第29話 カミーユの自信
それからも五十九階層の探索は続いた。努は探索中や戦闘中に突然ブレス! と言って動作の確認をたまに行う。
「ブレス!」
フライで飛行しながらの探索中唐突にその単語を叫ぶ努。努とほぼ同じ速度で防御体勢を取る二人。努は乾いた笑みを浮かべながら空中で体勢を立て直す。
「もう大分慣れてきましたね。いい感じです」
「……戦闘中にまでやる必要はないと思うがな」
「ぶっちゃけると楽しいからやってるだけ、みたいなところはありますね」
「…………」
「いや、流石に冗談ですよ?」
真顔で努の顔を覗き込むように見てきたガルムに彼は慌ててそう返す。後ろのカミーユはその二人を後ろから見てニタニタとしている。
「あ、オークいますね。六体。……弓1棍3剣2かな」
遠目に見えるオークを双眼鏡で覗いて武器構成を確認する努。そして三人は空から六体のオークへと近づいた。三人に気づくとオークたちは豚鼻を震わせて野太い声をあげ、武器を掲げる。
「閃光行きます!」
その声と同時にガルムとカミーユは目を閉じる。そして努は片目を瞑りながら瓶を思いっきり振った後にオークの近くに投げつけた。
投げられた途中で瓶の中が淡く光り始めた途端、光がどんどん漏れ出して辺りは一瞬で白く染まった。努が目を瞑っていても眩しいと感じる光量。それを無防備で目に受けたオークは困惑するような声を上げながら顔を片手で押さえる。
その隙にガルムとカミーユが六体のオークに武器を振るう。視力を一時的に失っているオークたちが二人にかなうはずもなく、すぐに六匹のオークは魔石へと変わった。
努はその魔石を拾い集める。透明な小魔石二個に中魔石四個。品質もあまりよくないので合計で三万Gといったところか。閃光瓶は一本二十万Gするのでおよそ十七万Gの赤字である。しかし努は必要経費と割り切っているので平気な顔で割れている瓶を見下ろした。
(うん。結構爆発するまで時間はあるな。焦らなくてよさそうだ)
どの程度の刺激で閃光虫は爆発するのか。振ってからどの程度の時間経過で爆発するのかを六本程度閃光瓶を使用して確認した努は、魔石をマジックバッグにしまいながらその感覚を染み込ませた。
そして閃光瓶の光に釣られてモンスターが来る前に三人はその場から離脱した。しばらくフライで低空飛行しながらその場を離れた後に努は懐中時計を確認。そろそろ夕方になる頃だったので、三人は最初の黒門へ戻ってギルドへと帰還した。
ギルドの黒門前に出た三人はすぐ受付へ並んで唾液を提出し、ステータスの更新を行う。ガルムはレベル六十三に。カミーユは六十九。努は三十五まで上昇していた。ガルムの
そして努は新スキルのエアブレイズとバリアを習得した。攻撃スキルのエアブレイズはエアブレイドの上位互換だ。風の刃の威力、範囲の最大値がエアブレイドよりも上がったスキル。
そしてバリアはその名の通り目に見えないバリアを張ることが出来るスキルで、ゲームでは白魔道士でほぼ必須のスキルだ。込めた精神力分の数値の攻撃を耐えることの出来るバリアを味方に付与するスキルで、バリアをタンクにつけることが定石となっていた。
しかしこの世界でのバリアは人に付与するのではなく、壁のようにして使うことが多い。モニターで努がバリアを使われているところを見たところ、ドーム状にバリアを張って休息するために使われていることが多かった。
努としてはゲーム通りガルムの身体全体を覆うようにつけようと思っていたのだが、やっているものは誰一人としていなかった。明日の最終調整の際に少し試してみるかと努は意気込みつつ、今日は解散して帰ろうとした時。
「ツトムさん。少しお時間よろしいですか?」
目に隈を作った中年の男。副ギルド長が後ろから努に声をかけてきた。人の良さそうな顔には極度の疲れがありありと浮かんでいる。
「えぇ。丁度空きましたけど……大丈夫ですか?」
「あぁ、すみません。先ほど仮眠を取ったばかりでしたので、少し顔が変でしたかね。ではお話ししたいことがありますので、どうぞこちらへ」
「はい。あ、ガルムとカミーユも連れてきた方がいいですか?」
「……出来ればツトムさん一人でお願いしたいところですね」
ちらりとガルムへ視線を向けた後に困ったような顔をする副ギルド長。それではまた後でとガルムとカミーユに別れを告げた努は、副ギルド長と一緒に受付の奥へ向かった。
応接間に通された努は副ギルド長にソファーへ座るように促された。努は淡い光を放っている観葉植物を眺めた後にふかふかしたソファーに座る。
副ギルド長もソファーへ静かに座ると真剣な面持ちで努を見つめた。
「お話というのはエイミーについてのことです」
「エイミーさんのことですか、何か動きでも? あ、どうも」
美人の受付嬢がノックの後に応接室へ入ってきて、二人に冷たい茶碗を差し出す。努はそれにお辞儀を返しながら茶碗を机の右へ動かした。
