第10話 シェルクラブ

 黒門を潜った先には目を細めたくなるほど煌(きらめ)く白い砂浜が広がっていた。小さい池のような潮たまりや背丈の大きい木がいくつか見受けられ、さながら砂漠の中のオアシスのような風景だ。


 その白い砂浜から砂を巻き上げて二つの大きな鉗脚(かんきゃく)が飛び出し、ついで四対八本の細い足を細かに動かしながらシェルクラブが砂浜の下から姿を現した。


 日に照らされてキラキラと光る甲殻は強度の高い鉱物や貝で覆われていて、大きさが違っている巨大な二つの鉗(はさみ)はノコギリのようにギザギザとしている。見上げるほど大きい全長と人を易々と挟めるほど大きい鉗に努は少し怖気づきながらも、白い杖を構えて支援スキルを二人にかける。


 頭に生えている黒い触覚が支援スキルに反応するようにピクリと動く。そしてシェルクラブは横歩きで三人の下へ近づいてきた。



「コンバットクライ!」



 ガルムの赤い闘気に包まれたシェルクラブは触覚をガルムの方へ向けて右の鉗を振り下ろした。ガルムが横に避けると高く砂が舞う。ざりざりと地面ごと薙ぎ払うように振られた鉗も後ろに回避してガルムはスキルを発動する。



「エンチャント、アース」



 ガルムは片手に持つ長剣に土の魔力を纏わせて剣の強度を上げ、細い四対八本の足の一つを狙う。しかし甲高い音がすると共に弾かれ、鉱石の欠片が舞うだけで斬撃は通らない。


 攻撃を回避しつつ牽制攻撃を当て続けるガルムに、その牽制攻撃を無視して鉗を振り下ろし続けるシェルクラブ。そのがら空きの背後からエイミーが双剣を持って躍りかかる。



「岩割刃(がんかつじん)」



 二本の剣を背面の甲殻に突き立てたエイミーはそのまま甲殻の上に立ち、抜いた双剣を狂ったように振り回す。剣が振られる度甲殻に付着している貝が粉末となって舞い上がる。


 触角をエイミーの方に向かせたシェルクラブの動きがピタリと静止する。途端にエイミーは背甲(はいこう)から飛び降りた。すると背甲の隙間から針のように細い水が勢い良く吹き出て、それはエイミーの膨ら脛(はぎ)を薄く裂いた。


 人体を容易く貫く水弾は直撃すれば致命傷に成りかねない威力を秘めている。努のヒールがエイミーの足を包む間にガルムが執拗(しつよう)に細脚の関節を狙って長剣を突く。


 両方の鉗を広げてそのまま勢い良く回転したシェルクラブから飛び退いた二人に努はガルムにプロテクを、エイミーにはプロテクとヘイストを重ねがけした。



「行動をもう少し見たら自分は罠を張りにいきます」

「了解した」



 ガルムは努の言葉に左手の盾を握り直しながら答える。エイミーは既にヘイストによって軽くなった足を早めてシェルクラブへと向かっていた。


 振り下ろされた右の鉗を紙一重で避けて近づき、触角を切り飛ばそうと砂を踏みしめて飛び込む。まるで鉄の武器と打ち合ったかのような高い打撃音。左の鉗で防がれてエイミーは空中で少し止まる。右の鉗に挟まれる前にその鉗を片足で蹴って後ろへ飛んで体勢を空中で立て直す。砂を駆け飛ばしながらシェルクラブに再度向かう彼女。


 ガルムも加勢に向かい次々と振り下ろされる鉗を避けては細脚をチクチクと突いている。薙ぎ払いは手盾で受け流し、挟もうとしてくる場合は大きく後退する。


 鉗での突き刺すような突きを飛んで躱したエイミーはそのままその鉗に飛び乗り、前脚を伝うように走って背甲に飛び乗る。


 背甲はシェルクラブの体の構造上、鉗が届かない場所である。触角が機敏に動いてエイミーを見ようとした時にガルムが細脚の関節を突く。努もヘイト管理と誤射に気を払いつつもエアブレイドを細脚に放つ。


 一つの細脚を集中的に突き、纏わりついていた貝はどんどん剥がれていく。細脚の一本は薄い黒色の表面が見えるようになり、エイミーが削っている背面も段々と貝と鉱石が剥げてきた。


