第70話 クズPT 

「こんにちは。今日はよろしくお願いします」

「……よろしくお願いします」



 全く元気のない返事をする三人の探索者は、アルドレットクロウで一番最低の評価を受けている者たちだ。彼らは次の査定でクラン脱退を勧められるリストに入っているような、実力もやる気も不足している者たちである。


 いくらアルドレットクロウの情報員が優秀でも、外れを勧誘してしまうこともある。彼らはアルドレットクロウに入って早々に付いていけなくなり、事務員の説得虚しく無気力状態になって努力を怠っていた。


 この依頼を受けたことで彼らはクラン脱退を逃れたものの、いずれまた脱退を勧められるような人材だ。その表情は諦めの感情がありありと見えていている。そんな彼らを見てステファニーは戸惑いながらも努に声をかける。



「ツトム様? この方たちは……?」

「ルークさんに貸して頂いたPTメンバーですね。午後の訓練内容は、この方たちとPTを組んで二十一階層から潜って二十九階層を目指します。最終的には沼の階層主を一発で突破出来るといいですね」

「それは……」



 土台無理な話だ、という言葉をステファニーは飲み込んだ。彼らの怠惰ぶりをステファニーは遠目で見てきた、一人は双剣士という恵まれたジョブであるにも関わらず、その神から得たジョブに胡座(あぐら)をかいて堕落した者。その他二人は聖騎士と暗黒騎士。どちらも自分は不遇なジョブだと言い訳をして努力をしてこなかった。


 そして何よりやる気がない。それが全てだ。やる気のある者ならばノルマを管理する事務員はあまり結果がともわなくともノルマの緩和、変更などの相談も受け付けてくれる。情報員たちもやる気ある者には親切に情報を提供してくれるし、その他大勢のサポーターも全力で支えていこうとする。


 だが彼らはアルドレットクロウという大手のクランに入ることの出来た安心感、達成感に浸って努力することを怠った。そこがゴールラインではなくスタートラインだということに気づかない彼らが怠けている間に、同期の者たちとの差がどんどんと開いていった。そして彼らはその差に愕然として努力することを諦めた。


 そんな彼らはレベルもまだ三十前後。沼で上げられる最高レベルの四十にすら届いていないし、アルドレットクロウに配られた三種の役割の資料も流し読みしている。そんなお荷物三人を連れて沼の階層主攻略など、大手のクランリーダーでもなければ不可能である。



「ではPT申請しに行きましょうか。ステファニーさん。貴方にリーダーをお任せします。ヒーラーとして好きに動いて下さい。この後のことはお願いできますか?」

「……はい」



 こんな質の悪い者たちを連れて訓練になるのか、ステファニーはそんな疑問を口にせず努の言うことに従った。彼が何も考えずにこのようなことをするはずがないという盲目的な尊敬がステファニーにはあったからだ。


 ステファニーはソリット社の新聞で努を知り、その後情報員に勧められて彼の映像を端的に纏めたメモに目を通して興味を示した。そしてガルムとカミーユとPTを組んでいる時の努の動きを見てステファニーは驚いた。飛ばすヒール。死なない前衛。そして白魔道士が目立っていることに彼女は驚いた。


 最初に支援スキルをかけて後は身を隠して目立たないようにすることが当時の白魔道士のセオリーであったが、努は明らかに目立っていた。当初は幸運者の地位に甘えて好き勝手しているのだろうと冷笑していたが、映像を見ていくにつれてそれが間違いであることにステファニーは気付く。


 PTメンバーであるガルムやカミーユが傍から見ても楽しそうで、イキイキとしている。あれが好き勝手されているPTメンバーの顔だろうかと、ステファニーは疑問に思った。


 それからステファニーは努が映っている番台を時々覗くようになり、火竜戦で彼女はその努の動きに魅了された。自分もあんな風に動いてPTを支え、最後まで生き残って皆とダンジョンで喜びを分かち合いたい。ステファニーは自分の淡白な現状を変えたいと強く思うようになった。そして二度目の火竜討伐でステファニーは完全に努の虜になった。



(きっと、何かお考えがあるのでしょう。私には想像もつかないなにかが)



 ステファニーは努に対して盲目的な肯定(こうてい)を内心でしつつも、受付でPT申請を行い魔法陣に入って二十一階層へと転移した。


 そして沼でのダンジョン探索が始まったが、ステファニーの予想通り酷いものだった。アタッカーは前と同じようにモンスターを自分の思うまま攻撃し、二人のタンクはコンバットクライを放つことすら知らなかった。


 なので当然支援スキルを放ったステファニーにモンスターのヘイトが向く。ステファニーはエアブレイズでそれらを処理しつつも支援を行うことになる。戦闘が終わるとステファニーはむっとした表情でタンクの二人を見た。


