第18話 カミーユの期待

 三人がギルドに帰ると黒門で待ち構えていた人間の中年男性に元ギルド長のカミーユは連行されていった。暇になった努は配信でも見るかと街へ繰り出そうとしてガルムに止められた。



「ギルドの者に街の様子を見させてくる。少し待っていてくれ」



 そう言って駆け足で受付の奥に駆けていったガルム。努がそれを見送ると人混みの中からそれを見越したように、昨日彼に絡んできた三人組がにやけ面で前に現れた。



「よぉ幸運者(ラッキーボーイ)……おっと、今は犯罪者かぁ!」

「街じゃお前のことで持ちきりだぜ。よかったなぁ! 人気者になれてよぉ!」

「糞が!」



 その周りでも努のことをPT内でせせら笑ったり指を指している者は少なからずいた。ガルムがいなくなった途端こぞって出てきた者たちに、努は大げさに手を上げて首を振った。



「とある探索者さんのおかげでここまで騒ぎが広まるとは思いませんでしたよ」

「はっ。あれが探索者の総意だ。お前みたいな寄生虫はさっさと消えろ。目障りなんだよ」

「……やっぱり虫は虫を意識して排除しようとするのですかね」

「あぁ!?」



 皮肉げな笑顔を浮かべる努の胸ぐらを探索者の一人が掴む。努はまたこれかと笑いながらも力ずくで胸ぐらを掴んでいる探索者の手を外した。手首を持たれて驚愕している探索者。



「なっ!?」

「白魔道士に力で勝てないのはどうかと思いますよ」

「……ちっ。どうせガルムに寄生して上げたステータスのおかげだろうが!」

「死体漁って稚魚を狩る人たちよりは幾分かマシだと思いますがね」



 剣呑(けんのん)な顔の探索者の手を弾くように払った努は酷薄げな笑みを向ける。ダンジョン内でPTを追跡して何人か死んだことを確認した瞬間に数の利を取っての恐喝。情報を持っていない新人を騙して不当な報酬配分を強要し、その差額の金銭を得る。モンスターを狩らずにそんな行動しかしない彼らを努は心の底から軽蔑していた。


 今まで何をしようがろくな反抗もしなかった努。そんな彼に初めて反撃されて悪意の篭った目を向けられた三人の探索者は、防衛本能を働かせるように後退した。


 そして受付から出てきたガルムを見て三人は慌てたように努から離れて人ごみに紛れていった。その後ろ姿を無表情で見届けた努は帰って来たガルムを軽く見上げた。



「……何やら絡まれていたようだが」

「大したことはなかったですよ。それで、街の様子はどうなんです?」

「やはり記事に踊らされている者がいるらしい。しばらくは一人で行動しないようにした方がいいだろう。宿も変えねばな」

「そうですか。あそこは結構気に入ってたんですけどね。あー、荷物取ってきたいので付いてきてもらってもいいですか?」

「あぁ」



 人を射殺すような目で不快げに辺りを見回したガルム。その視線を受けないように目線を下げる虫の探索者にガルムは鼻を鳴らした後、努の後を追ってギルドを出た。


 ガルムは努へすぐに追いつくと忌々しげに足を鳴らした。長身で目つきも鋭いガルムの行動に周りにいた探索者は危険物を避けるように引き始めた。



「口だけは一丁前の虫共め。恥を知れ」

「虫の羽音なんか気にしてもしょうがないでしょう」



 努の口ぶりにガルムはポカンとした後、険悪だった空気を霧散させてくつくつと笑う。度々向けられる通行人からの視線を掻い潜りつつ、二人は宿屋から荷物を引き払い受付で処理を済ませた。



「記事の訂正が成されるまではギルド職員の宿舎を使ってもいいだろう。努はいいか?」

「あ、そうですか。自分は問題ありませんけど手続きとかは大丈夫ですか?」

「なに、その間は私の部屋に住むといい。カミーユさんなら許可してくれるだろう。部屋が余っているからそこを自由に使ってくれて構わない」

「それは助かります」



 マジックバッグに入りきらない大きい荷物を運びつつも、二人はギルドのすぐ近くに建てられているギルド職員宿舎に向かった。その宿舎は努が利用していた宿屋よりもはるかに大きく、黒い艶(つや)やかな石が使われた外観は何処か立ち入りにくいような高級感が滲み出ていた。


 努はおっかなびっくりしながらもずんずん進むガルムについていき、宿舎の一室に一旦荷物を置いた、三人家族が伸び伸びと暮らせるほどに広い一室に努は驚きつつも、宿屋から荷物を移していく。


