第81話 詳しくは署で聴こう

 ウガオールのスタンピードが一段落つくとレオンはすぐに都市を出て、迷宮都市へと向かった。そしてボロボロの状態で帰って来て情報を伝えると、気を失うようにその場で眠ってしまった。彼も不眠不休で働いていたので、美人の警備職員を押し倒すようにして眠ってしまったことも仕方ないように思えた。


 そしてレオンの情報によりウガオールが落ちてスタンピードはそこまで勢いを落とさず、迷宮都市へ向かってきていることが判明。住民たちはその情報を得てようやく危機を感じ始めたのか、南に避難したり迷宮都市を出て行く者が増え始めた。



(僕もあの中に入りたいなーっと)



 未だにそんなことを努は思ってしまうが、その足は正反対にギルドへと向かっていた。探索者にはギルドと警備団から招集命令がかかっているので努も向かっているところだ。ちなみにこの招集命令は断っても罰則はないが、このスタンピードが終わった際に逃げた者の名前は公表される。正直それは探索者として実質的な罰則であるので、ほとんどの探索者たちは時間ごとに分けられて集まっていた。


 ざわざわとしているギルドには見知った者を多く見かけた。今まで関わってきたクランであるシルバービーストやアルドレットクロウ。そして紅魔団のメンバーも揃っている。


 紅魔団のアルマは努を目で捉えるとすぐに視線を反らした。彼女は黒杖を貰って以降は努を避けているため、あまり直接目にすることはなかった。努もそのすらりとした後ろ姿から視線を外すと、後ろから肩を叩かれた。



「ツトム」

「あ、ガルム」

「……皆はもう集まっている。こっちだ」



 ガルムはアルマの後ろ姿を一瞥した後に努へ手招きをして歩き出す。努はそれに付いていくとそこにはエイミー、カミーユ、その他ギルドの主力メンバーが揃っていた。そのメンバーは全員七十レベルに到達している者たちだ。



「貴方もいるんですね。確かに強そうでしたけど」

「おう、よろしくな」



 強面の受付スキンヘッドの男性もレベル七十で戦闘経験が豊富なのでそのギルドメンバーの中にいた。


 その他のメンバーにも努が挨拶を済ませると同時に、受付台に誰かが登って咳払いをした。そのオークのような大男は警備団取締役の者であった。


 いつもスタンピード戦を仕切っている迷宮制覇隊が今回はいないため、代わりに警備団取締役のブルーノが指揮を取ることになっている。ざわついていた探索者たちはブルーノが立つと段々と静かになっていく。そして静かになった頃を見計らった後、ブルーノは言った。



「みんなよろしくね~ん!」

「…………」



 努はそんな様子で演説を行ったオカマ口調の大男にドン引きしつつも、彼で本当に大丈夫か心配した。だが隣のガルムやエイミーに聞いてみた限りでは大丈夫のようだった。


 現在のスタンピードは空を飛ぶ竜たちが先行して迷宮都市へ近づいてきているので、それらの対策がブルーノから話された。まずは魔道具での迎撃。それで飛行能力を奪った後は上位の探索者たちがチームを組んで竜たちを処理する。中位の探索者たちは後に来るであろうスタンピードの対応に神のダンジョンへ潜って魔石調達、下位の探索者たちは魔石の運搬や怪我人の運送などの雑務を中心に行うとのことだった。



「僕レベル的に中位の探索者――」

「そういうのいいから」

「あっ、はい」



 先日の一件でエイミーは拗ねているのか自分を指差した努を冷ややかな視線で制した。結構な覚悟をして口にした言葉を無下(むげ)に扱われたエイミーは、あれからつんとした態度を崩さないままだ。



「ツトム。別に逃げても構わないのだぞ」

「残りますよ、残ります。ごめんなさい。覚悟は決まったつもりなんですけどね……」



 ガルムの魅力的な言葉に努は苦笑いしつつもそう返す。もう覚悟は決まっているつもりなのだが、恐怖心は消えない。なので努は逃げるようなことを無意識の内に口にしてしまってはガルムに逃走を勧められ、エイミーになじられていた。


