第11話 立ち塞がる壁

 努が戻ってきた時シェルクラブはあいも変わらず元気に鉗(はさみ)を振り回していた。ガルムが横薙ぎを手盾で受け流してエイミーが細脚を双剣で斬りつける。


 細脚の三本ほどは貝と鉱石の鎧が剥げて鉗の貝なども目減りしている。あのエイミーが突き刺した背甲以外に外傷は見られないが、二人は徹底して鎧を削っていたようだ。


それと努の遠目には背景が透けて見える白い球体のような物も見えていた。さながら眼球のような形の球体の後ろには、9と番号が写っている。


 ガルムに伝えられた特徴と照らし合わせても一致することから、あれがライブ配信の映像を映し出しているカメラなのだろうなと努は思った。



(邪魔くさっ)



 木をすり抜けているところを見て実体はないのだろうと努は察したが、飛び回るそれは努からすれば邪魔にしか見えなかった。


 するとそのカメラは努の言葉を受け取ったかのように彼の方を見た。そしてそそくさと努の視界の端へ移動した。物わかりのいいカメラに努は思わずしかめっ面になりかけた。


 そんな努の姿を二人が確認するとエイミーが素早くシェルクラブから距離を離して努の傍に寄った。



「ヒール。プロテク」

「ごめん。ポーション三本使っちゃった」



 努が二人にスキルを飛ばすとエイミーはそう言ってぺこりと頭を下げた。努は困ったように笑顔を崩しながらそれを見下ろした後に頭を上げさせた。



「全く構いません。よく二人で持ちこたえてくれました」

「……大体はガルムが持ちこたえてたんだけどね」

「鎧を剥がしたのはエイミーさんでしょ? それにあの背甲の傷も負わせたのはエイミーさんですよね?」

「……まぁね」



 負い目を感じていた顔から一転してドヤ顔になっていくエイミーに努はくすくすと笑いを堪えながらも、彼はヘイストをエイミーにかける。



「罠は仕掛け終わりました。もしかからなかった場合はもう一つの巣に向かい、それでも見つからなかった場合は撤退します」

「わかったー」

「それじゃあこのことをガルムさんにも伝えますので少しの間ガルムさんとスイッチ……じゃなくて、シェルクラブの相手をしてもらってもいいですか」

「はーい」



 そう言って駆けていったエイミーの後に付いていきつつシェルクラブに近づいていく。



「ガルムさん! ヘイスト行きます! その間にエイミーさんと代わってください!」



 防御力を上げるプロテクと違ってヘイストは敏捷性を上げるスキルだ。ヘイストがあるのとないのとでは身体の動かし方が変わる。


 なのでヘイストは戦闘中に切れる。もしくはかける場合には声をかけた方がいいと努は判断し、声かけを徹底して行っていた。


 努の声に反応したガルムはシェルクラブの鉗に剣を打ち付けた。そして青色の気を身体に浴びながらシェルクラブから視線を外さないまま後ろに何度か飛んで努の近くにきた。


 ガルムと入れ替わるようにエイミーはシェルクラブへと向かい、横から振られた鉗をスライディングで避けながら細脚を切りつけた。そのエイミーを踏みつけようと浅く飛んだシェルクラブを彼女は猫のようにしなやかな身のこなしで避けていく。


 それを見届けたガルムは努に向き直って深く頭を下げた。何事かと努が思ったのも束の間ガルムは鎧の下から空の容器を二つ取り出した。



「消費ポーションは二本だ、すまない」



 努はエイミーの次はあんたかと、げんなりした表情をした。その表情にガルムは大きな黒い尻尾をしわしわとさせて目尻を下げ、再度深く頭を下げた。その様子に努は誤解を解くために慌てて口にした。



「大丈夫です。エイミーさんから話は伺っています。よく一人で持ちこたえてくれました」

「本当にすまない。この分は個人報酬から天引きしてくれて構わない。無駄な被弾が一度あったのだ」

「いや、いいですから」

「いや、私の気がすまない」

「……今はポーションの損得を話している暇はないので後で聞きます。いいですね?」



 その言葉に納得したのかガルムは下げていた頭を上げた。真面目すぎるのも考えものだなと思いながらも努は話を続ける。



「罠は仕掛けてきました。ただ今回はかかったらラッキーくらいの感じでいきましょう。もしかからなかった場合はもう一つの巣を探します。それでもいない場合、今回は撤退します」

