第78話 エイミーとデート?

 そしてスタンピードの発表当日。一般の新聞社にダンジョン新聞社が朝刊でスタンピードに関する情報を開示した。火竜のようなモンスターがいるとは明言されなかったが、今までのスタンピードと違い大規模になるという予想は書かれていた。


 しかし民衆は楽観的だった。スタンピードは半年に一度は起きる出来事であるし、迷宮都市の戦力があればどんなスタンピードでも対応できるだろうという安心があった。それにこういったスタンピードが激化するという報告はここ数年で何度も行われているが、迷宮都市が危険に見舞われたことは一度もない。



「また迷宮制覇隊サボってんのか」

「これで何回目だよ。しっかりしてくれよなー」



 新聞を手に取る者はスタンピードの激化という文字を見て呆れたようにため息を吐いた。


 外のダンジョンの間引きは迷宮都市を治めている貴族が兵士を動員して行っているが、迷宮制覇隊もその役割を担っている。そしてここ数年スタンピードの発生する間隔が少しずつ短くなっていることや、スタンピードの激化に住民たちは迷宮制覇隊を批判していた。


 スタンピードの脅威に晒される村や街などでは絶賛される迷宮制覇隊も、安全な迷宮都市での評判はそこまで高くない。迷宮都市の住民からすればスタンピードなどここ十数年はお祭りのようなものだからだ。


 努は宿屋の食堂や街中で口々に批判されている迷宮制覇隊に同情しつつも、乗馬の訓練に勤しんでいた。努は乗馬経験など無いため恐る恐る馬を撫でつつも、屈強な男に担がれつつ馬に乗った。


 そして半月ほどは乗馬を半日練習し、その後はモニターを見回る日々を努は過ごした。


 その間にアルドレットクロウは三戦ほどでボルセイヤーを突破し、紅魔団へと追いつき始めている。紅魔団は現在六十九階層を遅々と攻略していて、アルドレットクロウは六十七階層を順調に攻略している。アルドレットクロウが追いつくのは時間の問題だ。


 そしてシルバービーストはめでたいことに火竜討伐を達成していた。戦闘はかなり長期に渡り終盤には四人死亡し、最後のミシルも火竜と相打ちという泥臭い勝利ではあった。しかし今まであまり注目されていなかった中堅のクランが火竜を討伐したという事態に観衆は沸いていた。


 しかしシルバービーストのPTメンバーはその結果に納得していなかった。観衆からしてみればギリギリの戦いというものはとても盛り上がるし白熱していたが、最後は乱戦になってロレーナも以前のように自己犠牲のレイズをしてしまっていた。


 その火竜戦が終わった後にロレーナはわざわざ努の宿屋に訪ねて謝りに来ていたが、火竜戦を観戦していた努としては上出来すぎて自身も歓声を上げるくらいだった。シルバービーストには努も多少の思い入れはあったし、まさか金色の調べより先に火竜を討伐するとは思っていなかった。


 努に手を取られてぶんぶんと握手を交わされ、お祝いの魔石詰め合わせまで持たされたロレーナはぽかんとしていた。そしてそんなロレーナは後日新聞取材の際に努からヒーラーを教わったと答え、ステファニーとユニスに意識されることになった。


 金色の調べは神のダンジョンを主軸にしている大手クランの中でも出遅れて中堅クランにも先を越され、冷ややかな観衆に見守られつつも火竜討伐を目指している。金色の調べは今までのレオン頼りPTから脱却しつつあるものの、まだ新体制に変えてから成果が出るまでは時間がかかりそうだった。



「あ、いたいた。おーい、ツトムー」



 そして努が乗馬訓練を行っている施設に一人の少女が訪れていた。白い髪を肩に切り揃えているエイミーは乗馬している努へ手を振っている。今日はエイミーの休日であり、努とダンジョン探索を約束していた日であった。


 休日にもダンジョン探索をしたら疲れてしまうのではないかと思うが、エイミーの仕事は座ったまま行う鑑定の仕事が多い。なので彼女は休日にも自主的に身体を動かしている。


 努はエイミーの返事に答えつつも手綱を握って乗馬に集中していた。この半月で多少マシにはなったがまだ乗りこなしているとは言えない練度だ。


 努は馬から降りると安心したように息を吐きつつ、私服のエイミーを怪訝そうに見つめた。



「どうしました? 今日はダンジョン探索ですよね? 何で私服なんです?」



 ここ最近白いローブが普段着と化してきている努の言葉にエイミーは口を半開きにして若干引きつつも、やれやれと肩をすぼめた。



「ダンジョンは午後からでしょ。このダンジョン脳めっ」

「あはは、すみません。でもエイミーはどうしてここに?」

「ツトムが乗馬の練習してるって聞いたからさ。このエイミーちゃんが教えてあげようと思ってね!」

「……そうですか。あ、でも乗馬練習はこの辺で切り上げる予定だったんですよ。今日はダンジョン探索もありますしね」

「えー? なんだよせっかく来たのにー。ぶーぶー」



 ぶーたれるエイミーに努は誤魔化すように笑いながらも馬を係員の者に任せ、彼女と一緒に乗馬施設を出た。


 フライを練習している時も努はエイミーにアドバイスを受けたことがあったが、とにかく擬音が多くてさっぱりだった。彼女は理論より感覚で物事を覚えるタイプなので、教えたがりだが人に教えることは明らかに向いていなかった。