「彼女は今日の昼に警備団から釈放されました」
「あ、そうなんですか。早かったですね」
心が晴れるような笑顔を残して退出した受付嬢を見送りながらも、努は副ギルド長へ言葉を返した。そして彼は心臓を鷲掴みにされているような顔持ちで頭を下げた。
「今回のソリット社襲撃の一件でまた貴方の名を汚す形になってしまいました。エイミーには迂闊な行動は控えるように言及しました。重ねてお詫び申し上げます」
「いやいや、もう何回も謝られてますし、謝罪はもういいですよ。それに朝刊が出た朝にエイミーさんは襲撃を仕掛けたのでしょう? そんなもの防ぎようがないじゃないですか」
「ギルド職員の不始末の責任は私にあります。彼女への指導が足りていませんでした」
再度頭を下げる副ギルド長を努は諌めた。
「まぁ、その件は今度エイミーさんと話した時にでも問いただしますよ。あぁ、それに迷惑って言っても大したことはないです。もう元から酷かったんですから、これ以上悪化しようがないですしね」
ソリット社はエイミーの襲撃事件以降は更に記事を重ねあることないことを吹聴している。しかし元々幸運者と言われエイミーのことでも捏造記事を書かれていた努は、その後の記事については正直どうでもよかった。
お茶を口にした努は沈痛な面持ちで頭を上げた副ギルド長へにこりと笑いかけた。
「貴方が身を粉にして様々な対応をしてくれていることは見ていてよくわかります。むしろこちらこそ申し訳ないです。そもそもエイミーさんをギルド内で謝らせたりしなければこのような事態にならなかったわけですしね」
「いえいえ! 今回の騒動は全てギルドの不始末です。エイミーは優秀なスキルを持っているからと優遇し、私があまり強く指導出来なかったことが元の原因です。それに幸運者の騒動についても黒杖の出処を喧伝してしまった非があります。ツトムさんには本当に多大な迷惑をかけてしまって申し訳ないです」
ぺこぺこと何回も頭を下げる副ギルド長。努は久しぶりに日本人とでも話している気分になって、少しだけ安心するような気分になっていた。ちなみに副ギルド長が自分と同じ境遇なのではないかと努は思い、日本特有の単語などを何回か言ってみたのだが彼がその単語に反応することはなかった。
確かに副ギルド長の言うように現状結果は芳(かんば)しくない。ソリット社に記事を修正させるどころか、更に悪化する形になってしまっている。しかし指導不足はまだしも記事の修正についてはエイミーの不可抗力のせいであって、副ギルド長にそこまで非はないように努は感じていた。
「大丈夫です。ソリット社に関しては自分にも考えがあります。あと二日、三日ほど耐えて頂ければ、交渉も少し楽になると思いますよ」
「……それは、ありがとうございます。いやしかし、エイミーの件が収まったならば必ず貴方の汚名は払拭してみせます。信じられないとは思いますが……」
「期待はしていますよ。カミーユから貴方の交渉は素晴らしいと聞いていますからね」
「……御気遣いありがとうございます」
最後の努の言葉は信じていないのか、副ギルド長は少しトーンの下げた声で礼を告げた。そして話が終わり努は応接室から退室した。
――▽▽――
副ギルド長との話が終わり、ガルムの部屋で反省会を少しした後の翌日。三人は五十九階層で火竜攻略への最終調整を午前中から行っていた。
そして努は新しく習得した支援スキル、バリアの扱いに四苦八苦していた。
ゲーム時代のようにバリアを運用するためには、ガルムの身体にぴったり沿うように意識してバリアを展開しなければいけない。一度つけてしまえば壊れるまではその形を維持できるのだが、そのバリアを飛ばしてガルムに付与することが努は出来ずにいた。
(これは、無理だな)
直接身体に触れて身体を沿うようにバリアを張ったとしても三分ほど時間がかかる。それを飛ばして付けることは、今の努には不可能に近かった。
身体に触れてじっとしてもらえれば三分でバリアはゲームのように付与出来る。しかし火竜攻略の際には使い物にならないと努は考えていた。黒門を潜る前に付けられたのなら別だが、黒門を潜ると全てのスキルは解除されてしまう。なので必ず黒門を潜った後につける必要がある。
火竜の出現まで一分ほど猶予はあるが時間が足りない。なので努はバリアを他の白魔道士と同じように休息を取る際に使用することに決めた。バリアも少し作戦に織り込んでいたため、努は大きくため息をついた。
「留まるというところを知らんな、ツトムは。大手クランにも見習って欲しいものだ」
「いや、まぁ大手クランだと滅多なことが出来ないっていうのもわかりますけどね。人数が多くなると面倒事も増えますし……」
ゲーム時代でクランリーダーをしていた努は遠い目をしてその頃を思い出す。人数が少ないうちは色々と管理できていたし、自分もクランの一員として楽しめていた。しかし人数が増えた途端に一人は問題児が入り込む。
