第22話 救援要請
それから細い山道を登り終わって五十四階層への黒門を見つけた三人はそこに入った後、転移した山の中で一旦休憩を取ることにした。努がマジックバッグから手際よく道具を出して準備し始める。
まずは畳まれたマットを広げて地面に敷く。スライムが素材となっているマットは触り心地がよく、硬い地面に座るよりかは疲れが取れるので努は重宝している。カミーユとガルムに休んでていいと努が伝えると二人は靴を脱いでマットに腰を下ろした。
ガルムは銀鎧を上だけ脱いで汗に濡れた黒いインナーをパタパタとさせた。カミーユはマットの感触を楽しむように体育座りしながら身体を揺り動かしている。
努はコンロのような火を起こせる魔道具を地面に刺して固定。網を上に置いて下から魔石を投入してから摘みを捻ると、揺らめく小さな赤い火が出現する。
手持ち鍋を網の上に置いて中のポトフを温めながら深皿と平皿をマジックバッグから出し、平皿にサイコロのように刻まれたドライフルーツが埋め込まれた丸パンを置く。
具材の入った白く濁っているポトフが温まっていく様を見つめながらも。努は無色の屑魔石をコンロに継ぎ足して火力を調整する。以前は宿屋で代金を支払って様々な汁物を作って貰っていたのだが、今はガルムの宿舎で寝泊りしているのでこのポトフは努の手作りだ。
「……む、足音がするな。二人、いや三人か」
「げ、オークですか? 運が悪いですね」
黒門などから転移した先は基本的にモンスターが近くに存在せず安全だ。しかし極々稀にすぐモンスターと接敵することがある。努は急いで一番価値の高い魔道コンロの火を消して収納しようとし始めた。
「いや、恐らく探索者だろう。話し声も聞こえる」
頭の上の犬耳を前方に傾けてぴくぴくさせているガルムは鎧を着込んで装備を整えて立ち上がる。努はガルムの言葉に目を丸くした。
「同業者ですか。近づいてきているんですか?」
「あぁ」
「くくくっ。もしかしたら戦闘になるかもしれんぞ。モンスターと勘違いされていたりしてな」
努はダンジョン内で何度か他のPTを見かけることはあったが、特にお互い干渉することはなかった。関わりがあるとしても目礼くらいで深くは干渉されたことはない。
基本探索者たちはダンジョン内で同業者を見かけても無干渉を貫く。階層を更新するための黒門は一番最初に触れた一つのPTしか入ることが出来ないし、一度開いた黒門は消えて違う場所へ再配置される。
なのでダンジョン内で他の探索者と関わっても良いことはお互いにないので不干渉が推奨されている。ただお互いに黒門の出現場所の特徴を把握していて尚且進行方向が被ってしまった場合、黒門は早い者勝ちなので競争が起きることはある。
低階層では人数の減ったPTを囲んでの恐喝。魔石の盗難。PTを追跡し黒門を見つけたら競争に持ち込むことなどがあるが、三十階層を越えると神の眼に映る確率が上がるのでそういった行為は見ない。
ならどういった目的で近づいてきたのか。想定する中でも一番嫌なモンスターの擦り付けが第一に浮かんだ努は、白杖を構えて警戒しながらも茂みを掻き分ける音の聞こえる方へ視線を向ける。
「おーい。あんたガルムさんだろ?」
素っ頓狂な声と共に出てきたのは人間の男だった。無精髭を生やしてガルムと同じような鎧を着込んだ男は、鳥人(ちょうじん)の女性を背負っている。その銀鎧からは赤い血が伝うようにポタポタと垂れていた。
その後ろにも鳥人(ちょうじん)の女性が付いてきていて、その腕には鮮やかな青い羽が広がっている。膝から下は角張った鳥の足となっている彼女は、草が引っかかっている短めの青髪を払いながらガルムを見て表情を緩めている。だが努を視界に入れると露骨に驚いていた。
ガルムはその男の知り合いというわけではないのか、顰(しか)めっ面のまま腕を組んで応対した。
「誰だ貴様は」
「俺はシルバービーストのクランリーダーをやってるミシルだ」
