第54話 王子様クラン?

 その後は練習する階層を五十六階層に決めて話し合いを打ち切られた努は、ユニスと一緒に渋々レオンのところへ向かった。努としては練習には連戦の少ない五十五階層辺りが良かったのだが、大手クランでそれは許されないとユニスが譲らなかった。あのクランリーダーはそこまで面子を気にするような人かな、と努は思いつつも口には出さなかった。


 ボードゲームでぼろ負けしていたレオンはがりがりと短めの金髪を掻きつつも、ユニスに提案されたPT構成と階層を受諾してPTメンバーを集めた。


 ヒーラーは努とユニス。アタッカーはクランで最高火力を誇るレオンに、遠距離アタッカーであるディニエルが採用された。彼女は努と顔を合わせた際に目を見開いて観察するような目つきになり、その視線を受けた彼は不思議そうに首を傾げていた。ディニエルはあの夜努に見つからないよう隠れていたため、努から見ると彼女は初対面である。


 自身の親友が縋り付いている男。それもあのエイミーがとなるとディニエルは自然と努に興味がわいていた。


 そしてタンクには熊人の重騎士であるバルバラという女性が採用された。彼女はレオンとPTを組める嬉しさと不安定な立場による緊張の板挟みになっているせいか、端正な顔をひきつかせていた。



「それじゃあ早速ダンジョン行って見ましょうか」

「お、行くか! 期待してるぜ!」

「…………」



 努の言葉にレオンは元気に声を上げて努の背中をばんばんと叩いて歩き出す。背の小さいユニスはそんな努のことをじっとねめつけていた。



「どうかしましたか?」

「……なんでもないのです」



 何か言いたげにしながらも口を噤(つぐ)んでいたユニスは素早く視線を逸らして黄色い髪を揺らした。彼女はすぐにクランハウスを出たレオンを追いかけて行った。努も彼女から視線を外してレオンに続き、クランハウスを出てギルドへと向かった。


 その道中、努は言葉をまだ交わしていないタンクに抜擢(ばってき)された熊人のバルバラを見上げた。彼女は熊人の中でも大きい者が生まれる傾向にある種族であるため、女性であるにも関わらずガルムに匹敵するほどの身長であった。背には大きいマジックバッグを背負い、着ている重厚な鎧が歩くたびに音を鳴らしている。茶色い大きな丸い耳を頭に生やした彼女は努の視線を受けて身を固まらせた。



「初めまして。今日はよろしくお願いします」

「こ、こちらこそ」

「あ、資料に目は通されていますか?」

「あれは見ました。……つまり私はコンバットクライを使ってモンスターの攻撃からレオンを守る盾になればいいということだよな!」

「PTの盾ですね」

「あぁ。私にもついにあの役目を果たせるのだな。レオンを庇い倒れる私。そんな私をレオンは抱き上げて消えるまで看取ってくれるのだ……」



 目を爛々らんらんと輝かせるバルバラに努がそう返すが彼女は自分の世界に入ってしまっているようで、まるで聞く耳を持っていなかった。二回声をかけた後に諦めた努は金髪エルフのディニエルにも声をかけた。



「今日はよろしくお願いします」

「よろしく」



 努の挨拶にディニエルは短めな挨拶で受け答えた。その後努は彼女に少し話を振ったもののどれも素っ気無い対応を返された。しかし彼女の場合はレオンに対しても変わらない様子だったので、努がそれを見て彼女の人間像を想像しているうちにギルドへ到着した。


 ギルドに入るとレオンは真っ先に行列の出来ている美人の受付嬢がいる受付に並び始めた。そして順番が回ってくると挨拶もそこそこに受付嬢を口説き始めて努はその後ろで呆れていた。


 金色の調べの四人はギルドに渡された針と紙を受け取り、努は紙だけを受付嬢に渡された。一度も顔を合わせたこともないのによく知っているなと努は受付嬢を見つめていると、受付嬢は努の視線に気づくとニコリと彼に笑いかけた。努は恥ずかしさを誤魔化すように紙の先端を咥えた。



「あ、ツトムは針刺さないんだな」

「痛いの嫌いですからね」

「えー、……こんな美人の受付嬢の前なんだぜ? 俺が格好いいやり方教えてやろうか?」



 レオンは細い針を素早く手の中で回しながらも針を指に掠らせて血を付着させ、針をピンと弾くと血の滴が飛んで紙の上に着地した。ペン回しみたいだなと努は素朴な感想を抱きながらもやんわりと遠慮した。


 PT申請も終わり五人は魔法陣に入って五十六階層へと転移。砂埃の舞う広大な景色を努がぼんやりと眺めていると、バルバラが大きいマジックバッグから皆の装備や荷物を出して各々装着し始める。


