第17話 新生PT
新生の努率いる三人PTは浜辺の階層主であるシェルクラブへと挑んでいた。カミーユの戦いの様子を見るためにダンジョンへ潜ったので努は階層主まで行くつもりはなかったが、カミーユに半ば無理やり連れられて挑む運びとなった。
どうしてこうも階層主を倒したがる女性がいるのかね、と努は嫌になりながらも三回目のシェルクラブと対峙した。いつも通りガルムがタンクを務めて努はヒーラー。カミーユはエイミーの代わりにアタッカーを務めることになった。
「さて、お手並み拝見といこうか」
「どちらかというとそれは僕の台詞な気がします。カミーユはガルムがコンクラ打った後に背後から奇襲をお願いします」
「はっはっは! 確かにそうだ! いやはや失礼、了解した」
女性が持つとは思えないほどの巨大な鉄の大剣を肩に背負ったカミーユは、気丈に笑いながらも赤い闘気を受けたシェルクラブを相手取っているガルムを見据えた。
大剣を軽々と両手に持ちかえたカミーユはシェルクラブの背後に迫り、面を叩きつけるように大剣を振るった。ガキンっと弾かれる大剣。カミーユは弾かれた反動によろめきながらも首を傾げた。
「随分と硬く感じるな」
ポツリと呟いたカミーユに振り下ろされる巨大鉗。それをひらりと身体を回転させて避けた彼女は、その勢いのまま大剣も回転させて横から鉗を叩いた。シェルクラブを中心に風圧が広がる。カミーユはよろめかず、今度はシェルクラブが後ずさった。
ガルムが入れ替わるようにカミーユの前に出て、長剣で細脚の鎧を削る。三回目となるとガルムも慣れてきたのか、最小限の動きで効率よく鎧を削っている。今回はガルムに努はヘイストを常時かけているので、その効果もある。
「ほう。あれが噂のやつか」
カミーユは努からガルムに飛んでいく青い気を見て眉を上げながらも、ガルムと一緒にシェルクラブを迎え撃つ。少しするとカミーユは努に下がるよう指示を受け、大剣を肩に担いで退いた。
「コンバットクライ!」
ガルムの赤い気を受けたシェルクラブは、しかしそれでもカミーユから視線を外さずに彼女へと足を進める。一階層から四十階層までPTを共にして大体のダメージ数値やスキルを把握しているエイミーと、初合わせのカミーユではシェルクラブのヘイト予想は違ってくる。
ヘイト管理を失敗した努は歯噛みした後に指示を出す。
「……すみません。ヘイト管理ミスです。カミーユは今より少し攻撃を抑えて。ガルム、ヘイストはもうかけないからそのつもりで」
「あぁ」
「了解した」
二人に効果時間をズラしてプロテクをかけた努は青ポーションを少し口にした。そしてシェルクラブの横を取るように歩きながら二人の一挙一動を見る。
ガルムは細脚を、カミーユは鉗と細脚を中心に攻めている。エイミーのように身軽さと手数を売りにした双剣士であれば背甲を狙えるが、カミーユは大剣士。一撃が重い代わりに身軽な動きは出来ない。
装備は革鎧などを中心とした身軽な物を着用しているが、その得物は柄まで含めれば彼女自身の背と同等の大きさを持つ大剣。隙を見て背甲にそれを振り下ろそうとするも、巨大鉗で受けられてしまっていた。
しかし身軽さを捨てているカミーユの一撃は重い。それを受ける細脚や鉗の鎧はどんどんと削れていく。
削れていく自身の鎧にカミーユを脅威と認識したシェルクラブは彼女を集中的に狙い始めた。
(うーん、多分あれでも抑えてるつもりなんだろうな。このままだと不味そうだな)
構わず攻撃を続けているカミーユに努は舌打ちしそうになった気持ちを抑えるように唇を引っ込めた。このままではガルムがヘイトを稼げずにカミーユが集中的に狙われ、手傷を負うことは目に見えていた。