 竜討伐は紅魔団、アルドレットクロウ、金色の調べの三大クランと警備団、ギルド、貴族の私兵団の三つ。合計六つの団体で対処することになっている。その中で努はギルドという枠組みの中に入っていた。


 地竜は迷宮制覇隊が倒したものの、まだ火竜六体。氷竜三体。黒竜二体。雷竜一体。計十二体の竜が存在している。つまり一つの団体で二体は受け持たなければいけない計算である。五人PTという括りがないとはいえ相当厳しい戦いになることが予想されている。



(レイド戦は嫌いなんだよ……。誰かPTの個別ステータス下さい)



 数十人でボスを倒すレイド戦というものは『ライブダンジョン!』にも存在していて、努もその経験はある。だがゲームならまだしも、ここでは全員のHPやMPがわかるような機能を持つものは存在しない。なのでゲーム通りの管理など出来る訳もなく、努は陰鬱な気持ちになっていた。


 神のダンジョンと違い外ではレイズは使えない。つまりやり直しは効かないということだ。一つのミスも許されない。努がそう自分を追い込んで集中力を高めている中、ブルーノが話し終えて受付台から降りた。


 そして探索者たちが解散していく中でブルーノは少し警備団の者と話した後に努のところへずんずんと近づいていき、下を向いている彼の肩を指先でちょんちょんと叩いた。



「貴方、ツトム君よね? ちょっと聞きたいことがあるのだけれど」

「へ? あ、はい。何でしょう?」

「ウガオールに情報を送ってくれたのは貴方でよかったかしら? 物資隊の者から聞いた特徴からすると、貴方が近しいのだけれど」

「……えぇ。多分そうですね。物資隊の人に渡した荷物の中に入れていたので」

「そう、なら少しご同行願えるかしら? 情報を共有したいのよね。……悪いようにはしないから安心するといいわよ」



 後ろで白い尻尾をぶわりと逆立てているエイミーにブルーノは苦笑いする。努はそのブルーノの様子に首を傾げながらも了承した。



「わかりました」

「それじゃ、行きましょうか」



 努は思いつめたような顔をしながらもブルーノと共にギルドを出て、警備団本部へと向かった。



 ――▽▽――



 世間話や情報提供を終えて数時間ほどで警備団本部から出てきた努は、何か考え込むような顔をしていた。



(随分とあっさり解放されたな)



 警備団に呼ばれた理由として努は何故竜の情報を知り得ているのか、そもそも何処から来たのか、ということを突っ込まれるものだと思っていた。しかしそのことは世間話の一環として軽く触れられただけで、詳しくは詮索されなかった。


 それどころかあの情報のおかげで救われたと、何故か警備団の本部にいたレオンに褒められ、警備団の者たちにも絶賛される始末だ。提供した情報が成果を出したから見逃されたのかな、と努は推測しつつもスタンピードに関わる情報は全て警備団へ提供した。特に秘匿するような情報でもないし人命にも関わるので努としては特に問題ない。


 それから警備団取締役のブルーノに色々と話を聞かれたのも印象的だった。オカマっぽいブルーノは話してみると意外にも常識人で努は拍子抜けしたが、若干警戒しつつも話を続けていた。その話の中でエイミーがソリット社に乗り込んできた話などを聞かされた努は、少し恥ずかしく思った。


 そうして夜に差し掛かる時間には警備団に解放された努は、取り敢えずモニター市場へと向かった。そしていつもと違うモニター具合を見て少し目を見開いた。


 一番台には中堅クランが映っていて、その下も中堅クランでいっぱいである。それにモニター市場の活気も以前に比べて落ちている。屋台は目減りし観衆も半分近く減っている。


 いつもより空いているモニター市場を努は物珍しげに眺めながらも練り歩いた。そして何やら外の方からいくつもの轟音が聞こえてきたので、努はその方向に足を進め始める。


 外の門付近には貴族が練習に張っている障壁に沿うように人集りが出来ていて、その外では巨大な岩が更地に墜落していた。努はフライで浮き上がって人混みから抜けて外の光景を眺めた。



