第84話 スタンピード、開幕
そして翌日。スタンピード襲来の日がやってきた。朝にレオンが偵察に向かい竜たちの速度を見て襲来推定時間を予測。おおよそ二時間前後で到着するであろうというレオンの言葉に準備の手が早まった。
対モンスター用の魔道具に使う魔石を探索者たちがせっせと運び、竜に攻撃スキルを放つ班や支援を行う音楽隊が固まり始める。そして民衆たちはぞろぞろと障壁から引いた場所へ集まり始めた。おおよそ七割の民衆たちは警備団の指示通り南へ避難したが、その他の民衆は避難せずに障壁内から有名探索者や竜を見学しようと集まっていた。
記者たちも何人か集まって各自貴族や警備団、探索者たちへ取材を行っている。異例のスタンピードということで民衆の注目も高いため、彼らからすれば絶好のネタだ。
音楽隊も準備を開始して各自楽器やポーションを確認した後、指揮者が前に立ち指揮棒を振ると前奏が始まった。スタンピード時にいつも流れるその音楽は、探索者たちや民衆たちを安心させた。
そして貴族であるバーベンベルク家頭首が高台に登って演説を行う。その光景も努以外の者たちにはいつもの光景であり、皆の浮き足立っていた気持ちを引き締めさせた。貴族の障壁魔法に対モンスター魔道具、それに有名探索者たちも全員揃っている。
これなら竜が来ようとも問題ないという空気が広がり、いつも通りのスタンピードと同様の落ち着いた雰囲気を取り戻すことが出来た。動きが硬かった者たちも適度に力を抜くことが出来て、作業は順調に進んでいった。
(何やってんだか)
そんな中努はギルドの集まりの中に入って障壁前に集まっていたが、有名探索者たち目当てで集まってきている遠くの民衆たちを冷めた目で見つめていた。警備団の者たちはその民衆たちが踏み入らないように人数を割いて警備を行っている。
警備団の出した厳戒令というものには民衆に避難を強制するものではないので、それを無視して避難しなくとも罪に問われない。なので避難せずに留まることも出来るし、迫り来るモンスターを見学するということも出来る。
だがその民衆たちが警備団の手を煩わせていることに努は呆れていた。その民衆たちは警備団の者がいなければ有名探索者の元へ今にも走り出していきそうなほど興奮していて、既に拘束されている者も出ている。
拘束された民衆たちは警備団の方が悪だと糾弾し始めている始末で、その後も続々と拘束される者は出てきていた。
そんな中にはエイミーのファン団体も声援を送ったり自作の旗を掲げていたのだが、警備団に拘束された者はいなかった。他のファン団体よりも何処か統率されているようで、火竜討伐の際にエイミーがモニターに映った時とは打って変わって悪目立ちはしていなかった。
「エイミーのファンたちは、なんか大人しいですね」
「そうだねー。もう結構長く応援してくれてる人たちだし、そこら辺よくわかってる人たちが多いんだよ。ありがたいよね」
「へぇー。凄いですね」
「んー、でもあの人たちはね、探索者の立ち回り方のせいでああなっちゃってる部分もあるんだよ」
エイミーは警備団に拘束されて文句を垂れている民衆を少し悲しそうな目で見やった。
「ああやって飛び出して来た人たちを、他の探索者は普通に対応しちゃうんだよ。握手とかしちゃったりしてさ。それじゃあ自分も行きたい! って人が増えちゃうでしょ? だからああいう困ったちゃんはきちんと無視しなきゃ駄目なんだよ。そうしなきゃ味を占めてまたやるからね」
「……なるほどです。今度レオンにキツく言っておくのです」
「そうだね。あの人は特に気をつけた方がいいかも」
ナチュラルに会話へ入ってきたユニスを努は一瞥する。他にも金色の調べのタンクやヒーラーが準備の手伝いを終えてギルドの集団へ入ってきていた。
「結構考えてるんですね」
「そりゃあねー。考えるよ。というか考えなきゃいけないよ。名が売れたら。ツトムはまだ大丈夫そうだけど、クラン作って人気出たらちゃんと身の振りを考えなきゃダメだよ?」
「エイミー先輩。お世話になります」
「その感じ、やめて? この前もあったよね?」
「お世話になるです」