 ガルムに使うよう言われた部屋は宿屋の部屋よりも広かった。魔道具のトイレや風呂。家具まで付いているこの一室はギルド職員になれば無料で入居を許可される。


 ギルド職員の地位は随分と高いんだな、と努は認識しながらも初めて見る埃の被った魔道具を弄りつつ、部屋を掃除して時間を潰した。窓を開けて箒(ほうき)で上の埃をはたき落とし、それから床の埃をちりとりでまとめる。



(こういう時にスキル上手く使えたらいいんだけどな。神様もこんなところへ飛ばしたんだし、どうせなら俺にも魔法使わせてくれたっていいと思うんだけど)



 努はステータスカードに存在するスキルは精神力を消費することで使えるが、魔石を媒体として現象を引き起こす魔法は使えない。魔法を行使するには第一に才能。そして知識がいる。魔法を使えるのはほとんどが貴族であり、貴族はその才能と知識を独占している。


 その魔法の代替品(だいたいひん)として生み出されたのが、努が今綺麗に掃除している魔道具。色つきの魔石を核とした機械を開発し、それに無色の魔石を燃料として組み込むことで魔法と同じように様々な現象を引き起こすことが出来る道具である。


 そしてスキルは神の管理するダンジョンに潜ってステータスカードを作成、更新することで誰でも使うことの出来る技能のことをいう。スキルを行使することに才能や知識、魔石などは必要ない。必要なものはMND精神力だけである。


 その代わりにスキルは魔法に比べて自由度があまりない。例えば魔法は風の魔石さえあればそよ風から竜巻、暖かい風から冷たい風までと自由が利く。しかしスキルではそれが出来ない。


 努が習得しているエアブレイドは風の刃を直線に放つスキルだが、いくら威力を弱めようが刃は刃。埃を払うために使おうとすれば部屋は傷だらけになってしまう。それに途中から軌道を変更することも出来ない。出来ることは精神力を使用して威力に強弱をつけることと、最初に飛ぶ方向を指定することくらいしか応用が利かない。


 なので魔法とスキルは一見似てはいるが別物であり、一緒くたにしてはいけないものだとガルムに努は教えられていた。貴族の前でそれを言った探索者が切り捨てられた事例もあることから、努は貴族には会わないようにしようと肝に銘じている。


 清潔な乾いた布巾で拭かれてピカピカになった木製の魔道具を棚に置き、床や壁を水拭きした後に乾拭きを繰り返す、そして一通り綺麗になった部屋で努は座り込んだ。



(……まだ昼過ぎかぁ)



 掃除が終わって手持ち無沙汰になった努は部屋に寝転がる。窓から差し込む光はまだ沈む様子はない。



(ライブ配信、見たいなぁ)



 努は暇な時間は常にダンジョンのライブ配信を見ているか、巨大モニター付近の屋台巡りしかしていなかった。しかし今回の騒動で外にも出れずギルドもあまり長居はしたくないとなると、途端にやることを失った。



(あ、新しくカミーユさん入ったんだし、戦法も変えなきゃなー。エイミーさんみたいに安定してヘイスト当てられないから何か案を考えないと。今日の夕方聞くことは龍化の効果時間と……)



 木製の床へ俯せになって寝転びながらもマジックバッグから書類を出し、努は夕方まで案を捻り出そうとペンを持ちながら考えをまとめ始めた。



 ――▽▽――



 夕方にギルドでカミーユと合流した努とガルムは樽の帽子亭という大衆酒場に向かった。大きい酒樽と魔道具のオーブンで焼かれる肉料理が有名な店に到着して四人席に腰を落ち着けると、三人はダンジョン探索の打ち合わせを始めた。



「……君は最高階層更新を目指しているのか?」



 注文を受け終わって忙しなく走っていった店員を横目に、カミーユは努にそう尋ねる。騒がしい店内の中で努は少し声を張って喋った。



「そうでもしないと幸運者の二つ名は無くならなさそうですしね。ソリット社に記事を書いてもらうことも考えてましたけど、もう無理そうですし」

「いやいや、恐らく五十九階層までいければ安定して一番モニターに映れる。そうすれば君の二つ名も徐々になくなっていくと思うぞ?」

「え? そうなんですか?」



 意外そうに目を丸くした努はガルムの方を向くと、彼はこくこくと頷いた。



「そもそもシェルクラブ突破の際に九番台へ映し出されたようだし、それだけでもかなり効果は見込めたと思うぞ。五人PTならまだしも、三人だからな。多少ダンジョン攻略を心得ている者たちは既に努を幸運者とは呼ばないであろう」

「うーん。でもエイミーさんの言った感じだとシェルクラブも運が良いおかげで倒せた、って思われてそうですよね」

「……発見してあそこまですぐにシェルクラブが死んだ例はない。わからない者になど勝手にそう思わせておけばいいのだ」

「ガルムー? 幸運者って二つ名を払拭するために僕のPTに入ってるんだよねー?」

「…………」



 まるで失念していたかのように顔を俯かせたガルムに努は苦笑いしながらも、運ばれてきたジャーキーから小さいものを選んで頬張った。カミーユは長い後ろ髪を後ろ手にヘアゴムで調整しながらも視線を下げた。



