第56話 初めの一歩

 レオンたち五人はギルドから徒歩五分ほどにあるクランハウスに帰ると、レオンはお腹をさすりながらクランハウスの食堂へと向かった。努も誘われたが彼は断った後に早速用紙をマジックバッグから出して机に置きペンでさらさらと問題点を書き始めた。



「あ、バルバラさん。少しお聞きしたいことがあるんですけど」

「……何ですか?」



 レオンの前で醜態を晒したことと自身に金色の調べの騎士職の立場がかかっていると認識しているバルバラは、伏せられていた顔を上げてどんよりとした瞳を努に向けた。バルバラは騎士職の中で一番レベルが高かったために選ばれ、その時は他の騎士職の者たちから応援されながらも一軍PTに入った。その結果が完全に足を引っ張る形となり、バルバラはその巨体が縮まって見えるほど沈んでいた。


 努はそんなバルバラを見て彼女のレベルに対する期待を一切捨てた上で質問した。



「バルバラさんは今までどうやってレベルを上げてきましたか?」

「……レオンにダンジョンへ連れていってもらって、階層を更新してもらっていたら上がっていた」

「……ちなみに連れていってもらっていた時は、何をしていました?」

「……荷物持ち」

(だろうな)



 重騎士はDEX器用さが低い傾向にあるのでフライの操作が不格好なのは仕方ないにしても、彼女はワイバーンに捕まり空から落とされてもそのまま地面に墜落していた。普通は五十一階層の攫い鳥によってフライの技術は嫌でも底上げされるので、そのまま地面に叩きつけられることはほぼ無いはずである。



(多分階層更新はアタッカー4とバルバラで行ってたんだろうし、攫い鳥に攫われる機会もなかったんだろうなぁ……。それで六十五まで上げられたことに驚きだけど)



 弓術士のディニエルがいるため攫い鳥は空中で無力化出来る。それに攫われたとしてもレオンが空中でバルバラをお姫様抱っこしている姿が容易に想像出来て、努は無言で用紙に問題点を書き進めながらも内心ため息をついた。レオンは金色の調べの王子様であるが、同時に姫を守る騎士にもなれる実力がある。まずはその環境を変えなければと努は思った。



「取り敢えずバルバラさんにはこれからまたダンジョンに行ってもらう予定ですので、これでも見ながら少し休憩していて下さい」

「あ、はい……」



 読みやすいように適度な余白が設けられている問題点の羅列された用紙を渡されたバルバラは、その用紙を持ちながらのしのしとクランハウスの食堂へ向かっていった。


 そして次は霧状のヒールを何度も出しては安物の青ポーションを飲んで精神力を回復しているユニスに、努は顔を引きつらせながら声をかけた。彼女の飲んでいる青ポーションは値段良し品質悪しで有名な新人御用達の青ポーションである。



「ユニスさんは取り敢えず飛ばすヒールの会得ですね。……流石にそれ飲んでまで練習はしなくていいですよ」

「いいのです。早く飛ばすヒールを習得するのです。だから飛ばすヒールを習得したらさっきのやつをさっさと教えやがれです」



 彼女は口の中に残ったえぐみを我慢しながらも努にそう言い放つ。ユニスの飲んでいる青ポーションは人体に有害なのではと思うほどに不味い。だが彼女は精神力が切れそうになってはその不味いポーションを飲んでヒールを繰り返している。どうやら先ほどの努の動きを見てユニスはやる気を俄然引き出されたようだった。


 確かにユニスが飛ばす回復スキルを会得し支援スキルもある程度使えるようになれば、恐らく火竜を突破することは出来るだろう。しかしそれはレベル七十で火竜への実戦経験豊富なアタッカー四人ありきでの攻略である。


 この先の火山階層でもまた同じようにアタッカーのレベルを八十まで上げて幾度も挑んで慣らしてから突破、というのはあまりにも時間がかかる。レベルは上がれば上がるほど上昇しにくくなるし、経験値倍増などの課金アイテムがあるゲームとは違う。レベリングの作業は相当に長く険しくなっていく。


 それに九十階層まではレベルを百まで上げられるが、レベルはそれでカンスト。九十階層までは階層主ごとに定められた適正ステータスを、レベルを上げることで一段階上げた状態で挑むことが出来た。しかし百階層ではそれが出来ないため、絶対にアタッカー4編成では限界が来る。