 その後三種の役割については努が三人に説明してくれたものの、この時点でステファニーは内心穏やかではなかった。三種の役割については努の講演会当日には全てのクランメンバーに資料が配られ、目を通すように指示をされていた。何故そんな当たり前のことさえしていないのかと、ステファニーは細い杖をぷるぷると強く握っていた。


 ダンジョン探索は続くが相変わらずステファニーはモンスターに狙われる。彼女のレベルは七十なので沼のモンスターの攻撃ならばある程度耐えられるものの、意識が散ってまともに集中できなかった。


 支援スキルも飛ばす暇が無くなっていきステファニーは止まりかける思考を何とか動かし、行き当たりばったりな支援や回復を行っていた。しかしタンクの者が一人あっさりと死に戦況は更に悪化する。



「レイズ」



 ステファニーのレイズでタンクの者は復活するが全モンスターのヘイトが彼女へと集まる。そして復活して|遅々(ちち)と鎧を装備しているタンクにステファニーは思わず杖先を向けそうになった。


 その後の探索でもタンクは何回も死に、アタッカーも死んだ。努に度々青ポーションを支給されて精神力を回復しつつもステファニーは三人を生き返らせて自分に襲いかかるモンスターを対処する。



「ヒール」



 フロッガーの体当たりによって軽い打撲を負った自身の腕をステファニーは癒し、更に他の者へ支援を行おうとするもタンクはまた死んでいる。向かってくるモンスター。おどおどして何もしないタンク。狙われているステファニーを気にした様子もなく好き勝手動くアタッカー。


 その後六時間沼でのダンジョン探索を進めたものの一階層しか進むことが出来ず、努の号令でギルドへ帰還することになった。


 PTを解散してのろのろとクランハウスへ帰っていく三人を見送ったステファニーは、ぐったりとした顔で努に振り返った。



「お疲れ様です」

「……疲れましたわ」

「そうでしょうね。明日も今日と同じ訓練ですのでよろしくお願いします。あ、暇な時はスキル回しお願いしますね」



 事なさげに言う努にステファニーは谷底へ突き飛ばされたような顔をした。


 午後からの六時間はステファニーにとってゴブリンとPTを組んでいるような、最悪の探索であった。一軍PTとの落差があまりにも酷すぎて比較的温厚なステファニーでも舌打ちが漏れるほどであった。


 こんなことをして何の意味があるのか。あんな低レベルの探索者などとPTを組むより、一軍メンバーと探索し連携を深めていくのが最善ではないかという疑問がステファニーの心に渦を巻く。



「わ、かりました。では明日も九時にギルド集合でよろしいですか?」

「はい。それでは」



 そう返したステファニーに努は少し意外そうに顔を緩めた後、嬉しそうに礼をしてギルドを立ち去っていった。ステファニーはにこやかな表情でそれを見送ったものの、彼がギルドを出た後の彼女の表情は暗かった。



 ――▽▽――



 それから一週間が経過した。この一週間ステファニーの訓練内容は特に変わることなく続き、ステファニーは努を信じてその訓練を何とかこなそうと努力していた。


 午前は主に支援スキルの秒数把握訓練と機動操作の訓練だ。だがこの訓練はステファニーにとって至福とも言える訓練であった。努の話や知識を聞ける良い機会であるし、機動操作に関してはコツやイメージの仕方を手本を交えつつ的確に指導してくれる。段々と秒数にも慣れてきたり機動操作も上達してきたりと、成長の手応えを感じることが出来ていた。


 問題は午後の訓練。アルドレットクロウ最下位探索者たちとの沼探索であった。


 この一週間。三人の探索者はほとんど成長していない。やる気がないのだから当たり前だが、指示をされなければ行動しないしその指示も守れないことが多い。双剣士のアタッカーは無駄にプライドが高いので指示を無視することも多く、聖騎士暗黒騎士の男女二人は常におどおどとして指示が無いと動かないことが多い。


 ステファニーは努が見ている手前丁寧にPTへ指示をしたり、何とかPTに支援を与えようと必死になっていた。しかし好き勝手するアタッカーにすぐ崩れるタンクがいては、当然ヒーラーがモンスターに狙われることが多くなり、ステファニーはモンスターも相手をしなければならなかった。


 今までステファニーはビットマンやルークのおかげでモンスターに狙われることなく支援を行うことが出来ていて、その環境下で練習を積んでいた。なので彼女はモンスターに狙われながら支援を行うということに慣れていなかったし、手足でリズムを取る暇が全くなかった。そのため勿論支援はほとんど出来ていなかった。


 努は少し遠目に眺めているだけで、午前中とは打って変わって基本的に口を出さない。最初に三人へ三種の役割を教えた時以降口を開かず、ステファニーの切れた青ポーションの支給を行うくらいだ。


