第79話 吉報は突然に

 ガルムとエイミーのおかげでタンクとアタッカーの目処はついたので、努は安心しつつもダリルの訓練を兼ねたダンジョン探索を終えた。それからは四人でご飯を食べた後に解散した。


 ダリルのジョブは重騎士で装備が重く動きにくいのだが、その分装備の頑丈さとVITの高さのおかげでとても安定性がある。これならばPTは安定するだろうし、弓術士のディニエルにも期待できる。最悪三人でも充分攻略は出来るので、努はPTのことよりもまずはスタンピードに集中することにした。


 翌日から努はスタンピードの情報が載った朝刊を毎日買いつつも乗馬の訓練をこなし、迷宮都市の防衛戦についての情報集めや逃走ルートの確認などを行っていた。ギルドの二階にある資料館に通いつめている努を、陰からエイミーとガルムが見つめている。



「ツトム、どうかしたのかな」

「…………」



 いつも暇があればギルドや街のモニターを見つめてメモを取っていた努が、ここ数日ほどはそれをせずに何か別のことをしている。あの神のダンジョンにしか興味を示さない努の変化を二人は心配していた。


 そして努は逃走ルートの確認の際、この世界に来て初めて迷宮都市の外に出ることとなった。迷宮都市の外は荒野のような更地で自然が全く存在しない。一年に二回、北と南に分けてスタンピードが訪れるので、モンスターの軍勢によって迷宮都市近辺は荒れている。


 街道や物の輸送ルートなどの道はこまめに整備されているものの、その道以外はまるで頻繁に隕石でも落ちてきているかのようにがたついている。乗馬初心者の努では絶対に走れなさそうな道のりで、馬車なども道以外を通るのは厳しいだろう。


 馬とフライ両方の移動手段で南への逃走ルートを確認し終えた努は、整備されている道を馬車や人の集団がずらずらと並んで進んでいる光景を空から眺めていた。その集団は近くの町や村からの避難民たちである。


 半年に一度のスタンピードの度に町や村の者たちは最低限の荷物を持って迷宮都市に避難してきている。迷宮都市以外にも大きな都市はあり、一番近いところでは北に位置する場所にウガオールという都市が存在する。ウガオールに近い村や町の人々も今頃そこに避難している頃だ。


 現在スタンピードは北から侵攻を始めて村や町を飲み込み、ウガオールへと迫っているところだ。新聞ではその情報が随時報告されている。あと三日もすればウガオールに飢えたスタンピードが到着するであろうという情報が流れている。



(大丈夫かな)



 努は迷宮制覇隊のクランリーダーである銀髪エルフの女性を思い浮かべつつ、空をすいーっと移動して迷宮都市へ戻っていく。迷宮制覇隊は現在そのウガオールより更に北の都市へ向かい、救援活動や避難活動を行っている。迷宮制覇隊に関しての情報はまだ入ってきていないため、努は少し心配していた。


 それに金色の調べのレオンも警備団に依頼を受け、斥候として北の都市へ送られていた。彼のAGI敏捷性はユニークスキルのおかげでA+の壁を越えてS-に到達している。そんな彼が本気で走れば軍馬より早く目的地へ辿り着けるため、斥候としてこれ以上ない能力を有している。


 しかし警備団が探索者個人を名指しで依頼をすることは珍しいことらしく、努はますますスタンピードへの警戒を強めていた。レオンにわざわざそんな依頼を出して斥候をやらせるということは、情報が足りていないということに他ならない。そのためいざという時の逃走ルートを入念に調べ、長持ちする保存食を確保していた。


 忙しなく検問を行っている門番にステータスカードを見せて迷宮都市に戻った努は、お昼ご飯を食べた後にアルドレットクロウのクランハウスへ訪れた。


 努が報酬として提示した人材についてルークは結構手間をかけて捜索してくれたらしく、何名かの情報が纏められた書類を努は渡された。アルドレットクロウのメンバーではないものの、有望な新人などのスカウト候補が書かれた書類を何枚か見ていく。


 その書類には努もモニターで目をつけていた新人たちがちらほらと見える。そして努は最後の書類を見ると細い目を見張った。



「この人は書類見る限りいい感じですけど……」

「あー、その子はちょっと問題を抱えていてね。一応載せはしたけど、あまりオススメはしないよ」

「……性格に問題でも?」

「いや、素直で良い子なんだよ。ただ頑固でね。一月前まではうちに在籍してたんだけど、辞めちゃった子なんだ」

「素直で、頑固ですか……」



 努の言葉にルークは言いにくそうに頬を掻いた。



「彼女は拳闘士でアタッカーをしていたんだけど、いきなりタンクがしたいって言いだして聞かなくなってしまったんだよ。それから二ヶ月くらいタンクに混じって練習してたんだけど、さっぱりでね。最後には自分から抜けちゃったんだよ。クランに迷惑かけられないって言ってね」

「なるほど。そんなに駄目だったんですか?」

「アタッカーの時は上位の軍に常駐出来る実力だったんだけどね。タンクの方はさっぱりだったよ。それにそれを見ればわかるだろうけど、種族や体格からして多分タンクに向いていないんだ」