 金色の調べPTは比較的軽装の者が多く、重装備なのはバルバラくらいで他の者は皆半甲冑や革鎧が多い。レオンは黒い革鎧にロングソードを持ち、バルバラは片手持ちの丸盾に槍。今回は荷物持ちであるユニスは巨大なマジックバッグを代わりに背負った。


 そして木製の弓を手入れし終わったディニエルは、矢を番えて照準を斜め上に向けて弦を引き絞り始める。そして気の抜けるようなやる気ゼロの声でスキル名を口にした。



「イーグルアイ」



 その言葉と共に彼女は矢を射出した。それを東西南北で一度ずつ矢を放ったディニエルは遠くを見つめるように目を細めながらも、矢筒のような細長いマジックバッグに入れていた手を抜いた。



「北にオークの群れ。西はワイバーン。南東は何もなし」

「……あぁ。はい。それじゃあ北に向かいましょうか」



 弓術士の固有スキルであるイーグルアイは自身の視力を上げて命中力を上げるだけではなく、自身の視界を矢へと移せる効果もある。努は今まで人に足で索敵してもらっていただけに、その便利な索敵スキルに驚きつつも方角を指定した。


 最初からワイバーンを相手にするのはこのメンバーでは荷が重いと努は感じていた。タンクのバルバラは一軍PTに入ったことが初めての様子で大分緊張している。レオンとディニエルの実力は申し分ないが、彼女が動きを理解するまでワイバーンは避けたかった。


 五人PTはレオンを筆頭に北へ向かい、努はバルバラにタンクが行う流れを教えていたが兜を被った彼女は緊張と妄想でほとんど耳に入っていない様子。努はレオンに頼んで事を伝えさせたが彼の言葉を聞くとバルバラは無駄に張り切り始めた。失敗だったかもと努が思っているうちに五人PTは目標のオーク九匹と遭遇した。



「コンバットォォクライッ!」



 どしどしと重い鎧を着込んだバルバラは兜のせいかくぐもった叫びを上げながらも、赤い気を放ちながらオークの群れに突っ込んでいった。努が制止するも彼女は止まらずに張り切って突っ込んでいく。


 ほれ見たことかと努は呆れながらも彼女を静止させることを諦め、白杖を振るってプロテクを飛ばしてバルバラのVITを底上げさせた。重戦士なので早々に死にはしないと算段をつけた努はレオンを見ると、彼も同じように努を見ていた。



「で、俺たちはバルバラが囮になってる間にモンスターを倒せばいいのか?」

「そうですね」

「んじゃ早速……」

「あ、レオンさんは今回様子見でお願いします」



 走り出そうと構えていたレオンは努の言葉にこてっとわざとらしく身体を傾けて止まった。



「ディニエルさん。誤射に気をつけつつ、オークを一匹ずつ倒せます?」

「……出来ると思うけど」

「それじゃあお願いします」



 努はどぞどぞとオークに手を向けた後に自身はフライで浮かび上がり、上空からオーク九匹に囲まれて棍棒で叩かれたりショートソードで切りつけられているバルバラを見下ろした。


 最初はどの状況下でも行える基本的な地上からの支援を会得してもらうため、努はフライを使わない方針でいく予定だった。しかしすぐにバルバラは九匹のオークに囲まれてしまって地上からの支援は無理と感じたので、努は上空から支援を行うことにした。


 オークに囲まれて逃げることも出来ないバルバラはいくらVITが高くとも頭を殴打されればそれはクリティカル攻撃の扱いとなり、VITの恩賜が薄くなる。それによってダメージはどんどんと累積していき彼女は度重なる頭への殴打に気絶――スタン状態になりかけていた。



「ヒール。メディック」



 上空から努がヒールを彼女の頭に落としつつも念のためメディックも落とす。それを受けたバルバラは靄(もや)のかかったような意識から抜け出した。


 続いて後ろから援護するように放たれる矢は三本とも一匹のオークの右足、左足を正確に射抜き、最後に力の乗った矢がオークの頭を貫いた。絶命したオークから光の粒子が撒かれる。



「ヒール。バルバラさーん。そこから抜けて!」



 上空にいる努に声をかけられたバルバラは言われるがままオークの集団から抜け出す。頭を射抜かれたオークを隣で見ていた二匹は矢を放ったディニエルに警戒するような視線を向ける。