 だがクランリーダーがタンクをいらないと言うのであれば、最悪努はヒーラーに飛ばす回復スキルや支援スキルだけを教えて撤退するつもりであった。しかしレオンは騎士職や白魔道士などの現状をよく思っていなかったため、タンクを導入したがっている。なので努はまずユニスにタンクありきでのヒーラー運用を考えて欲しかった。



「別にレオンさんがタンクをいらないと言うのであれば教えますけど、違うみたいですしね」

「…………」



 努がレオンを引き合いに出すとユニスは忌々しげに彼を睨みながらも、ポーションの瓶口をパクリと咥えた。そのまま上を向いて直接喉へ流し込むように青ポーションを飲んだユニスは返事をせずにまたヒールを飛ばし始めた。



「ヒー、けぷっ」

「……まぁ、あまりご無理をなさらずに。一週間くらいは様子を見ますので」



 ポーションの飲み過ぎか軽いげっぷをしてしまい口を素早く押さえるユニス。努は気にした様子を見せずにその場を立ち去ってクランハウスを出て早めの夕食を外で食べた。


 そして努は一時間半ほどで戻ってくると努に渡された用紙を熱心に見ているバルバラと合流。未だにヒールを練習しているユニスにも声をかけて努は提案する。



「取り敢えずこの三人でダンジョンに行きませんか?」

「……何故レオン抜きで行くのです?」



 物凄い疑わしげな目で見上げてくるユニスに努は人の良さそうな笑顔を浮かべながら答える。



「別にレオンさんを誘うのもいいですけど、潜るのは一階層ですよ?」

「いちっ!?」

「えぇ。といってもずっとそこにいるわけではないですよ。バルバラさんが慣れてきたらどんどん階層を進めますので」

「……何故今更一階層なんて潜る必要があるのです? 無駄なのです」

「僕はバルバラさんはまず一階層からやり直した方がいいと思いますし、無駄かどうかはバルバラさんが決めることです。どうですか?」



 努は微笑を浮かべながらも平然と口にし、彼にそう言われたバルバラは身体を硬直させた。こうも真っ向面から一階層を推されるとは全く思っておらず、彼女の思考は少し停止してしまった。


 しかしバルバラは先ほどの峡谷で自分の実力不足を知った。流石に一階層から、というのはどうかとも思ったが、彼女はレオンに言われたのだ。現状に満足しているか。辛くはないか。もし現状を変えたいのなら彼のいうタンクというものを試しにやってみないかと。


 今まで大して役に立てていない自分を気遣ってくれるレオンにバルバラはその時感極まって泣いてしまった。レオンは探索者の中でもトップクラスの逸材で、自分はダンジョン探索で役に立てない不遇の騎士職。


 騎士職であるにも関わらず並のアタッカーよりもモンスターを倒すガルムという例外がいたが、そのガルムの鬼気迫るような様子をモニターで見てあの境地に至るまでどれほどかかるのか、そもそも至ることが出来るのかとバルバラは苦悩した。


 そしてそんなガルムですら探索者を辞めてギルド職員の道を選んだことに騎士職の未来はもう無いのだと絶望したバルバラは、それでも自分を傍に置いてくれたレオンに報おうと探索者以外で役に立つことを探した。


 しかし彼女は女性であったため肉体労働系の仕事はほとんど断られ、店の従業員をやろうにも顔はいいが身体は目を引くほど大きいのであまり歓迎されない。今はその身長の大きさで目立つことを活かしてモニター前で飲み物の売り子などをして金銭を稼いでいる。


 だがモニター前で売り子をしていると、一番台に映るレオンと一緒にいるPTメンバーを目にすることになる。アタッカー三人とヒーラーの女性たちはとても楽しそうに見え、彼女にはとても羨ましく思えた。



「私は、やる。一階層からやり直しても構わない」



 ユニスの言う通りこれは無駄なことなのかもしれない。しかし僅かでも可能性があるのなら、バルバラは挑戦せずにはいられなかった。もうあの光景に憧れるだけの自分は嫌でたまらない。


 彼女の先ほど見せた暗い瞳とは打って変わった力強い瞳を受け止めた努は、一度頷いてからふぅと息を吐く。



「決まりですね。よろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いする。私をタンクにしてほしい」

「わかりました。ユニスさんはどうしますか?」



 努はやる気に満ちたバルバラからユニスへと視線を移すと、彼女は後ろのふわふわした尻尾を警戒するように揺らめかせた。



「……行くのです。バルバラに何かあってはいけませんから」

「では早速行きましょうか。ヒール」



 努はユニスの言葉に人差し指を立ててその先に球体のヒールを出しながら答えると、彼女は狐耳を立てて歯ぎしりした。

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