第74話 その末の成果
翌日の女王蜘蛛(クイーンスパイダー)戦は五回行ったが、最後の一回でかなり良いところまで追い詰めたが惜しくも勝てなかった。ステファニーがしおり糸に気を配り斬るようになってからタンクの二人は死亡率が低くなり、アタッカーもかなり動けるようになった。
そしてアタッカーの双剣が遂に女王蜘蛛の柔らかな腹を捉えた。ゲル状の内蔵が漏れ出し追撃にアタッカーが向かうが、しかし女王蜘蛛を助けるように上の巣から小蜘蛛の雨が降ってきた。その小蜘蛛の雪崩にアタッカーが押し潰され女王蜘蛛に止めを刺されて死亡し、小蜘蛛の対処に手間取りタンク二人も死亡してしまった。最後はステファニーのみになりジリ貧になってしまった。
「くそっ!」
アタッカーの男はギルドに戻ると苛立ちを発散するように叫んだ。タンク二人はその男の様子にビクつきながらもそろそろと距離を取る。
「……惜しかったですわね。ですが期日は明日までです。後はあの小蜘蛛の対処さえ出来れば確実に倒せます。どうしますか……。お二人共、少し話し合いましょう」
ステファニーもギルドに帰った後は悔しそうにしていたが、すぐに切り替えて翌日の対策を話し合おうとタンク二人を呼んだ。そうしてタンク二人とアタッカーの男がギルド備え付けの円卓に座る。
「……なんだよ」
「……いえ、てっきり双剣士さんは帰るのかと思って」
何も言うわけでもなく座ったアタッカーにステファニーは少し驚きつつも、自身も席に座りつつ皮肉げに言った。するとアタッカーの男はちっ、と舌打ちを漏らした。
「あの人に言われちゃしょうがねーだろ」
「もしかしてツトム様に!?」
「は? いやちげーよ。ソーヴァさんだ」
「なんだ……。いえ、まぁいいでしょう。では始めましょうか」
ステファニーとしては謝罪の一つでもさせようとも思ったが、ここでそっぽを向かれるのは不味いと考えてすぐにPT間での話し合いを始めた。まずはタンク二人に小蜘蛛が出現した場合はコンバットクライを撃つことを指示し、二手に別れて小蜘蛛を受け持って貰うことにした。そしてステファニーとアタッカーも二手に別れて小蜘蛛を殲滅させるという作戦だ。
そしてアタッカーの男にも小蜘蛛の対処方法やしおり糸の切断を提案すると、彼は意外にもすんなりとそれに応じた。ステファニーはそんなアタッカーの男を見てふと思った。
(言われてみれば、確かにソーヴァに似てますわね)
アルドレットクロウの一軍アタッカーであるソーヴァも最初、アタッカーの彼と同じような態度をしていた。そしてタンクのことを認め始めたソーヴァの様子と、今のアタッカーの様子は酷似していた。
まだ憎まれ口は叩くもののアタッカーの男の態度は明らかに変わっている。一体ソーヴァが何をしたのかステファニーは気になりながらも反省会を終え、PTメンバーと一緒にギルドへ帰宅した。
そしてギルドの食堂でステファニーが食事をしつつスキル回しをしていると、後ろから声をかけられた。
「……何してんだお前」
「あら、ソーヴァ。丁度食事が終わったら探そうと思っていたの」
椅子の下で支援スキルを回しているステファニーを怪訝な顔で見ているソーヴァは、無愛想な顔で彼女の前の席に座った。
二人は同じ時期にアルドレットクロウへ入った同期であるため、ある程度交友がある。ちなみにビットマンも同期ではあるが、歳がかなり離れているのでソーヴァほど距離は近くない。
「あいつはどうだ」
「あいつ?」
「あの、双剣士の奴だよ。しっかりやっているか?」
「あぁ、その件はありがとうございます。ソーヴァにしては気が利きますね」
ステファニーのあっけらかんとした返事にソーヴァは忌々しげに視線を反らした。
「……あいつに頼まれたんだよ。アタッカーがタンクを見下してるから何とかしてくれって」
