第80話 竜の宴

 その翌日、ウガオールにスタンピードが攻めてくる二日前。斥候としての役目を終えて帰って来たレオンは警備団へ迷宮制覇隊の声明と、スタンピードの情報を渡した。


 ウガオールは落ちるだろう。迷宮制覇隊は身命を賭してウガオール市民を死守した後、迷宮都市へ援護に向かう。迷宮都市では最大限の警戒を勧める。


 迷宮制覇隊が送った声明はとても端的だった。それに加えスタンピード軍勢の情報が事細かに書かれていた。


 スタンピードの規模は前回のおおよそ二倍。ワイバーン百体以上、火竜六体。青い息を吐く竜が三体。黒い炎を吐く黒竜が二体。雷を放つ竜一体。地を走る竜一体。


 今まで北へ送られていた斥候部隊は雷を放つ竜に全滅させられ、情報が持ち帰れなかった。瞬きする間に迫る雷はVITがC-以下の者たちが受ければ即死だった。それに受けてしまえばしばらく身体が痺れて動けなくなる者がほとんどで、その間に他の竜にやられてしまっていた。


 それに黒い竜が放つ黒炎は水で消える様子が見られず、人が焼け死ぬまでその黒炎は消えなかった。現在その黒炎の消し方は不明である。


 レオンはそのスタンピードの情報と迷宮制覇隊の声明を伝えると、すぐにウガオールへと戻っていった。レオンは迷宮制覇隊のクランリーダーから戻ってこなくて良いと言われていたが、スタンピードの軍勢を自身の目で見てきた彼は休憩もせず飛ぶように走り去っていった。


 警備団取締役の男はその情報を受け取るとすぐに厳戒令を発布。住民たちを出来る限り南へ避難させ、その後はスタンピードの情報を公開。


 住民たちは初めて警備団から出された厳戒令というものに困惑し、スタンピードの情報を見てもあまり状況が把握出来ていない様子であった。だが探索者たちはその情報に絶望していた。ワイバーン百体というだけでもいつもとは全く違う。それに加え火竜六体など経験がない。特に下の探索者たちはパニックになりかけていた。


 そして張り出された新聞でスタンピードの情報を得た努は、人混みをかき分けながら新聞を買った後に宿屋へ帰った。



(雷竜、地竜、黒竜、氷竜。それに火竜か。竜の宴かな?)



 努は『ライブダンジョン!』のゲーム内イベントであった竜の宴を思い出しながらも、それに該当する情報を引き出して用紙にモンスター情報を書き記していた。


 それが終わると指差しで必要な物を揃えてマジックバッグへ詰め込んでいった。マジックバッグも三つに増えていて、食料、日用品、魔石などに分かれている。


 彼は手提げ袋のようなマジックバッグを両手に持ち、初期から使っていたマジックバッグを背負った。



(マジックバッグにマジックバッグを入れられれば楽なのに)



 努はそんなことを思ってしまうが、そもそもマジックバッグがなければろくに食料も運べない。努は持ち運びに問題ないことを確認するとそれを置いてすぐに宿屋を出た。


 努は逃げる準備をしていた。迷宮都市もあのスタンピード情報が合っていれば落ちる可能性は充分にある。それに努はこの迷宮都市の防衛機能を情報でしか知らないため、あまり貴族の防御魔法というものにも期待をしていなかった。


 幸い南への避難誘導を住民たちはまだ受け入れられていない様子なので、まだ逃走ルートは混雑していない。この状況ならば迷宮都市から脱出して南の都市へ向かうのは容易いだろう。



(……付いて来てくれないかなぁ)



 だが努は出来るのならガルム、エイミー、カミーユ、森の薬屋のお婆さんと共に迷宮都市を脱出して、南にある都市に逃げ延びたかった。シルバービーストも出来れば連れ出したいが、あそこは大所帯で食料が足りるかわからないので泣く泣く選択肢から排除していた。


 生き残ることを優先するのならば、一人きりで逃げることが最善だと努は感じている。その方が食料には余裕が出来るし迅速に迷宮都市を脱出出来る。


 しかし努に一人で逃げる選択肢はない。ガルム、エイミー、カミーユはもう見捨てられるほど浅い仲ではない。その三人に何も話さず見捨てるという選択肢を選ぶことは出来なかった。