「少し時間ありますね。市場にでも寄っていきましょうか」

「え、あ、うん! 行こう行こう!」



 てっきり早めにギルドへ向かおうと言われると思っていたエイミーは、彼の言葉に慌てながらも頷いた。機嫌良さそうに努の隣を歩くエイミー。しかし十分後、エイミーのうきうきだった表情は崩れた。



「今日は新しい魔道具の発売日なんですよ。これは火竜のブレス対策を応用したやつっぽいですね」

「あぁ、うん……」



 努が立ち寄った市場はダンジョン関連の道具が売られている場所であった。努が顔を輝かせてダンジョンに関する道具を見つめる姿をエイミーは遠い目で見つめた。



「氷の魔石は貴重なんで、やっぱり高いですねー」

「そだね」

(七十一階層へ一番に辿りついたら大儲け出来そうだな)



 七十一階層からは暑い火山とうって変わって雪の降る環境へと変化する。そこでは現在貴重とされている氷の魔石がドロップするので、最初にたどり着けたクランは莫大な利益を生み出すことが出来るだろう。



「エイミーは結構お仕事で火山行きますよね。暑さ対策にこれとかどうです? 水の魔石が燃料ですけど涼しかったですよ」

「いや、可愛くないしこれ……」

「まぁ、それはそうですけど」



 無骨な背負い式の魔道具を見てエイミーは首を振る。しかしエイミーも私情だけで断っているのではない。アイドルのような扱いを受けているエイミーはスポンサー代などで稼いでいる面が多いため、身につける物や装備に気を遣うのは当たり前のことであった。


 その後もダンジョンの道具を冷やかしつつも購入していく努の後ろをエイミーはちょこちょこと付いていく。努は頻繁にこの市場へ顔を出して色々と買っていくため、様々な店主から顔を知られていた。商人や職人と話を交わしている努をエイミーはじっと見つめていた。


 そして努はいつものルートで一通り市場を見て回った後、モニターを見て時間を確認した。



「あ、そろそろ時間ですね。ではギルドに――」

「ツートームー? 今度は私の買い物に付き合う番だと思わない?」



 今まで黙々と付いてきていたエイミーは据わった目をしながらも努の手首をがっしりと掴んだ。



「いや、でも時間が」

「いいから来るのっ!」



 それから努はエイミーに引っ張られ、衣服やアクセサリーが売っている市場へと連れ出された。努は基本ダンジョン以外のことに興味が薄いため、他の市場には全く足を運ばない。


 見慣れない街道と女性の多い市場に努は居心地の悪さを感じながらもエイミーに付いていく。そしてエイミーは色々な場所でアクセサリーや衣類を試して身につけ始めた。



「どう? これっ。可愛くない?」

「いいんじゃないですか?」

「んー、反応が薄いからやめとこっ」



 エイミーが花形の髪飾りを元の場所に置くと、次々と他の髪飾りを試していく。カミーユとの買い物の時も努は思ったが、正直意見を求められても無難な答えしか返答できないためあまり聞いて欲しくなかった。


 それにエイミーは目に付いた市場から見て回っている様子だったので、かなり時間がかかりそうな雰囲気だった。ギルドで待っているであろうガルムに努は内心謝りつつも女性の多い市場を見て回った。



「んじゃ、そろそろ行こっか」

「え? 何も買わないんですか?」

「うん。あんまりいいの無かったしねー」

(何故来たし……)