エイミーとは二十階層からこの戦法を使い始めたおかげか、彼女自身もモンスターを過剰に攻撃して自分が攻撃されないように抑えることを覚えてきていた。なのでシェルクラブの一戦目はまだしも、二戦目はかなり余裕を持って倒すことが出来ていた。
しかしカミーユには戦法を口頭で伝えただけで、実践経験も四十九階層の道中だけと少ない。当然エイミーとは違う。しかし努の中ではエイミーありきで考えが進んでしまっていた。
努は自分の考えの浅さにイラつきながらも、白杖を掲げていつでもスキルを使えるように心構えをした。
シェルクラブを攻撃することに加えて防御もこなすとなるとカミーユの体力消耗が激しくなる。カミーユの息が次第に上がっていき、額から垂れた数滴の汗が砂場に舞う。
完全に無視される形となったガルムもコンバットクライや剣と鎧を打ち鳴らして敵の気を引くスキル、ウォーリアーハウルなどで気を引こうとするが、シェルクラブは完全にカミーユを屠らんと両鉗を動かしている。
カミーユを引き潰さんと繰り出される質量のあるシェルクラブの体当たり。それを少ない体力を使い切るように大きく横へステップして避けるカミーユ。それを狙いすましたかのように巨大な鉗が迫る。
カミーユは盾代わりに大剣を正面に構えて受けたものの、鉗に掬い投げられるように大きく吹き飛ばされた。
衝撃に揺れる腕に歯ぎしり。努のプロテクを空中で受けたカミーユは体勢を整える間もなく背中から砂場に叩きつけられた。肺から漏れ出たような悲鳴が出る。
「ハイヒール、ハイヒール、ハイヒール。ヘイスト」
努の掲げた白杖から射出されるハイヒールが倒れているカミーユを包む。痺れていた手はすぐに感覚を取り戻し、着地した際の痛みもすぐに消えた。身を包んだ緑の気にカミーユは心底楽しそうにしながらも荒い息のまま立ち上がる。
回復だけならばハイヒールは一度でもよかったが、努はシェルクラブのヘイトを稼ぐためにあえてハイヒールを余分にカミーユとガルムに当て、ヘイストを自分へかけた。カミーユに一度攻撃を当てたシェルクラブは過剰にスキルを使った努へと標的を移した。
「エアブレイド。カミーユ。一旦攻撃を止めて休憩。ガルムは引き続きヘイト稼ぎ。青ポーション使ってもいいです」
迫ってくるシェルクラブに牽制の風刃を放った努は指示を飛ばす。そして砂を巻き上げて迫り来るシェルクラブに努は震えそうになる足を平手で叩いた。
(二人共疲れてる。自分のミスだ。自分で挽回しろ)
三回目ともなればシェルクラブの攻撃も見慣れたものが多い。しかし慣れているとはいえ努のVITではプロテクをかけようがどんな攻撃でも致命打となり得る。普段の努なら絶対にしないリスクの大きい行動。
しかし自然とエイミーありきで動いていた自分を努は恥じた。地面に突き刺さる鉗。死を呼ぶような風圧に彼の心は縮み上がりそうになる。近くで見るシェルクラブは見上げるほどに大きく、キチキチと動く口と機敏に動く触角はおぞましい。
空を挟む巨大鉗。あの巨大な鉗に挟まれることを想像しただけで努は失禁しそうになる。ミスを犯せばこんな怖い思いをしなければならない。死への恐怖に努の息は自然と浅く早くなり、自分が囮になるなんてしなければ良かったと後悔の念が浮かぶ。
時折背中を向けてから放たれる水弾に気を配りながらも、努は恐怖心を押し殺しながらシェルクラブの攻撃を避け続ける。一度の攻撃を避けるだけでも努は心が削られている気がした。
