第71話 話し合いの重要性

 その後の夕食でステファニーは努に何個かアドバイスを貰った。そして最後にこのPTのリーダーとしてどうすれば沼の階層主を倒せるかを、自分で計画して実行するように言われていた。



(ヒーラーとリーダーの両立、ですか……)



 ステファニーは努に言われたことを心の内で復唱しながらもクランハウスへと帰り、まずは努に貰った資料を手に取ってPTの構成を再確認した。そしてこの一週間で感じたPTメンバーの印象なども考えた。


 双剣士の若い男性はプライドが高く、不遇職と言われているジョブを見下している傾向にある。そのため指示をほとんど無視するし自分勝手に行動することが多い。だがアタッカーとしての攻撃力はそのレベルにしては高かった。


 暗黒騎士の成人男性は引っ込み思案で喋ることを苦痛にしている様子が見受けられた。技術はないが指示されれば動こうとする。しかし指示をしないと動きが止まることが多い。


 聖騎士の女性は根暗でまるで人形のように全く喋らないし、技術もない。こちらも指示をすれば動くが細かく指示をすると空回ることが多く、その失敗で身体が固まってしまうことが多かった。



(見れば見るほど、無理な気がしてきましたわ……)



 自分で纏めた資料を見ながらステファニーは渦巻き状の桃髪をみょーんと伸ばした。その後も努の資料に書いてある聖騎士や暗黒騎士のジョブ特有のスキルや特徴、得意なことなどに目を通していくが、あの二人にそれがこなせるとは思わなかった。


 ステファニーもこの一週間タンクの二人には出来る限り技術的な指導はしてきたが、成長の兆しは全く見られない。なので暗黒騎士や聖騎士の得意なスキル運用などを伝えてもその二人に出来る未来が浮かばなかった。



(もっと簡単なことから、ですわね。……コンバットクライなら出来るでしょうか。それにあの生意気なアタッカーも何とかしなければいけませんし……)



 ステファニーは数時間をかけてPTがどのようにしたら上手く回るかを考え、少し形になってきたところでもう遅い時間になったのですぐに眠った。


 そして翌日。午前の平和な訓練の後、午後の訓練がやってきた。いつものように生気のなさそうな顔をしているタンク二人に不機嫌そうなアタッカーとステファニーは挨拶を交わす。そして沼の階層へ転移し攻略を開始した。


 そして複数のモンスターと接敵した。ステファニーはまずタンク二人へプロテクを飛ばすと、暗黒騎士の男へ指示を飛ばした。



「リガスさん! コンバットクライをお願いしますわ!」



 ステファニーは暗黒騎士のリガスへ指示を飛ばすと、彼はおどおどしながらもコンバットクライを放ってモンスター全てのヘイトを引き付けた。そしてステファニーは聖騎士の女性に目を向ける。



「ドルシアさんはリガスさんの援護に回って下さい」



 聖騎士のドルシアにもステファニーは指示をして動かした後、大きい蛙型のモンスターであるフロッガーと戦っているアタッカーにも指示を飛ばした。しかしアタッカーの者は完全に無視を決め込んでいるため、ステファニーはアタッカーに指示をすることを諦めた。



「エアブレイド」



 ステファニーはフロッガーの群れに囲まれているリガスに誤射をしないようにエアブレイドを飛ばし、集団のフロッガーに穴を開けた。その穴から抜けてきたリガスへヒールを飛ばしてやり、また戦況を確認する。



(アタッカーはまだ大丈夫そうですわね。あの二人も今は動いている。えーっと、プロテクがあと……四十秒くらいかしら)



 ステファニーは今回ヘイストを付与させることを止め、プロテクと回復に専念していた、そしてアタッカーには支援を飛ばすことを止め、回復のみ行うことにしている。


 ステファニーが昨日努の三種の役割理論を改めて見て感じたことは、まずはとにかくタンクを機能させなければ話にならないということだった。タンクのコンバットクライがなければモンスターは支援スキルや回復スキルに反応し、ヒーラーへと寄ってくる。そうなれば支援どころではなくなってしまうし秒数管理も途端に難しくなる。