 するとシェルクラブはきりきりと硬いものを擦り合わせるような鳴き声を発した。そしてエイミーが降りる間もなくその場で勢い良く跳躍。ライブでも見なかった行動に努は飛んでくる砂粒を手で防ぎながらもその行動を見定める。


 その細脚で何故そこまで飛べるのかと突っ込みたくなるほどシェルクラブは跳躍している。そして勢いが無くなった頃を見計らってかシェルクラブは空中でゆっくりと半回転し、背中にいるエイミーごと地面へ突っ込もうとしていた。


 当然エイミーは半回転される前に双剣を突き刺し甲殻を蹴って離脱したが、普通に落ちればどうやっても骨折は免れないほどの高さだった。努は焦りでノイズが入る頭のまま考える。



(あの高さは死ぬ? エイミーなら足から落ちれるか。重度の骨折ならハイヒール。ヘイトはこちらへ向く。治してもすぐ動けるわけではない。ガルムのみで自分を守れるか。自分であの攻撃を完全に避けられるか。不可。一撃を貰う可能性はある。ならポーション。いや、骨折を軽減させる方法。支援スキル)



「プロテク!」



 空中でも焦らずに体勢を立て直しているエイミーの下へ走りながら努はスキルを発した。いつもかけているプロテクよりも多く精神力を込めつつ、持続時間を長くしないことで精神力の節約とヘイト上昇を抑えるよう試みる。


 エイミーはいつもより濃い土色の気が身体を覆ったことを落ちながら確認し、白い長髪をはためかせながら足から砂場に着地。衝撃を逃がすように何回か前転して止まった。すぐに努はベルトから細い瓶を取って蓋を開ける。



「状態は!?」

「折れてはないみたい。ありがと」



 ズドンと少し遠くでは砂煙が吹き上がっている。エイミーは片膝をつきながらも髪についた砂を払った。


 そして努が差し出したポーションをそっと押し返したエイミーは、針金をすり合わせているような叫び声を上げて立ち上がったシェルクラブを見据えた。



「いや、明らかに怪我してますよね。早く飲んで下さい」

「え? いや、このくらい大丈夫だよ?」

「……大丈夫なら足を見せて下さい」



 努は細い瓶をしまうと有無を言わせない表情で膝をついているエイミーに迫った。極力刺激を与えないようにブーツを脱がして靴下を優しく捲る。彼女の足首は鬱血(うっけつ)し紫色に変色してしまっていた。


 努はそれを見て苦々しい表情をした後にポーションの入った細い瓶を砂場に突き刺した。



「ヒールはガルムさんに使わなければいけないので使えません。それで回復して下さい」

「いや、だから。これくらいのに使うのは勿体無いって。ダンジョン出たら治るんだよ?」

「前々から思っていましたけど貴方達は……って言い争ってる場合ではありません。絶対飲んで治ってから来て下さい。もし飲まなかったら許しませんよ」



 そう言い残して走っていった努をエイミーは目を白黒させながら見送った。そして砂場に突き刺さっているポーションに目をやる。



(普通、逆なんだけどなぁ)



 歩くと痛みが走るだけの怪我でポーションを使ったら許さないと言われたことはあったが、ポーションを飲まないと許さないと言われた経験はエイミーにはなかった。


 そもそも個人にポーションを携帯させていること自体がまずおかしいのだ。遠慮を知らないエイミーでさえ努に支給されたポーションは飲んでいない。後で金銭を請求されるかもと疑っていることもあるが、やはり中品質の大魔石一つほどの価値があるポーションを使うことは遠慮していた。



(最悪お金要求されてもこの前中魔石貰ったし……)



 エイミーは砂場に刺された細瓶を手にとってその中身をちびちびと飲んだ。少し苦いが吐き気が来るほどの苦味ではない。流石はエルフのポーションだと舌を巻いている間にじくじくとした両足の痛みが和らいでいく。


 エイミーがポーションで回復している間ガルムは一人でシェルクラブの攻撃を躱し続けていた。ガルムの息は絶え絶えなのに対してシェルクラブが動きを鈍らせることはない。むしろエイミーに刺された双剣を背甲に生やしながら先ほどより勢いを増している。