それから一分と持たずに努の息は過呼吸になり始めたが、その頃にはガルムのスキルによって充分にシェルクラブのヘイトを稼げた。後ろから斬りかかったガルムにシェルクラブが振り向く。
シェルクラブのターゲットから外れたことに努はホッとしながらも、ガルムにプロテクをかけた後は息を整えるために足を止めて深呼吸を繰り返した。
それからはカミーユの過剰だった攻撃を少しずつ調整していき、ガルムからヘイトを出来るだけ外さないように立ち回った。プロテクをかけられたVITの一番高いガルムであれば挟まれない限り致命打は負わない。
ガルムがシェルクラブの攻撃を引き付け、その隙にカミーユが攻撃をシェルクラブに入れる。ヘイトがカミーユに向いた間は彼女がシェルクラブを相手取り、ガルムはその間に休憩しつつ精神力回復。そしてカミーユが疲弊する前にまたガルムがスキルを発動してシェルクラブのヘイトを稼いで攻撃を受ける。その間にカミーユが休憩。努は支援スキルを絶やさないようにしながらも被弾した場合は回復スキルを即時放っていく。
ようやく正常に回り始めた安定した流れに努は一つ頷くと、余裕の生まれた時間でカミーユに話しかけた。
「いい感じですね。それじゃあガルムが引きつけている間に龍化使っていきましょう」
「あぁ。任せてくれ。一気に仕留めてみせよう」
実に頼もしげに口角を上げたカミーユは龍化という言葉を口にする。その言葉と共にカミーユの腕や足を覆う赤の鱗が淡く発光し始め、燃えるように赤い双眼と長い赤髪は更に赤みを増した。
大気が揺らめくような気を纏い腰まである長い赤髪がゆらゆらと揺れ、背中からは蛹(さなぎ)が還るように双翼が形成される。生えたばかりで白がかった翼は燃え上がるように赤く染まる。翼が形成され終わったカミーユは砂塵を上げ、自分の背ほどある大剣をシェルクラブの鉗(はさみ)に叩きつけた。
ガルムの攻撃によって鎧が剥げ始めていた巨大な鉗は、もはや打撃のような攻撃を何度か受けるとすぐに甲殻へ亀裂が走った。それを見て細い脚を動かして一度退こうとしたシェルクラブを、カミーユは逃がさない。
「パワー、スラッシュ!」
両手で持った大剣をカミーユは地面をしっかりと踏みしめて、大剣をスイングするように鉗へ叩きつける。その暴力的な打撃で巨大な鉗は見事に砕け散り、甲殻の破片が辺りに飛び散る。己が最大の武器を折られたシェルクラブは悲鳴を上げながら後ろへ下がった。
それからしばらくカミーユの独壇場が続いた。縦横無尽に駆け回るカミーユをシェルクラブは捉えきれず、砕け散った鉗を空中で彷徨(さまよ)わせた。その間に背甲への鋭い一撃が入る。
その動きは努も捉えきることが出来ずにカミーユへプロテクやヘイストをかけられずにいた。スキルを飛ばす速さがカミーユに追いつかずに制御出来なくなって、青や黄土色の気は途中で霧散してしまっている。
その動きと重い一撃にシェルクラブはたまったものじゃないと言いたげに鳴き声を上げた後、紫色の泡を吐きながら地面を耕すように掘り始めた。
しかし巨大な鉗が折られてしまえば移動する際の地面掘りにも時間を食う。背甲から水弾を飛ばして時間を稼ぎながらも、せっせと移動しようと身体を地面に半分埋めているシェルクラブ。カミーユは龍化した際に出来た翼で空高く飛んで水弾を避けながらも、空中で大剣を下に突き出した。
「兜割り」
空を蹴るようにして勢いづけ、処刑台のギロチンのように迫る大剣はシェルクラブの背甲に突き刺さった。シェルクラブを地面に縫い付けるように身体の真ん中を大剣が貫通する。
「エンチャント・フレイム」
鈴音のような彼女の声と同時、その大剣の周りに炎が具現する。シェルクラブは身体の内から身を焼かれて痙攣しながらも、光の粒子を漏らし始めた。