「コンバットクライ」

「え?」

「コンバットクライ早く!」

「コ、コンバットクライ!」



 努の大きな声にバルバラは反射的にコンバットクライを発動。彼女を中心に赤い闘気が円状に広がり、その闘気を受けたオークたちはまたバルバラへと向かってくる。



「囲まれないように立ち回って下さい。オークを倒そうと思わなくていい。とにかく囲まれないように」

「え?」

「ほら来てます! 構えて!」



 上空からの声にバルバラは答えようとするのも束の間、彼女の頭めがけて凶刃が降りかかる。それをバルバラは丸盾で防いだ後に槍でオークの太ももを突いた。槍を抜いて追撃の一撃を入れようとしたバルバラを努は止めた。



「回り込まれますよ! すぐ引いて! 攻撃はアタッカーの役目ですよ!」

「ちょ、無理。というか」



 槍を再び突き刺すもオークの頑強な筋肉を貫通するには至らず、彼女の槍は中途半端な場所で止まり致命打にはならない。


 槍を突き刺されたまま棍棒でバルバラを殴り飛ばすオーク。彼女はそれを右腕で受けてごろごろと地面を転がった。追撃をしようとしたオーク数匹を努がエアブレイズで防ぎ、遠くから続々と矢が飛んできてはオークたちを蹂躙していく。


 その後オークたちは倒れているバルバラを無視してディニエルへと向かった。しかし彼女に辿り着く前にスキルを合わせた射撃で続々と頭を貫かれ、九匹は全員粒子と化した。



(タンクも同時に育てていかなきゃなぁ……)



 ユニスだけではなくバルバラにもまた、攻撃をしなければいけないという無意識の行動原理が染み付いている。その矯正も行わなければいけないなと努は考えつつも、打撲を負ったバルバラを起こした。



「痛いところは何処ですか?」

「右腕と、左足かな」

「あ、じゃあすみませんがそのままでお願いします。ヒールの指導をしたいので」

「わかった」



 けんけん立ちで立ち上がったバルバラは少し覚束無い足取りながらも歩き出し、努とバルバラはレオンたち三人の元に戻った。



「……大丈夫か?」

「まぁ、最初はこんなもんでしょう。ガルムでも最初は上手くいきませんでしたしね」

「そ、そうか。そうだよな」



 レオンは底抜けた笑顔で話す努に安心したように首を縦に振った。そしてオークに殴られて左足と右腕に打撲を負っているバルバラの鎧を外させ、打撲痕を確認した努はユニスに話しかけた。



「取り敢えず僕が右腕の打撲を癒してみます。それを見て飛ばす回復スキルでも回復が出来るということを意識してみて下さい」

「わかったのです」



 背後の手入れされた毛並みの尻尾を揺らめかせながらもユニスが応える。努はその場から離れてバルバラと七メートルほど距離を置いてから白杖を構えた。



「ヒール」



 努の少し精神力を抑えた球状のヒールが白杖から放たれてバルバラの右腕に当たると、彼女の打撲痕はみるみるうちに薄まっていって完治した。その治癒されていく様子をユニスは真剣な表情で観察する。


 努が走って戻ってきてバルバラの打撲痕が治っていることを確認した後、左足の打撲痕が残っていることにホッとしつつもユニスの方を向いた。



「では次はユニスさんですね。少し離れたところからヒールを飛ばして見て下さい」

「…………」



 しかしユニスは狐耳を警戒するように立てながらも下を向いて受け答えをしなかった。努は首を傾げながらも続けて口にする。



「あれ? 聞こえませんでしたか? 取り敢えず一回回復スキルを飛ばしてみて欲しいんですけど。……あ、勿論一発で回復が成功することは誰でも無理だと思うので、そこは安心して下さい」

「~ッ! わかったのです! やるのです!」



 キッと恨めしげに努を睨みつけたユニスは不機嫌そうに自身の杖を持つと、怒ったような強い足取りで少し離れた。何だ何だと努は思いながらも三メートルほど離れたユニスに目を向けた。少し距離が近めだが努は気にせずユニスに手を差し向けた。



「どうぞー。回復出来なくても全然大丈夫ですので、気楽にやってみて下さい」



 そんなにレオンの前で失敗するのが嫌なのかと思いながらも、努は彼女が失敗してもいいようにハードルを下げる発言をした。ぶつぶつと何かを呟いているユニスは、覚悟を決めたように杖を両手で握った。スキル名を唱える。



「ヒール!」



 彼女の杖の先から霧吹きで吹いた水のような霧状のヒールが杖から出現。キラキラと輝く緑の気は、バルバラへ届く前に風へ流されて雲の彼方へと消えていった。



「……あっ」

「…………」



 努は彼女が何故あんな不機嫌だったのかを察した。そしてユニスは悔しげに顔を真っ赤にしながら杖を握り、黄色い尻尾を下向かせながら帰って来た。

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