努はそのクラン名を聞いたことがあり、中型モニターで渓谷を攻略している様子を何度か見ていた。クランメンバーのほとんどが亜人で構成されている中堅クラン。五十階層を鳥人中心のPTで攻略している印象が努の中では強く残っている。
そのクランの名前をガルムも知っていたのか警戒心を解きながらも組んだ腕を下げた。
「……何の用だ。その様子を見れば大抵は察せるが」
「ヒーラーと荷物持ちがやられちまってこいつも重傷だ。退却したいんだがこれじゃあ初めの門に戻れる気がしねぇ。稼いできた魔石は全て譲渡するからどうか助けてくれないか」
「そうか。少し待て。PTリーダーに許可を取る。……ツトム。出来れば手を貸してやりたいのだが、どうだろうか?」
茶色い頭を下げたミシルという男の救援要請を受け取ったガルムが後ろの努に振り返る。カミーユも努に任せたように頷くとマットに座り込んだ。
しかしミシルは頭を下げながら苦い顔をしていた。エイミーを足蹴にして無理やり命令を聞かせている幸運者(ラッキーボーイ)。鳥人の仲間のガルムを見つけたという言葉に喜んですぐに出てきてしまったが、ガルムのPTリーダーが幸運者ということが彼の頭からはすっぽり抜け落ちてしまっていた。
あの情に深いガルムが、足蹴にされている相手が仲の悪いエイミーとはいえそんな横暴を許すはずがない。恐らくガルムも弱みを握られているとミシルは推測していた。それならばガルムが幸運者に肩入れしていることも説明がつく。
ならば彼を止められるのはギルド長しかいないが、彼女も素知らぬ顔をしてマットに座っている。幸運者はギルド長すら従わせる情報を持っているのかと、ミシルの頭の中では陰謀論に近い推測が飛び交っていた。
幸運者は何を要求するだろうか。エイミーの事件を見るに恐らく女好き。もし隣の女を寄越せとでも言われたら死に戻りしてそんな要求をしたことを後悔させてやると、ミシルは顔を下げたまま決心していた。
努はそんなミシルの考えも露知らず、少しだけ考える素振りを見せた後に救援要請を承諾した。
「取り敢えずその背にいる人の治療をしましょうか。死なれたら精神力キツくなっちゃうので」
「……恩に着る」
死んでから三分以内の者を復活させることの出来るレイズは精神力消費が格段に高い。背から下ろされた赤い羽を持つ鳥人の女性は、横腹を獣系のモンスターに食い荒らされたのか革鎧は真っ赤に染まって内臓が見え隠れしていた。
努はモニターでそういった光景は見慣れたつもりでいたが、やはり生で見ると違ってくる。努は酸っぱいものが込み上げそうになるのを抑えつつもミシルに声をかける。
「怪我はここだけですか?」
「あと足も折れてる。それ以外はない」
真横に折れてしまっている黄色い鳥足を見た努は、鳥足を治すイメージが浮かばないなと思いつつも白杖を構える。
「了解です。それでは……そこの鳥人の方。革鎧の腹部分を捲くってもらっていいですか? それと折れた足を正常の状態に戻して下さい」
努の提案に上から覗き込んでいた青の鳥人はあわあわしながらも革鎧を捲り、折れた鳥足を正常な方向へ戻した。身体を震わせている彼女から小さく
「メディック。ハイヒール」
状態異常を回復するメディックを先にかけた後に傷口をハイヒールで塞ぐ。折れた鳥足もハイヒールで治ったようで努は安心した。それで一先ず一命は取り留めたがまだ顔色が悪かったので、努は追加で身体全体に振り掛けるようにヒールをかける。それで完全に回復したのか赤い鳥人はミシルに肩を叩かれると、意識を取り戻して身を起こした。
「あれ? ギルドじゃないんだ」
「この人が助けてくれたんだ」
「あ、そうなんだ。それはありがと……うございます」
努の顔を見て表情を固まらせた赤の鳥人に彼は苦笑いを返す。他の二人も怪我人を見せる時は努を挟むように位置取って警戒しているように彼は感じていた。
