第35話 掌返し

 火竜を倒した後にカミーユに飛びかかられて地面を転がった三人は、にへらっと顔を綻ばせながら見合った後に立ち上がった。その後はしばらく互いを褒め合っていると一番台へ映像を送っている神の眼が上から近寄ってくる。


 努は神の眼に向かって片手でVサインをした。その後ろからはカミーユが努へのしかかるようにして、ガルムも黒い尻尾をぶんぶんと振りながら笑顔で努の肩に少ししゃがんで並んだ。


 背中へのしかかってくるカミーユをこらこらと軽く戒めた努は、火竜から立ち昇る赤い粒子を見上げた。そして火竜からドロップした赤い大魔石を背中のマジックバッグを広げるように大きく開いて回収する。



「よし、それじゃあ六十一階層に行って帰りましょう」



 ようやく興奮が収まったのかカミーユがぜぇぜぇと息を荒げながらも、黒門を開いた努に付いていく。階層主撃破後は先へ進む黒門とギルドへ向かう黒門が二つ現れる。このままギルドへ帰ってしまったらまた階層主からやり直し、ということはないのだが、しかし努は念のため六十一階層に行ってからギルドへ帰還した。


 ギルドに到着すると歓声が三人を包んだ。盛大な拍手で迎えられて努は驚いて倒れそうになってガルムに支えられていた。カミーユはその賛美の言葉に慣れているのか堂々としている。


 努は周りの探索者におっかなびっくりしながらも受付に向かった。受付にいた探索者たちは引いていき、いつも列をなして見えない美人の受付嬢たちの顔を努は久々に目にした。にこりと笑いかけてくる受付嬢に礼を返した努は出発時に利用した受付へ向かう。受付嬢の笑顔がやけに引きつっている。



「あ、ステカ更新お願いします」

「おう。やりやがったなツトムおい! 久々に度肝抜かれたぜ!」

「ガルムとカミーユに感謝ですね」

「おいおい! 謙遜すんなよ! 三人PTだぜ!」



 強面の男に笑いながら肩を叩かれた後に紙を差し出されたので努はそれを受け取り、唾液をつけて提出。ステカ更新が終わるとその受付の男の後ろで控えていた副ギルド長が努にお辞儀した。



「ツトムさん。この度はおめでとうございます」

「あ、どうも。一発で突破出来て良かったです。これで交渉も少しは楽になりますかね?」

「えぇ。夕方頃にソリット社の者たちが慌ててギルドに来ましてね? いつもふんぞり返っていた交渉の者たちが、それはもう頭を下げてきまして。ツトムさんの威を借りただけなのですが、私は胸がスッとしましたよ」



 少しふくよかさを取り戻したような顔つきをしている副ギルド長に、努は含み笑いした。



「それは頑張った甲斐がありましたよ。それで、交渉のほうはどうなりましたか?」

「一先ず目標の記事修正だけは確約させてきました。それとツトムさんに直接謝罪したいとのことで、空いている日時を聞かれましたね。ご予定はどうですか?」

「そうですか。ありがとうございます。空いている日は……まだちょっとわからないですね。エイミーさんに予定を聞いてから決めたいと思います」

「そうですか。ではそのように。……正直な話、ツトムさんの火竜討伐がなければ、交渉は大分長引いたと思います。まさか三人で火竜を討伐するとは……本当に、なんとお礼をいったらよいか」



 声を震わせて泣き出す勢いで謝り始めた副ギルド長を努は慌てて止めた。



「いいんですよ。元々火竜は倒す予定でしたし、こちらの迂闊な行動もあって騒動になった部分もあります。それに、もう記事修正を認めさせることは出来たのでしょう? それで僕は充分です」

