第55話 地雷タンクと性格地雷ヒーラー

 そもそもとしては努の持つ前提から間違っていた。彼はミシルからシルバービーストの白魔道士であるロレーナは、半日ほどでヒールを飛ばすことには成功していたと聞いていた。中堅クラン在籍のロレーナに出来たのだから、回復スキルを飛ばすこと自体は難しくはないのだと努は認識していた。


 しかしロレーナは六年前から神のダンジョンに潜っている比較的古参の部類に入る者で、彼女はまだジョブ格差が生まれる前の環境に身を置いていた経験がある。その頃は付与術士も活躍していたし、シルバービーストにも付与術士はいた。その付与術士の飛ばす支援スキルのイメージをロレーナは持っていたし、その当日ギルドでミシルへヒールを飛ばしている努の姿もモニターで見ていた。


 それに比べてユニスは四年前に探索者になり、その頃は付与術士の代表格である二人が探索者を実質引退。一人は警備団に、もう一人は家業を継いで引退。なので目立った付与術士がおらずモニターに映らなくなってしまった。なのでユニスは支援スキルを飛ばすということを実際に見たことがなかったし、火竜戦でヒールを飛ばしていた努の姿も対して興味なさげに見ていて印象に残っていなかった。


 そんな彼女が一日で飛ばすヒールを会得することは出来るはずもなく、あのような霧吹きヒールが今の限界であった。努はそのことを察した後に自身の言葉を思い返して、相当な嫌味に聞こえただろうなと思った。



「すみません。僕の確認不足でしたね」

「…………」

「あー、まぁ。これから練習していけゃいいしな」



 努がレオンとユニスに頭を下げるとレオンは狼の耳を伏せて気まずげにユニスの様子を窺った。努に頭を下げられたユニスは今にも彼に殴りかかるのではないかと言うほど、目に涙を溜めて顔を真っ赤にしていた。自身の力不足を努に謝られる。彼女の心は怒りと情けなさで溢れてこぼれてしまいそうだった。


 その後はユニスにヒールを飛ばす練習をして貰いながらも探索は続いたが、すぐに問題が発生する。それはモンスターとの二連戦目の途中だった。



「うぅ……」



 タンク役を担うバルバラの実力不足。特にモンスターとの連戦時にそれは顕著(けんちょ)に表れていた。オーク一匹で手一杯という彼女の様子に努はどうしたものかと頭を抱えそうになっていた。


 バルバラのレベルは六十五と、重騎士というジョブの中ではトップレベルに高くあのガルムと同レベルである。なので努もガルムほどまでとはいかないものの、そこそこ働いてくれるだろうという期待を彼女にかけていた。


 しかし彼女の練度はそのレベルに見合っていないと断言出来るほど、明らかに低い。オークやカンフガルーには打ち負けてはクリティカル攻撃を受けて意識を失うスタン状態に何度もなる。ワイバーンには易々と噛み付かれて装備を壊される。フライの技術も努より低い。



(地雷か……)



 レベルやステータスは高いが動きがそれに見合っていない者。そういった者たちは『ライブダンジョン!』では表面上から見えない爆弾――地雷と命名されていた。努は彼女のお粗末な動きを見て内心呟きながらも、スタン状態の彼女にメディックを送る。



「北からワイバーン。西からオーク」



 そして極めつけには途中イーグルアイを使って周辺索敵を行っていたディニエルから、モンスター追加の知らせが入ってくる。残りモンスターはオーク七匹にワイバーン一匹。モンスターが到着するまでに殲滅(せんめつ)することは間に合わず、三連戦、四連戦目へと突入していくだろう。


 これが普通の五人PTならばタンク一人が機能せずともまだ立て直せるが、今回はヒーラーが二人。タンクが機能していない今、三種の役割に拘(こだわ)っていては死の危険さえ見えてくる。努はフライで宙に浮かんだ後、バルバラにプロテク。そしてアタッカーの二人にヘイストを一斉に飛ばした。



「このままだと全滅する可能性があるので、戦法を変えます! ディニエルさんとレオンさんはいつも通りに動いて下さい! 合わせます!」

「おぉ? わかった!」



 上からの努の叫びにレオンは狼耳をひくひくと動かして反応すると、彼は獲物を前にした狼のように舌をペロリとした後に口にした。



「|金色の加護(ゴールドブレス)」



 スキル名と共にレオンの金の短髪や尻尾が輝くと、彼は目にも止まらぬ速さで疾走した。風圧が彼を避けるように現れて大気が揺れる。一瞬でバルバラに攻撃していたオークの前に到達したレオンは、そのままロングソードをオークの胸に突き立てた。その速度のままオークを横に切り捨て努が瞬きする頃には次のオークへ剣が突き刺さっている。


 レオンはレベル限界の七十レベルに達しており、ステータスの中で一番高いAGI敏捷性はAに達している。そして彼の持つユニークスキルである金色の加護は一番高い種類のステータス値を二段階上昇させるスキルである。更に努のヘイストが加われば彼のAGIはSに到達する。


 その速さだけならばカミーユの比ではない。黒い物体が高速でモンスターに迫っては倒していく。まるで黒い球体が一直線に向かいモンスターを弾き飛ばしているような光景。努は上空からそれをじっくりと観察していた。


 そして弓術士のディニエルは周りから迫ってきているモンスターに向けて、休む間もなく常に矢を放ち続けている。北から空を飛んで向かってきているワイバーンは既に十本ほど矢を身体から生やしていた。