「了解した」

「それじゃあ鎧も剥げてきてますし、本格的に削っていきましょうか。あ、そろそろヘイスト切れるので歩きながら向かいましょう。切れたらコンクラお願いします」

「……コンバットクライで合っているよな?」

「あ、すみません。はい。合ってます」



 ガルムに顔を見合わせられて努は慌てて肯定しながらもシェルクラブへと足を進めた。そしてガルムの身体から青い気が消えると彼は努から離れてコンバットクライを発動した。エイミーの方を向いていたシェルクラブが素早く細脚を動かして横歩きでガルムへと向かう。


 少し離れている努の前髪が舞い上がるほどの勢いで振るわれる鉗。それをガルムは盾で受け、身体を引いて横へ流す。左の小さい方の鉗はガルムを挟もうと大きく開いていたが、彼はすぐにそれを察知して後ろに引く。ガチン。鉗は空を挟んだ。


 エイミーはその隙に背甲へ乗ろうと機会を窺っているのだが、手傷を負わせられて警戒しているのか、背後への警戒心が強い。エイミーが近づこうとするとすぐに身体を回転させるか、動きを止めて背甲から水弾を発射してくる。


 何とかあの傷を抉ることは出来ないか。エイミーは探索者時代の記憶を思い起こしていると一つ手段を考えついた。ガルムの方へシェルクラブの気が向いた途端に双剣をしまい、横にある木の幹(みき)に足をかける。



「ガルムー!!」



 その大声の方へガルムが横目を向けると、エイミーが木によじ登りながら手を振っていた。エイミーのやりたいことを察したガルムはそこにシェルクラブを誘導するため、カチカチと動いている口へ向かって砂を蹴り上げた。


 するとシェルクラブは突然ガルムに背を向け始めた。一瞬ヘイトが努に向いたのかと思いガルムが焦った束の間、シェルクラブは座り込むように姿勢を下げると背甲から鋭い水の針を発射した。


 その動作を見た途端、二年前の彼ならその攻撃を察して避けられただろう。しかしガルムに芽生えた敵を引き付ける役割を担う考え。その考えが彼の思考を鈍らせ、判断を遅らせた。


 ガルムが回避の体勢を取るも勢い良く発射された鋭利な水は鉄の鎧を易々と貫き、ガルムの腹と太ももを貫通せしめた。


 太い針が腹と太ももに突き刺さっているような痛み。空いた穴から流れ出てきた血が砂を赤黒く染めた。



「ぐっ」



 苦渋の声を上げながらもガルムの動きは止まらない。探索者時代の経験ではこれより酷い状況でも動かなければいけないことがいくつもあった。


 弱った獲物に止めを刺すように斜めから振るわれた鉗を避けて、ガルムはエイミーがいる場所へ向かう。その途中、緑の気がガルムの足を包む。努のハイヒールはその後腹にも飛び、流れ出る血を止めて内臓を修復し始める。


 薄れていく痛みにありがたみを感じながらもガルムはそのままエイミーのいる木の下へ駆ける。途中、シェルクラブが自分を追わずに静止していることにガルムは気づく。


 すーっと。シェルクラブの触角が動く。杖を構えた努へと。


 さながら戦車のように砂を巻き上げながら細脚を動かし、シェルクラブはすぐに努へ迫った。努がヘイストを自分にかけ終わる頃にはもう鉗は振り上げられている。努の頭上に影が差した。


 努はそれを一瞬見上げた後にすぐ全力で横に飛んだ。ろくに受身も取れずに転がった努の頬を風に乗った砂粒が叩く。鉗が振り下ろされた砂場は深くへこんでいた。


 当たれば間違いなく死ぬ。努は竦んだ足を無理やり動かして這い這いで移動し、その後の薙ぐように振るわれた鉗も何とか避ける。ぶわりと死を予感させる風圧が努の背中を撫でた。



「コンバットクライ!」



 風圧に呷(あお)られて砂場を転がる努の耳に回復したガルムの声が聞こえてくる。すぐに振り返ってシェルクラブのターゲットから外れたことに努は安心しつつも、かちかちと震える顎を止めるように杖を掲げて叫ぶ。



「プロテク!」



 ガルムとエイミーの身体に黄土色のオーラが宿る。ハイヒールを二回使って倦怠感を感じていた努は少しふらつきつつも、頭を振って付着した砂粒を落とした。


 努は腰から青ポーションの入った細瓶を抜いてその中身を飲んだ。清涼感のあるミントのような味が口に広がる。


 そしてすっきりとした頭を働かせて努は空の容れ物を腰に挿し、シェルクラブを目で捉えて現状を把握する。


 シェルクラブの標的になったガルムは木によじ登って葉に隠れているエイミーの下へ向かっていた。器用にバックステップで移動しながらシェルクラブの攻撃をやり過ごしている。


