第28話 置くスキル

 翌日。午前中はガルムの壊れた装備の代用品や火竜対策の道具などを買い漁り、反省を踏まえての五十七階層攻略が始まった。


 基本はモンスターに見つからずに黒門を見つけることが第一目標なので、カミーユの指示に従いながら谷を縫うよう進んでいく。


 時々オークに矢を射られたりしたがそれ以外は特に何事もなく黒門を発見。続く五十八階層もワイバーンとの一戦のみでなんなく進み五十九階層へ。



「……来たか」



 五十九階層についたカミーユは真剣な面持ちで呟く。火竜に挑んでしまってはギルド長を夫から受け継いだ時に悔いが残ってしまうとのことで、わざと止めていた五十九階層への黒門を開いてここへ来た。


 カミーユは病気で夫に先立たれてからもう三年ほど経っている。夫にギルド長の座を任されたはいいものの、カミーユは器用な女ではなかった。探索者としての実力と人の上に立つ人格はあるが、交渉事や複雑な事務仕事などは苦手で問題を起こしては副ギルド長が尻拭いする形となっていた。


 なので新聞社で最も強大な力を持つソリット社や、商業組合などからも何かと圧力をかけられることが多かった。彼女は本当にギルド長に相応しいのか、副ギルド長の方がギルド長に相応しいのではないかと。


 実際カミーユも副ギルド長の方がギルド長に相応しいのではないか、と思い始めていた。少しなよなよした部分はあるが仕事はキチンとこなすし人付き合いや交渉も上手い。なので今回をいい機会だと思い、カミーユは副ギルド長にギルド長の座を一時的に明け渡した。それで上手く回るならそれでよし、回らなければ戻るだけだ。


 カミーユは夫から託されたギルドを守れれば地位などはどうでもよかった。ギルドに殉ずることが出来るならば受付嬢でも彼女はこなすだろう。



「よし、取り敢えず目標達成ですね」



 夕方までかかると思っていたが時刻は十五時前後。努はカミーユのおかげで予定より早く五十九階層へたどり着けたことに喜びつつ、マジックバッグを下ろした。



「それではこの階層からは対火竜の道具の使い方を練習しましょうか。といってもあまりありませんけど」



 マジックバッグをごそごそとして努が取り出したのは透明な筒状の瓶。鉄の金槌。そして赤い布で作られた耐火装備だった。


 透明な筒状の瓶の中には灰色の丸い甲殻を持つ虫が数十匹入っている。外のダンジョンに生息する爆発虫という死の危険を感じると光を発しながら爆発するモンスター。瓶の中に入っているのはそれの幼体である。


 その閃光瓶は虫が潰れるほど思いっきり振ると強烈な光を発して爆発する。光で敵の視界を奪うフラッシュバンのような道具は、火竜討伐の際に使われるポピュラーな道具だ。火竜の目を一時的に潰すにはこの閃光瓶が一番使いやすい。


 そして火竜の目が潰れている間に、鉄の金槌で火竜の額にある拳一つ分ほどある緑の水晶を割る。そうすることで火竜は空を自由には飛べなくなる。


 人を踏みつぶせるほどの体長を誇る赤い火竜。その強大な体長で空を飛ぶことなど翼の揚力(ようりょく)だけでは不可能だ。必ず別の力が必要になる。その力の源が火竜の額の水晶だ。


 火竜はその水晶から努が使うフライのような風の力を引き出している。火竜の背にある強大な翼はその力を制御しているにすぎない。その動力を失えば飛行能力は消失する。出来てその翼で滑空することくらいだろう。



「はい、どうぞ。サイズは多分合ってると思います」



 努は赤い布で出来たフードのついたローブを二人に手渡した。表面がザラザラとしていて固めの装備を二人は受け取る。



「赤糸の火装束(かしょうぞく)か。いくらした?」

「大魔石五個くらいですね。需要が高いみたいで結構高かったです」

「……現状相場は三個と聞いているが」

「いいんですよ。余裕ありますし」



 火竜のブレス。広範囲を薙ぎ払う灼熱の吐息は予備動作も短く、その攻撃を行う回数も多い。予備動作を読んでいても場所次第で避けられないことも考えられる。なので努は金に糸目をつけず赤糸の火装束を買った。


 圧倒的熱量と範囲を持つ火竜のブレスはVITがB-以上ない場合、並の装備で直撃すれば即死する。しかし紅火犬の皮と、赤蜘蛛の糸を編み込んだ火装束であればVITがD+の努でも全快の状態ならブレスに耐えられる。


 買えないと思っていたのかぼったくってきた店の受付をしていた見習いの少年。ポンと最高品質の大魔石を十五個出してサイズ指定した際の驚いた顔を努は今でも覚えている。流石に代金相応の仕事はしていたのか、お古とはいえサイズはほぼほぼ合っていた。



「火竜のブレスが来て避けられない場合はフードを被って身体を丸め、背を向けるようにして下さい。そうすれば基本は耐えられるはずです。ただ爪などで引っ掻かれるとすぐ破れるので注意して下さい」