 なのでステファニーはヘイストを付与することを一旦諦め、その代わりタンク二人に指示を飛ばしコンバットクライを安定させることに重きを置いた。



「プロテク、ドルシアさん。コンバットクライを撃って下さい! リガスさんはドルシアさんと一緒にモンスターを抑えて下さい!」



 タンク二人はアタッカーと違い指示をすれば多少は動いてくれるため、ステファニーはプロテクをタンク二人にかけて指示を飛ばした。リガスとドルシアは返事をしないものの指示通り動いている。


 毒顔蜘蛛(ポイズンスパイダー)や毒蜂(ブラッディビー)にクリティカル攻撃を連発されてはいるものの、タンクの二人はそのジョブのおかげでVIT頑丈さが高いのである程度耐えられる。



「メディック、ハイヒール。リガスさん! コンバットクライお願いしますわ!」



 ステファニーはとにかくタンクに指示を出してコンバットクライが途絶えないようにしている。そしてタンク二人をひたすら回復させていた。毒状態の二人をメディックで治して毒顔蜘蛛の牙で深く噛まれた首筋も治癒する。



(くっ、精神力が、キツいですわね)



 ステファニーはタンク二人に回復スキルを飛ばし続けて身体に気だるさを感じ、ポケットに入っている青ポーションの瓶を取り出して一口飲んだ。その爽やかな青ポーションを少し飲むと精神力は回復し、身体の気だるさは吹き飛ぶ。


 MND精神力はスキルを発動するために必要な力であり、少なくなり始めると身体の気だるさなどの症状が出始める。MNDがゼロになっても死にはしないが極度の眠気に襲われる。


 一般的な青ポーションならば瓶一本分飲まねばいけないが、森の薬屋の青ポーションならば一口で済む。ステファニーはすぐ蓋を閉めて毒状態のタンク二人にメディックを送る。しかし二人はまた毒蜂の毒針を顔面に受けて毒状態になった。



(ずっと毒じゃないですか!)



 ステファニーは嫌になりながらもタンク二人にメディックを飛ばすが、クリティカル攻撃を連発されているためすぐ毒状態へと戻る。



(……精神力の無駄遣いですわね)



 ステファニーはタンク二人にプロテクを付与してヒールで回復させた後、合流したアタッカーと一緒にモンスターを倒していった。そして誰も死なずに一戦目は終了した。


 幸先の良いスタートにステファニーは少し喜びつつも怪我をしているタンク二人にヒールをかけ、少し声をかけながらも探索を再開する。


 しかしその後はステファニーがエアブレイドを撃っている間に目測を誤って一度タンクが死んでしまい、レイズをかけてからは以前のような慌ただしい戦闘になった。何度か被弾しつつも沼のモンスターを倒している間にアタッカーも死んでいてステファニーは思わずため息をついた。


 しかし支援スキルを減らしてコンバットクライを定期的に撃たせるように指示をしてからは、PTに安定感が増してきていた。


 ただやはり指示をしながら支援スキルを放つことは慣れていないため、何度もステファニーはプロテクを切らしてしまっていた。それに毒状態が平時状態のようなタンクも辛かった。毒になるたびに治していたら精神力が持たないし、毒を放っておきすぎてもタンクが死んでレイズを使うことになり乱戦になってしまう。


 ステファニーはタンク二人を見た後、努に言われたアドバイスを思い出した。PTメンバーと問題を共有し、解決策を話し合うこと。それを率先して行うことは全体の見れるヒーラーの仕事であるとステファニーは食事の時に言われていた。


 ステファニーはあまり自分で意見を言うことを得意としていない。今までの白魔道士の立ち回りではいかにレイズで味方を復活させた後に時間稼ぎをするかを考えれば良かったし、三種の役割が広まった後もステファニーはPTリーダーにそう言ったことは任せていた。


 しかしこのPTでは自分がリーダーだと努に言われているため、ステファニーは意を決したように息を吐いた。そしてタンク二人の方へ向かった。



「あの、少しよろしいですか?」

「は、はいっ? なんでしょ?」



 リガスという暗黒騎士の男はステファニーに話しかけられると肩をビクッと跳ねさせた。肉食動物に睨まれた草食動物のような怯えた目をしているリガスに、ステファニーは思わず苦笑いしながらも言葉を続ける。



