第37話 エイミーの思い

 努は副ギルド長から聞いた部屋番号を確認しながらも広いギルド宿舎を歩き回る。そしてエイミーの部屋番号を見つけた彼は二度確認した後に呼び鈴を鳴らした。



「おっそーい! 早く入ってきてー!」



 少し責めるようなエイミーの声が扉の内から努の下に聞こえてくる。副ギルド長が事前に伝えてくれたのかなと思い努は扉を引くと、鍵もかかっていないのかすんなりと開いた。部屋の構造はガルムと変わらないので努は一先ずリビングへと向かった。



「ディニちゃんおそ……」



 緩い寝間着を着ているエイミーが机にコップを置きながら笑顔で振り向き、努を視界に入れてその顔を固まらせた。そして机に置いていた空のコップを持ちながら彼女は後退る。



「えぇ!? なんでツトムが!?」

「いや、てっきり副ギルド長から伝えられてるのかなと思って入ってきちゃったんですけど……すみません、勘違いしてしまって」

「ち、ちょっと待ってて!」



 うっすら赤くなった顔を両手で隠すようにしながらエイミーはリビングから出て、ばたばたと自室へ入っていった。急いで着替えているような布が擦れる音が努の耳へ入ってくる。


 それからしばらく努は待たされてそろそろ立つのが辛くなってきたと彼が思う頃には、エイミーが年相応の可愛らしい服を着て戻ってきた。白の前髪を気にしたように片手で払っているエイミーはぎこちない様子だ。



「えっと、多分お友達が来るんですよね? なら自分は明日に出直しますけど」

「……あの子マイペースだし、別にいいよ。しばらく来ないだろうし」



 エイミーが友人のことを思い浮かべるような顔をしながらも机の向かい側に座ったので、努も腰を下ろした。足の疲れを抜くように胡座(あぐら)をかいて一息ついた努は、女の子座りをしているエイミーに話しかける。



「なんか結構久しぶりな気がしますね」

「……そうだね。丁度一週間? くらいかな?」

「あれ? 割とそんなでもないんですね。あ、それじゃあ本題に入りますね。今度ソリット社と対談することになりまして。その対談にエイミーさんも同行願いたいので、予定を聞きに来た次第です」



 エイミーの友人が途中で来たら困るので努は早く予定を聞いて帰ろうと、早速本題に入った。その急くような努の様子と自分だけさん付けのことにエイミーは傷に塩を塗られたような顔をした。



「ギルド長もガルムも呼び捨てなのに、私にはさん付けなんだね。……まぁそうだよね。もう私、PTメンバーじゃないもんね。ギルド長がもういるしね」



 後半部分は消え入るような小さい声でぶつぶつと口にしたエイミー。努は後半部分の声を聞き取れず首を傾げた。



「よくわかりませんが、呼び捨てにしていいのならそうしますよ。それで、予定の方はどうですか?」

「……いつでも空いてるよ。暇だし」

「そうですか。では二日後の夜でどうでしょう?」

「空いてるって言ったじゃん。いつでもいいよ。それより――」



 そのことに関してはどうでも良さげにエイミーは答えた後、彼女はしおれた白い猫耳を後ろに反らした。そして目の置き所に迷うように視線を巡らせた後に素早く頭を下げた。



「ツトム。ごめんなさい。ずっと、謝りたかった」

「…………」

「ソリット社へ乗り込んで、捕まって、そしたらそれがツトムのせいになってた。勝手なことしてツトムを巻き込んで、本当にごめんなさい」

「そうですか」



 エイミーが頭を上げると至極真面目な顔で頷く努が見えた。その視線はシェルクラブの時のような無機質な視線ではなかったが、決して優しい視線でもなかった。エイミーは覚悟を決めたように下を向いた。



「……もっと怒っていいよ。殴ってもいい。蹴ってもいい。PTの契約は勿論ギルドに言って解消するし。お金も全部渡す。ギルド職員を辞めさせてもいいよ。私を視界にも入れたくないなら、遠くにも行く。それから、それから……」

「エイミー」



 他に出来ることを探すようにおろおろし始めたエイミーを努が律するように呼んだ。エイミーの肩がびくりと跳ねて怯えたような上目遣いで努を見つめる。そんな彼女を努は安心させるように笑顔を作った。



