第38話 役割の芽吹き

 それからしばらくするとエイミーが照れながらも距離を離し、何だか居心地の悪い雰囲気となったので努は逃げるように退散した。そして気を紛らわすように暗くなった街へ繰り出して、ライブ配信が行われている広場へと向かう。


 労働者が労働を終える十八時からは一桁台付近は大盛況で、お祭りのような騒ぎとなっている。大音量で流れる一番台の攻略の様子に、屋台の厳つい男が声を張り上げながら鉄板の上でサイコロのように切られた肉を焼いている。


 努はその屋台の煙に吸い寄せられるように近づいて、サイコロステーキを購入。紙袋に入れられた油で光っている八個のサイコロステーキを、雑にちぎられた緑の野菜と一緒に木の串で突き刺して口に運ぶ。


 それを摘みながらも遠目に見える一番台で紅魔団が六十二階層を探索している姿を確認しつつ、努は下の番台へと人混みに流れるように歩いていく。


 一、二、三番台はいつものように紅魔団、金色の調べ、アルドレットクロウの大手クランが独占し、その後ろの台では大手クランの二軍、三軍が峡谷を攻略している。パクパクとサイコロステーキを食べ進めながらも努がモニターを順に見ていくと、その中でも努の目につくPTが五番台に映っていた。


 五番台でオークの集団と対峙しているアルドレットクロウの二軍PTだ。紙袋を畳んでマジックバッグに入れた努は人混みを避けながらも五番台に近づいて、まじまじと自身の身長を超しているモニターを見上げる。


 今までのアルドレットクロウのPTのほとんどは、ポーションを使わず相討ち覚悟でモンスターを倒して利益を得ることに特化したPT。アタッカー4人にヒーラー1人のPT構成であった。


 しかし今五番台に映っているアルドレットクロウのPTには、アタッカーである戦士が一人しかいない。他は騎士、聖騎士の二人に、白魔道士、吟遊詩人(ぎんゆうしじん)の二人。今までのPT構成とは明らかに違っている。


 他のクランの戦法を下の者たちで試し、その戦法が有用だとわかれば上に流用する。アルドレットクロウは多彩な種族、ジョブを持った者を抱えているので人材に関してはどのクランよりも多い。


 なので他のクランやPTの戦法をどのクランよりも早く実戦投入することが出来る。そして情報員から伝えられた努の戦法を覚え始めた下の軍が、上の軍を追い越す下克上が多発していた。努のアタッカー、タンク、ヒーラーの三つに役割分担した戦法で、下の軍で燻(くすぶ)っていたヒーラージョブとタンクジョブに火が点いたからだ。


 白魔道士、付与術士は努の戦法や飛ぶスキルを乾いたスポンジのように吸収し、攻撃力でどうしても劣りがちの騎士や重騎士、聖騎士はタンクという役割を理解。火力を出す考えを止めてヘイトを稼ぐスキルを使い始めた。


 今までアタッカーに幅を取られて隅に追いやられていた彼らは貪欲に知識を吸収して実践を重ね、何とか実用レベルになるほどには出来上がっていた。しかし肝心のアタッカーの意識改革は、アルドレットクロウでもまだ出来ていなかった。


 アタッカーの火力至上主義はここ数年で積み重なってきたものであり、その分プライドの高い者も多い。特に四十一階層からはアタッカーの者たちが階層攻略を切り開いてきたこともあってか、その意思は根強いものとなっている。


 なのでアタッカージョブの者たちは他のジョブの探索者を見下している者も多い。そんなアタッカーたちが今まで日の目を見なかったジョブに合わせるということは、意識の問題もあってまだまだ時間がかかりそうだった。そのことを察した情報員の男は一先ずPT構成を変えることにした。


 アタッカー2人、タンク2人、ヒーラー1人ではどうしても火力が過剰になってしまう。それならばいっそアタッカーを削り、アタッカー1人、タンク2人、ヒーラー2人のPTにしてしまおうと考えた。そしてそのPTは結果を出し始めていた。


 まだ階層攻略はそこまで出来ていないものの、死亡率やポーションの消費が他のPTよりも格段に減って利益が上昇。更にこれならば抱えていた人材も有効に活用出来る。その実績を理由に今回は高レベルの者たちを集めて作られた即席のPTが結成され、そのPTは峡谷を攻略していた。