「ツトム様ですか!?」
「お、おう」
ずいっと前のめりになったステファニーにソーヴァは驚きながらもおずおずと頷く。そうですか、と嬉しそうに席へ戻ったステファニーにソーヴァはつまらなそうに目を細めた。
ソーヴァも最初三種の役割が導入された時、タンクを毛嫌いしていた経験がある。モンスター一匹を討伐するのにもタンクは大分手間取るし、装備の重い重騎士などは動きも遅いため探索に気を遣わなければならない。
何故そんな役立たずに気を遣わなければならないのかソーヴァには疑問だったし、彼はタンクの中でも自身より勝った技術や経験を持つ者――ビットマンやガルムくらいしか認めていなかった。そしてソーヴァはアタッカーの中でも随一の実力もあったのでクランの中での影響力も強かった。
しかしそのソーヴァも三種の役割を取り入れたPTで峡谷を攻略し、その有用性に気づいた後は大分タンクに対しての態度も丸くなった。実際にタンクがいることでモンスターを倒しやすくなったし、格段にアタッカーの負担が減ったからだ。
「でも、おかげで助かったわ。ありがとうソーヴァ」
「ちっ、前の自分を見ているみたいでムカついただけだ。別にあいつの指示に従ったわけでもないし、お前のためでもない」
「確かにあの人ソーヴァに少し似てましたしね。俺は双剣士だぞ! って」
「ほざけ」
腰に手を当ててむすっとした顔をして男の声真似をしたステファニーに、ソーヴァは机に肘を付いてそっぽを向いた。
ソーヴァはアタッカーの中でも無難と言われている剣士というジョブだが、彼はそのジョブに誇りを持っているためそう言った言動をすることが多い。彼の憧れである紅魔団のクランリーダーと同じジョブだからだ。
紅魔団のクランリーダーは様々な武器を使いこなし、華麗にモンスターと戦う。そしてモンスターの返り血とユニークスキルである炎熱付与で武器の刀身が真っ赤になることから、紅の魔剣士という二つ名が付いている。
だが紅魔団は未だ三種の役割を導入していない。憧れの人はタンクに頼らず一人でモンスターと戦い、自分はタンクを頼って戦っている。そのことにソーヴァは不満を持っているものの、それを戦闘で出すことはしていない。
「明日で訓練とやらも終わりだろ。この三週間、一軍では補欠のヒーラーがルークさんにかなり褒められてた。今月の査定はまだしも、お前は来月降格するかもしれないな」
「大丈夫ですわよ。負けませんから」
「へ?」
ステファニーの気分を沈ませてやろうとしていたソーヴァは、彼女の自信の滲み出るような返事に素っ頓狂な声を出してしまった。ステファニーには降格という言葉を使えばみるみる内に自信を無くしていくため、ソーヴァは自分が不利になればすぐ降格という言葉を出してきていた。
しかしステファニーは補欠の者に負けることは有り得ないと確信していた。数回モニターでチェックしたが補欠のヒーラーは三週間前のステファニーと同等程度の実力である。そんな補欠のヒーラーにステファニーは負ける気がしなかった。
「っち、まぁ、そろそろ問題の六十五階層攻略だ。精々覚悟しておくんだな」
ソーヴァは三週間前と雰囲気の変わったステファニーに捨て台詞を放った後、逃げるように食堂を立ち去っていった。ステファニーはそんな彼の様子を見て不思議そうに小首を傾げた。
――▽▽――
「では、行きましょうか」
訓練最終日。三十階層へ続く黒門の前でステファニーはPTメンバーと最終確認をした後に、門を潜った。
もう見慣れてきた薄暗い洞窟。女王蜘蛛の上からの奇襲をステファニーはエアブレイズで迎撃。その後すぐに三人へプロテクを放った。
今回からはアタッカーにもプロテクを付与しているステファニーは、PTメンバーが全員見える位置を維持している。アタッカーは転倒した女王蜘蛛の後ろ脚を一本集中的に斬り、その脚先を斬り飛ばした。
