第77話 成長のモニター映像

 警備団によるスタンピード発表まで残り二日となった昼。ステファニーは一軍PTに戻り六十五階層を攻略していて、今は六十六階層へ続く黒門を遠目に捉えていた。


 しかしここでは紅魔団も苦戦していたドジョウとナマズが合体したようなモンスターが出てくる。名前はまだエイミーが鑑定を行っていないので決まっていないが、『ライブダンジョン!』ではボルセイヤーという名前のモンスターであった。


 ボルセイヤーは六十六階層へと続く黒門付近を守るように徘徊している。そしてその黒門はドーナツ状のマグマで囲まれた地形の中央にポツンと立っている。その周りをボルセイヤーがマグマに潜って徘徊しているため、どうしても倒す必要がある。


 黒門を開くにはモンスターに敵意を向けられていないことが条件で、もし向けられていた場合黒門は開かない。ボルセイヤーに気づかれないように黒門を開く方法もあるが、アルドレットクロウは素直に倒すことを選択した。



「開幕の飛びつきについては私が対応するけど、皆も一応注意しておいてね。あとは召喚獣で釣ってあの円からあいつを出させる。その後は出たとこ勝負だね。そんな感じで大丈夫かな?」

「そうですわね……タンクのお二人は出来るだけマグマに落とされないようにして下さい。それと溶岩弾を吐いてくるので、自分の後ろに味方を入れないよう立ち位置を意識して下さると助かります。勿論こちらでも意識しますので」

「了解した」



 ステファニーの言葉にビットマンとタンクの女性は頷く。ルークはステファニーが堂々とタンク二人に意見しているところを驚いたように見ていた。以前の彼女はPTメンバーに劣等感のようなものを感じていて、意見は求められない限り言わないような者であったからだ。



「ステファニー。随分と変わったね? それに雰囲気も」

「……何で俺に聞くんですか」



 ルークの耳打ちにソーヴァは面倒くさそうに対応しながらも、黒の大剣の手入れをしている。ソーヴァは全ての武器を扱える紅の魔剣士に憧れているため、彼もまた数多くの武器を練習している。大剣はその中でも一番熟練度が低い武器であり、彼はそれで六十五階層のモンスターと戦えていた。


 そして皆の準備が整うとルークはゴブリンを数匹召喚して円の中心へと向かわせた。そして黒門近くまでゴブリンたちが到着した途端、二匹の姿が一瞬にして消えた。


 マグマから真っ黒の蛇のような見た目のボルセイヤーが滑り出すように飛び出し、一瞬でゴブリンを弾き飛ばしたのだ。残ったゴブリンはルークの指示を受けて外へ逃げてくる。


 しかしその途中でぬるぬると滑るように這いずってきたボルセイヤーにゴブリンは丸呑みにされてしまった。そしてタンク二人はコンバットクライを放ってボルセイヤーのヘイトを稼ぎ、ステファニーはタンク二人にプロテクをかけた。そして走り出したソーヴァにヘイストをかける。


 小さいつぶらな瞳に鼻先からは細長い髭のようなものを生やしているボルセイヤー。細長い蛇のような身体には赤い膜のようなものが張り付いている。


 タンク二人に釣られているボルセイヤーの背後に回り込んだソーヴァは、その黒い身体を大剣で斬りつける。しかしその軟体動物のような見た目に反してボルセイヤーの身体はかなり硬かった。それにその表面にはぬめりけもあり、力が逃がされているようにも感じた。


 ボルセイヤーお得意の這いずりながらの体当たりをタンク二人は躱している。滑るように這いずりながらの体当たりはとても受けられそうにないため、タンク二人は避けに徹していた。



「召喚(サモン)――スライム」



 ルークは水の魔石を杖に挿入した後にスキルを唱え、青い粘体生物であるスライムを召喚した。そのスライムはぽよぽよと跳ねて移動してボルセイヤーへと向かっていく。


 しかしボルセイヤーに引き潰されてしまいあえなく消滅。攻撃しているソーヴァも固い溶岩のような甲殻と皮膚から分泌している赤いぬめぬめに手間取っていた。攻撃するたびにその薄いぬめった膜が裂けて跳ね、ソーヴァの身体を所々焼いていた。



