオーラーヒールというものがあるが、こちらの方がヘイトを稼がずに済むため努は霧ヒールを採用していた。ちなみにこれはユニスのヒールを見て発見したものである。



(本当の炎じゃなくてよかったな)



 さぞ燃えやすそうな尻尾を押さえているユニスを見て努は内心で思いながらも、狂ったように黒炎を撒き続けている黒竜を見つめる。その黒竜の金色の瞳は赤く変色して妖しく光っていた。体力が五十%以下になったことにより、魔眼が発現している。



「魔眼が発現しました! 出来るだけ目を合わせないこと! もし身体が動かなくなったら声を上げて下さい!」



 目を合わせてしまうと麻痺状態に陥ってしまう魔眼は、ゲームでは稀に使ってくる程度の技であった。しかしここでは常時発動も有り得ると考え、努は更に集中力を高めながらも叫ぶように指示を飛ばした。


 黒炎を消化しつつも早速魔眼を受けて声を上げたタンクに、努はメディックを飛ばして麻痺状態を解除する。しかしそのタンクは黒竜の顔をまた見てしまったようで、またすぐ身体が硬直した。



「明確な範囲が不明ですので、自分でいくつか試して下さい! 個人的には首の動きを見るのがよろしいかと! ただ噛み付きには警戒を! 食われたらヒール出来ませんからね!」



 そう言われて黒竜から目を反らしたタンクに努は再びメディックを飛ばして麻痺状態を治してやり、タンクをどんどんと動かしていく。しかしいきなり黒竜と目を合わせないというのは難しく、タンクは何度も麻痺状態を繰り返していた。それに関してはしょうがないことなので努は無心でメディックを飛ばしていく。


 ヘイト管理、回復、状態異常回復に加え地面にある黒炎の処理もしなければタンクやアタッカーが引火してしまう。精神力の残存を体感で確認しつつも青ポーションを飲むタイミングを測り、努は隙を作っては青ポーションを飲んだ。音楽隊による精神力回復はあくまで微量なので長期的には有用だが、今に限ってはあまり意味がない。



(あー、祈祷師か付与術士欲しい)



 精神力関連のスキルで強みを持っているジョブは現在絶滅危惧種なので、本当に見かけない。努は内心愚痴りつつも青ポーションを口にしながら全ての仕事を淡々とこなしていく。魔眼による麻痺状態が少し辛くタンクが重い攻撃を受けるようになってしまい、回復の頻度も増えてきた。


 一度タンクの一人が黒竜に腕を噛み付かれて持ち上げられた時は努も冷や汗が出たが、何とかエアブレイズを黒竜の目を狙って放つことで怯ませて放させることが出来た。カミーユが空中でそのタンクを受け止めて素早く努の方へ運んでくる。


 ぐちゃぐちゃに噛み砕かれた右腕の鎧を苦労して外しつつ、呼吸困難に陥って息を浅く吐き続けているタンクの女性へヒールを送る。


 そのタンクの腕は宙ぶらりんになって先の景色が見えるくらいの大穴が空いていたが、時間をかければ治せる。そのまま食われて飲み込まれでもしまったら死が確定だ。良かったと努は安心しながらハイヒールを重ねがけしてタンクの傷を塞いだ。



「あ、ありがとう」

「お礼は後。早く復帰して上げて下さい」

「は、はい!」



 そのタンクを集中治療している間にガルムともう一人のタンクは傷つき、黒炎が地面に広がって動ける場所が狭まっている。すぐに立て直さなければならない。努はその二人に回復スキルを飛ばしながら言葉を返してタンクを戦線に復帰させた。


 その後も何回か金色の調べのタンクが踏みつけられたり噛み付かれたりすることがあり努にとっては心臓に悪い時間帯だったが、アタッカーの援護もありタンクの死亡は避けられている。


 それからは少しずつタンクの三人は魔眼に慣れてき始めてきている。タンクが魔眼にあまり捕まらなくなれば努も楽になるため、努は麻痺状態を先読みしてメディックを当てつつも耐えた。


 そして黒竜の上を向いての黒炎撒き散らしも何度かされたので、努はホーリーウイングを飛ばして地面に落ちてくる前に黒炎をほとんど打ち抜いた。その撒き散らしには少しパターンがあったので、予測は容易だった。



(早く死ね)



 仲間に支援を行いながら努は純粋な殺意を黒竜へ向ける。黒竜は出血とカミーユによる斬撃によって弱ってはきているものの、まだ倒れる気配はない。だが戦況は既に安定期へ入ってきている。タンクは黒炎を恐れなくなり、魔眼にも慣れてきた。努も黒炎の対処や不測の事態にも対応できた。


 だがここに来て黒竜は見たことのない行動を取り始めた。地面に黒炎を吐き、その中へ身を投じたのだ。


 一瞬努の心の中に自殺という単語が出てきたが、黒竜は黒炎を身体に纏いながら平然と出てきた。そしてその黒炎を纏った状態でタンクを攻撃し始めた。


 尻尾での打撃を受けたガルムの大盾に黒炎が引火。物理攻撃にも黒炎の呪いが付与され、更に攻撃した近接アタッカーにも黒炎は燃え移った。努はうんざりしながらも対処する。



(頼むから、早く死んでくれ)



 努はそう思いながらも増えた仕事をこなす。大変ではあるが、まだ考える余裕が彼にはあった。頭でその出来事を分析し、最適な動きと指示を出してスキルを放つ。黒竜への殺意で行動や思考が鈍ることはない。音楽隊の支援スキルの種類や秒数を把握出来るほどには、まだ余裕はあった。


 そして黒炎を付与した黒竜の通常攻撃にも努はすぐに対応することが出来た。ホーリーウイングを放って爪や鱗の剥げてきた場所を狙い黒炎を消滅させ、攻撃、防御で使えていた黒炎を封じた。


 こうなってしまえばもう黒竜に打つ手はない。全体攻撃もアタッカーの者たちは慣れ始めて対応できるようになってきている。努の仕事も随分と減ってきた時。



「パワースラッシュ!」



 動きが鈍り始めた黒竜の懐にカミーユが飛び込み、大剣での突きが喉を切り裂く。ごぼりと溢れる血に染まりながらカミーユはそのまま大剣を下へ振り下ろした。


 黒竜の叫び声が血で詰まって聞こえなくなる。その後動けなくなった黒竜の頭をカミーユの大剣が貫き、黒竜は絶命した。


 アタッカーを中心に歓声が上がる。タンク二人は安心したようにへたり込み、努も一仕事終えたと息を吐いた。



「少し休憩した後、すぐにもう一匹を討伐しにいきましょう!」



 努の声に地上の十人は勝どきを上げつつ、片手を掲げた。その後はもう一体の黒竜を引きつけていた補助部隊と合流し、主力部隊を中心に余裕を持ってその黒竜を倒した。


 ギルドは死人無しで黒竜二体の討伐を果たすことができた。

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