「この子も真似してるじゃん! やめなさいっての!」
礼をしたままの努とユニスにエイミーはうんざりした様子で彼の頭をぺちぺちと叩いた。努はエイミーの責めるような目にすみませんと肩を竦めた。ユニスはその光景に小首を傾げている。
拘束された者が連行されてからはある程度騒ぎが収まり、民衆たちは大人しくなり始めた。それから努は竜が攻めてくる間に金色の調べやギルドの者と大まかな立ち回り方を再確認した。
立ち回りについては出来る限り三種の役割を取り入れて戦闘を行っていくが、合わなそうならば各自の判断で動いて構わないということなっている。連携もそこまで練習出来なかったので無理に三種の役割を当てはめても死亡率が上がると判断したためだった。
カミーユと努を中心に最終確認を終えると、集団は少し散って知り合いなどと話し始めた。そんな中で努は軽く震えている自分の手に目をやった。
(死んだら日本に戻れるかも)
そう考えればこの手の震えは止まるかもと思ったが、全く止まることはない。細かな震えは残ったままだ。死ねば終わりということを努は心の底では理解してしまっている。そんな希望的観測で自分を騙せるのなら楽だ。
「うっわ! 凄いふかふか! 手入れしっかりしてるね!」
「ふふん。そうでしょうそうでしょう。これは森のダンジョンでも希少なソーミル樹脂を使った……」
緊張していた努がその明るい声に振り向くと、エイミーがユニスの大きい黄色の尻尾を抱くようにして触っていた。そしてエイミーの賛辞にユニスは満更でもなさそうに手入れやシャンプーの種類などを解説し始める。
「む。私もそれを使っているぞ。いいよなあれは」
「ギ、ギルド長さんも使っているのですか」
そんなユニスの解説にカミーユも長く垂れ下がった赤髪を持ち上げながら入ってくる。三人は髪や尻尾の手入れの話で随分と盛り上がっていた。その中に受付嬢などの女性陣も入ってきて、ガルムを中心に固まっている男性陣は何の騒ぎだと集まってくる。
スタンピードの来襲が迫っていることに緊張し始めていた努は、その光景を見て少しだけ気持ちが和らいだ。
(……こんなところで死んでたまるか。帰るんだ、日本に)
これまでも努はリゾットを食べた時だとか、夜眠る前などに日本のことを思い出して胸が苦しくなることがあった。だが自分の死の可能性を直視してからは、日本に帰りたいという気持ちはどんどんと強くなっていた。
絶対に死なない。自分も、ギルドの皆も死なせはしない。死の危険がある極度の緊張は努の集中力を逆に高め始めている。一度もミスは許されない。努の自分を追い込む形での集中力は、隣に来たガルムが話しかけるのをはばかるほど研ぎ澄まされていた。
「レオン確認! 背後の竜も確認! 十二体です!」
翼を羽ばたかせながら双眼鏡を持って外を確認していた鳥人の男は、拡声器の魔道具で竜の来襲を皆に伝えた。それと同時に音楽隊が楽器を奏で始め、その音楽を耳にした全員のステータスが次々と上昇していく。
拳闘士の男は今か今かと待ちわびるように拳を打ち合わせ、兵士の者たちは兜を被り始める。努の隣にいるエイミーも身体の調子を確認するようにぴょんと飛び跳ね、ガルムは緊張をほぐすように長い息を吐いた。
民衆や記者の者たちもその知らせに竜たちが現れるのを待ち侘びている。応援するような声が重なり大きな声援となって探索者たちの耳に届く。その声援に探索者たちはこぞって士気を高めて声を返した。
そして障壁の外からレオンがバルバラをお姫様抱っこしながら地面を蹴って飛ぶように移動してくるのが肉眼で見え始め、その後ろを追いかけている複数の竜も見えた。障壁を操っているバーベンベルク家頭首とその子息、攻撃スキルを放つ班の顔に緊張が走る。
レオンに抱かれているバルバラがウォーリアーハウルで音を鳴らし、竜たちを引きつけて障壁へと向かってくる。貴族は障壁に一人分入れるほどの穴を開け、レオンたちがそこへ滑り込むように入るとすぐに閉じた。そしてそれを追いかけてきた総勢十二体の竜たちは障壁の前で止まり、空から探索者たちを見下した。
