第83話 合同演習
その翌日は各団体合わせての合同演習が行われた。といってもアルドレットクロウは外に砦や拠点をゴーレムで作り上げ、紅魔団のアルマを中心とした黒魔道士はメテオで街道以外を塞いでスタンピードの軍勢が簡単に通れないように妨害工作を施している。
一応演習の目的としては戦闘の流れを確認するためなのだが、レオンがバルバラをお姫様抱っこして飛び回ったり、黒魔道士の魔法スキルを撃つタイミングと障壁解除を合わせたりなどが主な練習だった。白魔道士の努は特に練習することがなく、戦闘の流れの説明を受けた後は正直暇であった。カミーユからギルドは黒竜二体を担当することになったと聞かされたものの、既に情報などは警備団に全て伝え終えていて皆に広まっている。
レオンの高速偵察によると明日には竜たちが迷宮都市に到着するとのことだが、努は油断してはいないもののこの戦力ならば撃退出来ると考えていた。充実した対モンスター魔道具に貴族の障壁魔法。多くの探索者たちがいれば戦力的には問題ない。
しかし努が気にしていることはその後だった。ゲーム内イベントである竜の宴ではこの火竜、氷竜たちは通過点、いわば前座である。もしかしたらボス級の竜が出るかもしれないと考えて努は逃走を考えていた。
ただ外のダンジョンは神のダンジョンと違い、この世界では数百年前から存在する自然物として捉えられている。神のダンジョンならまだしも、外のダンジョンにゲーム知識を当てはめるのは少し見当違いなのではないかと感じてはいた。しかし確認された竜の種類は竜の宴と合致しているので、努は嫌な予感を拭えなかった。
努は念のため黒竜の情報を再確認し注意点などを伝え終わると、障壁魔法の内から様々な音色が響き始めた。貴族お抱えの音楽隊による練習の演奏が始まったのだ。
その音楽隊は吟遊詩人で構成されているためその重厚ある音色での士気高揚だけでなく、実際のステータスも上昇させることが出来る。約百名の吟遊詩人が指揮者に従い交互に奏でる音楽は途切れることなく続き、その曲や歌声を聞いた者たちのステータスは上昇する。それに回復スキルも混じっているため、ヒーラーの負担は大分減ることだろう。
安全圏からの集団支援は神のダンジョンでは出来ない吟遊詩人ならではの強みである。しかも効率的にスキルを回しつつも一つの曲を作り上げているようにも感じ、努はその音楽隊に感心していた。
(曲によって回復系重視してたりしてるな、これ。いい支援だ)
音楽隊の音色とメテオの落ちる轟音が響く。そんな中努はヒールやハイヒール、オーラヒールなどを球体に纏めて適当に回していると、一人の女性がフライで努の上に飛んできた。
大きい黄色の尻尾を揺らめかせながらするすると降りてきた背の小さい女性。その人物は金色の調べの一軍メンバーであるユニスだった。彼女は努と同じ種類の純白のローブを羽織り、手には白杖を持っていた。
「……随分と暇そうなのです」
「そうですね。支援はあちらでしてくれてますし、打ち合わせも終わったので特にやることないですしね」
「そうなのですか」
ユニスは頭の上にあるやや尖り目の狐耳を立て、度重なる轟音に迷惑そうな顔をしていた。努はそんな彼女から視線を外して遠くでメテオがポンポンと落ちていく風景を眺めた。しばらくそのままでいるとユニスがいそいそと努の前に移動しながらも話し始めた。
「……今回金色の調べは全体の援護に回っているのです。ギルドは黒竜二体を相手にするそうですね」
「そうですね」
「なので今回私が援護に来てやったのです」
「そうですか」
「…………」
まるで会話を続ける気のない努にユニスはすんと鼻を鳴らすと、努と同じようにヒールを唱えてぐるぐると回し始めた。努に指導されてからも自分で練習していたのか球体維持や速度は申し分ない。
その後しばらく努はユニスが何処かに行くまで待っていたのだが、彼女は断固その場に残りヒールを回していた。周りのギルドメンバーはヒールを回している二人へ奇異の目線を向け始める。
「何か用ですか」
努がそう言うとユニスはふてぶてしそうな顔で振り返ったが、尻尾の動きは随分とご機嫌そうであった。構ってちゃんかと努は思いながらもため息をついた。
「どうやら他のクランのヒーラーにもツトムは色々と教えているようですね」
「そうですね」
「何か私に教えることがあるのではないです?」
「え? いや、何もありませんけど」
「……嘘つけです。……絶対私にだけ教えてないことがあるのです」
ユニスは中堅クランであったシルバービーストにすら先を越され、観衆の目線が冷ややかになっていっていることを直(じか)に感じている。今回のスタンピード戦でも金色の調べよりシルバービーストの方が良いのではないか、と民衆に言われる始末だ。
金色の調べはアタッカーに関してはアルドレットクロウよりレベルも高いし、何よりユニークスキル持ちのレオンがいる。それに通常のスタンピードならまだしも、今回は異例だ。なので場馴れしている金色の調べの方が良いと判断されて今回は選ばれた。しかしその民衆の評価をユニスは悔しく感じ、更に練習を重ねていた。
だがその練習と努力は現状芽吹いていない。ユニスは手詰まりを感じて焦れている状態だった。そんなユニスは何かアドバイスを貰おうとここへ訪れたのだが、その気持ちとは裏腹に彼女は努を指差した。
「でも、関係ないのです。必ず越えてやるのです。シルバービーストも、アルドレットクロウも、ツトムも。全部越えて頂点になってやるです」
「頑張ってくださーい」
「ぐっ。今に見てろです!」
そう言い残すとユニスはフライで飛んでいってしまった。彼女が一体何をしに来たのか努はわけがわからなかったが、そんなユニスを黙って見送った。