「ヒール」



 エリアヒールを設置しているステファニーはその範囲内に入りながらもソーヴァへヒールを飛ばした。そして這いずり攻撃を避け続けて息が乱れてきたタンクにメディックを送る。



「今のところ一緒に避けるのは得策ではないでしょう! 順番にコンバットクライを放って交代して受け持つ方がよろしいかと! ビットマン! 貴方からお願いできますか!?」



 ステファニーの提案にビットマンは振り返らずに片手を上げてサムズアップで応じ、返事をするようにコンバットクライをボルセイヤーに再度放った。ルークはステファニーの指示に感心しながらもマジックバッグをごそごそと漁り、中型の緑魔石を取り出して地面に置いて杖を添えた。



「召喚(サモン)――オーク」



 地面に置かれた緑魔石はドロリと溶け出して分裂し、三体の棍棒を持った緑のオークが召喚される。その三体のオークはルークの指示に従い突撃していった。


 召喚士は精神力に加えて魔石の大きさや品質、性質などを材料にして特定の召喚獣を召喚することの出来るジョブである。召喚獣の位によってその場に召喚できる数は制限されているものの、五人PTの枠を越えてモンスターを召喚出来るということはかなりの強みである。


 しかし召喚士自身の攻撃方法や防御方法が乏しいことと、精神力に加えて魔石も消費してしまうので資金力がなければ運用は難しい。一応魔石が無くとも召喚は出来るが、多大な精神力を食う上にモンスターではない召喚士特有の召喚獣しか召喚出来ない。


 召喚士特有のモンスターは主に回復や支援を行う聖獣のような召喚獣が多い。ただその支援能力や回復力は他のジョブには及ばず、あくまで補助的なものである。ちなみにこの聖獣たちは無色の魔石を使うことで消費精神力を抑えることが出来る。


 交代でタンクたちがボルセイヤーの這いずり攻撃を受け持ち、ソーヴァとルークの召喚したオークが攻撃を加える。するとボルセイヤーは突然電池が切れたかのようにピタリと静止した。



「離脱!」



 ボルセイヤーの身体から炎熱の風が吹き荒んだ。タンク二人は顔の前に手を当てながら下がっていき、ソーヴァはその声に反応して素早く下がった。オーク三体はその炎熱をもろに受け、光の粒子になって消えてしまった。


 ステファニーはタンク二人にヒールを飛ばしつつ、大口を開けているボルセイヤーの口目掛けてエアブレイズを放った。


 炎熱の風を受けて怯んでいたタンク二人を丸呑みにしようと地を滑っていたボルセイヤーは、その風の刃を正面から受けてキーの高い悲鳴を上げて怯んだ。その間に支援スキルをステファニーはかけ直す。


 ボルセイヤーはずりずりと下がってマグマに潜った後、すぐに顔を出してきた。


 そしてその長い髭についたマグマを振るい、ボルセイヤーは口から赤く染まった岩石を勢い良く吐き出した。その速い攻撃の標的になった女性のタンクは直撃を避けたものの大きく吹き飛ばされ、その岩石の破片はビットマンの肩に勢い良く当たり彼も吹き飛ばされた。



「ヒール、ヒール」



 タンク二人にステファニーはヒールを飛ばすも、ボルセイヤーは身体を反動させながらも溶岩弾を連発して飛ばしてきた。まるで大砲のように降りかかる溶岩弾をビットマンは素早く動いて直撃を避けているものの、破片を避けきれずにどんどんと削られていく。


 重騎士の女性は大盾を地に突き刺して真正面から受け止めたが、勢いに負けて溶岩弾の下敷きになってしまった。そして高い温度を有している溶岩弾によって蒸し焼きになって死んでしまった。