「……はい」



 顔を上げた副ギルド長に努は優しげな笑顔を返すと、思い立ったように質問した。



「あ、そういえばエイミーさんが何処にいるかわかります?」

「エイミーなら騒動が収まるまではギルド宿舎に謹慎(きんしん)させています。部屋番号は――」



 副ギルド長に番号を教えられた努は一応メモを取った後、彼にもう一度お礼を言った後に身を翻した。そんな努を副ギルド長は止めた。



「ツトムさん。大変身勝手なことではあると思うのですが、一つだけ聞いて頂いてもよろしいでしょうか?」

「え? なんですか?」

「……エイミーのことについてです。彼女はソリット社に単身で侵入し、貴方の名誉を更に汚す形となってしまいました。ですが、彼女は。根は正直な娘です。若い故に物事をしっかりと考えずに行動してしまうことはありますが、彼女は決してツトムさんを陥(おとしい)れようとしてソリット社に向かったわけではありません。なので出来れば、彼女をあまり怒らないでやって下さい。その怒りはギルド長代理である私が受けます。ですので、どうか」

「……あー、ちなみにエイミーさんって何歳なんですか?」

「確か今年で十八となっているはずです」

「え、結構若いんですね……JK女子高生じゃん」



 おおよそ二十から二十二くらいかと思っていた努はエイミーの実年齢を聞いて少し驚いた。JKという単語に首を傾げている副ギルド長に努はゆっくりと言葉を返す。



「ならしょうがないですね。まぁ元々怒るつもりなんてあまりなかったんですが、その歳なら若気の至りってことで許しますよ」

「そうですか。本当にありがとうございます」

「それでは、交渉お疲れ様でした。ソリット社との対談については、エイミーさんと予定をすり合わせた後に日時をお伝えします。恐らく一週間以内には合わせるつもりです。それでは」

「はい。本当にお疲れ様でした。ゆっくり身体をお休め下さい」

「……ゆっくり休むことは出来なさそうですね」



 後ろで待機しているカミーユの顔を見て努がそう言うと、副ギルド長は同情するような表情で首を振った。



「あ、ちなみにガルムは何歳なんです?」

「幼少の頃の記憶があまりないから曖昧だが、恐らく二十くらいだと思うぞ」

「あ、そうなんですね。じゃあ僕と同じくらいか」

「え……?」



 後ろでうきうき顔のカミーユが努の言葉を聞いた途端に目を見開いて固まった。そしてすぐ復活して努の肩を叩いた。



「ツ、ツトム、君はいくつなんだ?」

「ん? 僕は今年で二十二ですよ」

「えぇー!? 嘘だぁ!」

「いや、ここで嘘ついてどうすんですか。というか二十歳以下だったらお酒……あ、ここでは違うのか」

「てっきりエイミーと同じくらいだと思っていたが……すまんなツトム」



 軽く謝ってくるガルムにいやいやと手を振る努。その背後ではカミーユがぶつぶつと小さい声で何かを呟いていた。


 その後火竜討伐の打ち上げでやけにしなだれかかってくるカミーユを介護しつつ、努はガルムと一緒に深夜ギルド宿舎へ帰宅した。そして備え付きの風呂に入って努は気絶するようにベッドで眠った。



 ――▽▽――



 朝。爽やかな鳥の鳴き声が聞こえる中、努は欠伸を漏らしながらもソリット社の朝刊を見に来ていた。この朝刊でソリット社がどのように動いてくるかがわかるからだ。ガルムも連れて行こうと彼は思ってたのだが、気持ちよさそうに寝ていたので放っておいた。


 謝罪がしたいと言った手前なので捏造記事を続けることはないとは思ったが、一応努はソリット社の朝刊を確認した。周りの新聞を買っている者は新聞に映っている人物と努を見比べている。


 ソリット新聞の見出しは努たち三人PTが火竜と戦っている姿が白黒で映し出されている。そしてつらつらと起きた物事だけを並べた無難な記事を横目で確認した努は、他の二社の新聞も確認した。


 他の新聞社の二社はどちらも写真を撮れる魔道具を所有していないので綺麗なイラストと共に記事が書かれ、どちらも三人PTでの火竜初見攻略を絶賛する内容が書かれている。迷宮マニアの意見も載せているそれらは、無難なことしか書いていないソリット新聞の記事よりも内容があるように努は思えた。



(そりゃあ、あれだけ扱き下ろしてたんだから書けないよな)



 努はソリット社の新聞は一度も買っていないが、他の者が買って見ている新聞をチラ見して内容はある程度確認していた。その全てを記憶している努は黒い笑顔を貼り付けたまま、そこそこ売れている二社の新聞を買ってから宿舎へ帰った。


