第53話 役割指導
努の説明会は三組のクランの拍手によって幕を閉じた。その後は新聞社が三組のクランにこの企画のことや近況などの取材を始める。この取材は努が提供した情報の報酬になるため、三組のクランは積極的にその取材に答えていく。迷宮制覇隊の大男は今までほとんどの取材を拒否していたのだが、この時はクランリーダーの命令で素直に取材を受けていた。新聞社の者は彼の取材記事を手に入れたことに加え、他の大手クランでも有力な者に取材することが出来てほくほくした顔をしていた。
二時間ほどで取材は終了し努が指導などはいるかと提案すると、三組のクランリーダーはすぐに手を上げた。その中で迷宮制覇隊のクランリーダーが努に声をかけた。
「君にはもし白魔道士たちが回復スキルを飛ばせなかった場合や、火竜を倒せなかった場合には指導をお願いしたい。だが私たちはまだ六十階層まで到達していないから、迷宮制覇隊への指導は最後でいい」
彼女はまだ努のことを表面的にしか探れていないため、勧誘の機会を残しておくことにした。努は何が目的で神のダンジョンに潜っているか。彼女が生きてきた長い生の中での経験では、男が神のダンジョンに潜る目的は大抵金か女か名誉のためだ。しかし彼女から見た努の経歴は金も名誉も女も混じっているため、まだはっきりと努の傾向がわかっていなかった。
「そうですか。わかりました。では二組のクランが終わり次第クランハウスにお訪ねさせていただきますね」
「スタンピードの後でも構わない」
スタンピード。ゲームでいう都市防衛戦のことかと努が彼女の言葉の意味を察している間に、迷宮制覇隊の者は会場からすぐに出る準備をし始める。彼女は背後のメンバーを気にかけた後、表情を動かさず口を開く。
「君とはもっと話がしたいのだが……今日は生憎と警備団に呼ばれている。今度暇があればゆっくりと話したい」
「えぇ。僕も貴女が白魔道士だと聞き及んでいますので、同業者同士是非ともお話がしたいなと思っています」
好意の感じられる努の受け答えに彼女は生気のないような目で答えつつも、さっと口元を片手で隠す。そして先ほど腕を折った男に後ろから話しかけられ、彼女は頷くと努に礼をした後に身を翻(ひるがえ)して歩き始めた。男は努を不服そうにチラリと見た後に会場を出て行った。
努としても命の危険のある外のダンジョンを攻略しているクランのリーダーが白魔道士と聞き、是非とも交流はしておきたかった。繋がりを持てて良かったと思いながらも努は思い出したように後ろを向いた。
「それでは金色の調べとアルドレットクロウの順番は――」
「お前はもう自分で出来てるから俺らが先でいいだろー!」
「いーやーでーすー。何で私が譲らなければいけないんですかー」
「いやいや、ここは年長者を立てるべきじゃないか?」
「あんた私と歳変わらないでしょう……」
努が振り返ると金色の調べとアルドレットクロウのクランリーダーは盛大にいがみ合っていた。話し合いで決まりそうに見えなかったので努はすぐにくじ引きを提案した。その結果……。
「うぇーい!」
「…………」
金色の調べが当たりを引いて優先権を得た。努はくじを回収し膝を屈して地面に手をついているアルドレットクロウのクランリーダーに寄って声をかけた。
「まぁ、アルドレットクロウさんはもう実践していますしね。あの資料があれば当分は自力でも何とかなるでしょう」
「えぇ!? 頼むよツトム君! 金色なんてさっさと終わらせて、是非うちにも指導しにきてくれ!」
「おーい。騙されんなよー。そいつ餓鬼みたいだけど二十歳超えてるからなー」
中学生のような身長の彼にうるうるとした目で縋られて努は困りながらも、金色のクランリーダーの言葉に驚いた。彼はエルフと人間のハーフであるため、外見はまだ幼げが残っている。そして彼にはその外見を有効利用する知恵があった。
努は縋りながらも金色のクランリーダーに舌を出している彼から苦笑いしながらも離れて別れの挨拶をした後、金色の調べのクランリーダーに向き直った。
「それでは……いつ頃から指導を行いますか?」
「こっちはいつでもいいぜ」
「なら、明日からにしましょうか。それではよろしくお願いします。えーっと、レオンさんで大丈夫ですよね?」
「おう。合ってるよ。明日からよろしく頼むぜ」
金色の調べのクランリーダーであるレオンから手を差し伸べられたので、努が握手すると期待しているように力強く握り返された。そして背後に控えている女性陣にも努はお辞儀をすると二名ほどを除いて全員は笑顔でお辞儀し、その二名は少し不満げながらも頭を下げた。
その後は新聞社の人たちに片付けは任せてと胸を張られたので、努はその言葉に甘えて宿屋に帰宅。百名の前で発表したことの緊張が解けたのもあり、努は夕方から眠ってしまった。
夜に努はむくりと起きて寝てしまったのを後悔しつつも、金色の調べについて纏めてある用紙を引き出しから漁り始めた。中堅クラン情報の方が多いが一応大手クランの情報も努は纏めている。
金色の調べはクランリーダーのレオン率いる大手クランで、彼はカミーユと同じように唯一の種族である金狼人であり、ユニークスキルも持っている。そんな彼を筆頭に他にも優良なアタッカーが在籍している。
クランメンバーは事務職などを合わせて四十人前後である。そして特筆すべきはそのクランメンバーのほとんどが女性であり、その女性の九割は彼と婚姻契約を結んでいるところ。つまりはハーレムクランである。そのためクランメンバーはレオンに対して従順であるメリットはあるが、当然デメリットもある。