「メテオストリーム」



 黒髪を長く伸ばした美しい女性が黒杖を振りかざし、唱える。すると空から隕石の雨が降り注ぎ、辺りへ降りかかった。



「エクスプロージョン」



 そして地面に落ちていた隕石は爆発。起伏のあった更地はなおいっそうボロボロになり、通りづらい地形へと姿を変えた。現在アルマは大手クランの演習でその魔法スキルの威力を披露していたところだった。


 砂塵を吹き飛ばし、腹の底に来るような衝撃音に観衆たちは障壁の内から歓声を上げている。黒魔道士のトップレベルに君臨し、新たなスキルであるメテオストリームを覚えたアルマは更に名声を得ていた。


 神のダンジョンでもメテオやメテオストリームを好んで使う彼女は名声を欲しいままにしている。紅魔団は今までクランリーダーを主軸としたクランだったが、今はクランリーダーとアルマの二柱というイメージが定着し始めている。


 その後ろではルークを中心としたアルドレットクロウが数十人の規模で話し合いつつ、布陣を決めていた。今回アルドレットクロウは火竜を四体受け持つと豪語しているが、その自信の源はギルドから支給された魔石にある。



「召喚(サモン)――ゴーレム」



 次々と召喚されていくゴーレム。その数はゆうに百を越えている。そのゴーレムたちは組体操のように互いを支え合いながらも壁を築いていた。よく見れば辺りにある砦のようなものは全てゴーレムで出来ている。


 召喚士はその場に召喚出来る召喚獣に限りがある。その限界を越えてしまえばその召喚獣は光の粒子となって消滅する。だがそれは神のダンジョン内での話だ。外の場合はその召喚獣は意志のない人形に成り下がり、実質上の死体となる。


 その特性を利用してルークはゴーレムを召喚しては意志の無い人形に変え、簡易障壁をどんどんと作り出していた。それは魔法障壁の外で戦う時大いに役立つだろう。


 それにルークはスタンピード前から魔石を集めていて、更にはギルドからも魔石を多数譲渡されていた。そしてその中には火竜からドロップした魔石も含まれている。


 召喚士はその召喚獣を召喚することにコストがかかる。そのためダンジョンで戦う際に利益を考えるのであれば、ちまちまとした召喚しか出来ないことが多い。例えダンジョン攻略を進められても結果的に赤字になってしまえば運営が成り立たないからだ。


 しかしそのコストを気にせず好き放題召喚出来るのならば、絶大な力を発揮することが出来る。アルドレットクロウの運営資金とギルドの資金協力を得たルーク。それに多くのジョブのトップレベルが揃っているアルドレットクロウならば、飛行能力を失った火竜四体を受け持つことは充分に可能だった。


 一方金色の調べは神のダンジョンで火竜を討伐できていないこと、それにレオンの斥候としての働きにより竜討伐は免除されている。犠牲を出しても良いのなら彼らも戦力にはなるが、火力では紅魔団、安定性ではアルドレットクロウに負けている。金色の調べはレオンの斥候、それと他のクランの援護に回ることとなっている。



「あー! ツトムー!」



 各クランの様子を努は障壁の内から眺めていると、そんな元気な声と共に障壁の外から白い髪の少女が走ってきた。ぴょんぴょんと飛んで手を上げているエイミーがそこにいた。



「丁度良かった! ギルドでも今から打ち合わせ始めるよ! こっち来て!」

「あ、すみません。すぐ行きます」



 エイミーが障壁をがんがんと叩くと、人一人入れるくらいの穴がすんなりと開いた。努はその穴を潜ってエイミーのあとに続いた。

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