「もう充分反省はしているのでしょう? それなら罰は何も必要ないですよ」

「な、なんで!? 私のせいで努が犯罪者みたいな扱いされてるんだよ!? 私のせいなんだから、私が罰を受けなきゃ!」

「とは言っても、もうそのソリット社の記事に関しては修正されることが確定しましたので大丈夫ですよ。それに四歳も年下の子の失敗をガミガミ言うのも気が引けますし」

「……え? 四歳……?」

「あ、僕は今年で二十二です。エイミーは十八歳なんですよね?」

「ええぇぇぇえぇえぇ!! ツトムが年上ぇぇ!?」

「何かガルムとカミーユにも言われましたけど、そんな若く見えますかね自分。あまり若く見られることはないんですけどね」



 表情を一転させて驚くエイミーに努は自信なさげに頭へ手を当てた。しばらく驚いて身体を反らしていたエイミーは、その驚きから復活すると机をバンと叩いて身を乗り出した。



「ってそうじゃなくて!! なにかないと私の気が済まないの! ほら、殴っていいよ! 思いっきりバーンって!」

「殴るって……うーん、そうですね。あ、この前の契約もまだ有効ですよね? そしたらそれも今使おうかな?」

「え、うん! 私に出来ることなら……な、なんでもいいよ!」



 そう言い切ってぐっと目を瞑ったエイミー。ぷるぷると震えている肩を見て努は苦笑いしつつも机に身を乗り出した。努が動いたことを音で察したエイミーは身を強ばらせてドキドキしながらも。彼の行動を待った。



「てい」



 ポンと軽いデコピンがエイミーに当たった。予想していなかった軽い衝撃にエイミーがパチクリと目を瞬(まばた)かせる。乗り出していた身体を戻した努は彼女の目を見据えて宣言する。



「エイミーはまた僕とガルムと一緒にPTを組んで、火竜を倒すこと。それが僕のお願いです。どうですか?」

「……なに、それ」

「いや、勿論カミーユも良かったんですけどね? やっぱりエイミーじゃないとしっくりこないんですよね。今まで手数の多いアタッカーでやってたもんですから、一撃の重いカミーユのヘイト管理慣れないですし。あ、それにエイミー用に考えていた作戦も試せずに終わるっていうのも何か嫌ですしね。エイミーがよければまたPT組みましょうよ。ソリット社の対談が終わったら」



 あっけらかんとした様子でダンジョンのことをぺらぺらと話し始めた努に、エイミーは少しだけ笑ったあとに表情をすぐに落とした。



「……無理だよ。ギルド長でも八時間かかったんでしょ? 私じゃ、力不足だよ」

「え? いやいや。確かに火力はカミーユの方が高いと思いますけど、序盤で少しグダりましたからね」

「ぐだ、へ?」

「……あぁ、エイミーは最初から一番台見てなかったんです? 最初の火竜の咆哮でカミーユが戦意喪失しちゃいましてね。時間がかかった原因はそれが大きいんですよ」

「えぇ!? ギルド長が戦意喪失? あの人が!?」

「自分もびっくりしましたよ。自信の塊みたいな人だと思ってましたからね。まぁその後ちゃんと復帰してくれたんで良かったんですけど、でも攻撃されたらまた戦意喪失するかもしれないと思ったので攻撃を控えさせていたんです」

「……そうなんだ。いやでも、やっぱり私じゃ無理だよ。無理無理」

「いけるいける!」

「いや! だから無理だから!」



 やけに強気になった努がエイミーへ雑な励ましの言葉を送るも、彼女は両手を振ってそれを否定する。その様子に努は困ったように腕を組んだ。



「うーん。でも、良いPTだと思うんだけどなぁ。それにソリット社の件が落ち着いたらもう契約完了しちゃいそうですし、それまでに火竜くらいは一緒に突破したいんですけどね。最初に組んでくれたPTなので多少思い入れもありますし……」



 腕を組んで唸る努にエイミーは両拳を握った。そんなことはエイミーにもよく分かっている。火竜と戦っているカミーユを見て、どれほど自分が彼女と代わりたかったことか。


 努と最初にPTを組んだ時は、エイミーは内心最悪な気分だった。幸運者の子守りに堅苦しいガルム。うんざりしながらもギルド長の命令に渋々従ってPTを組んだ。しかしその認識は二十階層を越えてから変わり始めた。


 努の提案する戦法。アタッカー、タンク、ヒーラーの役割に分かれて行う戦闘は、最初は意味のないものだとエイミーは思っていた。しかしモンスターに総攻撃を受けても全く倒れないタンクのガルムに、回復、支援スキルを切らさないヒーラーの努。そして支援スキルを付与された軽い身体で、モンスターを一方的に刈り取る爽快感。