「これから休憩を兼ねて昼食にするんですが、もう済ませてます? もし済んでいなければご一緒にどうぞ。食料には余裕があるので」
魔導コンロに魔石を継ぎ足してポトフを温めているカミーユは彼らに向かって手を振った。三人は顔を見合わせた後に頭を下げて昼食の同席をお願いした。
少し肌寒い風が通る森の中で食べるポトフは、素朴な味わいながら身を芯から温めてくれる。普段のダンジョンでの食事は乾パンや干し肉で済ましているミシルは、すぐにポトフを完食してしまった。
「こりゃ美味い。温かい食べ物はいいな」
「ありがとうございます。おかわりいります?」
「……すまん。頼めるか?」
「いえいえ、そこまで美味しそうに食べて頂けるとこちらも嬉しいです。うちのPTメンバーは黙って食べますからね」
ポトフをよそった深皿をミシルに渡しながら努がそう言うと、ピクリと肩を揺らしたガルムはポトフの入った深皿をマットへそっと置いた。
「……ツトム、美味いぞ」
「亭主関白か」
「ツトム。私もおかわりを貰えるか」
ポツリと呟いたガルムに努は突っ込みながらもカミーユの深皿を受け取る。続いて鳥人の二人も遠慮がちにおかわりしつつ、ドライフルーツの埋め込まれた丸パンを二口でペロリとたいらげた。
ミシルは和気あいあいと喋っている三人を見て、この二人は本当に幸運者に秘密を握られているのかと疑問に思った。しかし立ち入ったことをこの状況で聞くのは良くないと思いその疑問は一先ず飲み込んだ。
食器を軽く水で流した努はそれらを専用の袋へ丁寧に入れてからマジックバッグに収納し、ガルムに畳まれて渡されたマットもしまった。
「それじゃあミシルさんの黒門場所へ向かいますか。場所は何処ですか?」
「この山を下った先だ。そこまで遠くはない。戦闘は基本俺たちに任せてくれて構わない。ただ数が多い時はすまんが援護してくれ」
連携など初見で取れるはずもなし。別々に戦った方がいいと考えていた努は笑顔で了承した。
「了解です。余裕ある時は自分も支援します。基本はプロテクだけかけるので意識はしなくて大丈夫だと思います」
「あぁ、頼む」
そうして中堅クラン、シルバービーストの三人と努率いる三人PTは下山を開始した。そして血の臭いを辿っていたのかすぐにモンスターが姿を現す。各々武器を持ったオークが五体。ミシルが腰にぶら下げていたククリ刀を手に取り、二人の鳥人は周りに立ち並んでいる木に飛び移った。
そして努は背後から三人へプロテクを飛ばす。黄土色の気を背に当てられてミシルは一瞬振り向きそうになりながらも目の前のオークに集中した。
二メートルを越える背丈があり力も強い。一般人がそのパンチを顔に受ければ頭蓋が陥没するほどの力を持つオークだが、
「ブレイズオスレイ」
スキル名と共にククリ刀がブレる。その瞬間にククリ刀は木の棍棒を易々と切り裂いていて、ミシルはがら空きのオークの心臓を一突き。ククリ刀を捻り傷口を広げて空気が入り込むようにした後に離脱。
「フェザーダンス」
木の枝木を鉤爪で掴んで待機していた鳥人が上から羽のついた両腕を振るうと、ダーツのような羽根が大量にオークへ降りかかった。それに目を潰されないように腕で顔を覆っているオークに、ミシルはククリ刀をぶら下げながら走り寄る。
すれ違いざまに両足の腱(けん)を切り裂く。膝をついたオークの首をククリ刀が通り過ぎると、後には青い血が地面の草を染める。流れるような動きに努は目を見張った。
淡々とククリ刀が足を切り裂き、下がってきた首を刈る。まるで魚でも捌くようにミシルはオークを処理していき、オーク五匹は魔石へと変わった。
「東に赤熊(レッドグリズリー)2。北から土猪(ウリボア)1。この調子だと草狼(バーダントウルフ)も来るかもしれません」
雑食系のモンスターが血に釣られてきたか多く近寄ってきている。努は草狼の擬態に気をつけながらもモンスターの位置情報を伝える。頷いたミシルは息を深く吐いた後に土猪の方へ向かう。赤熊は鳥人二人が飛び回って鍵爪で牽制して抑えている。