四十階層のシェルクラブを初めて逃さず仕留めることに成功したクラン。そこで最大の火力を持ったアタッカーとして知られていたカミーユは、その身を青い血に染めながら口に入った血をペッと吐いた。
「凄い」
彼女の豪快な戦闘を見て興奮しているように頬を赤くしているガルム。努も彼女の攻撃力と速さには度肝を抜かれていた。
(凄い火力だな。これなら三人でも火竜余裕で狩れそう。……でも目で追えないのが問題だな。飛ぶヒールより速い速度ってどういうことなの)
龍化状態で敏捷性を上げた際のカミーユの動きは、最早人外といっても差し支えない速さだ。努が支援スキルや回復スキルを出来うる限界の速さで飛ばそうが、カミーユには追いつかない。なのでエイミーのように継続してヘイストを当てることが困難だった。
ヘイストが切れる間際や怪我を負った際は一度止まって貰うことを努は考えたが、龍化の最中は目の前の敵のこと以外に意識を割けないとのこと。努はこれを一種の狂化状態と考えている。
ならばいっそ最初にありったけの精神力をかけてカミーユにヘイストをかけるべきか。しかしそれではヘイトを自分が稼いでしまう。自分が嫌うあの戦法と何ら変わらなくなる。ではどうするか。思考の海に沈みかけた努の前に無色の大魔石がドサリと置かれた。
「いやはや、君たちの連携にはお見逸れしたよ。なるほどねぇ」
カミーユの背中にあった赤い翼は龍化を解いた途端に炭化して焼け落ちるように消えていき、その背中は垂れ下がった長い赤髪で覆い隠されている。
努が置かれた大魔石をマジックバッグにしまっていると、カミーユは大剣を砂場に突き刺してそれに寄りかかった。
「ガルムの高いVITを活かして盾役に。ここまではまぁ、他のPTもやっているところは見たことがある。しかしツトムの飛ばすヒール。私は白魔道士には明るくないが、あれは初めて見たよ。あれのおかげでガルムがポーションを飲まずに戦闘にだけ専念出来ているように見える」
「えぇ。カミーユさ……。カミーユ。ツトムは凄いのです!」
黒い尻尾をぶんぶんと振るガルムをカミーユは微笑ましそうに目を細めながら見つめる。
「しかし、ガルムも成長したな。お前もツトムの飛ぶヒールを意識しながら戦っているように見える。もう狂犬ではなくなったようだな?」
「ありがとうございます!」
カミーユがからからと笑いながら口にする二つ名にガルムは勢い良く頭を下げる。何かが砕ける音と共に現れた黒門を見て努はギルドへの帰還を二人に促した。
「なんだ。今日はもう行かないのか?」
「今回はカミーユの龍化と戦闘の際にどういった動きをするのかを見るだけに留めようと思っていたので、今日はこれで終わりです。というかシェルクラブに挑む予定も元々はなかったんですからね」
ジト目で睨む努にカミーユは両手を合わせた。
「すまんね。ツトムのおかげでシェルクラブを突破出来たと聞いていたからな。どうしてもこの目で見ておきたかったんだ」
「一人で黒門に入るのはこれっきりにして下さいよ。……あ、この後定休日だとかスキルの確認をするので何処かの店で打ち合わせします。大丈夫ですか?」
「そうか。しかしそろそろ副ギルド長が大慌てで私を探す頃合だ。悪いが打ち合わせは夕方頃からで構わないか?」
「えぇ。構いません。では夕方頃にギルドのモニター前集合とします」
ニコニコと嬉しそうにしているカミーユに努はそう返して黒門を潜った。
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