第82話 エイミーの過去

 努が合流した後はカミーユが主導で各自の能力などを確認することとなった。ここに集まっている総勢二十五名のギルド職員たちはほとんどがレベル七十という高水準の者ばかりであり、ガルムやエイミーほどの知名度はないものの実力者揃いであった。


 ジョブ構成はアタッカー十五名、タンク六名、ヒーラー四名とアタッカーの比重がとても大きい。努はユニークスキルの線を考えて全員のステータスを確認させて貰い、一人一人と話を交わした。



「お久しぶりです。ツトムさん」

「おぉ! お久しぶりです!」



 人の良さそうな雰囲気を醸(かも)し出している副ギルド長は、ふっくらとした頬を嬉しそうに吊り上げた。彼も精霊術師というジョブで七十レベルに到達しているため、このメンバーに参加していた。


 その後努が全員のスキルやステータスを把握する頃には各クランの顔合わせも終わり、辺りも暗くなってきたので解散することとなった。ただし各自の代表はこのあと会議をするとのことで、カミーユは貴族の屋敷へと向かっていった。


 努はその後どうするか迷っているとエイミーに誘われ、スタンピードでのギルドメンバーが集まる食事に参加することとなった。集団で近くの大衆酒場に入るとスタンピードの影響で空いていたのですんなりと通された。


 最初は皆席に座って行儀よく飲み食いをしていたのだが、酒が回ってくると皆自由に席を移動し始めた。



「こいつな、ツトムが俺のところばかり来るから拗ねてたんだぜ」

「拗ねてません」

「あはは……」



 スキンヘッドの受付にいた男が努の席へ歩いてきてそう言うと、斜め前にいた美人の受付嬢は澄ませた顔でお酒をぐいっと飲んだ。その女性も七十レベルの灰魔道士と聞いた時は努も驚いた。てっきり事務員だと思っていたからだ。


 灰魔道士は白魔道士と黒魔道士の中間にあるようなジョブで、器用貧乏扱いされることが多い。しかし味方の放った魔法スキルをコピーして一度使うことの出来る独自のスキルがあるため、完全に劣化というわけではない。それに聖属性のスキルを使えつつ他の魔法スキルも扱えるので、多くの属性攻撃を放てるためモンスターの弱点をつきやすい。


 灰魔道士の他にもギルド職員には呪術師、祈祷師(きとうし)、精霊術師、狩人、魔剣士など数の少ないマイナーなジョブの七十レベル到達者が多かった。勿論剣士や拳闘士などの無難なジョブの者もいるが、半数はマイナージョブの者だった。


 マイナージョブの中でもトップクラスの者が多く在籍しているギルド。その者たちの話は色々とゲームと違う点も多く聞いていて面白いのだが、努が最も気になっていたのは祈祷師だった。


 祈祷師は白魔道士と並べられるようなヒーラー職であり、その運用に努はとても興味を持っていた。先ほどの集まりで少し話したものの努は物足りなかった。なので是非とも話を伺うために鼻息を荒げて近づいていったのだが、肝心の祈祷師はそんな努と距離を置きたがっていた。



「祈りはどうやって回してます? あ、でも詠唱時間とかも凄いかかりそうですよね……。どうなんでしょう?」

「…………」



 努の質問責めに祈祷師の女性は縮こまっていた。元々その女性は自分の顔に自信がなく内向的なため、ここまでがつがつ来る男性と接したのは随分と久しぶりのことだった。



「こら、ツトム! いじめちゃ駄目!」

「いや、そんなつもりは……」



 そしてそれを見つけたエイミーに咎められることになってしまった。祈祷師の女性を庇うように立ったエイミーに努はしどろもどろになり、挙句には遠ざけられてしまった。


 仕方がないので努は元の席に戻り他の者たちと話し始めた。魔剣士の節約術だとか、精霊術師のスキル回しに関しては努もある程度知っているため、そんな豆知識を話しつつも席の前に移動してきたギルドメンバーと話していった。