「おっ」



 アタッカーが一人のPTに努は思わず声を上げつつも、そのPTがオークと戦おうとしている姿を少しドキドキしながら見守った。


 オーク五匹に対して先頭にいる騎士二人がコンバットクライを放ってオークの視線を釘付けにする。そして背後にいる吟遊詩人の男が丸いウクレレのような楽器を手に取る。



「守護の賛歌」



 そう声を発すると彼の指はウクレレの弦を弾いて人を鼓舞するような音色を奏で始める。その音色を聞いたPT全員のVIT頑丈さが一段階上昇する。騎士がオークの剣を手盾で受け止め反撃する。


 吟遊詩人は自身の歌声や楽器を奏でる音色によってPT全員を強化したり、モンスターを弱体化させる音色を奏でられることが特徴的なジョブだ。そしてそのスキルは努が飛ばしているプロテクやヘイストと違い、モンスターを間違って強化することはない。


 吟遊詩人には回復スキルもあるが白魔道士や灰魔道士よりは効果が低く、どちらかといえばバッファーという側面が強いジョブだ。なので味方に支援スキルをかけるといったら吟遊詩人の仕事、という認識が強い。


 そして戦士が背後から騎士を狙っているオークを長剣で切り裂いていく。その隣のオークが戦士に振り向く。



「シールドバッシュ」



 そのオークを騎士がシールドバッシュで殴りつけ、怯んでいる間にアタッカーがオークを処理する。二匹のオークがやられた合間に遠くで巡回するように飛び跳ねているカンフガルーがそのPTに気づき、ぴょんぴょんと赤の混じった地面を跳ねながら向かってきている。



「疾風の賛歌」



 吟遊詩人が追加でAGI敏捷性が上がるスキルを自身の歌声で奏で、PT全員のAGIを上げる。AGIが一段階上昇する持続時間もヘイストやプロテクよりも長く、何より支援スキルの誤射の心配が全く無い。


 白魔道士が中心の中堅クラン、白撃の翼が飛ばす支援スキルを伸ばそうとしたことを止めた理由の一つが、吟遊詩人の存在であった。


 勿論吟遊詩人にもデメリットはある。例えば演奏や歌を途中で中断してしまった場合は効果が得られない。それに支援スキルを付与する種類は楽器の数に依存する。現状のレベルで吟遊詩人が持てる楽器は一つのみ。なので自身の歌声と楽器の音色、二種類の支援スキルしかPTメンバーに付与することが出来ない。


 それとPTメンバーの聴覚が無くなってしまった場合、吟遊詩人は支援スキルを使ってもPTメンバーを強化出来ない。モンスターに聴覚がない場合も同様で、モンスターの弱体化が望めなくなる。


 なので白魔道士は回復スキルやレイズ、付与術士は多彩な支援スキル、弱体化スキルを放つことが出来るというメリットがある。しかし白魔道士はまだしも、付与術士はそのジョブを引いたら探索者終了と言われるような不遇ジョブだ。付与術士で有名な者は警備団の幹部である眼鏡の男しか現在はいない。


 アルドレットクロウのPTがオークを四匹倒したところで戦士の背後から迫っていたカンフガルーが地面を蹴り、自身の足を槍のようにしながら突撃して戦士の背中を突き飛ばした。背後からの奇襲に戦士が肺の息を吐き出しながら吹き飛ばされる。その様子を見て騎士たちが慌てたようにしながらも一斉にコンバットクライを放った。



(どっちもやっちゃったかー。精神力に余裕がある時はいいけど、そうじゃないしね)



 自身の戦法が採用されて努がにやにやとしながら戦況を見守っていると、白魔道士の男が吹き飛ばされた戦士に走って向かう。そして倒れている男の背中に杖を添えた。



「ヒール」



 戦士の服の下にあった打撲痕が消えて修復される。戦士の者はすぐに立ち上がると騎士たちに殺到しているカンフガルーの下に向かい始め、白魔道士の者も続いた。



「ヒール、ヒール」



 騎士二人の背後から杖を添えて彼らの負ったダメージを白魔道士が癒す。その光景を見て努は唇を引っ込めながら思考する。



(やっぱりヒールは飛ばさないのか。シルバービーストのヒーラーも効果が薄いって言ってたしなー。ソリット社のゴタゴタが終わったら本格的に調べないと。確か……今週の水曜日にシルバービーストにカミーユが行くって言ってたよな? ガルムも近々行くって言ってたし、その日にヒーラーさんと話し合って原因を探ってみるか)