「……へぇー。一応連絡先とかって教えて貰えます?」



 努が鳥人の拳闘士と書かれた書類に目を落としながらそう言うと、ルークは意外そうに目を見開いた。



「本気かい? アタッカーとして考えているのなら絶対に止めた方がいいよ?」

「勿論入れるとしたらタンクとして迎える予定です。まぁ、会うにしてもスタンピードの後ですかね。後はこの人と……」



 取り敢えず1PTを組むために五、六人は欲しいので努はその書類から何人か候補を選んだ後、ルークと情報交換を兼ねてスタンピードについて世間話をしていた。



「何か火竜らしきものが確認されたと新聞でも昨日報道されてましたね。今回はかなり不味そうじゃないですか?」

「あー、ツトム君は迷宮都市の外から来たんだっけ? 随分とスタンピードを恐れているようだけど」

「まぁ、そんなところですね」

「確かに迷宮都市以外だと本当に恐ろしい災害だよね。私のクランでも村や町出身の者がいるから、良く話を聞くよ。でも、迷宮都市なら大丈夫さ。貴族はもう王都から帰ってきてるし、魔石もたっぷり貯めてある。バーベンベルク家の防御魔法は随一だからね。ツトム君はまだ見たことがないかな? 防御魔法」

「そうですね。知識としてはありますけど、実際には」



 迷宮都市を治めている貴族であるバーベンベルク家は、鉄壁の防御魔法を使う家系として有名である。その防御魔法を見込まれてバーベンベルク家は王都から命を受け、ダンジョンに囲まれているような位置にある迷宮都市を治めている。そして神のダンジョンが生まれて魔石の供給が上がってからは、その強力な防御魔法は磨きがかかっている。


 バーベンベルク家はこの迷宮都市全てを覆える障壁を張る防御魔法を一月は使えるので、スタンピードで攻め落とされることは絶対に有り得ないとされている。現に迷宮都市はここ百年近くスタンピードによって被害を出していない。



「それに、ウガオールにはもう迷宮制覇隊がいるだろうしね。スタンピードは他の都市を通過して迷宮都市へ向かってくるけど、ウガオールで大分勢いを削いでくれると思うよ」

「そうですか……」

「まぁでも、備えることに越したことはないさ。前回より大規模になることは確かなんだしね。でも火竜くらいなら楽勝だよ。神のダンジョンみたいに五人で倒さなきゃいけないわけじゃないし、それに私たちも五人で倒したしね!」



 ルークはウインクしながらそう締めくくった。努もルークの楽観的な態度と言葉に少し安心しつつも、その後はステファニーのことや付与術士のことを話した後にクランハウスを出た。



(街の雰囲気も、あんまり変わらないなぁ)



 スタンピードで火竜と同じようなモンスターが出現したと報道されても、迷宮都市住人は全く意に返していないようだった。



(日本でいうと地震みたいなものなのかね、スタンピードは)



 努はそんなことを思いながらも少し物価が高騰し始めている市場を観察する。食料品や日用品などの高騰が見られるが、その中で最も高騰している物は魔石である。


 この二週間ほどで魔石市場は活発化し多くの魔石が売買されていた。防衛に使われる道具はほとんどが魔道具であり、その燃料は魔石である。無色の魔石ですら買取値段が上がっているので、探索者にとってはありがたいだろう。努は魔石換金所に掲載されている値段表を眺めていると、その列に並んでいる一人の女性を見つけた。


 薄汚れた衣服を纏い、艶のあった茶色のふさふさの尻尾は見る影もなくボサボサになっている。元ソリット社の記事者であるミルルが魔石を換金しようと長い列に並んでいた。


 ミルルが努に何か危害を加えないようにソリット社は探偵を雇い、彼女の動向を常に調査してその情報を彼へ流している。そのため努はミルルが探索者になったということは報告で知っていたが、実際に見たことは初めてであった。


 彼女はまだ探索者を続けているが、努に危害を加えるといった考えや動向は見られていない。そう言った動向が少しでも見られればソリット社は彼女を消すか努へ尋ねてくるだろう。二社の新聞社が頭を出してきたことによりソリット社は弱ってきているものの、まだそれくらいのことを出来る力を持っている。


 ミルルは現在虫の探索者とPTを組んでいるが、実入りは良くない。アルドレットクロウや金色の調べによって多少ヒーラーやタンクは見直され始めてきたものの、まだジョブ格差は蔓延っている。なので彼女に入る報酬は依然少ないままだ。資産を没収された上で収入も激減したため、ミルルは宿屋にすら泊まれない始末だ。


 だがミルルはソリット社の記事での悪名によって良い探索者とはPTを組めず、虫の探索者の中でも性質の悪い者としかPTを組めない。なので彼女は探索者の中でも最底辺を彷徨っていた。



(まぁ、頑張ってくれ)



 スタンピードによる魔石の高騰によりいつもより屑魔石が高値で売れ、Gを得て喜んでいるミルルから努は視線を外した。その後は新聞を買った後に宿屋へと帰った。

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