第30話 情報収集員の目
まずその三人PTの異変に気づいたのは、圧倒的な加入人数を持つ大手クラン。アルドレットクロウの情報収集班だった。
アルドレットクロウは他のクランと違い、探索者以外の者も多く在籍している。備品の管理や仕入れ、損益の計算書類を作成する事務員。モニターをチェックしての情報収集や、物価や街での有益な情報を取りまとめる情報収集員。専属の装備整備屋や娼婦まで抱え込んでいるクランは、このクランだけである。
しかし最近は
しかし数多くの種族、ジョブを持つ探索者を抱え込み、中堅クランなどが生み出した有益な情報や戦法を吸収しているアルドレットクロウは、今は密かに爪を研いでいる状況だ。そしてその有益な情報の一つとして努の飛ぶヒールや、戦法なども含まれていた。
二十階層の沼に入ってから努たち三人PTは度々中型のモニターに映ることがあった。最初はガルムとエイミーにだけ注目が集まっていた。乱舞のエイミーや狂犬のガルムはギルド職員になったとはいえ、まだまだ現役だ。二人の装備から剣捌き、スキルの使い方などを情報収集員の男は事細かに書き記していく。
しかし努の飛ぶヒールを見てからその男は努にも注目し始めた。飛ぶヒール。回復と攻撃に特化した二人の白魔道士をPTに入れている、白撃の翼という中堅クラン。そのクランが一時期白魔道士の可能性を模索するために使っていた覚えが男にはあった。
その飛ぶヒールは実用性がないと切り捨てられていた。しかし男の目には、努の飛ぶヒールは実用性の塊にしか見えなかった。クイーンスパイダーの牙にかかったエイミーの二の腕は、飛ぶヒールを当てられた途端みるみるうちに癒えていく。
彼の飛ぶヒール。その有用性に気付いた男はすぐに努をマークするようになった。そして飛ぶヒールを早速アルドレットクロウの探索者、十軍以下の白魔道士に試させた。
しかし飛ばすまではいいものの、その回復力は微量で全く実用的ではなかった。その理由を調べるために男は努がダンジョンへ潜る時間を図って、更に努の挙動や使っている道具に着目する。
努の使っている白杖は紅魔団が手に入れた黒杖のようなぶっとんだ性能はしておらず、少々高いが誰でも手が届くものだ。飛ぶヒールが道具のおかげというわけではない。それからも努の挙動に男は着目したが理由はわからずじまいだった。特に進展もなく男が項垂れた時、飛ぶヒールを練習させていたPTに変化があった。
飛ぶヒールに関しては相変わらず出来なかったが、支援スキルのプロテクやヘイストに関しては十軍以下の白魔道士でも会得することが出来ていた。まだ練習も重ねていないので努ほど正確には放てないし、効果時間も彼より短い。しかしヒールよりは使い物になりそうだと報告を受け、男は情報が無駄ではなかったとホッとした。
しかしヒール、ハイヒールなどは練習を重ねても回復力が上がることはない。精神力を最大込めてようやく草原の薬草ほどの回復力で、それをすれば大抵白魔道士はすぐモンスターに集中狙いを受けて死んでしまう。
(ユニークスキルの線もあるが……それならば他の者が情報を掴んでいるはず。何が、違うのだ?)
情報収集員の男は首を捻りながらもエイミーが抜けてカミーユが入ったPTを観察し続ける。そしてガルムが主にコンバットクライなどヘイトを稼ぐスキルを使ってモンスターの攻撃をほとんど受け持ち、カミーユが自由に攻撃を行う戦法にも着目し始めた。
(……なるほど。VITの高いガルムにモンスターの攻撃を受けさせているのか。そして飛ぶプロテクでガルムを常時強化。その間にギルド長が一気に殲滅すると)
モニターを見ている観衆からはガルムが多くのモンスターを相手取っても全く意に介していないように見え、彼の人気がどんどん広まっていく。それにカミーユの大剣でどんどんと削れていくモンスターにも高まった歓声が上がる。しかしその男は冷え切った心のままその映像を観察していた。
(あんな数のモンスター、いくらガルムが優秀でもポーションを飲む暇もなく死ぬ。だが、そこを飛ぶヒール、プロテクで絶え間なく援護しているわけか。……VITの高い者にモンスターの攻撃を集中させても、飛ぶヒールがないと取り入れることは難しいか)
ガルムのように一人であそこまでモンスターを引き付けていては、ポーションなど飲む暇もない。あれを真似しても飛ぶヒールが使えない以上、モンスターを引き付けた者がすぐ死ぬことは目に見えていた。
(しかしVITが高めの者を二人つけ、交互にモンスターの攻撃を受けさせれば負担は減る。更に一人ずつ交代でヒーラーに回復させれば、ポーションの消費も減るか。……取り敢えず下のPTで試してみる価値はあるな)
