第19話 差し伸ばされる手

 その後はアタッカー、タンク、ヒーラーの役割解説とお互いのステータスの確認を行い、努が休日にライブ配信を見て発見した知識などを三人に共有。ガルムとカミーユにも何か情報はないかと努は蒸し焼きのハムを食べながら二人に話を振った。


 ガルムは渓谷攻略の経験がなくあまりライブ配信を見ていなかったようで、あまり意見は出なかった。しょんぼり尻尾を下げているガルムとは裏腹に、カミーユはその身で五十八階層まで攻略しているので有益な情報を多く持っていた。その情報を努はゲームで培った知識と照らし合わせながらもメモ書きしていく。



(これでセーフポイントはいくつか確保出来たかな)



 階層ごとに存在するモンスターがあまり近づかないセーフポイントは、森なら大樹。沼なら洞窟などと十階層ごとに特徴が違う。カミーユの情報とゲームでの知識が噛み合う場所を頭に入れつつも努はペンを持つ手を動かす。


 それからは装備やポーション、備品管理などの話に移った。装備の破損やダンジョン攻略で使う備品補充のため、ダンジョンでの総収入の一割は補填費としてPTリーダーの努が管理する。報酬に関しての話を切り出した努はカミーユに何か言われはしないかと少し緊張したが、特に問題ないようだったのでそれからは安心して話を続けた。


 ポーションについては支給されたポーションは自己判断での使用を許可。個人携帯以外についてはマジックバッグ持ちの努が管理する。そのことを話すとカミーユは意外そうに眉を上げた。



「随分と太っ腹なんだな。しかも森の薬屋のポーションだろう?」

「とは言っても最近は流石に仕入れづらくなって来たので、ポーションの質は一つ下げる予定ですけどね」



 森の薬屋のポーションはそこらの道具屋で売っている水で薄めたポーションとはわけが違う。治癒効果は勿論、一滴ごとの回復量が桁違いなのであまり量を飲まなくて済む。更には味も少し苦目のお茶のような風味で済んでいることから探索者からの人気が高い。


 他店の追従を許さない性能をしている森の薬屋のポーションは当然高価で、現状は一人しか作れる者がいないので数も少ない。なので森の薬屋のポーション、特に回復用の緑ポーションはそうそう補充出来ない。


 なので努は他のポーションで代用を考えているが、やはり森の薬屋のポーションと比べると見劣りしてしまうのが現状だ。生魚をミキサーにかけて腐らせたような味わいの青ポーションを飲んでから努は森の薬屋以外の青ポーションを飲用していない。


 それからは週に集まれる曜日や時間をカミーユに聞いて定休日を変更したり、装備点検をしている店などを共有したりして打ち合わせは終了した。


 それとカミーユがギルド長の引き継ぎなどで二日ほど時間を取られるそうなので、努は今日から二日は休みにした。それを告げた後に解散となるはずだった。



「待て待て。ここに来て酒を飲まないなど有り得んぞ」



 会計に向かおうとした努の腕をカミーユはぐいっと引っ張って席に戻した。カミーユの言うようにこの店は比較的安価でいい酒が飲めると評判であり、努たちの周りの席の者も皆酒の注がれた円筒形の容器を片手に騒いでいる。酒を頼んでいない客は彼らを除いてほとんどいなかった。



「新人がPTに入ったのだ。歓迎の酒がないと始まらないだろう?」

「……絶対飲みたいだけでしょう」



 何やら理由を取っつけているカミーユにそう返しつつも努は目に呆れた色を浮かべた。カミーユは勿論だが、ガルムも酒を飲む周りの者たちを羨ましげに見ていたことを努は打ち合わせ中に見て見ぬ振りをしていた。しかし打ち合わせはもう終わった。努は特に酒が嫌いというわけでもないので店員を呼んで黒い麦酒を注文した。


