第27話 仲良く反省会
五十七階層で探索を止めて帰還した三人はギルドに到着した頃には、辺りは真っ暗であった。その後反省会をするために一旦宿舎へ帰って普段着に着替えてからガルムの部屋へ集まった。
「腹が減ったぞ。ツトム」
「……屋台で適当に買ってきますか」
部屋に入ってそうそう告げたカミーユに努は腰を上げる。三人で共通して食べられそうな串焼きや煮物などを買い、後は個人の好きなものを買った。努はタレ付きの少し高い串焼き。ガルムはクルミを練りこんだ菓子パン。カミーユはよくわからない何かをごちゃまぜにした生モノを買っていた。
ガルムの部屋に戻ってそれらを床に置いて摘みつつも、努は大きい紙をテーブルに広げた。
「さて、では今回の反省会ですが、まずは問題のカミーユからです。龍化状態の時間は打ち合わせで一時間は問題ないと聞いていましたが、今日のあれどういうことですかね?」
「一時間は問題なかっただろう?」
「その後が大問題ですよ……。あれは副作用かなにかですか?」
努は紙にカミーユの問題点と改善点を書き始め、カミーユの言葉を聞いて頭を押さえた。
「そうだな。龍化状態を維持しているといずれ身体が耐え切れなくなるのか、限界までいくとあぁなる」
「おい、滅茶苦茶重要なことだよねそれ」
「待て、言い訳をさせてくれ。あの時はもう死ぬのが確定していると思って全部を出し切っていたんだ。それをしなければ本当に一時間は副作用無しに持つんだ」
「……なるほど。つまりあの時にガルムか僕が崩れると思ってたんですね。へぇー」
努がカミーユに冷めたような視線を向けると彼女は勘弁してくれと両手を上げた。
「峡谷でモンスターに見つかったら大抵連戦になる。しかもあの時はカンフガルーの群れにオーク。ワイバーンまで来ていたんだ。むしろ諦めなかった私を褒めてほしいくらいだ」
峡谷は渓谷よりも見晴らしが断然いいのでモンスターとの遭遇率が高い。そのため連戦が多く起きるのでその連戦に耐えられるか。それが中堅と大手を分ける現状の壁になっている。
「まぁ確かにカミーユはこの戦法を知って三日ですしね。その割にはかなり対応できてきていると思います。それに龍化が凄かったですもんね。ワイバーンを一刀両断してましたし」
「そうだ。私は頑張った」
「ただやはりタゲ取り……無闇にモンスターを攻撃しすぎです。龍化状態の時はしょうがない時もありますが、意識がないわけでないんでしょう? なら攻撃対象は必ず一体に絞る。出来る限り被弾を避ける。この二つは頭に叩き込んで下さい。それとエイミーさんもそうでしたけど、自分の攻撃を止める指示には必ず従うように。攻撃せずに待機することは悪いこと、という認識は捨てて下さい。カミーユが攻撃しない間にガルムがモンスターを引き付けますので、少し防戦してくれればいくらかモンスターは引いていきます」
「そうか。わかった」
どんどんと書き足されていく字を見てカミーユは粛々と罪を受け入れるように答える。しかしそんな彼女に努は口角を上げた。
「でも、これで多少自信はついたんじゃないですか? この戦法に」
「……そうだな。普通四連戦。それにワイバーンの群れまで来たら五人PTでも全滅の可能性が高い。それを三人で突破できたからな」
「この戦法は戦闘の安定した継続性が利点ですからね」
努の言葉を聞いた後に串焼きを食いしばったカミーユから視線を外し、問題点と改善点を努は羅列していく。そして長い文面を書き終わると彼はガルムの方を向いた。
今ガルムの中でブームらしいクルミの菓子パンをかじっている彼は、口の中のパンを飲み込んで努の言葉を待った。
「ガルムはそこまで目立った失敗はないですね。あの数を相手にしてよく一人で耐えてくれていましたし、ヘイト稼ぎも問題ありません。最近はコンクラの制御も上がってきているので、複数のモンスターを全部引き寄せてしまうこともなくなりましたしね」
努はガルムと書かれた紙の上で手持ち無沙汰にペンをトントンと動かす。