早速男は形ばかりの飛ぶ支援スキルを会得した白魔道士のいるPTにその戦法を教え込んだ。そして努たちが五十九階層に辿り着く頃まで続けさせたが、あまりいい結果は出なかった。
そのPTの者たちはモンスターがヘイトを元に攻撃の優先順位を決めていること。そしてヒールヘイトという存在を知らなかった。
モンスターを攻撃した者をモンスターは狙う。強い者か弱い者を狙う。その程度の認識しか彼らの常識にはない。そしてヒールヘイトというものも曖昧に捉えている。ヘイトを大まかに測ってヒーラーやアタッカーにモンスターのヘイトが向かないように管理する者が、PTに一人もいなかった。
なので努たちのようなタンク、ヒーラー、アタッカーの役割をバランス良く担うことはすぐに出来るわけがなかった。
しかし白魔道士の飛ぶ支援スキルに騎士や拳闘士のヘイトを稼ぐコンバットクライ。ヒーラーとタンクの土壌は男の指導もあって育ちつつあった。情報収集員の男はヘイトを稼ぐスキル、それにヒールヘイトのことも把握していたのでそれらをPTへ教えていく。
しかしアタッカーはそう簡単にはいかなかった。なにせアタッカーの彼らは今まで通り好き勝手攻撃をするのだ。とにかく攻撃をして迅速にモンスターを倒すという、身体に染み付いた癖は中々取れない。
当然それではタンクの者がヘイトを稼げるわけもなく、アタッカーの者が狙われて結局以前と同じようにタンクという役割を捨てて四人で戦うことになる。
中々上手くいかない戦法に男があれこれ指示や提案をしているうちに、努たちが火竜へ挑む日になっていた。
――▽▽――
朝の八時にギルドの中へ集まった三人。水の魔石を裏側に仕込んで冷却機能が追加されている重鎧を着込んでいるガルムの顔はいつにも増して強張っていて、カミーユは特に普段と変わらなかった。努は予備の装備やポーションなどを大量に詰め込んだマジックバッグを背負い、二人へ声をかけた。
「おはようございます」
「おはよう」
「……あぁ。おはよう」
緊張しているのか忙しなく頭の犬耳を動かしているガルムを見て、努は大丈夫かと思いつつも空いている受付に移動する。相変わらず人気のない強面(こわもて)の男に受付でステータスカードを更新しつつ、三人でPTを組んだ。
「あ、今日火竜に挑んできます。よければ見てて下さい」
「おう、そうか。小便漏らすんじゃねぇぞ」
「言われてますよ、ガルム」
「くっはっは! いいじゃねぇか。肝が据わってんな! まぁ頑張れや。あんま高価な装備はしないようにな」
受付のスキンヘッドおじさんにそう忠告された努は頭を下げて魔法陣へと向かう。
「緊張してるみたいですね。別に一発クリアしなきゃ死ぬわけじゃあるまいし、気楽にいきましょうよ」
「そうだな」
全然そうとは思っていないガルムの顔色に努はおいおいと背中を叩いた。
「しゃんとして下さいよ。カミーユを見てみなさい。ピクニックに行くような顔してますからね」
「昨日は楽しみで寝つきが悪かったくらいだ」
「寝不足で力が出ないとか止めて下さいね」
「まさか」
背の大剣を背負い直したカミーユは笑顔で受け答える。タンクが崩れたら全て終わるので努は心配しながらも口にする。
「五十九階層へ転移」
その言葉と共に三人の身体は粒子となり五十九階層へと転送される。
赤土の斜面を日が照らして三人を迎えるように反射している。岩石に囲まれた周囲を見回した後、努は三人にフライをかけていつも通りカミーユに索敵を任せる。
ポーションを移し替えた努は座り込んで両足を開いてストレッチをしているガルムの横に、細瓶へ移し替えたポーションを置いた。
「いつも通り動ければ倒せる相手です。大丈夫ですよ」
「……昨日散々言われた」
ストレッチを終えてポーションを腰に差し込みながらガルムは拗ねたように顔を背けた。昨日の火竜攻略の打ち合わせでは弱気な発言が多かったガルムを、努は理論武装した言葉でメッタ刺しにしている。
「あんなのワイバーンを少し大きくしただけですからね。ちょちょいのちょいですよ」
「ふむ、それは流石に違う気がするぞ。ツトムがおかしいのだ。狂人という二つ名がついてもおかしくないほどにな」
「うーん。レベルだけで見てもいけるんですけどねぇ。あ、でも狂人と狂犬でぴったりじゃないですか?」
「まぁ、今の私は明らかに狂犬ではないがな。差し詰め狂人を守る番犬とでもいったところか」
「あっ、ふーん?」
腰に手を当ててそうのたまうガルムに努は眉を吊り上げた。
「火竜見てお漏らししないで下さいよ。嬉ションとかで言い訳出来ないですからね」
「うれしょんという言葉はわからんが、しかし漏らさないと確約は出来ないな。実際火竜に初めて挑んだPTでは大体一人は漏らすらしいぞ」
「え、マジか。その人の二つ名絶対しばらくお漏らしになりそう。可哀想に」