野良PTで地雷行動やマナーのない行動を取る者を筆頭に、家事しなきゃ化粧品がと女アピールでクランチャットを埋める者。クラン内での上手い下手の派閥を生み出す者。そういった者たちをクランリーダーとして戒めてくれと頼まれる。
ゲームですら大変だった人数の多いクランの運営管理。現実になったらとんでもないのだろうなと、努は人数を多く抱えている大手クランには同情していた。
カミーユは目から生気を無くしていく努を察して話題を変えた。
「しかし、龍化中にヘイストまであるとなると凄まじいな。……今なら火竜も易々狩れる気分だ」
「あぁ、確かにとんでもない速さですもんね。実際これで火竜攻略はかなり楽になったと思いますよ」
龍化のステータス上昇に加え敏捷性(びんしょうせい)を一段階上げるヘイスト。その状態のカミーユは八十階層のボスとさえ戦えるステータスを誇っていた。
努の置くヘイストの失敗率もどんどん減っていき、今ではほとんどミスがない。多数のモンスターを相手取った場合にはミスすることもあるが、火竜相手ならまずミスはしないだろうと努は感じていた。
龍化状態での常時ヘイストの感覚に慣れてきたカミーユの火力は更に上昇。むしろ現状は火力がありすぎてもうあいつだけでいいんじゃないか、と努は独りごちていた。最近はメディックでカミーユの狂化状態を治癒して、無理やり龍化も解除させて火力を抑えている始末である。
「任せてくれ。火竜などこの大剣で地に沈めてくれるわ」
「頼もしいですね」
今まで戦いになっていたワイバーンを龍化ヘイストに慣れてからは、まるで羽虫のように叩き落としてきたカミーユ。それは彼女に相応の自信をつけさせ、そして少しの慢心すら生んでいた。
そんなカミーユから視線を外した努はガルムの背負っている大盾に視線を移す。
「ガルムも大盾は問題なさそうですね。もう大盾が本職みたいですね」
「うむ。かなり鈍ってはいたがな。多少は取り戻せたようだ」
ダンジョンへ潜った初期の頃は大盾をよく使っていたガルム。しかし火力至上主義のクランに入ってからは、彼は手盾とロングソードという装備に切り替えていた。モンスターの攻撃は基本避けてどうしようもない攻撃だけは手盾で受けるスタイル。
しかし彼はタンクという役割を知ってからは大盾を装備する方がその役割を果たせるのではないかと考え、五十階層からは大盾を装備して慣らしてきた。結果大盾に変えてから更にタンクとしての安定感は増していた。
手盾の時より機動力は落ちたがやはり大盾があるとA-を誇るVITも相まって、今まで避けるしかなかった強力な攻撃もある程度は受けられる。それに常時付与されるVITを一段階上げるプロテクに、怪我を負ってもすぐにヒールが飛んでくるので安心してモンスターの攻撃を受けられる。
ガルム自身もタンクという役割はどのようにしたらいいのか。こういう風にしたらもっと上手く敵の攻撃を引き付けられるのではないかと、様々な試行錯誤を訓練場やダンジョンでの実戦で試してきている。モンスターの敵対心を煽るコンバットクライの制御はどんどん上達し、スキルの運用も無駄が削られていった。
それにヒーラーを担う努への絶大な信頼も大きい。常人ならば怯んでしまうようなモンスターの群れ。以前のPTでは考えられないような量のモンスターに囲まれて攻撃されることは、他の者でも相当胆力のある者しか出来ない。しかしガルムは淡々とした感情でそれをこなし、全く怯まない。
今までほとんど切らしたことのないプロテクに援護するように飛ぶヒール。受けきれないモンスターに対しても努はエアブレイドで援護してくれたり、高額のポーションをなんの躊躇いもなく自分に預けて使用を許可してくれている。
ガルムはPTメンバーが受けるであろう攻撃を代わりに受け止めるタンクという役割に誇りを持ち始め、そして自分に支援や回復を絶やさない努に信頼を置いていた。彼にならば自身の背中を安心して任せられると、ガルムは感じていた。
そして努もフライで飛びながらの状況判断に飛ぶスキル、置くスキルに磨きがかかっていた。カミーユの龍化に対しての課題だったスキルを当てる方法も改善出来て、火竜への対策道具の練習も行ってきた。
龍化とヘイストで絶大な火力を持ったカミーユに、プロテク状態でVITがAとなり更に安定感の増したガルム。その二人がいれば火竜を安定して倒すことが出来ると努は確信していた。
「それじゃあ今日は早めに帰って作戦会議です。明日の朝、火竜に挑みます」
「あぁ」
わくわくした顔をしているカミーユに普段通りの表情で頷くガルム。努はその顔つきを見て安心した後、昼間の内に五十九階層から退散した。
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