 飛ぶヒールの効果が薄くなってしまう原因については、今度本格的に探ってみようと決めた努はそう考えつつもアルドレットクロウの戦況を見守る。


 カンフガルーの鋭い攻撃を何回か受けつつも騎士たちは反撃やスキルを使いモンスターのヘイトを稼いでいる。アタッカーが一人のためやや火力不足気味ではあるが、その分戦況はかなり安定感があった。


 VITの高い聖騎士、騎士がモンスターの攻撃を受け止め、それを吟遊詩人が支援スキルでサポート。騎士たちの怪我は白魔道士が背後から癒して、戦士は好き放題モンスターを攻撃している。


 そうしてカンフガルーを全て討伐したPTはお互いに顔を見合わせた後、少し緊張を解きながらも互いに何か小声で言い合いながらも峡谷を探索。


 そしてワイバーンの群れと遭遇して戦闘を開始したものの、騎士を狙ったワイバーンの尾棘に白魔道士が当たってしまい、彼が痺れて動けなくなってしまう。それから数々の武器を持ったオークも突撃してくる。


 動けない白魔道士。騎士たちも慌ててしまって目先のワイバーンに攻撃を集中させてしまい、加勢してきたオークを放置してしまった。それによって白魔道士はオークに頭を潰されて死亡。それからはタンク役の騎士がヘイトを稼ぐスキルを使わずに総力戦となったが、ジリ貧でワイバーンとオークに嬲(なぶ)られるようにしてそのPTは全滅してしまった。



(ま、これからだね)



 その様子を観察していた努はによによと口を歪めながらも複数の台を見回った後、いい時間になったのでガルムの部屋に帰宅した。


 その翌日、ガルム、カミーユ、エイミー、副ギルド長と共にソリット社対談に関する打ち合わせをした。その打ち合わせ内容が気に入らなかったのかエイミーは少しご機嫌斜めであった。


 そしてカミーユも努にずっとつーんとした態度を取っていた。初めてそんな態度を取られた努はなんだなんだと思いながらもカミーユに理由を聞いた。すると爬虫類がじっとりと獲物を見定めるような目を努は向けられた。



「なぁ、ツトム。エイミーから聞いた話なのだが。もしアタッカーをPTに一人入れるのだとしたら、私ではなくエイミーを選んだということは本当か?」

「ほんとです~。ツトムは私を選んだんです~」

「なぁ、ツトム。取り敢えず私の目を見たらどうだ?」

「……ガルム、副ギルド長」



 目が据わっているカミーユから目を逸らして副ギルド長とガルムに努は懇願の目を向ける。副ギルド長はさっと目を逸らし、ガルムは横へ首を振った。



「私、PT内のお話はわかりかねますので」

「流石に今回ばかりは私もな……」

「ツ~トムっ! 入れるとしたら私だよなぁ?」

「勿論私だよねツトム! 昨日言ってくれたもんね!」

「……どちらも甲乙つけがた――」



 ガッと右肩をカミーユに掴まれる努。軋むような痛みに彼は身をよじらせて降参するように彼女の手を叩いた。



「そういうのは、無しだぞ? どちらか一人を選ぶ場合だ」

「ふふ~ん? まぁツトムは私を選ぶんだけどね~? そうだよね~? 昨日言ったもんね~?」



 今度は左肩をエイミーに掴まれた。長めの爪が少し肩に食い込んで努は短い悲鳴を漏らした。



「ほら、どっちなんだ。はっきりしろ」

「まぁ私はもう答えわかってるけどね? でも一応またツトムの口から聞きたいな~?」



 右を選べば左肩から流血し、左を選べば右肩が粉砕される。努は冷や汗を流しながら糸のように細い目を閉じた後、一言口にした。



「フラッシュ!」



 目くらましのスキルを発動した努は何とかその場を逃げ出した。しかし会議室を出てすぐに二人に捕まって部屋にずるずると引きずられ、長々と言い訳を垂れては叱られることとなった。ガルムと副ギルド長はその際にちゃっかりと抜け出していた。

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