第73話 試行錯誤
その女王蜘蛛(クイーンスパイダー)との戦闘を終えた後、ギルドに帰還したステファニーは早速PTメンバーと話し合おうとした。しかしアタッカーの者は用事があると言って帰ってしまった。努はステファニーと視線を合わせた後にアタッカーの者を追ってギルドを出て行った。
タンク二人は何もないとのことだったのでステファニーはギルドの食堂で集まり、先ほどの戦闘の反省会を始めた。
「最初はあのように私(わたくし)がエアブレイズで奇襲を防ぎますので、その後はコンバットクライを放って下さい。あとは……」
「しっかりしなきゃですね……僕たちが」
「…………」
沈んだ口調でリガスがそう言うとドルシアも視線を伏せた。ステファニーは少し言葉に詰まったが、何とか二人を励ますように明るめな声を上げた。
「女王蜘蛛はお二人共初めてでしょうし、仕方ありませんわ。あと三日あります。……明日は訓練に充てて、残り二日での攻略を目指したいですわね」
「訓練ですか?」
「取り敢えずは、急所に攻撃を受けない訓練ですわね」
クリティカル攻撃を受けなければタンク二人はプロテクを付与すれば充分攻撃を耐えられる。だが二人共頭や顔に攻撃を受けすぎていたとステファニーは思っているので、まずはそこから修正するべきだと彼女は考えた。
「まずはあの長い脚での攻撃に慣れることから始めましょう。手盾で糸を防ぐのは愚策ですが、脚攻撃はどんどん防いで下さい」
「はい」
ステファニーの攻撃を避けるように、という言葉だけを鵜呑みにしていたタンク二人は戦闘中ほとんど手盾を使っていなかった。そのことに気づいていたステファニーはタンク二人の行動を指摘しつつ、他にも色々と案を出していく。
「それと女王蜘蛛はかなり柔らかいので、特にリガスさんはもっと攻撃してもいいですね。確か暗黒騎士のスキルで……エンチャント・ブラッドというものがあります。これを剣に付与して攻撃すれば傷も回復するらしいので、このスキルを使って攻撃してみて下さい」
「はい! わかりました」
「それとドルシアさんはかなり動きが固かったですわよ? もっと肩の力を抜いてリラックスするといいですわ」
「……すみません。興奮してしまって」
(……触れない方が良さそうですの)
ドルシアの少しどもりながらの言葉をステファニーは聞き流した。その後も何度か話し合った後に今日はもう遅かったので三人は解散した。
(私は……どうすればいいのでしょうかね)
タンク二人と一緒にクランハウスへ帰らずに食堂の席に残ったステファニーは、机に並んだ資料を見下ろしてため息を吐いた。
思えばステファニーは二軍以下のPTに在籍していた時は情報員の指示やPTリーダーの指示に、一軍からはルークに指示を貰って動いていた。そんなステファニーがPTリーダーとなり攻略の方針を決めるというのは慣れないことで、彼女は気疲れしていた。
そして今までの沼階層は自身の技術向上や、二人に指示をしてタンクを機能させることを重点においたことで突破することが出来た。
しかし沼の階層主で攻略は初めて明確に止まった。なので何かしらの改善をしなければいけないのだが、ステファニーにはこれが正しいと思える自信がなかった。タンク二人へのアドバイスもあまり具体的には出せなかったし、自分の動きの改善も何処を改善したらいいのかわからなかった。
(明日にツトム様に聞いてみましょう。ツトム様ならばわかるでしょうし)
ステファニーはそう結論づけると疲れたように目頭を揉んだ後にクランハウスへ帰った。
翌日。ステファニーはクランの専用宿舎で起床すると顔を洗い、棒状の魔道具に髪をくるくると巻きつけて髪型をセットし始める。元々癖のある髪質なので十五分ほどするとステファニーの髪型はいつもの縦ロールになった。
予備のある黄色いドレスを一人で着付けたステファニーは全身を一通りチェックした後、横の縦ロールを指先でくるくるさせながらも宿舎を出た。
「ヒール、プロテク」
廊下を歩きながらもステファニーは二つのスキルを発動させると、両肩の上でそれを静止させながら食堂へ向かう。彼女はこの訓練を日常生活の中でも出来るようになり、その飛ばす速度や制御なども格段に上手くなっていた。置くスキルや撃つスキルは明確に習得していないが、今や金色の調べのヒーラーであるユニスよりもスキルの制御は上手い。
ビュッフェ形式の食堂でステファニーは様々な果物とお菓子を取って席に座り、椅子の下でヒールをくるくると回し始める。まだ完全ではないがある程度視線を外してもスキル制御は失われない。
