第23話 数々のクラン

 その後三回ほどモンスターの群れと遭遇したが、危なげなく倒してどんどんと下山していく。この階層なら空中の強敵も攫い鳥くらいしかいないので途中からフライで飛んでいくことを努は提案したが、魔石を稼ぐためにミシルは山道を降りることを選択してくれていたようだった。


 ミシルに呆れられた努はガルムを見る。私もこれから学ばねばと張り切っている彼を見て、努も大げさに意気込んで誤魔化しながらもミシルに渓谷での情報を色々と聞いた。



「ミシルさんも最初は攫い鳥に攫われたんですか?」



 もう森の出口が見え始めた斜面を下りながら聞いた努はカミーユをこっそりと睨んでいる。ミシルはあー、と懐かしげに目を細めた後おどけるように笑った。



「渓谷に中堅も入れるようになった時は流行ったなー、それ。俺もよくやられたわ。ツトムもやられた口か?」

「ミシルさん……」



 通じ合う何かを感じてがしっと手を取り合う努とミシル。一頻(ひとしき)りして手を離したミシルはそそくさとカミーユの隣へ移動した。



「ま、今はやる側なわけなんだが。あれは糞生意気な餓鬼共を黙らせるのに有効でな」

「ん、気が合うな。私も最近ご無沙汰なんだ。少し分けてくれないか?」

「くっはっは! あんたがやってるところを見て真似たからな! ギルド長は一時的に辞めたみたいだし、忙しくないなら本当に来るか?」

「ツトムからは週に二日休日を貰っているから空いているぞ。来週の水曜日はどうだ?」

「おぉ! 来い来い! 竜人(ドラゴニュート)の餓鬼どもが泣いて喜びそうだ!」



 ぐっと突き出した拳を軽く当てた二人に努はずっこけそうになった。鳥人二人も変人を見るような目を年長組に向けていた。



「君たちは……まぁ大丈夫ですよね。この地形だと鳥人って凄い有利そうですし」

「やー、渓谷からは私も無茶ばっかりさせられてるよ? 一気にレベル上げさせられたし、私が怪我したのもミシルを庇ってあげたんだよ? あの人てきとーだからさ、私が支えてあげないと」



 努の回復スキルですっかり全快した赤鳥人の女性は両腕を盾のように広げて顔を顰めている。しばらくミシルへの愚痴をうんうんと相槌をしながら聞いていた努は、愚痴が尽きたところで気になっていたことを口にした。



「そういえばあのフェザーダンスっていうスキル、あれって羽根無くなったりしないんですか?」

「いやいや、確かに羽根を飛ばしてるように見えるけど、実際に羽根を飛ばしてるわけじゃないよ。そういうスキルだから。そんなすぐに生え変わらないから」

「そうなんですか。しかもあれって普通のフェザーダンスと違う気がするんですけど……」

「お、君人間なのによく知ってるね! あれ私たち凄い練習したんだから~」



 フェザーダンスというスキルは努も知っていたが、ゲームでは羽毛で敵の視界を遮り命中率を下げるスキルだった。それがまるで攻撃スキルのように使われていたので、努はその後も鳥人の情報を引き出しつつ話を続けた。



「あ、ガルム様。私の友達が何人もガルム様に助けられたと聞いています。本当に、ありがとうございます」

「当然のことをしているだけだ。礼を言われる筋合いはない」

「……あの、良ければ握手をしてくれませんか?」

「今はまだダンジョンの中だぞ。皆が気を緩めている分、私はモンスターを警戒しなければならない」

「あぁ、しゅみま……すみません」



 ガルムの言葉に自分の浅ましさを恥ずかしく感じ、更に噛んで顔を真っ赤にしている青い羽を持つ少女は俯く。ガルムは犬耳を立てて周囲を警戒しながらも話を続ける。



「私たちがギルドに戻る時にミシルから今回の報酬を受け渡されるだろう。握手など、その時にいくらでもしよう。だから今は警戒を――」

「ああぁぁぁ!! ありがとうございます! ありがとうございます! あと良ければ是非うちのクランにも足を運んで欲しいです!! ダンジョンで会えたのに何で連れてこなかったんだって私怒られちゃいます! みんな絶対喜びます!!」