「召喚(サモン)――ワイバーン」



 ルークは緑色の中魔石を三つ使ってワイバーンを召喚し、マグマに半身を入れて固定砲台と化しているボルセイヤーに向かわせた。ソーヴァもそのワイバーンに飛び乗って何とかその砲撃を止めさせようと迫る。


 溶岩弾をワイバーンは左右に滑空しながら避けていく。そしてソーヴァは途中でワイバーンから飛び降りてボルセイヤーの額部分を大剣で捉えた。


 しかしボルセイヤーは無傷。そして顎が外れそうなほど口を開ける。ワイバーンがソーヴァを突き飛ばす。ワイバーンはボルセイヤーに咥えられてしまった。


 そして口から溢れ出る溶岩にワイバーンは焼かれ、悲痛な叫び声を上げながら粒子化する。全く通じない攻撃にソーヴァは顔を顰めながらマジックバッグに大剣を仕舞い、ロングソードを取り出した。大剣でも剣士のスキルを使えはするが、一番使えるのはロングソードである。



「エンチャント・アース」



 剣の強度を上げるエンチャントを施したソーヴァはロングソードを構えて顔面に突きをお見舞いするものの、赤いぬめりによってロングソードは突き刺さらない。



「っざけんなこいつ!」



 ソーヴァは自分の攻撃が通じないことに苛立ちながらも離脱する。しかしその長い伸縮性のある黒い髭がソーヴァの足に絡みついた。



「レイズ」



 ステファニーはソーヴァが捕まってしまったことを確認すると素早くレイズを放った。光の柱が空に打ち上がり、光の粒子が集まってタンクの者が蘇生される。


 ソーヴァをマグマの中へ引きずり込もうとしていたボルセイヤーはぎょろりと小さい目を動かし、レイズを使ったステファニーへ一直線に向かっていった。ソーヴァはまだその髭に足を捕まえられていて地面に引きずられているが、マグマに落とされての死は回避できた。



「ビットマン! コンバットクライを何度かお願いしますわ!」

「コンバットクライ」

「召喚(サモン)――ジャイアントゴーレム」



 ステファニーの言葉にビットマンはコンバットクライを放ち、ルークは土色の大魔石を使い巨大な土人形をステファニーを守るように形成し始めた。


 そして形成途中のジャイアントゴーレムにボルセイヤーが突っ込み、パラパラと岩の欠片を落としながらもその動きを止める。その隙にソーヴァが足に絡まっている髭をロングソードで斬りつけると、ボルセイヤーは嫌がるように身体をくねらせて髭を緩めた。


 拘束から脱出したソーヴァは動きを止めたボルセイヤーの髭を狙って攻撃をし始めた。その攻撃を嫌がるようにボルセイヤーは身体をくねらせる。



「ここかっ! すぐに切り飛ばしてやる!」



 ソーヴァが弱点を見つけて更に追撃をかけようとした時、ボルセイヤーは陸に打ち上げられた魚のように身体を跳ねさせ始めた。攻撃が通用していると感じたソーヴァは更に追撃をかける。


 その瞬間、ボルセイヤーは跳ねていた反動を利用し、空高く飛び上がった。



「んなっ」



 その声がソーヴァの最後の言葉だった。巨体に上から踏みつけられたソーヴァは圧死。そしてジャイアントゴーレムだった巨大な岩もその衝撃で弾け飛び、岩の跳弾を身体に受けたルークが吹き飛んでマグマに沈没。


 ステファニーも身体の至るところに岩の跳弾を受けてボロボロになっていた。ビットマンは軽傷だが装備を着れなかったタンクの女性は痛そうに腹を押さえている。



「レイ……ヒール」



 以前ならばここでレイズを使って自身がボルセイヤーを引き付け、その隙にタンク二人へ装備を回収して逃げてもらうことが定石だった。しかしステファニーはヒールで自分の傷を癒した後にタンク二人へプロテクを付与した。



「ビットマン! 青ポーション飲んでもいいのでコンバットクライで何とかあいつをお願いしますわ!」

「了解。コンバットクライ」



 ビットマンはあまり美味しくない青ポーションを平然と飲み干すとコンバットクライを連発した。ステファニーは三十秒ほどボルセイヤーの攻撃を避け、そして複数のコンバットクライを受けてようやくボルセイヤーはステファニーから視線を外した。



