第16話 針のむしろ
外に出た時に努は道中で犯罪者でも見るような視線をいくつか向けられた。そんな突き刺さるような視線を遮るように横へ立つガルムは頼もしく見え、努はそんな視線も気にせずに堂々と歩くことが出来た。
朝早くギルドに着くと中にいる探索者の数は普段よりは少ないが、五十を越えるモニターには全て探索者たちが映っている。少ない探索者たちには遠目で見られるだけで特に突っかかれることもなく、努はガルムに連れられて受付の奥に入った。
先日入った応接室の更に奥。ガルムと同じ藍色の制服を着た二人の番人が厳しい顔つきで居座っている扉の前で彼は一度止まった。
「ギルド長に私が到着したと伝えてくれ」
ガルムの顔と胸にある金バッジを確認した門番は頷いた後に扉を開けて先んじて入った。そしてすぐに門番は帰って来た。
「入れ」
凛とした透き通る声に促(うなが)される。ガルムは失礼しますと一声かけた後に部屋へ入った。
努も続いて入ると流石はギルド長室といったところか、内装はとても豪華で高級ホテルの一室のようだった。床は赤い絨毯(じゅうたん)が敷かれていて壁にはいくつもの煌く勲章が掲げられている。その他にも受け継がれてきた様々な魔道具などが立ち並んでいた。
そしてその部屋の机の前で藍色の制服を着た大人びた女性が後ろ手を組んで立っていた。その佇(ただず)まいは何処か侵してはならない神聖さのような物を感じて、努は芸術品に見惚れたように立ち止まってしまった。
「どうした? かけたまえ」
腰まで伸びた燃えるような赤髪を後ろで一纏めにしている彼女は、灼熱の鱗に包まれた手を努の前に置かれている背もたれ付きの椅子に向けた。その自信を体現したかのような凛々しい顔にも赤い鱗が輪郭(りんかく)を覆うように薄く張り付いている。
竜人(ドラゴニュート)の中でもより優れた能力を持つと言われている神竜人、アブソリュート・カミーユという女性がそこにはいた。
努が恐る恐るといった様子で椅子に座るとガルムも続いて座った。それを確認したカミーユも着席した。
「まずは自己紹介をさせて貰おう。私はこのギルドの長を務めている、アブソリュート・カミーユという者だ。カミーユと呼んでくれて構わない。よろしく頼む」
端然とした笑みを浮かべたカミーユは次に努へ自己紹介を求めるように彼へ手の平を向けた。努は両膝に置いた拳が震えそうになるのを抑えながらも声を発した。
「初めまして。ツトムといいます。よろしくお願いします」
「ガルムから話は聞いているぞ。レベル20で五十階層を突破したらしいじゃないか。それに君の講じた策のおかげで階級主を突破出来たとも、二人から聞いている。僅か一月でその成果を叩き出した君の力は、これからも是非このギルドで振るって欲しいものだ」
「き、恐縮です」
努の言葉遣いを聞いてカミーユは一瞬思考を遮らせたが、すぐに切り替えた後に机の引き出しを開いた。
「だが、今回君を呼び出した理由は残念ながらそれだけではない。君もガルムに見せられたであろうが、この記事の件についてだ」
引き出しから新聞を取り出したカミーユはそれを机に置いた。その新聞をカミーユは片手でぐしゃりと握った後に席を立った。
「今回の件はソリット社を通してしまったギルド。そして長たる私に責がある。本当に、すまなかった」
彼女は椅子から立ち上がって努に謝罪し、深く頭を垂れた。努は一瞬思考停止した後に慌てて立ち上がろうとしたが、ガルムは片手で彼の肩を掴んで押し戻した。
ガルムに目を向けた後に努は前を向き、それから数秒してもカミーユは顔を上げなかった。努は少し慌てたように口にする。
「悪いのはソリット社ですよ。ギルドが謝る必要はありません」
「民の署名と賄賂。それを加味した上で取材はガルムとエイミーが主体になると楽観してソリット社を通した私の責任もある。君は金の宝箱を引いてギルドに莫大な利益を産み出し、更にはガルムとエイミーの壁さえ払ってくれた。そんな君にまたも不名誉を押し付ける結果になってしまった。どうか私の謝罪を受け取ってほしい」
(……この上司あってこの部下かな)
未だ頭を下げているカミーユにガルムの姿を幻視した努は少し可笑しそうに頬を緩めた。
「ギルド長からの謝罪は受け入れました。ギルドに対しては特に思うことはないので頭を上げてください」
「そうか。感謝する」
ようやく頭を上げたカミーユに努は安心したように一息ついた。高貴な雰囲気を放っている彼女に頭を下げさせるのは、努にとっては忍びなかった。
「ではソリット社に対するこれからの対応だが、まずはこの記事内容を修正させることに全力を注ぐ。時間はかかるだろうが、必ずこの記事は修正させる。それからソリット社からの賄賂金は君に全額譲渡する。ここまでは既定事項だ。問題はエイミーについてだが……」
「あー、エイミーさんは騒動が収まるまではPTから外れて頂いて大丈夫です。お互いに何の利益もないと思うので」
「話が早くて助かる。しかし代わりのPTメンバーの都合はついているのか?」
椅子に座って両肘を机に置いたカミーユに努は困ったように口を引き結んだ。問題はそこである。彼女の代わりを務める者の補充。
「……正直見つかりそうにないですね。もしギルドの方で都合のいい方がいらっしゃるなら、出来れば紹介して欲しいです」
「エイミーの代わりとなると、人選は限られるな。だが二人ほど宛てはある」