酸味のある果物を食べて目を覚ましながらも、ステファニーは虚空を見つめながら考え事をしている。その光景はさながら何処かのお嬢様が黄昏ているようであったが、考えていることはダンジョン探索のことだ。
朝食を済ませたステファニーは色々と考え事をしながらギルドに向かった。そしていつものように訓練場へ向かうと既に努が到着していて準備運動を行っていた。
挨拶もそこそこにまずは秒数把握の訓練が始まる。準備運動をしている努にステファニーが支援スキルの効果時間が切れる十秒前、それを目安に支援スキルの付与を行う特訓である。
この訓練を行う前ステファニーは手や足などでリズムを取って秒数を測っていたが、今となっては心の内や体感で秒数を測るようになっていた。あのPTでは支援スキルと回復スキルの他、指示や攻撃も行う必要がある。そのため悠長に手足でリズムを取る暇がないため、この方法しか選択肢になかった。
「プロテク」
心の内で秒数を数えるステファニーは効果の切れる十秒前にプロテクを飛ばす。付与された途端に努は口にする。
「一秒早いですね」
「わかりましたわ」
努の正確な秒数にステファニーは頷きながらも続いてヘイストの秒数を数えている。そんな地道な動きのない特訓が一時間ほど続くと、少しの休憩を挟んでスキル制御の特訓へと移行した。
ステファニーもこの訓練で大分スキル操作の精度が上がってきているので、そこまで
とは言ってもAGIの高いアタッカーとPTを組んだ場合にはその速い速度に慣れる必要があるため、たまにアルドレットクロウの上位アタッカーを連れてきて支援スキルを避ける訓練相手を頼むこともあった。しかしステファニーはそのアタッカーより努に支援スキルを当てることの方が苦手であった。
「ふぅ。この辺りにしましょうか」
程良く汗をかいた努がそう言うとステファニーは杖先を下ろして張っていた気を霧散させた。慣れて来たとはいっても支援スキルを二つ操って維持することは気を遣うため、ステファニーは疲れたように肩を落とした。
この訓練は努しか動いていないため傍から見ればステファニーは楽そうに見えるが、支援スキルを効果時間が切れるまでに当てようと操ることは相当神経を遣う。なのでこの訓練はステファニー側の方がかなり辛い内容になっている。
「お疲れ様です。では昼食を食べに行きましょうか」
「はい!」
しかしこの訓練が終われば休憩で、外に出て結構良い店で昼食が食べられる。それはステファニーにとって訓練後のご褒美であり、彼女は毎日この時を楽しみにしていた。
少し上機嫌そうにステファニーは努と一緒に並んで街中を歩き、いつもの店へ向かう。そろそろ店の給仕に顔を覚えられてきた二人は案内されて席へ着き、早速メニューを開いて傍にいる給仕に注文を告げた。
そして果汁の混じった冷えた水を飲んでいる努が一息つくと、ステファニーはそれを見計らって口を開いた。
「ツトム様。先日の女王蜘蛛(クイーンスパイダー)の戦闘のことで、少しお伺いしたいことがあるのですが」
「え? あぁ、何ですか?」
「私(わたくし)の動きで何か改善点があれば教えて頂きたいのです」
「……うーん」
この三週間近い訓練の中、午後の訓練のことで初めてステファニーに質問された努は困ったように腕を組んだ。そして少しの間唸った後に彼は顔を上げた。
「……いや、ここまで来たら後は自分で考えてみて下さい。ここまで一人で来れたステファニーさんなら、きっと出来るはずです」
「そ、そうですか……」
努から何か良い指南が貰えると期待していたステファニーは、その返事にしょんぼりとしながら俯く。努はそんなステファニーを見て少し苦い顔をしながらもフォローした。そして気分を切り替えるように雑談を始めた努にステファニーはぎこちない笑顔で応対した。
運ばれてきた前菜やスープ、メインディッシュやデザートを堪能した後、努は会計を済ませてステファニーと一緒にギルドへ向かった。
いつもの時間にギルドへ集合しているPTメンバーの三人。ステファニーは挨拶をした後に受付でPT申請を済ませて早速二十九階層へ転移した。
まずは動きを慣らすために二十九階層で黒門を探しつつモンスターを倒していく。そして昨日話したことをステファニーはタンク二人に実践させた。手盾の使用にリガスはエンチャント・ブラッドの使用。ドルシアは動きのぎこちなさを無くすということが課題だ。だが毒顔蜘蛛(ポイズンスパイダー)を相手にニヤついているところを見て、ステファニーはある程度察していた。
その後戦闘を続けてある程度身体が慣れたところでステファニーは三十階層に入った。そして最初の奇襲をエアブレイズで弾き飛ばして戦闘が開始した。