 ギルドメンバーとしてもあのエイミーがPTを組み、そしてクランにまで入ると言わせた努には皆興味を持っていた。なので度々努の席にはギルドメンバーが集まってきていた。



「ツトム君はどうやってエイミーを落としたの?」

「落としたってなんですか。落としたって」



 前の席に座った受付嬢は悪戯げな流し目を努に向ける。努が弁解するように言うと、彼女はお酒を飲み干した後にくすくすと笑った。



「いや、あの子がPT組むなんて半年前には考えられなかったからねぇ」

「へぇ、そうなんですか?」

「あ、知らないの? そりゃもう昔は擦れててね……。PTを組む探索者を毛嫌いしてたんだよ?」



 茶髪の受付嬢はため息を吐くと空になったグラスを傾けた。努が酒瓶を手に取ってグラスに注ぐと彼女は口元を綻ばせた。



「エイミーのクランはシェルクラブを倒せずに解散したんだけど、その解散の仕方がちょっと不味くてね。あれさ、擬似解散ってやつ」

「擬似解散?」

「つまりはクランを解散した後、クランメンバーたちはエイミーを除け者にしてまたクランを設立したわけ。それをエイミーが知った時はギルドで暴力沙汰が起きてね。その後は凄い荒れていたのよ」

「へぇー。想像出来ないですね」



 ライブダンジョン! でもそういったクランのギスギス事例はあったため、努は慣れた様子で頷いた。すると受付嬢はずいっと努に近寄った。



「そう。想像出来ないの。当時はあの記事通り君に脅されでもしてるのかと思ってたんだけど、違うようだしね。一体何をしたの?」

「うーん。特に何もしてはいないんですけどね。普通にシェルクラブを攻略しただけですよ」

「嘘は駄目だからね。さぁ白状なさい! どうやってエイミーを落としたのか!? さぁさぁ!」

「誰を落としただっ!」

「あいたっ!」



 受付嬢の頭に後ろからエイミーのチョップが炸裂し、彼女は痛そうに頭を抱えた。その後も両拳をぐりぐりと頭に当てて受付嬢を悶えさせているエイミーは、随分と酔っている様子だった。努は受付嬢が絡まれているうちにそそくさとその場を立ち去った。



 ――▽▽――



 迷宮都市の中心に存在する大きい屋敷――貴族館へ各団体の代表がぞろぞろと入り始める。そして巨大な会議室に全員が集まった。各代表は前にある円卓の椅子へ座り始める。


 レオン、ルーク、アルマ、カミーユ、そして警備団からは筋肉鎧(マッスルボディ)というユニークスキルを持つブルーノ。貴族の私兵団からは大規模な武闘会で驚異の十連覇を成し遂げているメルチョーという初老の男性が、ポンポンと腰を叩きながらも席に座った。


 そして紅魔団からはクランリーダーの代わりにアルマが出た。アルマは黒杖のおかげという部分が大きいがここ数ヶ月で有名になってきていて、尚且目立ちたがりである。なので彼女がクランリーダーにねだった結果、この場を任されることになっていた。


 そわそわとしながら周りの有名人たちを見ているアルマ。他の代表の者たちはそれを微笑ましげに見ていた。



(ヴァイスめ。本当に来ないとは。やれやれ。面倒だわい)



 貴族の私兵団代表であるメルチョーはそんなアルマの姿を確認すると、後ろで控えている者を呼んで何やら小声で話し始めた。アルマという女性の人物像をメルチョーは知らされているため、既に用意されていた書類の内容を急いで変更させていた。


 その間はメイドが紅茶を持ってきて卓へと置いて場を繋ぐ。メルチョーは紅茶を飲んだ後に目元のシワを指で伸ばすようにした。


 そして全員が紅茶を飲んで一息つく頃に書類の準備が終わったので、メルチョーはごほんと咳払いした。



「さて、それでは会議を始めるとするかの。と言っても決めることは少ない。まずはどの団体がどの竜を討伐するかじゃ」



 メルチョーは後ろの者に目配せすると、その者たちは書類を各代表たちに配り始めた。それはレオンが現地で見てきた竜たちの特徴と、努の提供した情報を記したものだった。メルチョーは鼻の下にある立派な白髭を撫でながら片手に書類を持って見つめた。



「この情報を参考に竜たちをこちらで割り振ってみたんじゃが、何か異論があれば申してくれ」

「少し、いいですか?」



 メルチョーの言葉へいの一番に反応したのは紅魔団代表のアルマだった。彼女は書類を指さしつつも言葉を続ける。



「何故私たちが火竜二体なんですか? 紅魔団なら他の竜も対処出来ますよ?」



 現在の割り振りはアルドレットクロウが火竜四体、紅魔団が二体。金色の調べは無し。ギルドが黒竜と氷竜一体。警備団が雷竜一体。貴族の私兵団が残りの氷竜二体と黒竜一体を討伐することとなっている。アルマはその割り振りに不満を持っているようだった。



(元気な小娘じゃ。全くヴァイスめ。面倒なことを押し付けよって)