 買い物に来る際は下調べを行っている努は思わず突っ込みたくなったが、ぐっとそれを飲み込んでギルドへと向かった。



「着替えてくるから先行っててー」

「あ、はーい」



 そう言ってギルドの隣にある宿舎へ消えていったエイミーを努は見送った後、ギルドに入ってモニター前で待ち合わせをしているガルムを探した。


 いつもの場所にガルムはいなかったため努はギルドをぐるりと見回して席にいないか探すと、食堂の席に座ってダリルと一緒にパスタを食べているガルムを見つけた。



「ガルム、すみません。遅れました」

「……珍しいな。ツトムが一時間も遅刻とは。そろそろ宿屋にでも向かおうと思っていたぞ」

「申し訳ないです」

「別にいいさ。そんな日もあるだろう」



 そう言ってガルムはパスタを静かに口に運び、ダリルは努が来たことで焦っているのかおかわりをしたばかりのドリアを急いで食べてリスのように頬を膨らませていた。


 ダリルが熱々のドリアを頑張って食べ終える頃にはエイミーが装備を整えてギルドに到着していた。



「おまたせー」

「貴様……」

「え、ツトムも遅れてきたでしょ? それならツトムも怒らなきゃわたしに怒る資格なんてないでしょー」

「ツトムはもう叱った。お前は最近仕事では時間を守るようになったが、何故こうも……」

(僕叱られてたんだ)



 努はそんなことを思いつつもぶつぶつと説教を始めたガルムを見た。そして黒い垂れ耳が特徴的なダリルに視線を移すと、彼は大きい身体を折り曲げてぺこりと頭を下げた。


 彼は歳若く少年と言える年齢であるが、その背や体格はガルムより小さいが努よりは大きい。随分と椅子が小さく見えるなと努は思いつつも彼に挨拶した。



「今日はよろしくお願いします」

「こちらこそ! ツトムさんの活躍はモニターで見てます! 最近はなんか、大手クランをたらい回しだとか!」

「あ、うん。そうだね」



 たらい回しというと何だか嫌な風に聞こえるが、ダリルの少し幼げの残る顔には全く悪気はなさそうだったので努はその言葉には触れなかった。



「ダリル君も最近ガルムに結構キツそうな訓練を受けていたけど、大丈夫?」

「はい……ガルムさん凄く厳しくて……でも大丈夫です!」



 ガルムの訓練法は獅子が子供を崖から叩き落とし、登ってきた子供に上から岩を落とすようなものであった。傍から見ても相当厳しい訓練で、努もステファニーの訓練で失敗していたのでダリルの精神状態が心配だった。しかしダリルの目はむしろ輝いているように見えた。



「ツトムさんのクランに入っても恥ずかしくないように頑張ります!」

「それは嬉しいけど、無理はしないようにね。何かあったら僕に言ってくれていいからさ。ガルムにだったら多少口は聞けるしね」

「はい!」



 爽やかに返事をするダリルに努は頷きつつ、説教が終わったガルムと拗ねているエイミーと共にダンジョンへ潜った。今回は五十一階層でダリルの立ち回りを見ながらのんびり探索することになっている。



「はっ!」



 大盾を突き出して草狼(バーダントウルフ)を吹き飛ばすダリル。その後の立ち回りも様になっている。やはりガルムが鍛えただけあってダリルの立ち回りは以前より大分洗練されていた。



「あとはアタッカーがいればいいんですけどねぇ……」

「ん? ツトム、アタッカー欲しいの?」



 ダリルが一人で戦っているのを見守っている努が何気なしに呟くと、隣のエイミーがその言葉に反応した。



「そうですね。中々良い人見つからないんです」

「ならディニちゃん誘えばいいんじゃない? 最近アタッカーの枠が減ってみんなギラギラし始めたから、移籍したいって愚痴ってたよ?」

「ディニ……?」

「あれ? ツトム、金色の調べで会ったんじゃないの? ディニちゃん。あ、ディニエルね」

「……あぁ! あの金髪エルフの?」

「うん。双波斬」



 新たな草狼が出現したためエイミーは双波斬を飛ばしてそのモンスターを魔石へと変えた。



「ディニエルさんはエイミーの知り合いなんですか?」

「うんにゃ。親友だよ。かれこれ六年くらいの仲かな? 良ければ紹介してあげようか? この前話した時もツトムのこと話してたし、悪い印象は持ってないみたいだしね」

「……是非ともよろしくお願い致します」

「ちょ、ツトム顔怖い。紹介するからその顔止めて」



 思いもよらないところからのアタッカー紹介に努は思わず真顔になってしまった。怖がるエイミーに努は取り繕うように笑った。



「でももしかしたら断られるかもしれないからね?」

「構いません。よろしくお願いします」

「まぁ、後で私も入るしねー。多分大丈夫だと思うけど」

「ありがとうございます。エイミー様」

「様!?」

「いや、ほんとありがとうございます。アルドレットクロウで探してたんですけど、アタッカーはほんとに見当たらなかったんですよ。ほんと助かります。あ、今度謝礼金を包んで持っていきますね」

「いやいやいや!? いいからね!?」



 頭を下げて拝み続ける努にエイミーは慌てながらも肩をぽんぽんと叩いて顔を上げさせた。そしてそれを見つけたガルムにまたお前は何かやらかしたのかとエイミーは説教される羽目になった。

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