 よしきたとカミーユも度の強い酒をどんどんと頼み、ガルムは無難な麦酒を頼んだ。明日が休みとはいえ二日酔いは避けたいなと思いながらも、努はすぐ運ばれてきた黒い麦酒を一口。魔道具で冷やされた麦酒。乾いた喉を潤し、後に残る微かな苦味。努は思わず息が漏れた。


 そして二時間後。泥酔して意識がないカミーユをおんぶしているガルムと、カミーユに買って貰った一番高い酒瓶を持った努は樽の帽子亭を出た。



「何でお酒弱いのにぽんぽん頼んだんですかねこの人は……」

「ドワーフが好む酒を一気飲みだ。無理もない」

「アル中で死んだりしたら洒落にならないんで止めてくれよほんと」

「あるちゅう……?」



 結構な量を飲んだにもかかわらず白い顔をしているガルムは、初めて聞いた単語に犬耳を立てて首を傾げた。努はふわふわとした意識で答える。



「度数の高いお酒は肝臓に負担をかけるので一気飲みは御法度(ごはっと)です」

「うむ、そうだな」



 努も酔っているのだなと結論づけたガルムは相槌を打ちながらも時々えずくカミーユを背負い直した。



「あ、ガルム。明日店回りいくんだけど付いてきてくれない?」

「あぁ。わかった」



 森の薬屋や装備点検などで定期的に通う店には定期休暇が変わったことを伝えねばならない。努は了承してくれたガルムに感謝しながらも、嘔吐物を吐き出す気配のあるカミーユの顔に袋を被せた。



 ――▽▽――



 翌日。どうせ店を回るならその時間の間に魔石の換金をしたかったので、努はガルムと共に勝気なドワーフ少女の魔石換金所に来ていた。相変わらず屈強な男が声を上げながら木箱を運ぶ姿を努は見ながらも、いくらか人が並んでいる受付の最後尾に向かった。


 ガルムに貰った薬のおかげで幾分か二日酔いの表情が抜けた努は、順番が来る前にマジックバッグを漁って魔石の入った袋を出し始める。順番待ちをしている探索者たちから訝しがるような視線を向けられるが、努は気に留めなかった。


 順番が回ってきた努の顔を見たドワーフの少女は、下衆でも見るかのような目をしていた。もしガルムがいなければ門前払いでも食らうのではないかと思うほどの冷徹な瞳に、努は冷や汗を流しつつ魔石の買取を依頼した。



「小さいのはそれ、大きいのはここ」



 仕事と割り切っているためか口には出さなかったが、彼女の態度は汚物でも相手にしているようだった。努はその態度を気にした様子も見せずに水の入った桶に予(あらかじ)め用意していた小さい魔石を入れ始めた。


 その作業をしている中でガルムはドワーフの少女に手招きをされていた。



「ガルム。人付き合いは考えた方がいい。あんたも同類扱いされるよ」

「あの記事は捏造だ。踊らされるな」

「捏造? でもここに来る探索者に確認したけど、皆口を揃えて正しいって言ってるし。それにあいつ性格悪いからやることやってんでしょ?」

「ギルドでエイミーが努に縋って許しを乞いたのは事実だが、悪意のある見方で事実が捻じ曲げられているのだ。そもそもエイミーが知られたら従わざるを得ない秘密などあるのなら私が真っ先に見つけて、ギルド職員を辞めさせている」

「……それは確かにそうかも!」

「後ろに人がいるので早く行きますよ」



 屑と小魔石の納品を手早く済ませた努は大魔石をいくつかカウンターに置き、食いかかっているガルムの腕を引っ張った。少女に投げ渡された木番を受け取った努はそそくさと魔石換金所から離れて次の店に足を進める。


 それからガルムやカミーユが贔屓している鍛冶屋や努が使う道具などを揃える店。それとクリーニング屋にも行ったが努を歓迎する視線は飛んでこない。その度にガルムが庇い立てるので努は彼を引っ張りながらも店を出た。