 紅魔団のクランリーダーであるヴァイスをメルチョーは内心で責めつつも、パッチリとした目のアルマに向き直った。



「いや、人数的に無理じゃろ。紅魔団は十人と聞いたが」

「人数なんて関係ありません。私とヴァイスがいるんですから。……恐らく氷竜ならばこちらで対処出来ます」

「それじゃ、そっちの火竜とこっちの氷竜を交換じゃ。それでいいじゃろ。どうせ最初の迎撃でいくつかの竜は倒せる見込みがあるからの」

「……まぁ、いいでしょう」



 アルマはメルチョーの提案に渋々といった様子で頷いた。そんなアルマの様子を彼はにこやかに眺めつつ、内心でため息を吐いた。アルマはただこの場で自分の意見を通したという功績が欲しいだけだ。新人によくある典型的な心理である。


 元々紅魔団には相性を考えて氷竜を最初から任せるつもりであった。しかしそれを最初にアルマへ見せれば何か意見を捻り出すと思い、メルチョーはわざわざ書類の内容を変えさせた。アルマはこの場で何か意見を通して目立ちたいというだけなので、一度意見を言えば満足するだろうと考えたからだ。


 少し落ち着いた様子のアルマを一瞥した後、メルチョーは他に何かないか代表たちを見回した。すると長い赤髪のすらりとした女性が手を上げた。ギルド長のカミーユだ。



「ギルドからも提案がある。こちらでは黒竜二体を担当したいのだが、どうだろうか?」

「ふむ」

「黒竜の吐く黒い炎は聖属性のスキル、若しくは聖水でなければ消せないと聞く。ギルドには竜の情報を提供した白魔道士がいる。それならばこちらで担当した方がいいと私は考えているのだが、どうだろうか?」

「あぁ。確か、ツトムだったか」



 金の宝箱を見つけた幸運者として祭り上げられ、二番目に火竜を倒してからは実力も注目されてきた者。そして今回の竜に関しての知識を有する者が、努という人物だった。ウガオールに攻めてきた竜でその情報の信ぴょう性は保証されている。


 その竜の情報を知り得ているということは、間違いなく彼は外の迷宮を経験しているということになる。白魔道士のため一人でダンジョンに潜っていたとは考えられず、必ず何処かの団体に所属していたと考えられているがまだ詳しいことはわかっていない。


 その素性は貴族の情報網を使ってもまだわかっていないため、余程の辺境からやってきたと見られている。そんな努の知識と戦力は貴族からも期待されていた。



「いいじゃろう。では黒竜をギルドに任せよう。よい戦果を期待しているぞ」

「お任せ下さい」

「それ以外はないかの?」



 そう言ってカミーユは頭を下げた。そして今度こそ意見が出ないとメルチョーが確認すると次の議題へ移った。



「スタンピードについての戦法についてはそこまで変わりはせんが、今回は最初に竜が攻めてくる。そこだけは違うが、まぁ大して変わらん。バーベンベルク家の障壁魔法で竜たちを受け止め、魔法やスキルで一斉射撃。これで最低でも翼は奪える。それから生き残った竜たちを地上部隊で叩く。これだけじゃ」

「……そうですね。問題ないと思います」

「竜を釣るのは任せてくれよ」



 ルークが頷き、レオンがにかっと笑う。ブルーノも無言で筋肉を強調するポージングを取った。



「頼もしい限りじゃ。その他についてはいつも通りかの。詳しくはこの書類に書いてあるし、備品管理もここに記してある。ルーク君は特に目を通しておくとよい」

「はい!」



 楽しそうに鼻歌でも歌いだしそうな勢いで書類を眺めているルークに、周囲は少し和やかな雰囲気になっている。異例のスタンピードも彼らからすれば変わらずお祭りのようなものだ。バーベンベルク家の障壁魔法には信頼を置いているため、特に不安は見られない。それほどまでに障壁魔法は強力であった。


 神のダンジョンがある限り魔石は無尽蔵に供給出来るため、貴族の者が死なない限り障壁魔法を維持できる。対空兵器の魔道具や魔道士も潤沢のため空飛ぶモンスター相手も問題ない。それに最悪竜を倒せずとも王都に援護を要請出来る魔道具もある。その間は探索者が神のダンジョンへ潜って魔石を供給し時間を稼げばいいだけだ。



「んじゃ、そんな感じでよろしく頼むの」



 最後は随分とずぼらな挨拶を残してメルチョーは席を立った。そして会議は終了した。

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