幸先の良いスタートにステファニーはよし、と呟いた後にエアブレイドでしおり糸を切断。コンバットクライを放ったドルシアへ視線を向ける。彼女も非常に落ち着いた様子で飛んでくる拘束糸を避けている。
「エンチャント・ブラッド」
ショートソードにエンチャント・ブラッドを付与させたリガスは、ドルシアに向かった女王蜘蛛へ慎重に近づいていく。攻撃はほとんどアタッカーに任せて自分は最低限の攻撃を行う。リガスはその一心だった。
ドルシアを援護する形でリガスは脚先にショートソードを当てようとするも、ひょいと上に脚を持ち上げられて避けられる。しかしリガスはあくまで牽制で振っているため空ぶってもそこまでバランスは崩さない。
「おらぁぁ!」
攻撃の本命はアタッカーだ。彼はそのレベル帯ならば意外にも上位に入る腕を持っている。女王蜘蛛の脚を浅く切り裂いた彼は一つ舌打ちしながらも脚狙いの攻撃を繰り返す。
「ヒール」
脚攻撃を覚束無い手盾で何とか防いでいるドルシアにヒールを飛ばしつつも、ステファニーはPTと女王蜘蛛を観察する。プロテクの効果時間、タンクの状況、しおり糸は切れているか。それらを確認しつつステファニーは指示を飛ばす。
「リガスさん! コンバットクライを!」
「コンバットクライ」
ドルシアに変わってリガスがコンバットクライを放って女王蜘蛛のヘイトを稼ぎ交代する。息を整えているドルシアにステファニーはプロテクを飛ばし、他の二人にも順次飛ばした。
(なんか、よく見えますわね。今日は)
目を凝らさねば見えないような細いしおり糸が地面に付着しているのを見つけたステファニーは、それをエアブレイドで切断しつつもPTの状況を確認する。
だが見なくともある程度把握出来ている。味方の位置に女王蜘蛛の位置。支援スキルの効果時間も問題ない。今なら、とステファニーは杖を軽く握り締めた後にスキル名を口にした。
「ヘイスト」
ステファニーはアタッカーにヘイストを付与させた。今までステファニーはヘイストを維持しながらの戦闘は出来るだけしてこなかった。プロテクと違いヘイストを切らしてしまうとその者の体感が変わってしまうためだ。
しかしステファニーは今の自分ならばヘイスト込みでも対応出来るような確信があった。タンクの成長により回復させることが減り、アタッカーも機能しているのでステファニーには余裕がある。
丁度立ち止まった時にヘイストを付与されたアタッカーはその感覚に驚いたが、すぐにタンクの方へ向いている女王蜘蛛に向かい始めた。いつもより軽い身体を動かし女王蜘蛛の白い脚を切断しにかかる。
関節を狙った斬撃で脚に段々と切れ込みが入っていき、二本目の脚が切断された。そしてバランスを少し崩した女王蜘蛛にリガスは追撃に入る。ショートソードを斧のように横から振りかぶり脚を攻撃。脚の傷は浅いもののエンチャント・ブラッドの効果でリガスの腕にあった打撲痕が癒えていく。
その調子で戦闘は続き、八つある脚を四本切断することに成功した。その間二つの支援スキルは一度も切れることなく継続し、ステファニーはしおり糸も見つけては切断した。そしてタンクへの指示もかかさない。どちらかに疲れが見えればすぐに交代させて休ませている。
タンク二人はたまにクリティカル攻撃を受けるものの、ステファニーは焦ることなくハイヒールを飛ばして対応している。彼女の思考は研ぎ澄まされ、常に冷静であった。視界の端で浮いている努さえ彼女は意識することが出来た。
無傷な後ろ脚二本と前脚二本で身体を支えている女王蜘蛛。アタッカーはステファニーの方を向いて女王蜘蛛の腹を指差した。彼女は無言で頷くとしおり糸を確認しエアブレイドでそれを切断する。