「タンク二人は攻撃を避けつつコンバットクライをありったけお願いします! 立て直しますので!」



 女性のタンクの者は装備を回収する暇がないため、亜麻色の布着一枚でボルセイヤーと対峙している。彼女は死ぬ直前まであった据え置きの精神力全てをコンバットクライに注いだ。


 そしてステファニーはソーヴァとルークが死んで五十秒ほど経過した後にレイズを二回唱えた。光の粒子と共に二人は生き返り、ステファニーは頭を押さえながら青ポーションを口にした。


 レイズでのヘイト増加はヒールヘイトの中で最も高いが、更に生き返らせた者が稼いでいたヘイトも起因する。なので三種の役割の中でならば、アタッカーを生き返らせてもそこまでヘイトを稼ぐことはない。そのためステファニーはレイズで二人を生き返らせてもタンク二人のおかげで狙われることはなかった。


 ルークとソーヴァはてっきりギルドで生き返るものと思っていたのか、轟音の巻き起こっているダンジョンで復活して呆然としていた。



「ほえ?」

「ルークさん! 装備はあそこにありますわ。急いで下さい!」

「は、はいぃぃぃ!!」



 ルークはステファニーに急かされると跳ねるように飛び上がって装備を回収しに向かった。ソーヴァはタンク二人にヒールを送るかヘイトの管理上迷っているステファニーを見つめた。



「……はっ!」



 負けていられないとソーヴァは威勢良く叫んだ後に装備を纏い、息を乱し始めたタンク二人を援護するためボルセイヤーへと向かった。


 しかしその後はボルセイヤーに対して有効な攻撃手段が見つからず、数十分粘ったもののアルドレットクロウの一軍PTは全滅することになった。


 亜麻色の身の着とマジックバッグを持った五人はギルドの黒門から吐き出されるように出てきた。五人はギルドの預り場で装備を引き出して身につけた後、残念そうにため息をつきながらギルドの円卓に座った。


 するとソーヴァはがばっと頭を下げた。



「すまん。俺のせいだ。まるで攻撃が通らなかった」

「いやいや、私もごめんね。ジャイアントゴーレムは悪手だった」

「あの赤いぬめぬめが厄介ですわね。攻撃にも防御にも利用されているので、あれを何とかしなければいけませんね。見ていた感じですと恐らくマグマに潜るとあのぬめぬめが補充されるようです。何とかマグマに潜らせないようにしたいですわ」

「……確かに戦闘中何度かマグマに潜ってたね。あとは私の召喚(サモン)で冷やしてみるのも面白いかもね」

「……髭は明確な弱点のはずだ。手応えを感じた」

「後は口内もですかね。エアブレイドが通じていた様子でしたし」



 そう言いながら顎に手を当てて考え込むステファニーを、他のPTメンバーは食い入るように見つめている。しばらく考え込んでいたステファニーはふと顔を上げると自分に視線が集中していることに気づき、驚いたように肩を跳ね上げた。



「な、なんですの?」

「いや、ステファニー凄いなって。特に私とソーヴァが死んだ時さ、正直もう終わったなと思ってたんだよね。でもあそこから戦いになってたし、いや凄いよ」

「それは……ありがとうございます」

「ステファニー、素晴らしい判断と指示でした。おかげで私も迷わずに済んだ」

「……ちっ。今回は認めてやる。だが調子に乗るなよ。次は上手くいかないことも考えられるからな」

「ステファニーさん凄い!」



 PTメンバーからベタ褒めされたステファニーは戸惑って謙遜の言葉は出そうになったが、彼女はそれをぐっと飲み込んだ。



「ありがとうございます。さ、話し合いを続けましょうか」

「おぉ……。ステファニー……こんなに立派になって」

「あんたは父親か」



 ルークはステファニーの自信のある表情にしくしくと泣き真似をし、ソーヴァは静かに突っ込んだ。

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