 努はその動作を実践しながら二人に言い聞かせつつ、動作の真似をさせる。単純な動作だが身体に染み込ませるため何度か三人でその動作を繰り返す。



「ブレスの予備動作は火竜の喉が薄く光った後に息を吸い込む動作。基本はこれです。その他にも注意すべき攻撃はありますが、それは帰った時に話します。取り敢えずブレスを一番警戒しなければいけないので、今後の戦闘中でも自分がブレスと叫んだらその動作を行ってください」

「わかった」

「ブレス!」



 三人はフードを被ってその場に蹲(うずくま)る。二人の反応速度に驚きながらも努は顔を上げる。



「あ、それじゃ破れちゃったら困るので装備は預かっときますね」



 赤糸の火装束は耐火性能はいいが斬撃には脆い。なので努は火竜へ挑むまでその装備をマジックバッグに入れる。そして次に閃光瓶を手にとった。



「閃光瓶については自分が閃光いきます! って叫ぶのでその声が聞こえたら目を瞑って下さい。その三秒後に閃光瓶を爆発させる予定です」



 ゲームでは火竜を閃光瓶で何回も怯ませてその間にアタッカーが削るという、閃光ハメなるものが存在していた。なので当然努もそれを実践しようとしていたのだが、この世界でそれは通用しないことを一番台で確認していた。


 火竜には多少の知性があり、閃光瓶を一度使うと二回目はほぼ引っかからない。そのためゲームでの閃光ハメは使えないようになっている。不意をつければ使いどころもあるかもしれないので努は一応十数個買っているが、いくつかは練習用である。



「閃光瓶についても通常の戦闘開始時に使っていく予定です。閃光いきます! って声を聞いたら目を閉じて下さいね」

「……勿体無くないか?」

「一発で二十万Gですしね。まぁ、僕にはこれがあるので」

「成金のような顔をするな」



 親指と人差し指で銭のポーズを取る努にガルムは毒気が抜かれたような顔で突っ込む。カミーユも呆れたような目をしている。



「それじゃ昨日の反省も活かして、火竜対策を兼ねたレベル上げといきましょうか。あ、カミーユ。龍化状態の時に少し試したいことがあるので、ヘイストをかけられる心の準備だけはしておいて下さいね」

「おいおい、まだ諦めてなかったのか?」

「これで出来なかったら諦めるんで! お願いします!」

「まぁいいさ。好きにしてくれ」



 両手を合わせた努にカミーユは苦笑いを零しながらも地に刺していた大剣を引き抜き、努にフライをかけてもらった後に索敵へ向かった。



 ――▽▽――



 現在空にはワイバーンが陣取っているので努は地に足をつけて戦況を見守っていた。オーク五匹にワイバーン二匹を引きつけているガルム。その立ち位置は努とカミーユに刺が飛ばないように配慮された位置だった。


 カミーユは龍化状態で上空に滞空しながらもワイバーンの翼を大剣で叩き切ろうと奮起している。しかしワイバーンもただで斬られるわけもなく、カミーユを威嚇するような声を上げながら縦横無尽に空を駆け巡って大剣を避けている。


 ワイバーンは火竜のようにブレスなどは吐けないもののコウモリのような柔軟な翼で空を自由に舞い、隙あらば麻痺毒の滴る尻尾棘を突き刺そうとしてくる。空中戦に慣れていない者ならばその刺に当たり、動けなくなったところを丸かじりにされるだろう。


 ワイバーンは蛇のような尻尾を振るって刺を射出。事前にカミーユの左右に放ち逃げ場所を塞ぐ。そして正面から鳥のような鍵爪で彼女の顔を切り裂こうとするワイバーン。カミーユはその足を大剣で正面から受け止め、横へ弾く。


 体勢を崩したワイバーンの脇腹に追撃の大剣が突き刺さる。赤い血が噴き出しカミーユの右腕に降りかかる。



「エンチャント・フレイム」



 体内へ大剣を突き刺して中身を焼き焦がすカミーユの得意攻撃。もがき苦しむワイバーンに突き刺さっている大剣から手を離し、カミーユは背の翼をはためかせてその場から離する。尾刺が大剣の刺さっているワイバーンの翼へ突き刺さる。


 刺を飛ばしたワイバーンは空を滑空してカミーユに迫る。それを確認した彼女が大きく息を吸い込むと喉へ薄く張り付いている赤鱗が光り、それから息を吹きかけるようにすると強大な炎が刺を飛ばしたワイバーンを覆う。全身を炎で包まれたワイバーンはか弱い鳴き声を上げながら地へ落ちる。


 カミーユは腹に燃える大剣を突き刺されて地に落ち、粒子化し始めたワイバーンからひったくるように大剣を回収。そのまま低空飛行を維持してカミーユはガルムを狙っているオークを背から斜めに切り裂いた。その勢いのまま回転し三体ほどのオークを大剣の腹で吹き飛ばす。粒子化した一体と地を転がったオークに、大剣の動きを一瞬止めたカミーユ。