アタッカーの攻撃をしおり糸での移動で避けようとしていた女王蜘蛛。しかししおり糸は既に斬られている。
「そぉらぁ!」
アタッカーが両手に双剣を持って飛び上がり、女王蜘蛛の横から大きい腹部分に双剣を突き刺した。そして切り裂き、白い腹を蹴り上げて離脱する。
「待って!」
畳み掛けようとしたアタッカーにステファニーは待てをかける。上空の巣からのざわめきをステファニーは感じ取っていた。効果時間はまだ余裕があるがプロテクを改めて三人に飛ばし、ヘイストをアタッカーに飛ばした。
アタッカーはステファニーの言葉に一瞬視線を彷徨わせたが、一つ舌打ちをして女王蜘蛛から離れた。するとすぐに上空の巣が破られて女王蜘蛛を覆うように小蜘蛛の群れがわらわらと落ちてきた。
「お二人共!」
「コンバットクライ!」
「コンバットクライ」
ステファニーの呼びかけにタンク二人はコンバットクライで答えた。タンク二人は二手に別れて小蜘蛛を引き寄せる。ステファニーがアタッカーに指差しで指示を飛ばし、自身はドルシアに集まった小蜘蛛の群れを処理しに向かった。
「……天国」
恍惚とした表情のドルシアに思わずステファニーは頭を抱えそうになったが、そんな暇はないので杖を振ってエアブレイドで小蜘蛛を処理していく。その途中リガスの方に視線向けたが、問題なさそうだったので自分の前にいる小蜘蛛へ集中した。
しかしどすどすと足音を上げながら突っ込んできた女王蜘蛛。ドルシアは脚先で殴り飛ばされ壁に張り付いてしまう。まだリガスの方も片付いていない。時間を稼ぐ。ステファニーはすぐに女王蜘蛛へエアブレイズを放った。
女王蜘蛛の横腹からはでろりと内臓が漏れている。ここを超えれば倒せる。ステファニーはエアブレイドを飛ばして時間を稼ぐことに専念した。
青ポーションの瓶を左手で開けて口に咥えつつ、小蜘蛛の体当たりを避けてボールのように蹴飛ばす。踏みつける。小蜘蛛の体液がステファニーの黒いストッキングに跳ねたが、彼女は気にする様子もなく空になった瓶を投げ捨てた。迫る小蜘蛛の群れ。様子を窺っている女王蜘蛛。
「エアブレイド」
風の刃で女王蜘蛛を牽制しつつもステファニーは小蜘蛛をあしらっていく。顔面に飛びかかってきた小蜘蛛を掴んで他の小蜘蛛へ投げつける。まるで女王蜘蛛のようにステファニーは小蜘蛛たちを足で踏みつけて殺していく。
「コンバットクライ!!」
そしてリガスの方に群がっていた小蜘蛛は殲滅され、彼はコンバットクライを放って女王蜘蛛のヘイトを稼ぎにかかる。アタッカーの男が小蜘蛛を次々と処理していく。
そして支援スキルを飛ばしたステファニーはPTの状況を確認。今女王蜘蛛を受け持っているリガス以外はそこまで痛手を負っていない。リガスへヒールを飛ばしたステファニーは壁に張り付いているドルシアを剥がしにかかった。三匹の小蜘蛛に噛まれていたがドルシアは満足そうな顔をしていたのでステファニーは気にせず壁から引き剥がした。
そして小蜘蛛もほとんどがいなくなり、残りは女王蜘蛛のみ。
「エアブレイド」
エアブレイドは風の刃。そのため空気の流れに敏感な聴毛を持つ女王蜘蛛はそれを察知しやすく、目で捉えなくとも大抵は避ける。しおり糸もない女王蜘蛛はエアブレイドを跳ねて避ける。
しかしその避けた先にはアタッカーが待ち受けていた。腹の先にある出糸突起を双剣が突き刺し、その機能は失われた。
弱ったようによろめいた女王蜘蛛にリガスはショートソードを突き刺し、ステファニーはエアブレイズを叩き込む。
よろよろと転がった女王蜘蛛は仰向けになった後に脚を丸めて力尽きた。光の粒子が漏れ始めると、四人の歓声が上がった。
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