「毒についてなのですが、現在のままだとこちらの精神力が厳しいのです。とは言っても回復しなければ貴方も厳しいですよね。なので回復してほしい時は声を上げて欲しいのですが、どうでしょうか?」

「そ、そうですか」

「…………」

「…………」

「……え? 出来るのか出来ないのかで答えて欲しいのですが」

「え、あ、はい! できまぁす!」

「そ、そうですか。では次からお願いしますわ」



 突然声のボリュームが上がったリガスにステファニーは驚きつつも話し合いを終えて探索を開始した。



 ――▽▽――



 その後も日数を重ねて沼の探索は進んでいった。まだまだPTが崩壊し乱戦になることは多いが、少なくとも一週間前の惨状に比べればマシな方だった。


 それに一週間ほど経過するとタンクの者たちもステファニーの指示を放つタイミングなどを多少把握出来るようになり、動きは少しだが改善の様子を見始めていた。



「リガスさん。コンバ――」

「コンバットクライ」



 一週間何度も同じことを指示されてきた二人のタンクには、自然と動きの最適化が始まっていた。モンスターに対する立ち回りはそこまで変わらないが、コンバットクライを撃つタイミングくらいならば改善は容易だ。ステファニーが指示していることもタンク二人が交互にコンバットクライを放つという単純なものである。



「ドルシアさん」

「コンバットクライ」



 ドルシアはステファニーに名前を呼ばれるとコンバットクライを放ち、少しだけ嫌な顔をしながらもフロッガーを引き付ける。そしてリガスも拙さはあるもののドルシアのサポートに入っている。


 タンクの二人はもう名前を呼ぶだけでコンバットクライを放つようになっていた。それに一度ステファニーがアタッカーにレイズをして忙しくなって指示をしなかった時、暗黒騎士のリガスは無意識の内にコンバットクライを放っていた。


 ステファニーは驚いた。指示をしなければ動くことがなかったあの人形のようなリガスが自分の意思で動き、コンバットクライを放ったからだ。


 ステファニーは戦闘が終わると安心したように息をついている暗黒騎士のリガスへ近づいた。すると彼はびくっと肩を跳ねさせてステファニーの方を見た。



「リガスさん。先ほどの戦闘のコンバットクライはかなり良かったですわ。助かりました。今後も自分で必要だと思いましたら好きにコンバットクライは使って頂いて構いませんので」

「そ、そっすか」

「リガスさんは何か要望などありますか? 今のところ毒の時にあまり声を上げていないようですが」

「いや、大丈夫? です?」

「……いや、どっちですの?」

「大丈夫です! このままで!」



 ステファニーが口元を抑えて可笑しそうに笑うと、リガスは恥ずかしそうにしながらも大声で答えた。ステファニーは彼の大声に慣れたように頷くと、次は聖騎士のドルシアに目を向けた。