「……確かにシェルクラブでは少しインパクトに欠けるかもしれないな。三人PTでのシェルクラブ突破は大手クランの一軍なら容易に出来るだろうし、中堅クランでも相性がいいクランなら三人で突破できるだろう」

「確かにそうですが……」

「拗ねるなガルム。時代は刻一刻と変わっていくものだぞ」



 あまり納得がいっていないのかがじがじとジャーキーを噛んでいるガルムの大きい肩を、カミーユは少し手を伸ばしながら慰めるように叩いた。



「だが中堅と大手の壁と言われている五十六階層を突破出来れば、安定して一桁の台に乗れるだろう。それを三ヶ月ほど繰り返していれば二つ名の方は問題なく解消されると私も思うぞ」

「……そうですか。火竜討伐から逃げているだとか一番台付近でよく聞いていたので、それでは駄目かと思ってました」



 迷宮都市の住人からは一番台と呼称されている巨大モニター。その付近が努の休日の根城なのでそういった情報を努はよく耳にしている。そのことから彼は渓谷の階層主である火竜を突破しない限り、民衆の評価は変わらないものだと思っていた。



「それはクランの評価であろう? PTで、しかも三人PTでそこまでいければ間違いなく話題に上がる。……五十六階層がこのPTの目標となるであろうな。なに、安心してくれ。私は五十八階層までは到達済みだ。それにツトムもガルムとエイミーにおんぶ抱っこではなかったからな。三人でもいけるだろう」

「それは頼もしいですね」



 努はそう言うと店員が一声かけた後に大きい器に入った汁物料理を丸い卓に置いた。シチューのように白い汁物の中にはごろごろと肉や人参、じゃがいもが入っている。努は渡された深皿にそれを三人分よそって配った。


 バスケットに入ったパンを中央に置いた店員はお辞儀もそこそこにすぐ去っていった。随分と忙しそうだなと思いつつも、努は硬いパンをシチューにつけてふやかし始めた。



「でも、火竜倒してみたくないですか? カミーユの火力があればいけると思うんですけどね」



 木のスプーンでパンをシチューに沈めようとつついている努。カミーユはそんな努を少し見つめた後に口角を上げた。



「……ほう。君が引いた最高峰の黒杖を持った紅魔団が財と死力を尽くしてようやく倒した火竜を、即興の三人PTで倒そうというのか?」

「元々はエイミーさんでもいける算段でしたし、カミーユが代わりに入ったことで更に突破出来る確率は上がったと思いますよ。とはいっても課題が三つほどありますが」



 ほろほろと崩れる肉と程よく柔らかくなったパンを一緒に口にした努は、ほうっと口の中を冷ますように上を向いて息を吐いた。口元を押さえている努にカミーユは赤くギラついた双眼を向けた。



「その課題とは?」

「一つ目は単に三人の連携不足です。まぁ、これは時間が解決してくれるでしょう。カミーユは僕の戦法に何も思うところはなさそうなので問題ありません。二つ目は火竜の翼封じですね。このPTには黒魔術師や弓術士がいないので魔道具に頼りきりになります。マジックバッグに入る大きさのものしか持ち込めないので、それで火竜を地上に下ろす練習をしないといけません。三つ目はカミーユの龍化。あれは僕の支援スキルや回復スキルが届かない。なので僕の戦法には組み込みづらい。かといって使わないのも勿体無いですからね。何か自分が対応策を考えなければいけません」

「……私には何かないのか?」

「ガルムさんは特にないですよ。耐火装備買って着慣らしとくくらいじゃないですか?」



 とろみのあるシチューを飲みこんだ努がそう言うと、ガルムは戸惑いを飲み込むように押し黙った。そんなガルムを見たカミーユは改めて努を見据えた。最高峰の宝箱を引いて大きな富を得た幸運者。ギルドに居着くように仕向けるために送られたガルムとエイミーを加えた三人PT、そのPT結成から一月でシェルクラブを越えている。そして今、それに満足もせずに火竜さえ越えようとしている。


 その思考回路は少なくとも迷宮都市の生まれではない。孤児とカミーユは報告を受けているが、魔法を使える何処か他国の貴族の息子か。あるいは外のダンジョンを制覇した者か。出自の推測はいくつか思い浮かぶ。しかしカミーユは努の出自などに興味はなかった。



「君は、面白そうだ」



 何か予感めいたものを感じさせる努に、カミーユはその爬虫類染みた赤い瞳を輝かせて舌なめずりした。

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