 尊敬している努の手前何とか評価してもらおうとステファニーは死に物狂いで頑張ったが、彼の目の前で彼女は支援スキルを飛ばすこともままならない醜態を晒し続ける。それはステファニーに多大なストレスを与えた。


 しかもその原因はほとんどがPTメンバーであり、自分に非などありはしない。自分は最善を尽くしている。日が過ぎるにつれてそんな想いが強くなり、ステファニーの心の内にPTメンバーへの怒りが蓄積されていく。

 

 ただ今日は今までじっと動かなかった努が青ポーションの補給以外で初めてステファニーに近づいてきた。ようやく何か話してくれるのかと彼女はパッと目を輝かせた。



「ステファニーさ――」

「はい! なんでしょう!」



 まるで腹を空かせた犬が餌を目の前にしているような表情のステファニーに努はやや引きつつも、薄い微笑のまま話を続ける。そして努が放った言葉はステファニーが望んでいた言葉とは大分違った



「レイズの頻度が明らかに減ってきていますよ。好きに動いて良いとはいいましたけど、ヒーラーとしての仕事は投げ出さないようにお願いします」

「え……?」

「それではアタッカーと変わりませんので、あくまでヒーラーとして好きに動いて下さい」



 努はそう言い残すと踵を返してまた遠くからPTを見守り始めた。ステファニーはその努の姿を呆然と見送った。


 そしてその出来事がきっかけで、遂に彼女の許容ストレス量が限界を迎えた。


 一週間でようやく二十六階層に到着し、その日のダンジョン探索を終えてPTを解散した直後。ステファニーは帰ろうとした努を呼び止めた。



「ツトム様」

「はい。なんでしょう」

「貴方、偽物ですか?」

「へ? いやいや、本物ですよ」

「…………」



 ステファニーはその言葉を聞きたくないとでも主張するように巻かれた縦ロールをくしゃりと握った。努が黙ってそれを見守っているとステファニーはポツリと呟いた。



「……なんなんですか」

「はい?」

「これは、なんなんですか!? こんな訓練に意味などあるのですか!? わかりませんよ! なんなんですか!?」



 ステファニーは発狂したように髪を振り乱した。突然金切り声を上げ始めたステファニーにギルドの入口付近にいた人たちはさっと引いた。そして仲間内でひそひそと話し合っている。



「これがツトム様の訓練なのですか!? 実は偽物とかではないんですよね!」

「偽物とかではないですね。あと少し声のボリュームを下げて頂けるとありがたいです」

「午前中の訓練は素晴らしいですよ!? でも午後は明らかにおかしいです!! あんなクズ共とPT組んでなんの訓練になるんですか!? まるで支援スキルの練習にならないですよ!!」

「そうですか。でもああいった状況下の中でもヒーラーは支援を行わなければいけない時もありますからね。あの訓練はそれを鍛えるために行っています」

「……しかし、アルドレットクロウの一軍なら」

「んー、確かにあのメンバーならそういった状況に陥ることはあまりないでしょうね」

「そうでしょう!? あんなクズ共とは格が違うんです! 格が!!」



 大口を開けてそう言葉を発するステファニーに対して努は冷静に返す。



「ですが六十五階層や七十階層では難しいと思いますよ。初めて挑む階層ではPTが崩れることなんて大いにあり得ることです」

「それは……」

「あぁ、それとすみません。ステファニーさんは一日二日であのPTに文句をつけてくるかなと僕は思っていたんですけど、思いのほか耐えるのでついついやりすぎちゃった節もあります。まさかそこまで追い詰められているとは、申し訳ないです」



 努としてもあのPTが酷いことなど百も承知だったし、ステファニーはすぐ文句を言ってくると思っていた。しかし彼女は案外耐えてみせるし支援を諦めるような節も五日目まではしなかった。なので努はもしかしてこのままいけるのでは? と思い口を出さずにいた。


 頭を下げた努にステファニーは大声を出して上下していた肩を落ち着けると、ハッと気づいたように頭を下げた。



「そ、そうですか……。いえ、こちらこそ急に失礼をしました!」

「いえいえ、こちらこそ。では訓練内容については納得して頂けましたかね?」



 そう微笑を携えたまま言う努にステファニーは何も言えなくなった。本当はもうあんなPTでヒーラーをするなんて二度とごめんであったし、もう訓練を放棄してもいいのではないかという悪魔の囁(ささや)きも聞こえてきていた。それに現在の一軍PTには補欠のヒーラーが入ってきて実力をアピールしているだろう。もう一軍に戻った方がいいのではないかという誘惑。



「は、はい。わかり、ましたわ」



 しかしステファニーは何とかその悪魔の囁きを振り払い、泣きそうな表情で返事をした。努はその返事に満足すると彼女を外へ連れ出して美味しい外食を取らせた。

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