まず努が一番に目についたことは、何故か勝手にレオンの身代わりとなりたがったりするアタッカーが多数存在することだ。危ないレオン! という言葉と共に彼を突き飛ばして代わりにモンスターの攻撃の餌食となり、レオンに支えられながらも光の粒子となって消えていく。何とも悲劇的な光景であるが、モニターを見ている者たちはまたあれかという顔で見るほどその光景は何度も繰り返されてきたことだった。
他にも最初にかける支援スキルが明らかにレオンだけ効果時間が長かったり、わざわざポーションを口に含んでから口移ししたりと好き勝手やっている。たまにそれが原因で峡谷で全滅しかけていることすらあった時は努も呆れていた。
流石に火竜攻略の際はそんなことをしていないのだが、やはりレオンの代わりに犠牲になるアタッカーはたまに見受けられるし、レオンが二度死んで復活出来なくなると明らかにPTの動きが悪くなる。
努が『ライブダンジョン!』で何度か見たことのあるMMORPGで希少な女性を飢えた男たちが媚を売って囲むお姫様プレイというものがある。金色の調べはその逆で、ハーレム内の女性が媚を売って男を囲む王子様プレイをしている。努としてはそんな印象だった。
(でもそれだとタンク凄い機能しそうだよな。案外すぐ馴染んだりして)
モンスターからレオンを守る役割。騎士職の女性は喜び勇んでやりそうだなと努は空想しつつも、明日に向けて金色の調べの一軍メンバーの詳細が書かれているメモに目を通し始めた。
――▽▽――
翌日。努が金色の調べのクランハウスに向かうと眼鏡をかけた事務の女性が彼を迎えて案内し始めた。クランメンバーのほとんどが一人の男のハーレムで構成されたクラン。努が話していて感じた印象では人の良い兄ちゃんのようであったが、いざクランハウスで多くの女性を見ると努には何だが別次元の人に見えた。
途中で挨拶をしてくる女性たちは努を邪険にしている様子はなく、おおよそ普通の対応だった。ただアタッカーの中には努の三種の役割をよく思っていなかったり、ヒーラーの中にもそういった者がいるようで時偶嫌な視線を投げかけられることもあった。
そして案内役の女性が努を広間へ招き入れた。すると女性三人とボードゲームをしていたレオンは努を見るとそそくさと立ち上がった
「お、来たかツトム! はい終了!」
「あ、ちょっと~」
ばたばたと近づいて来て肩に腕を乗せてきた彼をよそ目に努が机の方を見ると、どうやら彼はボードゲームで負けていたらしく女性たちは唇を尖らせながら片付けをしていた。
「それじゃあ早速ダンジョン行くぜ!」
「いやいや、まずは何をするか確認しましょうよ」
「あー、そうだな。ユニスー! こっち来てくれー!」
そのレオンの呼ぶ言葉に奥から大きい黄色の尻尾を立ててご機嫌そうに笑顔で出てきたユニスという女性は、努を見ると露骨に表情を沈ませてとぼとぼと歩いてきた。彼女は前日の情報公開の時に努へ意見してきたヒーラーであった。
「ユニスは今の一軍PTのヒーラーだ。なんか昨日突っかかってたし顔は覚えてるだろ? 一軍PTの方針はユニスに任せてる。さぁ話そうぜ!」
「レオンはあっちでボードゲームでもしていていいですよ? 私に任せるのです!」
「お、そうか。……じゃあ話が終わったら教えてくれ!」
物凄く機嫌の良さそうな声でレオンにそう提案するユニス。そう言われたレオンは少し考え込んだ後に軽い調子でそう告げて努の肩を叩いてテーブルへ戻っていった。そしてまたボードゲームを始めようとしている彼を見た後、努は少し背が低めのユニスに視線を下ろした。
彼女は可憐な花のようなにこやかな表情をするすると引っ込めて、路地裏にでも付いてこいと言わんばかりに首を振ってから歩き出す。あちらで座って話をしようということだと察した努は黙って付いていく。
「……お茶を持ってくるのです」
そう言ってまた奥へと戻っていったユニス。しばらくすると彼女は冷えた茶碗を二つ持ってきて一つを努の前に置いた。何だか嫌な予感がしたので努は茶碗に口をつけるだけで中身を口にせず、茶碗を離して第一声を切った。
「あの、レオンさんは一緒じゃなくていいんですか?」
「……一軍PTの方針は、私が任されているのです」
「あ、そうなんですねー」
何でよりにもよってこの人かなー大丈夫かなーと努は内心で心配していると、ユニスは努が昨日配った資料を机の上に出した。
「取り敢えず、これは全部目を通したのです。……三人で火竜を倒した戦法だし、これの有用性は認めざるを得ないのです。レオンも騎士職ばかりが不遇なのは駄目って聞かないから、タンクってやつは導入してみるです」
「そうですか」
「……それと飛ばす回復スキルを私に教えろ、です。昨日やってみたけど全然駄目だったのです」
心底悔しそうにしながらもユニスは頭を下げて努に指導を頼んだ。相当屈辱なのか尾の先の黒い部分がプルプルと震えている。努は対して表情を変えないまま淡々と答える。
「そうですか。ならダンジョンに潜った時にお見せするので、まずは飛ばす回復スキルで回復出来る認識をして見て下さい。あとPT構成はどのようにしますか?」
「……ヒーラー2。アタッカー2。タンク1でいこうと考えてるのです」
「了解です。取り敢えず今日は飛ばす回復スキルの習得を目指しましょうか」
「もし習得出来なかったら訴えてやるです」
「そうですか」
努の打っても響かないような返しにユニスは不愉快そうにしながらもぷいっと彼から視線を逸らした。
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