土猪は鼻の横にある土色の二本牙をミサイルのようにミシルへ発射した。左の牙を避けてもう一つの牙は地面に叩き落としたミシルは牙の生え始めた土猪に近づく。
土猪の牙は遠距離だけではなく近距離でも警戒が必要であるため、生え揃う前に仕留めたいところだ。ミシルはククリ刀を斜めに構える。
「ダブルアタック」
軽戦士系のジョブでも初期に覚える二撃の攻撃を瞬時に行うダブルアタック。ミシルが最も使い慣れているそのスキルを彼が放つと、一振りで土猪の両頬が削り取られた。ほぼ同時に繰り出された二つの斬撃を受けて土猪は怯む。
止めにミシルが頭蓋を叩き割ろうとした刹那、彼の横から緑の影が飛びつく。草狼(バーダントウルフ)だ。
仰向けに転がされたミシル。硬い革手袋で守られていた手の甲を草狼の牙は容易く貫通し、その手にあったククリ刀は地面に落ちる。獲物を仕留めたことを喜ぶように草狼は噛み付いたまま左右へ首を振るう。
ミシルは悲鳴も上げずにその手を草狼の口の奥へ無理やり押し込む。そのまま喉仏(のどぼとけ)までズタズタになった手を入れる。そして草狼がえづいたところで左の拳で草狼のこめかみを殴りつける。
キャンと鳴きながら倒れる草狼。そして牙の生え終わった土猪の飛ばしてきた牙をミシルは転がって避けた。草を切り裂きながら地面に牙が刺さる。
利き手は潰された。潰された右手をチラリと見るミシル。そして地面にあるククリ刀を足で器用に跳ね上げて左手に持つ。脳を揺らされてまだ立ち上がっていない草狼に近づいたその時、緑色の気がミシルの右手に飛んできた。
右手の痛みがどんどん和らいでいきミシルは驚いて動きを止めかけながらも、左手のククリ刀で草狼の頭を貫いた。呻き声と共に光の飛沫が舞い上がる。
すっかり完治している右手にククリ刀を持ち替えたミシルは土猪を仕留めにかかる。赤熊の方にも草狼が行っていたようだが、ガルムとカミーユが援護しにいっている。問題ないだろうとミシルは目の前の敵に集中する。
土猪の牙が生え終わる直後にミシルはダブルアタックで前足を切り裂く。地面に前足の膝をつく土猪。そしてミシルは土猪を飛び越えるように跳躍しながらも、胴体の上からククリ刀を差し入れた。それは的確に心臓を引っかけて持ち上げ、切り裂く。それから土猪はミシルに突進を繰り出したが、すぐに力尽きて小魔石へと姿を変えた。
赤熊の方も倒されていることを確認するとミシルは右手を一度見た後、白杖を構えている努へ目線を向けた。
(ヒールを飛ばしたのか……? それに恐らくプロテクも飛ばしてたよな)
誤射した時にモンスターが回復、強化されるというリスクがあるが、ミシルは努の飛ばす支援、回復スキルを有用に感じた。現にミシルは利き腕を回復されて助かったと感じていた。
(モンスターにヒール当てられたら目も当てられないが、もし誤射がないのなら実用性はあるな。……だけどやってる奴いないよな? 流石に誰かしら試してると思うんだが……)
元は孤児の亜人たちを育てて自立出来るように立ち上げたシルバービーストというクラン。そのリーダーをしているミシルは、見た目はだらしないが仕事はキチンとこなす男だ。休日のほとんどを費やしている努ほどではないが、彼もダンジョンのライブ配信や新聞で最新の情報を仕入れている。その彼でも努の飛ばす支援、回復スキルは見たことがなかった。
白魔道士を二人PTに組み込んでいる少し有名な中堅クランでもスキルは飛ばしていなかった。そのことに首を捻りながらもミシルは考えることをやめた。
(取り敢えず、帰ったら少しやらせてみるか)
ギルドで亜麻色の服を着て待っているだろう白魔道士の顔を思い浮かべながらも、ミシルは魔石を回収しつつ五人の集まる場所へ戻った。
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