「被弾は結構ありましたがあれくらいならば余裕を持って立て直せますし、ワイバーンの毒を一度も喰らわなかったことは素晴らしいです。安定感がありましたね」
「ガルムには優しいんだな」
「拗ねるな」
紙の器に入った謎の生モノを一気に飲み下したカミーユはそっぽを向く。努はよくあんなものを食べて腹を下さないなと思いつつも、ペンを動かし始めた。
「少し細かいことですが、問題点は二つほどあります。一つは道具の使い方です。ガルム、一度ポーションを飲むのを躊躇(ためら)って被弾しましたよね?」
「……あぁ」
空から戦況を見ていた努はガルムがシールドバッシュで敵を吹き飛ばした後にポーションへ手を伸ばしかけ、躊躇(ためら)って手を引っ込めている間にカンフガルーのハイキックを受けている場面を見ていた。
「あまりポンポン飲まれると僕のヘイト管理が狂うのでよくないですが、取り敢えず三本までは自己判断で使って貰って結構です。というかお金は相当余裕あるから使ってくれ」
「あぁ。了解した」
今までのダンジョンでの稼ぎとソリット社がギルドに送った賄賂金が努に全額譲渡されたので、彼の懐は大分余裕がある。なのでガルムが道具を惜しんで倒れてしまうことは避けたかった。
「あとこれはガルムも多分無意識に行っていると思いますが、タンクの立ち位置を自分で考えてみるといいかもしれませんね」
「……立ち位置?」
「あー、そうですね。絵で説明した方がいいかな」
努はさらさらと頭にガとカと書かれた棒人間二人と、簡略化したワイバーンの絵を描く。そしてワイバーンの尾刺を棒人間の方へ飛ばすように掻いた。
「これガルム。これカミーユね。で、ワイバーンの尻尾刺がガルムに向かって飛んできている状況です。ガルムは当然この刺を避けたり、盾で受けますよね?」
「あぁ」
「ですけどガルムの後ろにカミーユがいる場合、避けの選択肢が取れなくなりますよね?」
「……ふむ、そうだな」
「つまりカミーユの位置と被らないように位置取りができたら、ガルムに刺を避けるという選択肢が増えるということです。まぁでもこれに関しては一度しかその状況を見ませんでしたし、多分このPT以前から多少意識してると思いますけど」
ガルムやエイミーはシェルクラブの水弾を避ける際に味方と被らないように配慮していた。なのでタンクを狙った範囲攻撃にアタッカーやヒーラーを巻き込んでしまう、ということも恐らく感覚的に避けていると努は考えている。
「まぁでも、次回からは少し位置取りに気を配ってみてください。多分当たり前のようにやってきたことだとは思いますが、自分で理解して実行すると違ってくると思いますから」
「わかった」
紙に文字を書きながら話す努にガルムは頷いた。書き終わると紙の真ん中に残った努の欄にペンを動かす。
「僕は取り敢えずフライで飛びながらの支援や回復の練度を上げることですね。あとはカミーユの龍化状態での支援スキルが中途半端なのもいけません。あの方法では駄目そうですね」
かりかりとペンを動かしながら努は問題点を羅列する。フライで上から戦況を観察しながら支援、回復を行うスタイルは以前とは明らかにやりやすい上に効率的であった。上から降らせるようにスキルを放てるのでモンスターを避けてヒールやプロテクを当てる手間が減るし、戦況把握もゲームと同じように出来て努はやりやすかった。
ただフライをしながらのスキル使用はまだ努が慣れていないせいか、少し移動が覚束無いところがあった。それにプロテク、ヘイストに込める精神力が安定せず、効果時間が曖昧になったりして混乱していた場面もあった。
それとカミーユの龍化状態での支援、回復スキルについてだ。今努が回復、支援スキルを放つ際に行っている気弾を飛ばし操作するような従来の方法では、カミーユの速度に追いつけなかった。
そこで努は今までの気弾操作のイメージではなく、銃から弾丸を撃つ。そのイメージでスキルを使用することを練習して実現させていた。これならばカミーユの目で追うのがやっとな速度にも対応出来る。