 ガルムはエイミーの下にたどり着くと木を背にしながらシェルクラブの攻撃を誘発させようとした。するとガルムの狙い通りシェルクラブが左鉗を開いて彼を挟み殺そうとした。


 ガルムは木の背面に回り込んで木の幹を踏み台にし、後ろへ飛んだ。ガルムの代わりに鉗に挟まれた木は易々と砕け折られる。そのまま横に倒れる木。その木からエイミーは背甲に飛び乗った。



「岩割刃!」



 エイミーがスキル名を叫びながら両手に持った双剣を二つの傷跡に叩き込んだ。甲殻が破壊され白い身が見えている場所への斬撃は、シェルクラブに甚大な損害を与えた。



「ビキぃぃぃぃぃぃぃ!!」



 離れていた努にも聞こえるほど大きな叫び声を上げたシェルクラブは発狂したように身体をぶんぶんと動かした。エイミーは鍵をかけるように双剣を捻って抜くとすぐに離脱した。


 中々いいのが入ったとぼやくエイミーの声を聞きながらも、ガルムは追い討ちをかけるように細脚の関節に長剣を突き立てる。薄黒くヒビの入った甲殻は崩れて白い身が剥き出しになった。シェルクラブの怒りが混じった猛攻にガルムは一度退いた。


 ガルムが離脱した後もシェルクラブはしばらくその場で暴れ続けた。口からは透明の泡を吐き、鉗を無造作に振り回し背甲から水弾を無数に飛ばしている。二人はその状態を確認して水弾を避けながらも迅速に下がった。



「あれは近づけませんね。しばらく避けに徹しましょう。あれが収まるまではヘイストをガルムさんにもかけます」



 水弾攻撃が多かったので努はヘイストをガルムにも常時付与するようにした。しばらく水弾を三人はお互いがぶつからないように距離を取りながら避ける。


 ガルムがコンバットクライを発動するもヘイトは彼だけには向かない。シェルクラブは一種の発狂状態に陥っているため、攻撃も無差別的なので努もしっかりと避ける必要がある。


 ヘイストをかけて敏捷性を上げて少し遠目に離れていれば水弾を目視出来る。水弾は初速は速く人体を容易く貫く威力を持っているが、その分|距離減衰(きょりげんすい)が激しく遠目なら吹き飛ばされる程度で済む。


 努は四度ほど水弾を食らって吹き飛ばされ潮だまりに顔から落とされたり、砂場をゴロゴロと転がったりして全身砂だらけになっていた。エイミーから出来の悪い子供を見るような目を向けられて、努は誤魔化すように白ローブの砂を払った。


 そしてシェルクラブの挙動が少し鈍くなったところで努はガルムにヘイストをかけるのを止めた。いつも通りプロテクをつけて青ポーションを飲ませた後にコンバットクライを打たせる。


 それからはエイミーが傷跡の残る背甲狙い。ガルムがシェルクラブの攻撃を受けつつ身の剥き出しになった身を突く。努は支援スキルの継続と回復。ヘイトが向かなそうであればエアブレイドを放つ。


 シェルクラブは先ほど大量に撃ったせいか、背甲から水弾を飛ばす頻度が減った。それからはエイミーが調子づき背甲をズタボロにし始めた。少し過剰に攻撃しすぎてガルムがヘイトを稼げていなかったので、彼女に攻撃頻度を下げるように努は指示する。



「えー、大丈夫だって」

「魔法職がいるなら一気に削ってもいいところですけどね。エイミーさんがここで万が一死ぬとPTが崩れるので我慢して下さい」

「……はーい」



 シェルクラブの動きは弱まりこちらの攻撃も通るようにはなったが、それでも鉗が直撃すればエイミーや努は即死する。ガルムも元はアタッカーなので総崩れにはならないが、危険を冒す必要はない。


 支援スキル二つを付与されながらもシェルクラブと立ち回っているガルムを見て、エイミーはつまらなそうに唇を尖らせた。


 ガルムは鉗の攻撃を避けつつも堅実に細脚を突いている。そのおかげで細脚も三本ほど甲殻を破壊されて身が剥き出しになり、その内の一本は集中的に攻撃されて筋繊維がズタズタに裂かれている。


 努がエアブレイドを細脚に放つとそれは面白いように白身を切り裂く。体勢を少し崩したシェルクラブの細脚を更にガルムは突き崩す。



「ミスティックブレイド!」



 ガルムの言葉と共に神秘的な青色に包まれた長剣。それを斜めに振るうと空気が破れるような音の後に四本目の甲殻が破壊されて、シェルクラブは小さく悲鳴を上げながらもカサカサと後ろに下がる。