「……善処しよう」



 両腕を羽ばたかせて飛び跳ねている青の鳥少女の羽がガルムの前をばさばさと舞う。ガルムはそんな状況でも周囲の警戒を怠らなかった。


 それからはモンスターに出会うこともなくミシルが指定した場所に到達した。鳥人の二人が低空飛行で辺りを飛ぶと、唐突に空間を塗り潰すように黒門が現れた。


 そして黒門を押し開いたミシルは安心したように大きく息を吐くと、努たちに振り返って深く頭を下げた。



「おかげで装備を失わずに済んだ。助かった、この礼はシルバービーストの名をかけて、必ずギルドで渡すぜ」

「いえいえ。困った時はお互い様ですからね」

「いやいや、他のPTだと見捨てるのがふつーだからな? あのガルムなら助けてくれる可能性があると考えて俺は近づいたが、大抵はクランでも近寄っただけで嫌な顔されるわ。ひでーところだと追跡されて装備だけ取られるからな。絶対やるんじゃねーぞ!」

「極力救援要請は叶えるように僕は教わったんだけど、師事する人を間違えたかな? ね、ガルム?」

「…………」



 努の視線に目を閉じて黙り込んでいるガルム。耳は横に畳まれて尻尾を垂れ下がっている。その様子を見たミシルはおいおいと天を仰ぐようにした。



「ガルムさん。あんたはすげー奴だが、手を広げすぎるなよ? それで零れ落としたら元も子もないからな」



 両隣にいる鳥人二人の頭をぐりぐりと撫でるミシル。その二人はすぐに頭へ置かれた手を振り払った。



「なに偉そうにしてんですか。ガルム様に向かって」

「私たちいないとなんも出来ないくせに偉そうにしないでよね!」

「おいおいお前ら、そりゃねぇだろ……」



 鳥人二人につっけんどんな態度を取られて肩を落とすミシル。ガルムは彼の言葉を受け止めて静かに礼を返す。ミシルは気を取り直すように努に視線を向けた。



「お前たちはまだ進むのか?」

「えぇ。……取り敢えず18時までは潜ってると思います。今日のノルマはクリアしてますけど、出来れば五十六階層も見ておきたいので」

「ほーう。峡谷越え狙ってるのか。ま、あの人いたら越えるだけなら出来るだろうよ」



 後ろで大剣を下ろして休んでいるカミーユを見たミシルは羨ましそうに努へ視線を戻した。



「ワイバーンがたまに大魔石落とすみたいだから狩れるなら金になるんだよな。俺らの目標は当分それだ」

「毒さえ気をつければ安定して倒せそうですもんね、あれ。確かに狩り効率はよさそうです」

「ま、それより俺たちはレベル上げだわな。取れない魔石に指咥えても意味がねぇ。あぁ、報酬の魔石を渡す時間はいつにする?」

「あ、19時にお願いしていいですか?」

19いちきゅうな。わかった。その頃にギルド受付の1番辺りで待っておく」



 秒針の動いている懐中時計で時間を確認した努はミシルにそう告げる。彼は待ち合わせ場所を確認した後、努へニヒルな笑みを返した。



「確か、ツトムだったよな? お前いいやつじゃねーか。あの記事見て正直警戒してたんだがな。デタラメもいいとこだ」

「あぁ……。全くこっちはたまったもんじゃないですよ。エイミーさんに会ったら僕が足蹴にされそうです」

「くっははは! 今度はその記事が出るんじゃねーか? 楽しみにしとくわ」

「勘弁して下さい……」

「まー、なんだ。俺のクランはそこまで影響力はないが、ツトムが悪い奴じゃないってことは仲間に広めとくわ」



 意気消沈している努を慰めるように言ったミシルは、じゃあなと言って鳥人二人と黒門を潜って消えていった。



「それじゃ、五十五階層の黒門見つけに行きますか」



 三人を見送った努はカミーユとガルムに振り返ってそう言った。



 ――▽▽――



 その後四時間半ほどで努たちPTは五十五階層を越え、五十六階層への黒門を発見していた。三人は黒門を押し開いて中に入ってすぐに転移する。


 三人が着地した先は緑が広がる地面ではなく、枯れた大地だった。遮りのない暖かな日に晒された努は腕で光を遮りながらも周りを見回す。


 四角く斬られたような薄茶色の丘が錯綜し、今にも崩れてきそうな崖も窺える。三人が転移された場所も高い崖際から少し離れた場所だった。努はひえ~っと崖を覗き込んですぐに黒門へ帰ってくる。