火竜の一匹が咆哮を上げると、他の五体も共鳴するように咆哮を上げた。モニター越しではない生の咆哮はやはり違うもので、それを直接耳にした民衆たちは一瞬で竦み上がって腰を抜かした者までいた。しかし六つの団体は特に怖気づくこともなく火竜を見据えた。
そしてその咆哮が終わると火竜は息を吸い上げ、火炎のブレスを障壁へ放った。それを皮切りに他の竜たちもブレスを放ち始める。
炎と黒炎が混じり合い、雷鳴と共に視界が弾ける。その上では氷竜の吐き出した冷気が障壁へと降りかかる。障壁近くに立っている攻撃スキル班はそのブレスに一歩二歩と下がるが、障壁が崩れる気配はない。障壁は二層に分けて構築されているが、一層目すら破られていない。
その後も火竜や黒竜は障壁へ体当たりを繰り出したり、ブレスを吐き続けた。しかし障壁は一枚も破れない。全て防ぎ切ることに成功している。ただ黒炎に関しては火と違って消えずに残っていたが、一人の子息が器用にその燃えている部分を切り出し、もう一人がその障壁を裏から補填して延焼を防いでいた。
スキルのバリアでは一度張った後全て解除しなければいけないが、魔法であればこのような細かいことも可能だ。それ以降も黒炎が集中しているところを補填しつつも貴族たちは障壁を維持していた。
そして竜たちがある程度の攻撃を試してまごついたように動きを止め始めた直後、貴族が片手を上げた。障壁を解除して攻撃を行う前の合図だ。
黒魔道士、灰魔道士、呪術師などが杖を構え、精霊術師は精霊を召喚して攻撃に備える。弓術士は矢を番え、兵士たちは対モンスターの魔道具である大砲の照準を確認し、狙いを定める。
貴族は息を大きく吸い込み、叫んだ。
「放て!!」
その貴族の声と共に攻撃スキル班の前にある障壁が消失。それを皮切りに全員がスキルを唱え、魔法スキルが一斉に発射された。魔道大砲からは火を纏った砲弾が飛び、スキルの力が乗った矢が竜たちの下から襲いかかる。
「メテオストリーム」
その中でも群を抜いて目立っているのはアルマの魔法スキルだった。七十レベルの壁を超えることで習得することの出来るスキルであるメテオストリーム。黒杖によって威力強化と精神力消費減少を受けているため、三回連続で打てて威力は絶大。
火竜を倒してメテオストリームを習得したアルマは、元々メテオ系のスキルが好きなことも相まって使い込んでいる。そのスキルの使い込みと黒杖を掛け合わせれば、相性の悪いボルセイヤーですら倒してしまうほど強力なものになる。
空から流星群が降りかかり、それは火竜を次々と墜落させた。その他の黒魔道士や呪術師などの攻撃も次々と当たっていき、どんどんと火竜は墜落していく。
火竜は全て墜落。氷竜は一体墜落し二体は翼や胴体にダメージを受けていてよろめいている。黒竜と雷竜はメテオストリームを避けたものの、他の攻撃スキルで翼にある程度ダメージを受けて自由に飛べなくなっていた。だがその中でも雷竜は他の竜に比べて一番被害が少ないように見えた。
「出撃だ! 行くぞ!」
カミーユの号令と同時にギルドの団体も動き始める。駆け足で障壁の前に辿りついたカミーユが障壁を叩くと、その部分の障壁が消失して続々と探索者たちが外に出始めた。
全ての団体が外に出ると障壁は閉じられた。努はフライで上空に飛んで他の団体の位置を確認した後、その進行方向の先にいる黒竜を見据えた。
「コンバットクライ!」
ガルムや他のタンク職の者たちが黒竜にコンバットクライを放って黒竜を釘付けにする。その他の団体もお互いに誤射などが起きないように距離や位置を調節しつつ、コンバットクライで担当した竜の
コンバットクライを当てられた黒竜はその細長い首をうねらせながら叫び散らす。ギルドの団体は二手に別れて黒竜を別々に引き付ける。カミーユ、エイミーなどの少数精鋭の主力部隊と、タンクやヒーラーを多く割り振った生存重視の補助部隊に別れ、黒竜一匹を補助部隊が引きつけて遠ざけていく。
火竜の色違いのような見た目をしている黒竜はガルムを中心とした三人のタンクへと這いずりながら迫ってくる。
ギルドによる黒竜討伐戦が開始された。
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