まだ努はギルドにメンバー募集を依頼していないが、今依頼してもいい人材が来るとは努には思えなかった。なので最悪ガルムと二人で潜ることも想定していただけに、努はカミーユの言葉に安心した。
「恐らくエイミーの代わりを務められる者は私か副ギルド長くらいであろう。そろそろ副ギルド長にこの座を経験させるいい機会だ。私がエイミーの代わりに君のPTへ加わることにしよう」
「……へ?」
朗(ほが)らかな笑みをして席を立ったギルド長であるカミーユとは裏腹に、努は思考停止したように表情を固まらせた。
――▽▽――
ギルド内はいつもよりもざわめいていた。ギルド長の一時引退宣言。そしてその宣言をした元ギルド長は平然とギルド内にある食堂を利用している。円卓を囲むように座っているカミーユとガルムと努。
「いやぁ。ここを利用するのも実に久々だな。あっはっは」
「カミーユさん」
「おいガルム。私たちは今日から対等なPTメンバーであろう? 敬語はいらないと何度言えばいいのだ」
「無茶を言わないで下さいよ……」
もうたじたじだと犬耳を萎縮させているガルムの背をカミーユはぽんぽんと叩く。努はその様子に何とか愛想笑いを引き出していた。
話はトントン拍子で進みカミーユはエイミーの代わりとして努のPTへ加入することとなった。その後は警備団本部から送られてくる人をその場で待っていたのだが、その代わりに真新しい服を来た新人がガチガチに緊張しながらやってきた。
ガルムに警備団本部から伝言を預かってきたという新人が彼に伝言内容を話すと、ガルムは呆れたと言わんばかりにため息を一つ吐いた。その内容はエイミーがソリット社に殴り込みをしていて、その騒動の鎮圧に本部が向かっていてギルドに手が割けないとのことだった。
なので努の事情聴取は後回しとなった。その後はPTとしての結束を深めようとカミーユに提案され、今に至る。
「あー、それではカミーユさん。ステータスカードを見せてくれますか?」
「呼び捨てで構わないぞ」
「流石に年上の人を呼び捨ては抵抗がありますよ」
単に年上というより何処か自分とは身分が違うように努には思えるほど、カミーユは他の者にはない存在感のようなものを発している。そんな彼女は面白そうに軽く口元を押さえた。
「ツトムはPTリーダーであろう? PTに年の差など関係ない。リーダーにメンバーは付き従うものだ」
「それではカミーユさんをPTリーダーに任命しますので」
「こんなこともあろうかと契約書を書いておいた。ここにしっかりツトムがPTリーダーを務めると記してある。もしこれが破られるようなら私はこのPTから脱退せねばならなくなる。よろしく頼むよ、リーダー?」
「……副ギルド長に頼むことは出来ないのですかね。ガルムさんが沼の毒を受けている時よりも辛そうなんですけど」
そわそわとしていて落ち着かないガルムに目を向けて努がそう言うと、カミーユはガルムに振り返った。目を向けられてぎょっとするガルム。
「そうなのか?」
「いえ、そんなことは」
「ほら、大丈夫みたいだぞ。きっとエイミーの後始末のことでも考えていたのだろう」
狼社会を彷彿とさせる二人を見て努は思わず苦笑いを浮かべていると、カミーユは悲しげに整った眉を下げた。
「それにしてもここまで拒絶されたのは久しいな。確かに紅魔団の者よりかは頼りないかもしれんが、これでも五十階層までたどり着いている身だ。戦力不足ということはないはずだが」
「いや、戦力としては申し分ないと思うのですがね?」
「なら良いではないか」
にんまりとしたカミーユに努は頭を抱えそうになったが、確かに戦力としては五十階層を越えているようなので問題はない。それにあまりしつこく交代を要請して機嫌を損なわれてエイミーの代わりがいなくなるのは不味いと思い、努は小さく息を吐いた。
「わかりましたよ。それではカミーユ。ステータスカードを見せて頂いていいですか」
「おぉ! いいぞ!」
「それではこれからPTメンバーは呼び捨てにします。ガルムさんはいいですか?」
「あ、あぁ。構わない」
挙動不審のガルムにさぞ面白げなカミーユを見て努は大きくため息をつくと、美人の受付嬢に渡されたカミーユのステータスカードを見た。
レベルは67。ステータスはガルムやエイミーより一段階上。ジョブは大剣士。そしてスキル群を読み出した努は一つ見慣れない文字を目にした。
「この、龍化ってのは何なんです? 初めて見ましたが」
「それは私のユニークスキルだ。それを使うと一定時間の間ほぼ全てのステータスが上昇する」
「ユニークスキル……へぇー! それは凄いですね」
「ただそれを使うと本能に引きずられて少し思考が鈍くなる。少し見境がなくなってしまうから無闇には使わないようにしているスキルだ」
「ほうほう」
自分の知らないスキルに努は前のめりになりながらもカミーユの話を聞く。そのことにカミーユは気を良くしたのか鼻を高くしながら話を続ける。
「それと背中から翼を生やして空を飛ぶことも出来るぞ。それにブレスも吐くことが出来る」
「おぉ! というか龍化って人型のままですか?」
「もし龍になれるのだったら六十階層を越えられるやもしれんのだがな。それに飛べるといっても火竜ほど速くも長くも飛べない」
「いや、それでもいいスキルですね。取り敢えず龍化を見たいので、ダンジョンに潜って動き合わせをしましょうか」
そう言った努にカミーユは満足げに、ガルムはおずおずと頷いた。
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