「お、自分で気づけたかな? いい傾向ですね。ヒール」



 ガルムの左腕へピンポイントにヒールを飛ばした努は、オークへ追撃しにいったカミーユを一瞥。するするとフライで宙へ上がっていって上空からの支援を開始した。


 相変わらずカミーユの動きは人外じみている。ガルムの体力管理。モンスターのヘイト管理。スキルに一定の精神力を込めて制御。支援スキルの効果時間確認。それに加えてあの動きのカミーユに撃つ支援スキルを数秒ごとに当てることは、今の彼には不可能だった。



(撃つのが駄目なら……)



 努が杖を振るうとカミーユが進む進行方向の足元に、青い気が浮かび上がるように湧き上がった。



(設置だ)



 昨日の夜中に考えついた置く支援スキルを努は実行する。これならば撃つスキルと違い飛ぶスキルと気の大きさは変わらないので、効果時間は短くならないのではないかと努は推測している。


 青い気を踏んだカミーユの速度が更に上昇。もはや目で追うのがやっとなほどの速度になる。そしてその速度のカミーユにオークが太刀打ちできるはずもなく、一撃で腕。もう一撃は足。身体を削り取られるようにされたオークは絶命し、魔石へと姿を変える。


 その後オークが殲滅されるまでヘイストは途切れることがなかった。飛ばすスキルより少し短い程度。四十秒前後かと努は置くヘイストの効果時間を計測した。


 置くスキル。これならばかなり使い物になるのではないかと努は頬を綻(ほころ)ばせた。効果時間も悪くない。これを継続して当てられればカミーユの火力が更に上がるし、被弾も減ることだろう。


 努がニヤニヤしているとカンフガルーが続いてぴょんぴょんと跳ねながら近づいてきた。カンガルーのような見かけのモンスターは愛らしい顔とは裏腹に、人の首を平気でへし折れるほどの格闘術で探索者へ襲いかかる。


 お腹にある袋の中に子供がいることは確認されていないが、稀に魔石が袋の中へ収まっていてその魔石は純度が良く高く売れる。しかし外のダンジョンと違い戦闘中に袋の中へ手を突っ込んで確認しなければならないため、魔石があったとしても近接戦闘の得意なカンフガルーのお腹袋を探るのは至難の業である。


 九匹のうちガルムが七匹のヘイトを稼ぎカミーユは二匹を相手取る。カミーユが動き始めたので努は先ほどと同じようにヘイストをカミーユの進行方向に置いた。



「あっ」



 しかしカミーユはカンフガルーの突進を避けて進行方向を変える。そしてカンフガルーが置かれたヘイストを踏んだ。途端に動きが機敏になるカンフガルー。


 元から鋭い格闘技を放つカンフガルーの動きが更に速くなり、鋭いストレートを胸に受けてカミーユは咳き込みつつ引く。その顔へもう一匹のカンフガルーがハイキック。弾かれるように顔を引くカミーユ。突き刺さるようなカンフガルーの足が彼女の顔を掠った。



「プロテク。ヒール。カミーユごめんなさーい!」



 ガルムにプロテクを継続させつつヒールで彼の左手を重点的に治した後、努は全力でカミーユに謝った。


 その後ヘイストの切れたカンフガルーを叩き伏せたカミーユ。意識はあるものの龍化によって闘争本能を刺激されているカミーユは、ヘイストをカンフガルーに当てた努をジロリと睨む。爬虫類のように少し細長い瞳孔をしている目で睨まれ、努は蛇に睨まれた蛙(かえる)のように竦み上がった。


 竦み上がりながらも、しかし努はその後も失敗を恐れず果敢(かかん)に置くヘイストを試す。今度は失敗もなく置かれたヘイストはしっかりとカミーユに接触する。ヘイストを受けたカミーユは瞬く間に残った一匹のカンフガルーを倒し終わった。


 そしてガルムに集っているカンフガルーを一匹ずつ、確実にカミーユは仕留めていく。カンフガルーを全て仕留め終わると連戦は終了した。今度は失敗せずによかったと努は一息つきながらも、傷ついたガルムをハイヒールで完全治癒させる。


 そして龍化を解除したカミーユは大剣を地面に突き刺し、いの一番に努へ近づいていった。ずんずんと早歩きで迫ってきた彼女に努は後退り、遂には背中を向けて全力で逃げ出した。



「はぁ!? ツトム! 何故逃げる!」

「いや! なんか怖いんですもん! ミスしてほんとすみませんでしたぁぁ!」

「さ、先ほど睨んだのは事故だ! 龍化している時は闘争本能が刺激されると説明しただろう!? あれは無意識にやってしまったんだ!」

「いやいや! ちょっ、マジで怖いんで! 無理無理無理! 来ないでー!」



 ステータスで負けているので努が全力で逃げてもカミーユはぐんぐんと走って迫ってくる。そして努の背中の服をむんずと掴んだカミーユはそのまま努を地面に引き倒した。


 置くスキルを見ていなかったガルムは仲がいいなと落ちている魔石を回収しながらも、背中に馬乗りにされてカミーユに捕まった努を眺めていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る