 そして開店前には探索者がズラリと並び、緑ポーションが売り切れた途端に人がほとんど来なくなる森の薬屋。誰も並んでいない店の前で努は落ち着くように深呼吸した後、森の薬屋の扉を開いた。


 努がカウンターに進み呼び鈴を鳴らすといつものようにしゃがれた声が聞こえ、杖をつく音と共にエルフのお婆さんが出てくる。努はそのお婆さんからもあの目を向けられると覚悟していたが、彼女はいつものように人を安心させるような笑みをしながら努を見た。



「あらあら、あんたはツトムだね? 新聞見た時は見知った顔が写ってたからびっくりしたよ! 外では大変な騒ぎになってるだろう? 難儀なこったね」

「え、えぇ。そうですね」

「まぁ。あんなもんすぐに収まるさね。それまでは知らんぷりでもしとき。それで? 今日も青ポーションだろう? いっぱいこさえといたよ」



 ニコニコしながら青ポーションの準備をしだしたお婆さんに努は不覚にも喉が震え、涙ぐんだ。努はお婆さんの言葉に頷きながら下を向き、目に溜まった雫を急いで払った。


 一月近く泊まっていた宿屋の店員や、通っていた店の者からも何処か軽蔑、もしくは関わらないでほしいような目線を向けられてきた。確かにあんな悪評を持つ者に店を利用してほしくないと努もわかっていた。しかし少なからず言葉を交わしてきた人たちにそういった視線を向けられることは、表情には出さなくとも努は密かに傷ついていた。


 お婆さんはそんな努を見て驚いた後に優しい目をしながら努の頭を撫でた。温かいお婆さんの手に努の涙腺は決壊しそうになったが、何とか踏みとどまってそっと彼女の手を払った。耳まで真っ赤になった努にお婆さんは元気出しなと声をかけた。



「どうせあの記事はデタラメだろう? エイミーの顔を見りゃそんなのわかるさね」

「え、エイミーさんがここに来たんですか?」

「青ポーションの値段が見たいっつってこの前来たんだよ。その時にツトムの自慢話を耳にタコが出来るほど聞かされたわ。それにあんたはそういうことをする子じゃないとは元々わかっていたしね。全く、ソリット社はなに考えてるんだい」

「えぇ。全くその通りです」



 うんうんと頷くガルムにいい加減小っ恥ずかしくなった努は無言で彼の足を軽く蹴った。蹴られた足をびくっと引っ込めたガルムは戸惑いの視線を努に向け、お婆さんは笑いを堪えるように口を押さえた。



「実はこの騒動でエイミーさんをPTから外さざるを得なくなりまして。それに伴い定休日が変わって青ポーションを仕入れる日にちが変わることになりました。これからは土曜日に伺うことになると思います」



 動揺を取り繕うように早口でまくし立てた努にお婆さんは目をほっそりとさせながらも椅子に座って寄りかかった。年季の入った椅子は軋む音を上げながらゆらゆらと動く。



「そうさね。相変わらず細かいねぇツトムは」

「青ポーションはあまり売れないと聞きますので生産にも気を使うでしょうし、当然の配慮です。ではまた来ます。土曜日に魔石は持ってきますね」

「あいよ。これあげるから元気出しな。試作品だよ」

「……ありがとうございます」



 緑の飴玉を三つ渡された努はお辞儀をした後に森の薬屋を出た。日の光を浴びた努は赤くなった目尻を冷ますように息を吹いた。



「私は無口なものとばかり思っていたが、あの御仁はよく喋るのだな。それに素晴らしい慧眼の持ち主ではないか!」

「ガルム。鼻息がうるさいです」

「…………」



 お婆さんの物言いにはしゃいでいるガルムにピシャリと言い放った努は、軽い足取りで魔石換金所へと向かった。ドワーフの彼女の視線は冷たいものだったが、魔石の鑑定に関しては特に可もなく不可もなくといった値段に落ち着いた。

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