少しだけ緊張の抜けたガルムと努はしばらく談笑した。そしていつもより帰りの遅いカミーユを心配し始めた頃、彼女は帰ってくる。
カミーユにポーションを渡しつつ努は地形状況を聞く。すると彼女は耐えられないように笑顔を零した。
「黒門を見つけた。ここから北に真っ直ぐいった後の曲がり角すぐにある」
「おぉ、いいですね。時間はあるに越したことはないですから。それじゃあ三回ほど戦闘を行って肩慣らししつつ、黒門を目指しましょうか」
「あぁ」
玩具を買いに行く前の子供のようなカミーユは素早くポーションを腰に装着する。そして空中を進んで黒門を目指していく。
閃光瓶の最終確認やブレスの防御体勢などを練習しつつ、オークやワイバーンをさくさくと倒していく。最初は動きが固かったガルムも次第に慣れてきたのか普段通りの動きになってきた。カミーユは普段よりも苛烈な攻撃で逆に火力が出過ぎないか心配になるほどだった。
「ブレスレット!」
「…………」
「すみませんでした」
場を和まそうとして放った一言は明らかに場をシンとさせて、努は素直に謝った。カミーユはテンションが高いせいか努が謝ると大笑いしていたが。
(ガルムはもう大丈夫そうかな。カミーユは少しテンション高いな。突っ込みすぎたらすぐメディックで龍化解除させるか)
二人の様子を探りながらも努はガルムにプロテクを重ねがけし、カミーユの進行方向にヘイストを置く。カミーユも置かれたヘイストに意識して踏んでくれるようになったので、少し外しても合わせてくれるため失敗がほとんどなくなった。
そしてカンフガルーの群れを倒すと黒門が見えた。周囲にモンスターがいないかカミーユに確認させた後、努の精神力が回復しだいに黒門を開くことになった。
「昨日散々言いましたが、一応最終確認をしておきますね」
努は軽食のサンドイッチを手に持ちながら火竜攻略の流れをざっと話し出す。
「開幕自分がバフ、支援スキルかけます。プロテク、ヘイスト、フライですね。それがかけ終わる頃には崖の頂点から火竜が近づいて来て、大抵ブレスを吐いてきます。それに合わせて閃光瓶を投げてブレスを赤糸の火装束で丸まって防いだ後、火竜が目を眩ませた隙にカミーユが金槌で額の水晶を破壊。地面に火竜を下ろせれば後はいつも通りの流れです」
「昨日も言っていたが、閃光瓶は一回しか投げないのだな?」
「えぇ。なので二回目の閃光! は無視して下さいね」
マジックバッグからすぐ閃光瓶を取り出せるように調整しながら努はカミーユの問いに答える。
「ないとは思いますが万が一閃光瓶が失敗した場合はカミーユを主軸に翼を削る予定です。それと開幕ブレスをしてこなかった場合は次のブレスを待ちます」
「自信があるようだな」
「いや、ただ目の前に投げるだけですしね。結構怖いとは思いますが失敗することはあんまりないと思いますよ」
火竜に怯えて閃光瓶を取りこぼして火竜が来る前に爆発、なんて光景はモニターでも見ている。しかし当てたら敵を強化、回復させてしまう飛ぶスキルでそういったプレッシャーにもう努は慣れていた。
「ガルムはとにかく死なないことが大事です。大怪我を受けたら必ずポーション使って下さい。最悪レイズがありますが使ったら多分僕が死ぬので」
「うむ、わかった」
ガルムは腰にあるポーションの位置を再度確認しつつも頷く。
「カミーユは基本龍化で。自分が攻撃を止めて欲しい時はメディックかけるので、それまでは好き放題やっていいですよ。ただメディックかけたら絶対攻撃止めて下さいね」
「あぁ。任せてくれ」
もう待ちきれないのか背にある大剣を握っては離しているカミーユの受け答えに、努は一抹(いちまつ)の不安を覚えながらも念押しした。
「早く倒す必要はありません。じっくりと時間をかけて確実に倒します。早まって攻撃したら駄目ですよ」
「わかっているさ」
「……まぁ、カミーユなら大丈夫か。よし、それじゃあ僕の精神力が回復するまでは、長丁場になるので水分補給。それと消化の良いバナナでも食べてて下さい」
水筒とバナナを二人に投げた努はマジックバッグから赤糸の火装束を出し、それを着込んでから改めてマジックバッグを整理する。閃光瓶、金槌、緑ポーションに青ポーション。
努のマジックバッグは最高級品なので念じればすぐ手元に現れる。しかし緊急時にも慌てずに出せるように、努は繰り返し念じて場所を確認する。
そして精神力が完全回復したので努は赤糸の火装束を着込んだ二人に振り返る。ガルムは真顔。カミーユは爛々と目を輝かせている。
「それじゃ、行きますか」
努は六十階層への黒門を静かに開いた。
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