「ドルシアさんは何かありますか?」

「……いや、特に、ないかなって」

「そうですか。……あの間違っていたら申し訳ないんですけど、ドルシアさん、フロッガーは苦手ですの?」

「えっ……。なんで」

「見ていますと虫系のモンスターの時より結構腰が引けていたので、苦手なのかなと」



 ステファニーが自身の髪をくるくるとさせながらそう言うと、ドルシアはしおれた花のように俯きながらも答える。



「あっ、……はい。あのぶつぶつが気持ち悪くて……すみません」

「えぇ。確かに気持ち悪いですよね! 私も最初はもう嫌で嫌で堪らなかったですわ」

「で、ですよね! 気持ち悪いですよね」

「わかりました。ではフロッガーは出来るだけ私(わたくし)とリガスさんで処理するようにしましょう。リガスさん、よろしいですか?」



 ステファニーがリガスに振り向くと彼は挙動不審になりながらもこくこくと頷く。するとドルシアは表情の抜け落ちたような顔を少しだけ上向かせた。



「……いいんですか?」

「でもその代わり虫系のモンスターはお願いしますわ。私、特に毒顔蜘蛛(ポイズンスパイダー)が苦手ですので」

「え、えぇ! 可愛いじゃないですか! あのまん丸単眼とかもう最高ですよ! それにあのお腹の顔も個体ごとに全然違くて! 凄くないですか!?」

「あっ、はい」



 いきなり興奮したように立ち上がったドルシアにステファニーは引きつつも、毒顔蜘蛛がいかに可愛いかを必死に伝えてくる彼女の言葉を聞き流した。いぼいぼ蛙も大きい虫もステファニーからすれば同等の気持ち悪さだった。


 その後も日を跨ぎつつも何度か話し合いをしつつ戦闘をこなしていくと、リガスとドルシアの表情が少し明るくなり始めた。そして戦闘中もスキルを唱える声だけではなく、回復を求める声も聞こえるようになってきた。


 十七日目にもなるとステファニーとタンク二人の関係は良好になり、それは戦闘でも顕著に現れ始めていた。PTを組んだ初期には指示通りにしか動かなかったタンク二人が、自発的に動くようになってきていた。


 それに最近のタンク二人は精力的に動き始め、クランハウスにある訓練場で見かけるようになっていた。あれだけ無気力だった二人が訓練場にいることに事務員などは驚いていた。


 だがアタッカーは相変わらず自分勝手な行動を繰り返していた。ステファニーはその後も様子を見て声をかけてはいたのだが、アタッカーについては言葉が通じないため諦めていた。しかし何度かアタッカーが死んだ戦闘の後、転機が訪れた。



「おい! 俺にも支援よこせよ!」



 アタッカーの男は自分にだけ支援を貰えずに何度も死んだことを不満に思ったのか、ステファニーに大声で意見してきた。タンクの二人はアタッカーの大声に肩を跳ねさせて怯えたように後退る。


 しかしステファニーはアタッカーの男に全く動じることなく即答した。



「嫌ですわ」

「はぁ!?」



 即答したステファニーにアタッカーの男は大きい声で返すが、すぐに弱みを握ったと言わんばかりにニヤついた顔になった。



「あ、もしかして出来ない感じか? あの一軍のステファニーさんでも出来ないか!」

「貴方が私の言うことに耳を貸さないので、私も貴方の言うことに耳を貸さないだけです」



 実際ステファニーはプロテクだけならアタッカーに付けることはもう可能だった。彼女もこの十七日間で大分成長している。午前中の訓練で回復、支援スキルの精度は上がり、秒数把握も少しずつ覚え始めている。実家に帰った時に自然と口から秒数が漏れてしまったり、ずっと支援スキルを自身の周りに回している娘を見て親は心配してはいたが。


 それに午後の訓練でもPTメンバーが二人死んで戦線が崩壊しても何度も立て直した。多忙の中に身を投じたことで視野も広がり、思考を止めることなく仕事をこなせるようになってきている。


 しかしアタッカーの男はそれを言い訳と捉えたようだった。



「無理すんなよ。出来ないんだろ? わかったわかった。俺が悪かったよ」

「タンクが引き付けたモンスターを一匹ずつ倒すこと。それが出来さえすれば貴方にも支援スキルを付与しますわ」

「……ちっ、白魔道士如きが偉そうに。俺は双剣士だぞ」



 小声でぶつぶつと言いながらも踵を返したアタッカーの男を、ステファニーはゴミクズでも見つめるような目で見送った。



「……ステファニーさん。目が怖い、です」

「あら、失礼しましたわ」



 ドルシアにそう言われたステファニーは剣呑な雰囲気を霧散させてにこりと笑った。最初はアタッカーの男に怯えていたリガスは、ステファニーの視線を見て更に怯えていた。


 そしてその後の戦闘もアタッカーの男は目に付いたモンスターに好き勝手襲いかかるだけだった。ステファニーも彼に支援スキルを飛ばさず、タンクにのみプロテクを飛ばした。



(……良かった)



 そしてステファニーは傍観している努を見てホッとした。

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