しかしその弾丸を撃つスキルでの回復、支援スキルの問題は多い。まずモンスターへの誤射の可能性があること。飛ばすスキルと違い撃つスキルは瞬時に霧散させることが出来ないため、少しでも狙いがズレればモンスターを回復してしまう恐れがある。
それに弾丸が小さいせいか、銃という武器のイメージのせいかは不明だが、ヒールなどの回復効果が従来の二~三割ほどしかないこと。それにプロテク、ヘイストなどの効果時間も数秒しか持たない。回復スキルについてはあまり被弾しないアタッカーだからまだしも、支援スキルが途切れてしまうことは致命的だった。
プロテクは皮膚を硬化、痛みなども軽減させるスキルなのでまだ問題はないが、ヘイストは付与された者の運動感覚が変わるスキルだ。なので頻繁に途切れたり付けたりしていては逆にアタッカーの足を引っ張ることになる。
更に龍化状態のカミーユにヘイストを当てた際、カミーユの速さが更に上がるため撃つスキルでも継続して当てることが困難。恐らく今の自分の技量では確実に外してしまうと努は直感していた。
「取り敢えず自分からはそれくらいですかね。ガルムとカミーユは何か僕に要望はありますか?」
「ふむ……」
菓子パンを食べ終わったガルムは汁物を啜りながらも考え込んでいる。すると串物を両手に持っているカミーユが口を開いた。
「努自身が言っていたことだが、龍化状態での支援スキル。特にヘイストは身体を動かす感覚が変わるから止めてほしいかな。そもそも龍化するだけでも充分強化されるんだ。別に私への支援スキルはなくてもいいんだぞ?」
「そうですか。うーん、でも出来ればヘイスト付けてあげたいんですよねぇ。あ、ちなみにヘイストがもし途中で途切れたりしなかったら、身体の感覚とかは大丈夫そうですかね?」
「それは、あったら助かりはするがな。しかし出来ないことは仕方ないだろう。それに龍化以外でなら現状でもかなり安定しているではないか。それだけで充分な働きをツトムはしていると思うがね」
そう努を称賛した後に豪快に硬い筋の入った串肉を食いちぎるカミーユ。ガルムもうんうんと肯定(こうてい)している。しかし努の顔色は晴れなかった。
「そうだ。龍化する前に思いっきりヘイストをかけたらどうだ?」
「ヘイストに込められる最大精神力を使っても効果時間は五分前後。それにモンスターのヘイトが結構一気に溜まりますからねー。あまりやりたくはないです」
「うぐぅ。そうか。すまんな。こんな単純なことツトムが考えないはずはないか」
「いやいや、他人からの意見っていうのは色々参考になるのでどんどん言ってきて下さい。僕からでは見えないことや考えられないこともありますからね」
カミーユは努の言葉で下げていた眉を上げた。そして考え込んでいたガルムも意見を言い始める。
「飛ぶヒールについてだが、出来れば大盾を持っている左手を中心に回復してほしい……かもしれない」
「ほうほう。ちなみに理由は?」
「……以前の手盾なら攻撃を受け流すことが多かったが、大盾では受け止めることが多い。なので特に左腕が痺れたり腱が切れることがある」
「あー、なるほど。わかりました。そこは改善します」
ゲームでは部位の回復という概念などなかったので、努はその理由に納得しつつもメモを取っていく。
「あ、それじゃあガルム。もし回復欲しい時はヒールって叫んでくれれば飛ばします。多分目に見えない怪我だと自分は大丈夫だと判断してしまうことがあるかもしれないので」
「あぁ。了解した」
「他になにかありますか?」
するとカミーユがびしっと手を上げた。
「またポトフとやらが食べたい。今日の汁物も中々美味かったが、味が濃すぎるのだ。あのポトフのように味の薄い方が私は好みだ」
「…………」
「わかりました。検討します」
身を乗り出して提案してきたカミーユに無言で見つめてくるガルム。努は屋台の汁物では駄目かとため息をつきながらも、朝一番で食材を買ってくるかとメモした。
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