 主にヘイトを稼ぐスキルに精神力を割くため、コンバットクライとエンチャント以外はあまり使わないようにガルムには指示していた。ミスティックブレイドは強烈な攻撃スキルだが、ここで使うのは努からするとあまり良くはない。使うにしても巣へシェルクラブが移動した後に使うことが最善。


 ガルムもエイミー同様少し高まってしまっているかなと、努はその情報を頭の隅に入れた。それを知ってさえいればフォローすることが出来る。


 そして四本目の甲殻を壊されて後退したシェルクラブは口をもごもごさせた後、白く粘ついた液体をガルムに向かって吐き出した。自身の身体に貝や鉱石を付着させる際に使用するその液体は、当たれば間違いなく動きを封じられてしまう。


 ヘイストを付与されているガルムは危なげなくそれを避ける。そしてその攻撃は体力五十パーセントを切った兆候でもある。双剣を持ってうずうずとしているエイミー。



「それじゃあ、そろそろいきますか」

「待ってましたぁ!」



 努にGOサインを出されたエイミーは鼠を追いかける猫のように飛び出した。すぐに背甲に飛び乗って二つの傷跡を広げるように双剣を振るう。シェルクラブはピタリと動きを止めて水弾を出そうとするも、弾の込められていない銃からは弾は出ない。


 何回か潮だまりへ水を補充しようとはしていたのだが、それは努がエアブレイドを白身丸出しの細脚に撃って怯ませることで防いでいた。水弾が出ないことをいいことにエイミーは背甲の上で好き放題双剣を突き刺している。


 背中を双剣で掘るようにされてシェルクラブは悲鳴を上げながら身体を振り回す。双剣を白身に突き刺して顔に青い血を付けながらも、まるでアトラクションに乗っているかのように笑いながら双剣にしがみついているエイミー。彼女はちょっとハイになりすぎだなと、努は評価づけて気を配るようにした。


 そして優勢なまま戦闘が続くとシェルクラブは両方の鉗を地面に思い切り突き立てた。地面を耕(たがや)すように何度も地面に鉗を突き刺す。口からは白い泡が吹き出している。



「ツトム! 移動の兆候だ!」

「はい。泡は白。貝も剥げてきているので移動するでしょう」



 ガルムは飛んでくる砂粒を盾で受けながらも叫んだ。努はガルムの声を聞きながらシェルクラブの様子を確認しつつエアブレイドを放っていた。エイミーは背甲から飛び降りて努の方へ走ってきた。


 そしてシェルクラブはしばらく暴れた後に勢い良く上に飛び上がった。ドリルのように身体を回転させながら両方の鉗を地面に突き刺して掘り進み、砂を一面に巻き上げた後落ちていくように姿を消した。地鳴りのような音はすぐに遠ざかっていった。


 ふう、と努が息をついて白杖を砂場に刺す。ガルムも静かに血を払った長剣を鞘に納刀して、エイミーは昂ぶりを抑えるように双剣を乱暴にしまった。



「……音だけ聞くと、罠とは逆方向に行ったみたいですね」

「私、追いかけようか? 結構手応え感じたし見つけたらすぐ倒せるかも!」



 予想以上の手応えを感じたのか青い血のついた猫耳をピコピコさせて興奮した様子のエイミー。白い泡を吹き出した時の残存体力は三十%。紫泡が二十%。青泡が十%。そのことを知っている努はエイミーの提案にゆっくりと首を振った。



「いえ、今回は罠の確認に行きましょう。二つの巣を遠くから眺めて存在を確認出来ないようなら撤退します」

「……でも! 明らかにあっちへ行ったよ! 逆方向なんでしょ? だったら追いかけた方が――」

「エイミー」



 なおも引き下がるエイミーの首根っこをガルムが引っ掴み、彼女は空中で足をばたつかせた。エイミーは恨めしげにガルムを見やるが、彼はどこ吹く風といった様子で宙に浮いているエイミーを下ろした。



「今のPTリーダーはツトムだ。指示に従え」

「……リーダーが正しい指示をしているかなんてわからないよ。間違った指示をすることだって、大手クランでもよくあること。それにツトムは浜辺に来るのは初めてだ。いくらライブで見たって言っても、私はここに何回も実際に来て、見てきてる」