 今日は土曜日なので休みであり、備品を補充する日でもある。まずは火竜討伐に出た損益を確認するために努はマジックバッグを自分の部屋で広げた。


 使用したポーション。ガルムの壊れた装備四組。破損したポーション容器。閃光瓶。二着のボロボロ火装束。それから武具の修理代、クリーニング代、火竜討伐の際に出た被害総額予想を紙に書き込んで努は羽根ペンをくるくるとさせながら上を向いた。


 火竜からドロップした赤色の大魔石は間違いなく高く売れる。火の魔石、それに大型で質も高い。それは滅多に取れるものではないのでいい値がつくことはわかる。しかしこの赤字を補填できるほどの値がつくとは、努にはとても思えなかった。



「雷魔石込みでもギリギリ赤字かなー」



 ポツリと呟いた努は早速魔石を売りに行こうと外に出た。オーダーメイドの革靴をとんとんと鳴らした後に魔石換金所へと向かう。


 ドワーフの少女はあいも変わらず虫眼鏡で魔石を鑑定している。そして努の姿を確認すると彼女は根(こん)を詰めていた表情をパッと変えて笑顔になった。



「いらっしゃい! 魔石の売買でしょ!? ちょっと待ってね!」



 先日の態度を全く匂わせない明るい態度で奥に潜っていった少女に、努は思わず口に手を当てて笑ってしまった。カウンターの傍に控えている番人は無表情のまま努へ頭を下げた。



「気を悪くしたのならすまない」

「いえ、似たような子がPTにいるので慣れっこですよ」



 努が咳払いをして笑いを止めた後に話すと番人は手に持った槍を持ち直して頭を上げた。



「そうか。君の活躍は私も一番台で見ていた。少なくとも君は運がいいだけの者ではないようだ」

「それはどうも」



 全く表情を変えない無骨な番人に努がそう返すと、少女がとてとてと大きな桶を彼の前に持ってきた。努は無色の屑魔石や小魔石が入った袋の紐を解き、水の入った桶に小魔石を落としていく。魔石が続々と水に落ちて軽快な音を立てる。


 そして努はマジックバッグをカウンターへ置いて風呂敷を広げるように開く。きらきらとした目でその様子を見ている少女に努はやりにくそうにしながらも魔石を出していく。


 峡谷で取れたワイバーンからドロップした小ぶりの大魔石をいくつか出した後に、小、中の雷魔石を出すと少女は小麦色の手でばっとそれを攫(さら)うように手に取った。



「雷魔石じゃん! 流石|幸運者(ラッキーボーイ)!」

「…………」



 その言葉が少し気に障った努が微笑を引っ込めると、少女はその顔を見て慌てて手にあった雷魔石を自身の太ももへ落とした。



「ご、ごめんなさい! あいったーい!!」

「だ、大丈夫?」

「ぐ。おおおおっ」



 反射したように頭を下げて前の鉄机に頭をぶつけた少女。結構な勢いでぶつかり頭を押さえている少女に努は心配そうに声をかけると、少女はすぐに顔を上げた。



「大丈夫っ。ってそれよりも! 雷魔石まだあるの!?」

「あぁ、うん」



 おでこを赤くさせながら食い気味にくる少女に努は引きつつも、総計十五個の雷魔石をカウンターへ出した。少女はその魔石を宝の山でも見るような目で見つめ、目が完全にGゴールドになっていた。



「こ、こんなに……」

「はい、これで最後です」



 宝石を扱うように雷魔石を丁寧に奥へ置いている少女の前に、努はカウンターに広げているマジックバッグから赤い大魔石を両手で転がすように出した。その大きさにうっとりするような声をあげる少女。



「うわぁ……。すっごい大きい! これが実物かぁ!」

「ギルドの勘定に負けないように頼みますよ。あっちでも鑑定させてるので」

「任せて!」



 まるで我が子のように火の大魔石を抱えてさすっている少女に努は乾いた笑いを返しつつも、受付完了の証である木の板を貰って次は森の薬屋へと向かった。

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