現状金色の調べはあまり成果を出せていないが、努はしょうがないことだと思っている。シルバービーストは努が事前に三種の役割の下地を作っていたし、アルドレットクロウも自前で下地を作っていた。金色の調べはその下地が全くなかったため、成長が遅れているのは当たり前のことだ。
ユニスに関しての評価も別段悪くない。その態度とは裏腹に努力家ではあるし、置くスキルを見よう見まね出来るセンスもある。三種の役割の下地が揃えばユニスは悪くない成果を出せると踏んでいる。
その後も努は音楽隊の支援パターンを見極めていると、今度はステファニーも顔を出してきた。ルーク率いる召喚士たちがゴーレム建築に勤しんでいるが、彼女も打ち合わせを終えた後は暇なようだった。
挨拶をした後に火山階層の話題を振るとステファニーは嬉しそうに話し出す。スタンピードが終わった後にはもう紅魔団に追いつけるだろうと自信ありげだった。
情報収集を兼ねた世間話が一段落つくと、ステファニーは今も聞こえてくる音色に耳を傾けた。
「音楽隊の皆様は相変わらず素晴らしい腕前ですわね」
ステファニーはうっとりとした顔で演奏している音楽隊を見つめている。努は彼女が指揮棒のような杖を使っていたことを思い出し、試しに聞いてみた。
「実は音楽隊に入りたかったりとかします?」
「あら、バレてしまいましたか? そうですね。子供の頃はそうでしたわ」
懐かしむようにステファニーは目を細めるが、その視線はすぐに落ちた。
「ですが神のダンジョンが出来てからは、吟遊詩人で無ければ入れなくなってしまいましたの。それに、演奏の方も私は平凡でありましたからね。おかげですっぱり諦められましたわ」
「あー、そうなんですか」
「すみません。つまらない話をしてしまって」
「いやいや。んー、でもそれは何だか悲しいですね。転職でも出来たらいいんですけど」
「……当時はそんなことが出来たらいいなと思いましたわ」
ゲームならばジョブの転職は容易に出来るが、この世界では転職というシステムが存在しない。なので最初に決められたジョブしか選択出来ない。
「ですが、私は例え転職が出来るようになったとしても白魔道士を続けますわ」
何か使命感にでも突き動かされているようなステファニーの目に努は少し首を傾げながらも言葉を返す。
「そうですか。それはこちらとしても嬉しいですけどね。ステファニーさんは今後も伸びそうですし」
「……そういえばツトム様。少しお聞きしておきたいことがあったのですが」
「はい? 何でしょう」
「シルバービーストのロレーナというヒーラーはツトム様にご指導頂いたと申していましたが、本当ですか?」
「あぁ、はい。本当ですよ」
「やはり、そうですか。この前映像を見ましたが、大変お上手でした」
そう語るステファニーの目はめらめらと燃え盛るようにギラついていた。彼女は完全にロレーナを好敵手として捉えていたようだった。
「確かにロレーナさんはかなり上手くなってましたね」
「ただ、支援スキルがお粗末ですわ。見ていて少し苛々しました。……でもロレーナさんは私より上手いと感じてしまうのですよね。恐らく他の部分では負けているのでしょう」
「ロレーナさんの上手いところは、第一にヘイト管理でしょうね。それとPTの連携力かな?」
「ヘイト管理、ですか」
ロレーナは兎人でありその関係性は不明であるが、モンスターのヘイトを察知する能力に長けていると努は感じていた。番台での映像を見ていても彼女がPTのヘイトをコントロールしているのが見て取れる。
そしてそのヘイトコントロールを可能にしているのが、PTメンバーの連携力である。長年PTを共にしてきただけあってその連携力は凄まじい。互いの意思疎通が淀みないおかげでロレーナの指示が的確に素早くPTに回るのだ。
ロレーナ単体ならばステファニーとさして変わらない実力だろうが、PTで見た場合はロレーナの方が上手い。それがステファニーの感じている差だった。
「私(わたくし)も負けていられませんわ!」
「…………」
ライバル意識を燃やしてぐっと拳を握っているステファニーを努はじっと見つめる。努も『ライブダンジョン!』ではライバルとまではいかないが、互いに意識してしまうような実力あるプレイヤーはいた。壊滅状態のPTを組み立て直した祈祷師のプレイヤーは有名で、努もクランメンバーにその者を何回か引き合いに出されたことがある。
だがその祈祷師は随分と前に引退してしまって、残ったのは努一人だった。それ以降は過疎化が進み人は減る一方だったので、そういった者は現れなかった。なので努は少しだけステファニーを羨ましく感じていた。
「ツ、ツトム様? 何か私の顔にゴミでも付いていますか?」
「あぁ、すみません。何でも無いです」
少し照れた様子のステファニーから努は視線を外した。すると後ろのギルドメンバーが昼食を食べに行くとのことで努は呼ばれた。
「それでは僕は昼食に行ってきますね」
「はい。私もそろそろ戻りますので」
「ステファニーさん。スタンピード、生き残って下さいね。いのちだいじにでお願いしますよ」
「え、えぇ。それは勿論です」
努の真剣な言葉にステファニーはこくこくと頷いた。そして彼女もアルドレットクロウの方へ戻っていき、努はギルドメンバーの方へと向かった。
これが最後の昼食になるかもな、と努は縁起でもないことを考えつつも昼食を食べに迷宮都市へと帰っていった。翌日には竜たちが攻めてくる。そのことに努は不安を感じながらも昼食を味わって食べた。
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