 エイミーはぽつりぽつりと言葉を絞り出す。ガルムは腕を組んだ。



「それは俺も同じだろう。だがお前の気持ちも、まぁわからんでもない。手応えは感じた」

「でしょ!? あれ絶対もう瀕死だよ! すぐ倒せるよ!」



 ガルムに振り返ったエイミーの瞳は明らかに冷静さが消えている。ガルムもそれに絆(ほだ)されているのか珍しく落ち着きがない。恐らく二人は初めて浜辺の階層主を倒せるかもしれないということで、冷静さを失っているのだろうと努は思った。



「まぁ、消費ポーションは五つなので最悪逃がしてもまたすぐに挑戦できますよ。荒野の呪いの魔石で採算は取れてますしね」

「えぇ!? 弱気すぎない!?」



 良くも悪くも欲に正直なエイミーはすぐに努へ反論する。ガルムは努の言葉を聞いて組んでいた腕を解いた。



「……ふむ。確かにツトムの言う通りだ。森の薬屋のポーションとはいえ五本なら俺でも賄(まかな)える。今回は努の立案した罠を試すのも悪くない」

「ガルムまで……。チャンスをみすみす逃すなんて! 罠なんて大手クランが失敗してるんだからかからないよ!」

「ふん。ならまた神頼みでもするのか? その結果がお前のクランの顛末てんまつだろう」

「……あれは! あいつが悪いんだ!!」



 黄金の瞳をガッと見開き今にも飛びかからんばかりに激昂したエイミー。白い長髪が僅かだが揺らめいているように見えて、努はモンスターが目の前にいるような錯覚を覚えた。エイミーから滲み出る憎悪のような何かに努はたじろいで思わず後ずさる。


 ガルムはそんなエイミーに少し驚いたように顔を引いたが、すぐに尻込みする様子もなく口を開く。



「貴様のクランの内情など詳しくは知らんが、俺も貴様も結果は似たようなものだ。強力な一撃を一気に放てるアタッカーの不在。それが原因でこの階層を突破出来なかった」

「……一緒にしないで」

「努の罠を張るという作戦は確かに幾度か大手クランが行って失敗している。だが、少なくとも俺のクランはそれを試したことがなかった。運良くすぐにシェルクラブを見つけたクランに夢を見て、逃げたシェルクラブを神頼みで探すことしかしなかった。今思えば馬鹿な話だが、あの時はそうだった」

「…………」



 その当時は神に選ばれたクランだけがシェルクラブを見つけることが出来る、なんて噂話がギルド内で広まっていた。自力で見つけてこそ神に認められてその後の探索も上手くいくという、言い伝えと云う名の思考停止。


 それに身を任せてしまった上で二人のクランは崩壊した。それ以外の方法を試さずに。



「神頼み出来るほど俺たちのLUKは高くない。ならば、努の作戦に従うことが私は――」

「……ふふ、そうかもね。私たちじゃ無理だった。でも、今は幸運者(ラッキーボーイ)がいるもんね」



 半笑いを浮かべて自棄糞気味(やけくそぎみ)にそう口にしたエイミー。


 ぎゅっと。努の杖を持つ手が強まり、糸のようにうっすらと開いていた目を縫うように閉じた。


 ガルムが目をひん剥いてエイミーの胸ぐらを掴もうとした手を、目を開けた努は横から杖で制した。



「ふふふ、気づいちゃいましたかエイミーさん。今回の作戦はそれも織り込み済みなんです。僕のLUKはこの前D+に上がりましたからね。エイミーさんたちより高いのです」



 ふふんと機嫌が良さそうに努は口にしてエイミーの肩に手を置いた。肩を叩かれた彼女は目を丸くして努に振り返り、そしてその目を見てゾッとした。


 努は相変わらず笑顔だ。いつもと変わらないような笑顔。しかしエイミーに向けている視線は、まるで子猫でも見ているようだった。それはギルドで努を幸運者と呼ぶ探索者――虫を見ている目と似ていた。


 あそこまで冷たい瞳ではない。しかしまるで人間ではなく動物でも見ているかのような視線に、エイミーは冷や汗が流れるのを確かに感じた。


 借りてきた猫のように身を固くしたエイミーから手を離した努は、砂を踏みしめて先陣を切って歩き始める。



「ま、ここは幸運者(ラッキーボーイ)に任せて下さいよ。早くしないとシェルクラブがどんどん回復しますし、取り敢えずは行動しましょう。道標の時間もそろそろ切れちゃいますからね」



 いつもと変わらない様子の努はガルムの肩もポンと叩いて小走りし始めた。ガルムは無表情でエイミーに一瞬目をくれた後、努へ付いていく。エイミーは何ともいえない表情を浮かべながらも続いた。遠くから傍観していたカメラもちゃっかり付いていった。

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