 努はギルドに入って門番をしているガルムの休憩時間を待っている間に、カミーユとの対談を受付に相談した。その話が終わると鑑定室にいるエイミーにも声をかけていた。


 そして昼休憩時にギルドの会議室に集まったガルム、エイミー、カミーユは自分たちを呼び出した努を見つめた。彼は深呼吸した後に思いつめたような表情で口にした。



「仮定の話ですが、もし自分が迷宮都市から逃げると言ったら、付いて来てくれますか?」



 三人は努の話に顔をぽかんとさせたが、彼の真剣な表情を見て表情を切り替えた。



「その仮定は、スタンピードから逃げるということで間違いないか?」

「はい」

「……私には、守るべき者が迷宮都市にたくさんいる。ツトムと一緒に逃げるわけにはいかない」



 ガルムは真顔のまま何の迷いもなくそう言い切った。ガルムに続いてカミーユも少し困ったように笑いながら口を開く。



「……女冥利に尽きる提案だが、私もツトムと一緒に避難するわけにはいかないな。ギルド長としての責任を果たさなければならない」



 ガルムとカミーユは迷宮都市に残ると言った。ガルムは孤児院や民衆たちを守るために、カミーユはギルド長としてギルドを守るために残ると言った。エイミーはそんな左右の二人を見た後に唸ったが、すぐに答えを出した。



「わたしは……いいよ。ツトムと一緒に逃げる」



 エイミーは努を上目遣いで見つめながらそう言った。そんなエイミーを見てカミーユがやれやれと肩を竦めると彼女は恥ずかしそうに視線を外した。


 しかし努の表情は浮かなかった。エイミーだけと避難しても意味はない。ガルム、エイミー、カミーユ、お婆さん。その四人の誰かが残ると言ったら、努は逃げられなかった。


 努は薄々気づいていた。あのガルムが民衆を見捨てての逃走に応じるわけがないことを。カミーユがその立場から逃走に応じることがないということを。エイミーに関しては少し予想外であったが、誰か一人でも欠けてしまえば意味はない。


 それにこの迷宮都市が落とされた場合どうなるか。結局迷宮都市はモンスターに占拠されて取り返すまでに多くの時間が取られるだろう。それに自分の将来のPTメンバーが死ぬかもしれない。効率的に考えるならばむしろここでスタンピードを撃退した方がいい。



(……なんだかなぁ)



 それらは全て建前だ。ただ努は命の危険があってもこの四人だけは助けたい。それだけだった。努はそのことを気恥ずかしく感じた。


 この世界に連れてこられ、幸運者となじられてPTを組めなかった時。努はこの世界の者たちが心底嫌いになった。なので虫の探索者や民衆が死のうと努はどうでも良かった。所詮は他人。海外の人が亡くなったニュースを見るのと何ら変わりはしない。


 しかしギルドの提案でPTを組み、ガルムとエイミーと出会った。その後の報道騒動ではカミーユに助けられた。他にも森の薬屋のお婆さんや副ギルド長、シルバービーストにも助けられた。元の世界でも対人関係が淡白だった努はそんな皆と関わり始めてから、段々と変わり始めていた。


 努は大きく露骨にため息を吐いて頭を片手で押さえた後、すぐ面倒くさそうに顔を上げた。苦い顔をしている努をカミーユは満足そうに見たが、エイミーは何もわからずにきょろきょろと二人を見比べていた。



「……わかりました。お答え頂いてありがとうございます。お忙しい中すみませんでした。それでは自分はこれで失礼します」

「……あれっ!? ツトム、私と一緒に逃げないの!?」

「エイミー……ほらツトム。このお姫様は私に任せていけ」

「はい。変な質問をしてすみませんでした」



 カミーユに手を掴まれたエイミーを置いて努はギルドを出て行った。まずは北の街へ竜に関する情報を届けなければならない。彼は宿屋に帰ると朝に書いていた書類を確認すると、三つのマジックバッグを持ってウガオールへ向かう物資隊にそれらを渡した。


 迷宮制覇隊に出来れば渡してほしいと努は多少のGを握らせながら言うと、馬車に乗った男はそのGの量に驚きつつも了承した。



 ――▽▽――



 そしてその二日後。スタンピードがウガオールに激突した。まず四足歩行の地竜が先陣を切ってウガオールの防壁に突撃。大砲を身に受けながらも防壁を突き破り、その穴目掛けてモンスターが流入して都市へ侵入。空を飛ぶ竜たちは通りすがりに黒炎や雷を落とし、都市内は大混乱に陥った。


 だが建物に降りかかった黒炎は聖属性の攻撃で消えることが事前情報で知らされていたため、全焼には至らなかった。空を飛ぶ竜たちは迷宮都市を目指しそのまま飛んでいき、地上のモンスターたちは食べ物を求めて都市内を荒らし回った。


 しかし迷宮制覇隊は都市内にモンスターが流入すると考えていたため、事前にルートを決めて食料や魔石を都市内に撒いていた。その食料の位置とフライで飛んでいる味方の指示を頼りに、都市内の住民を避難させてモンスターと接触しないようにした。