「ヘイスト」



 努はレオンの進行方向を予測して地面にヘイストを置いた。レオンの動きは速い分直線的な動きが多かったため、予測は的中しレオンはヘイストを踏んでAGI上昇は継続。



「ヒール。ヘイスト」



 バルバラにヒールを飛ばし、地を走りながら矢を番えているディニエルに効果が切れる寸前のヘイストを追加で当てて継続。新しく追加で来たモンスターにバルバラはコンバットクライを当てていないので、アタッカー二人が受け持っていないモンスターが全員努へと向かい始める。



(勘弁してくれ……)



 久々にモンスターのヘイトを集めて狙われた努は内心うんざりしつつも、向かってきているモンスターの種類。味方の位置把握。支援スキルの残存秒数を無意識のうちに行う。


 瞬時に状況を把握した努は地上に降りてから精神力を大きく込めたバリアを展開。自身にもヘイストをかけつつ腰の細瓶を引き抜いて青ポーションを一口飲んだ。モンスター十匹ほどの攻撃を防いでいたバリアは数秒で崩壊し、近接武器を持った者が走ってくる。努がフライで浮き上がるとオークの矢やワイバーンの尾棘が努目掛けて放たれた。



「バリア」



 フライで空を飛んで出来る限り飛び道具を避けつつも、避けられないものはバリアで防ぐ。そしてあと十二秒でレオンのヘイストが切れる。努はレオンに対しては失敗してもいいように余裕を持ってヘイストを置いてやり、地を走るディニエルには効果時間が切れる直前にヘイストを当てる。下でオーク一匹と善戦しているバルバラにも努は忘れずプロテクを飛ばす。


 そしてワイバーン二匹がフライで上空にいる努を付け狙って追いかけ、更に地上のオークは矢を番えて照準を努に合わせている。努はワイバーンの体当たりをかわして飛んできた尾棘をバリアで防ぎ、下から飛んできた矢を紙一重で避ける。白いローブに矢が掠り布切れが宙を舞った。



「ひっ」



 努はローブを掠った矢に情けない声を漏らしながらもワイバーン二匹の攻撃を努は全力で逃げてかわし、避けられない攻撃や尾棘はバリアで何とか防いでいる。しかし二匹に付け狙われた努が逃げ切れるわけもなく、精神力も度重なるバリアで尽きかけているが青ポーションを飲めるほど余裕はない。彼はどんどん追い詰められていた。


 努がワイバーン一匹の体当たりを避けた先に待ち構えていたワイバーン。その鉤爪が努の顔面を掴もうと迫ってくる。



「あ」



 瞬間、青い気を纏った黒い物体がそのワイバーンを弾き飛ばす。黒い革鎧を着たレオンだ。


 地上の弓オークたちはディニエルが優先的に仕留めてもう魔石へと変わっていて、残りは近接系のオークやカンフガルーのみ。努は一安心しながらも青ポーションを飲んで精神力を回復し、片腕を振って痛がっているレオンにヒールをかけた。


 モンスターの数が少なくなってくると戦況は安定し、四連戦で抜けることが出来た。装備が既にボロボロになっているバルバラは遅い足取りで戻ってきて、ユニスは先ほどの怒気をすっかり霧散させ目を丸くして努を見ていた。


 努は破けてしまった白のローブを見た後にどっと息を吐いた。以前のPTと違い辛くなることは予想していたが、初っぱなから被弾しかけたことは随分と努の気持ちを落とさせた。



「やはり峡谷はまだ早かったですね。撤退しましょうか」

「え? いやいや! このままでもいけそうじゃないか?」

「いや、このポーション森の薬屋のですからね。それに今のままじゃタンクの練習にならないですし」

「あー、そうか。了解。撤退すっか」

「お手間をかけてすみません」



 努の置くヘイストでヘイスト状態を維持出来て興奮気味のレオンは、努がローブを横に開いて見せた腰のポーションと言葉で冷静になり撤退を選択した。峡谷探索はほぼユニスにゴリ押される形で選択したことであったが、努もバルバラのレベルを聞いてそれならいけるかも、などと思い妥協してしまった部分もある。ユニスの無言の視線を努は無視して索敵し終わったディニエルの指示の元歩き始める。


 その道中もモンスターと遭遇して連戦することもあったが、努はアタッカー二人に支援を集中させてモンスターの攻撃をバリアで防いで擬似的なタンクの役割を果たして連戦を越えていった。



(ポーションが……)



 しかしその戦法はポーション消費が激しく、努の身の危険も多くリスクが高い。それに努はバリアを人や物に這わせるように練習を重ねてきたが、自身を守る時のバリアの使い方はまだ練習していない。そのせいで展開するバリアを無駄に大きくしてしまったりして余計に精神力消費が激しくなり、結構な量の青ポーションを使ってしまっていた。まだ在庫はたくさんあるもののもう青ポーションの値段は高騰し供給も少なくなっていたので、あまり無駄遣いをしたくなかった。


 そうしてあまり良い結果を得られないまま二時間ほどで峡谷を撤退。まだヒールを飛ばすことの出来ないユニスとあまりに動きとレベルが釣り合っていないバルバラ。努はレオンに一旦クランハウスへ帰りたいと提案して、その日はクランハウスに帰った。


 ちなみに使った分の青ポーションはレオンがきちんと現物で負担してくれたので、努は一安心していた。それとユニスがクランハウスへ帰る途中に努が行っていた動きを教えてくれと頼んでいたが、努はまずヒールを飛ばせるようになってくれと一蹴した。

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