タンクの二人は女王蜘蛛にコンバットクライを放ち、ステファニーはプロテクをかけて戦況を把握する。
「リガスさん。エンチャント・ブラッドを!」
「エンチャント・ブラッド」
ステファニーの指示に従いリガスがスキルを唱えると、そのショートソードに黒い禍々しい気が纏い始めた。敵に与えたダメージ分自身の怪我を治癒することの出来るモヤを自身の武器に付与させる、暗黒騎士特有のスキルである。
『ライブダンジョン!』での暗黒騎士は他のタンク職よりVITが低い分、攻撃するごとに自身のHPを回復できるスキルを持っている。そのため暗黒騎士は従来のタンクの他に攻撃しながらタンクを務めることもできる。タンク職と言えば大盾や盾持ちが一般的であるが、暗黒騎士はその特性から大鎌などの両手持ち武器を使っている者が多い。
その他にもシャドウアイでのクリティカル率増加や、ダークアーマーでのダメージ二十%カットなど特有のスキルがある。ただしそれらは代償として使う度にHPが減少するスキルであるため、使いどころを間違えれば死んでしまうことが多い。
そのため初心者だとHPを減らすスキルを使いすぎて気づいたら死亡、なんてパターンに陥りやすいし、専用装備もダンジョンでのドロップが主なので中級者向けのジョブである。
エンチャント・ブラッドを纏ったショートソードを持っているリガスは、女王蜘蛛の脚攻撃を見極めようとしている。しかし最初から上手くいくはずもなく、見事に複数の脚に翻弄されていた。
ドルシアは前回のような息の乱れは多少消えたものの、まだ動きは固い。彼女の実力は並以下なので動きが固いままでは絶対に女王蜘蛛の攻撃を受けられるはずがない。案の定横払いの脚で吹き飛ばされ、その後上の巣に運ばれて光の粒子になっていった。
アタッカーの者は特に変わった様子はないが、以前と違い最初から脚を狙ってはいた。たまに腹を狙って糸に拘束されたりはするが、前回よりは幾分かマシな動きをしていた。
そしてステファニーは自分の動きの問題点がわかっていなかったため、取り敢えず前回と同様の動きをして改善点を探っていた。
だがステファニーの動きが追いつかなかくなって支援が切れてPTが崩壊し、全滅しかけたことが五回。ステファニー以外が全員死んでレイズをしている間に彼女も女王蜘蛛に捕まり、努に助けられた後に女王蜘蛛を倒すということを三回。計八回女王蜘蛛戦を繰り返して今日は解散となった。
前回と同じような終わり方を八度も繰り返しPTの空気は沈んでいた。しかしステファニーは今日は訓練だと割り切っていたし、自身の立ち回りに活路を見出していたためPTの三人を励ます余裕すらあった。
(立ち回りは良くなってきましたわね)
ステファニーは支援を絶やさないようにしながらもタンクに指示を出し、自ら女王蜘蛛に攻撃スキルも放っている。今や彼女はそれをこなすことに重荷すら感じなくなってきていた。やらなければこのPTで女王蜘蛛を倒すことが出来ない。だからやるしかない。その気持ちがステファニーの立ち回りをどんどんと研ぎ澄まさせていた。
それに今までの沼階層で無茶な立ち回りを強制されたことが相まって、ステファニーは女王蜘蛛との八戦目には支援スキルを切らすことはほとんどなくなった。ただやはりタンクが崩れてレイズを使うとステファニーも大分苦しくなる。特に死んだタンクに対してレイズを使うとかなりの時間女王蜘蛛がステファニーを付け狙うようになるので、何とか支援をすることだけで精一杯だった。
そしてステファニーはその繰り返しの中で一つの答えに辿りついた。
(しおり糸ですわね)
それはステファニーが女王蜘蛛のしおり糸を常に斬り、後は支援と回復に専念することだった。
幸いにもアタッカーの者が女王蜘蛛の脚を集中的に狙うようになり、脚を何本か切り落とせるようになっていた。そのためステファニーはしおり糸を斬る事に専念することにした。
女王蜘蛛のしおり糸を使った奇抜な動きはステファニーでも混乱することがある。なので他の三人にはまず見切れない。そのためまずはあの機動性を奪うことをステファニーは考えた。
それにタンクの二人も少しずつだが脚攻撃に対処出来るようになってきている。リガスはショートソードで少しずつ攻撃出来るようになり、ドルシアも何回か巣の上に連れされて死んでからはもう慣れたのか動きが良くなってきている。
訓練も残り二日となった。ステファニーは余裕を持って明日には倒したいな、と願望を抱きつつもクランハウスの会議室で一人明日の動きをイメージしていた。
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