 遂には越えられない壁だったシェルクラブまで余裕を持って攻略できた時は、エイミーは帰った後に鼻歌まじりで小躍りしてしまった。それからもう一回シェルクラブを倒すことが出来て、努の言うアタッカーの役割も感覚的にわかるようになり始めていた。


 ガルムを狙っているモンスターを優先的に一匹ずつ仕留める。努の支援スキルや回復スキルを意識して動き、努に警告を受ける前に攻撃を止める。自分の役割を果たすこと、そして努に褒められることに彼女は喜びを見出していた。


 このPTなら本当に火竜さえ倒せてしまうかもしれないと、エイミーは心の底から思った。



「……思うよ」

「ん?」

「私だって……いいPTだと思うよっ! やっとツトムの戦法もわかってきた! ガルムもなんか強くなってるし、私だって強くなった! ツトムのスキルにも合わせられるようになってきたし、ヘイトだって段々わかるようになってきた! これからだったの! でも……いっぱい迷惑かけちゃったし、それにギルド長の方が」

「いや、カミーユは関係ないでしょ」

「あるよ! あの龍化凄かったもん! あれと同じことなんて逆立ちしたって私じゃ出来っこない! なら諦めるしかないじゃん! ガルムは絶対ギルド長の方がいいと思ってるし! ツトムだってほんとはギルド長の方がいいんでしょ!!」

「いや、どちらかというとエイミーの方がいいですね」



 エイミーの問いに即答した努に彼女はパクパクと口を動かすものの言葉は出ない。努は顎に手を当てながらも喋りだす。



「カミーユの龍化は確かに魅力的ですけど、こっちが合わせるの疲れるんですよ。それにミスのことも考えて多く時間を取ってますから、精神力やヘイト管理の余裕がなくなりますしね。まぁ組んで一週間ですからしょうがない部分もありますけどね。それに比べてエイミーはそもそも組んでる時間が長いので、僕に結構合わせてくれるじゃないですか。それに火力も充分ですよ。エイミーは一撃が軽い分身軽なんで、急所を狙いやすいですしね」

「でも……でも……」

「エイミー、貴方は全然力不足なんかじゃありませんよ。なのでまた、PT組みましょうよ。あぁ、ガルムもカミーユとは上下関係があるせいか緊張しちゃうみたいで、エイミーと言い合いしている方が気分が楽そうですよ?」



 努から差し出された手。それを見つめるエイミーの瞳から涙がぽろぽろと床へ落ちる。ソリット社に殴り込みにいって努の評判を更に落とした。釈放される頃にはカミーユが努のPTに入っていて、その数日後には火竜を倒した。自分はもう用無しだと思っていた。


 しかし彼は自分を許してくれて、更に自分をまだ必要といってくれて手を差し伸べている。エイミーは感極まって机を飛び越して努へ抱きついた。


 努は飛びかかってきたエイミーに驚いて顔を引きながらも受け止める。胸に顔を埋めてエイミーは泣き出した。



「うわぁぁん!! も、もうわだじいらないって! 言われると思ってたぁぁ!!」

「そんなことはないですよ」



 にっこりと笑いかけながらポケットからハンカチを出してエイミーの涙を努はそっと拭いた。エイミーはくすぐったそうに目を細めながらも言葉を続ける。



「ぎ、ギルド長の方がいいって!」

「んー、まぁ理想を言えばどっちも欲しいですけどね。どちらもAGI敏捷性が高いのでモンスターの攻撃もある程度避けれると思いますから、ガルムがその分楽できますしね。あ、でもヘイストどっちにつけるか迷いますね。龍化状態の時はカミーユ優先で――」

「……ばかー!!」



 まだPTの話を続けている努をエイミーは涙に濡れた目で見上げ、彼の頬を両手で横に引っ張った。



「私だけでいいでしょ~? ギルド長より私の方がいいんでしょ~?」

「あいだだだだ!」



 努の胸にすがりながら彼の頬を軽く抓(つね)っているエイミー。彼女はいつものような晴れた笑顔でしばらく努の頬を引っ張っていた。



(……何してんだろ私)



 男の頬を摘んではしゃいでいるエイミー。そんな彼女に呼び出されていた親友であるエルフのディニエルは、そんな様子を見て出るに出られず扉の後ろで待機していた。彼女は後ろに纏められた金のポニーテールを揺らしながらも心の中でため息をついた。

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