 しかし全てのモンスターに見つからないようにするのは難しいため、ウガオールの兵士や迷宮制覇隊は住民に迫るモンスターたちを何度か排除しつつもウガオールの都市内を移動した。


 だが兵士たちは都市に流入したモンスターたちと戦う経験はない。今までは大型のモンスターが攻めてくることがなかったため、防壁の上から一方的に攻撃するだけだった。そのためモンスターへの対処が拙く幾人かの犠牲が出た。


 その分迷宮制覇隊は数々の不測な事態なども経験があるため、その動きは迅速だった。銀髪エルフのクランリーダーは的確に下の者を指揮して住民を守り、副クランリーダーは外の地竜と一対一で戦っていた。


 しかし今回も今までの楽なスタンピードと勘違いして避難勧告に応じなかった住民も多少存在した。その者たちは防壁が破壊された騒ぎに慌てて避難しようと荷物を纏めて外に出たが、避難経路もわからずうろうろしている間にあっけなくモンスターたちに殺された。だがそれを除けば住民たちの犠牲は数人に抑えることが出来ていた。


 迷宮制覇隊の的確な指揮管理に地竜の足止め。それに迷宮制覇隊の指揮下に入ったレオンの働きも大きかった。フライで状況を把握して指示を出すクランリーダーに従い、建物の屋根を伝ってモンスターに苦戦している箇所にレオンが素早く援護しに奔走したことが大きい。彼の働きで住民の被害は相当抑えられていた。


 事前に道を決めて食料を撒いていたおかげで。大量のモンスターたちはその道を辿って都市内を通過していく。都市内をモンスターが荒らし回る光景を住民たちは震えながら見ていた。


 だがその数十年は起きていない出来事に子供が思わず泣いてしまい、途中でモンスターの群れに気づかれて乱戦になってしまった。その直後に迷宮制覇隊の一人がコンバットクライを使ってモンスターを引き寄せ、何とか住民への被害は抑えることが出来た。しかしコンバットクライを放って囮になった者はモンスターの波に飲み込まれ死亡した。


 ようやく大半のモンスターは都市を通り過ぎた後、安心しかけた兵士や住民たちを迷宮制覇隊は戒めた。まだ都市内にはモンスターが残っているため、それらを倒す殲滅戦へと入った。


 都市内にいくつか残ったモンスターの討伐を兵士に任せ、迷宮制覇隊は外の地竜討伐に向かう。一人で戦っていた副リーダーと一緒に地竜と戦い、何人かの犠牲を出しながらも地竜を討伐。


 その後は荒れた都市内の整備が始まった。焦げた住居に荒れた道や壊された外壁。血の飛び散った住居内にはモンスターに貪(むさぼ)られた人の死体。そんな人やモンスターの死体も素早く片付けなければ伝染病の元になる。


 生物の死を機敏に察知した蠅が死体に卵を産みつけようと既に湧いてきている。兵士や迷宮制覇隊を中心に死体処理が始まり、大きいマジックバッグを広げてまずは腐敗を遅らせるために氷が入れられ、そこに死体が放り込まれていく。


 意志のある生き物はマジックバッグに入れられないため、人間は入ることは出来ない。しかし人の死体は既に物だ。マジックバッグにどんどんと死体が入れられていく光景を住民たちは恐ろしげに眺めていた。


 人の死体をあらかた片付け終わると、次はモンスターの死体回収が始まる。その身体にある魔石や毛皮などの素材はこの荒れた都市を補填する時の資金源になる。その死体は一先ずマジックバッグに入れられた後に解体される。外の地竜もどんどんと解体されて後は肉片がこびりついた骨だけになった。


 夜通し続いた作業がようやく終わると迷宮制覇隊のクランリーダーは椅子に座って目を閉じた。一睡もせずに指示を出し続けて下の者たちの報告を処理していた彼女は、ようやく張っていた気を解いて目頭を揉んだ。



(……あの情報がなければどうなっていたことか)



 努の送った情報は迷宮制覇隊に届けられ、その中でも地竜の甲殻の硬さや黒炎の消し方が都市防衛の鍵になっていた。地竜による体当たりで防壁を破られる予想は彼女もしていたが、レオンの情報と努の情報を参考に出来たおかげで確信することが出来た。


 それに黒炎の消し方は彼女もわかっていなかったため、その情報には助けられていた。もしその情報がなければ都市内の建物は全焼していたし、黒炎が燃え移ってしまった者も見殺しにするところだった。



(……馬鹿共が)



 何度か乱戦になった時にコンバットクライやウォーリアーハウルを放ってモンスターを命懸けで引き寄せた者たちを思い出し、彼女は目頭に手を当てながら上を向いた。そのことを自分が把握出来ていればその者たちにフライをかけて離脱させることも出来た。彼女は唇を噛み締めた。

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