 約束の時間もあるのでこれで今回は一旦ギルドに帰ることにした努は、三人と共に黒門へ入ってギルドへと帰還した。浮遊感の後にギルドの黒門前へ到着する。


 現在時刻は18:30と労働者が仕事を終え始め、ダンジョンの配信を見物する者が増えてくる時間帯だ。混雑している受付に並んだ努はガルムとカミーユから未使用のポーションを回収した。それらをマジックバッグにしまった努はギルドの巨大モニターを見る。


 巨大モニターでは峡谷をフライで飛んでいる大手クランのPTが、ワイバーンを相手取っているところが映し出されている。少し土色の混じった緑の皮に前足と統合されている薄膜の翼。長い尻尾の先には鋭い何本もの刺が垣間見える。


 そのワイバーンにアタッカー四人が風を切って躍りかかる。ただひたすらに突っ込んでは翼を集中的に狙う。前足と同化している翼に一人は叩き落されて地面に頭から落ちた。その隙に残り三人はワイバーンに殺到するように襲いかかる。


 アタッカーたちは攻めて攻めて攻めまくる。防御のことなど一切考えてもいない。ワイバーンの鳥のような足で腕を切り裂かれようが、果敢にワイバーンの翼に刃を通そうとする。


 一人尻尾の刺に突き刺されて空から落ちていったが、その隙に二人の捨て身の攻撃によってワイバーンの蝙蝠(こうもり)のような翼に穴を開けた。途端に空から落ちていくワイバーン。


 地面に叩きつけられて弱ったワイバーンを二人のアタッカーがとにかく滅多刺しにする。そして粒子化したワイバーンから無色の小ぶりな大魔石が出現する。その間に下で待機していたヒーラーは落ちている装備二人分をマジックバッグに収納して黒門へ帰っていき、モニター映像は切り替わる。


 それはアルドレットクロウという大手クランの典型的な狩りスタイルだ。そのクランはとにかくメンバーが多い。人間から亜人全般。年齢層も様々でとにかく数が多い。その数は峡谷の一軍から沼の二十軍まで分けられているほどだ。


 そのクランは紅魔団とのオークションの競りで最後に負けたクランであり、現在はその影響か盲目的に資金集めを行っている。その資金集めに最近はワイバーンをとにかく狩っていて、観衆にも飽きられているのか印象は現状良くない方向へ進んでいる。


 次に巨大モニターに映ったのは軽装のアタッカー四人とヒーラーのPT。戦闘は行っていないようで五人はフライで谷間を縫うように進んでいる。


 それは紅魔団の次に火竜を倒すのではないかと期待されている金色の調べという大手クランである。カミーユと同じようにユニークスキルを持つ金狼人と言われているリーダーを筆頭にしたクランは、そのリーダーを囲うハーレムで形成されたクランだ。


 金狼人以外のクランメンバーはほとんどが女性という尖ったクランで男性観衆から不満を集めそうなクランだが、意外と男性観衆からのウケはいい。積極的に火竜へ挑み敗北しているものの挑まない大手クランよりかは評価が高く、最近では火竜の片目を潰すことに成功していた。そのこともあって観衆から期待されていて人気が急上昇中だ。



(あそこは色々と惜しいよなぁ)



 休日に金色の調べの火竜挑戦を何回か見ていた努は巨大モニターを見て目を細める。そのクランは火竜を削れる火力もあるし、翼を封じる術も持っている。対策装備も悪くない。順当に行けば火竜を倒せる実力は兼ね備えている。


 ただ金狼人の関わることとなると一気にPTが崩れる。金狼人の身代わりに他のPTメンバーが無駄に犠牲になったり、ポーションをリーダーへ優先的に配給している節が努には見えていた。特に金狼人が死んだ時は最悪で、途端にPTが崩れてしまうのだ。良くも悪くも金狼人のワンマンクラン。それが努の印象だ。



(見てる分には面白いんだけどね)



 ダンジョン探索中に金狼人が見ていない中でPTメンバーが足の引っ張り合いをしているのは実に見ていて面白い。努はしばらく巨大モニターを見ていると順番が回ってきたので、受付でステータスカードの更新をした。

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