 ピアノでも弾くかのように素早く細脚を動かして横歩きでガルムに近づいては鉗を振るう。気持ちよく踏み込めず体力を奪われる砂場を踏みしめてガルムは受けに徹していた。


 こちらが攻撃さえしなければ相手の一撃も貰わない。しかしガルムの体力は限界が近かった。疲労が足を鈍らせて判断を濁らせる。鎧が熱を帯びたように熱く、脱ぎ捨てたくなるような感覚に襲われながらもガルムはシェルクラブの体当たりを横っ飛びで避けた。



「ヒール。メディック」



 努の杖から緑の気が発射され砂場に転がったガルムの全身を包む。熱を帯びていた身体がじんわり冷やされるような感覚と共にガルムの息は少し落ち着いた。


 長剣を地面に刺しながら立ち上がったガルムはゆらゆらとしながらシェルクラブに斬りかかった。右の鉗で受け止められて左の鉗がガルムへ向かう。銀盾で防ぐも吹き飛ぶガルム。


 その隙に足の治ったエイミーがシェルクラブの背甲をよじ登って突き刺さった双剣を力を込めて抜いた。瞬間シェルクラブは暴れ馬のように辺りを跳ね回った。エイミーが弾かれるように砂場へ着地する。


 双剣を抜いた場所からは青い血が溢れていた。両方の鉗を砂場に叩きつけながらシェルクラブは触角を機敏に動かして金切り声を上げた。



「僕は罠を張ってきます。ポーションは惜しまず使って下さい」

「了解した」

「はーい」



 返事をした二人にその場を任せて努は背を向けて小走りで戦場から離脱した。そんな努を捉えたシェルクラブは努を追おうとしたが、ガルムのコンバットクライを受けてその場の二人に狙いを定めた。


 努は度々後ろを振り返ってシェルクラブが追いかけてきていないことを確認すると、マジックバッグを下ろして手を入れる。突き刺し型の道標を取り出して砂場に突き刺し、目印を付けながらも彼はシェルクラブの巣を探す。



(番いヤシの木と岩石三兄弟。あとは地面が盛り上がってる海辺近くか。ライブで確認してるし、早く見つかるといいんだけど)



 浜辺を走って道標を刺しながらも努はゲーム時代の知識を引き出しながらも浜辺を走り回った。そして十五分ほど走って背の低いヤシの木と高いヤシの木を見つけた。


 マジックバッグからシャベルを出して努はひたすら砂場を掘り始める。そしてヤシの木の下に貝や鉱石が埋まっていることを確認した努は、それらを片っ端にマジックパックへと突っ込んだ。そして代わりに形の似た柔らかめの鉱石や貝を埋めていく。


 それから努は砂場に埋められているシェルクラブの食料を一旦外に出し、エイミーが海に素潜りで獲ってきた斑模様(まだらもよう)の魚を地表にバラまいた。匂いを拡散させるためにいくつかの魚の腹はカッさばき、生臭い匂いが辺りに充満した。


 そしてシェルクラブの食料の大半を占めている斑模様(まだらもよう)の魚はポーションの素材となる魚で、シェルクラブが回復する原因でもある。


 その魚のいくつかに沼で採取した毒が入っている注射針を突き刺しながらも、食いついてくれよと努は祈りながらも来た道を戻っていった。


 ダンジョン外から持ち込まれたものは基本人の近くから離れると三十分ほどで粒子となって消えてしまう。なので突き刺した道標は三十分ほど経つと粒子となって無くなり機能を果たせなくなる。


 なので途中道標に触れながらも努はその周りを少し探索する。そして岩石三兄弟を遠目で発見出来たので、そこには道標だけ植えておいた。


 後は海辺近くの盛り上がっている場所も見つけたかったのだが、道標の時間もあるし二人の負担も考えて努は戻ることを決めた。最悪失敗しても次に活かせばいいと考えてのことだ。


 ダンジョンは地形を度々変えるがそれでも同じような地形や特徴などは存在する。森で遠目からでも見える大きい木の近くはモンスターが近寄らないセーフポイント。沼と底なし沼の見分け方は沼の色が濃いかなど。地形が変わってもその階層ごとに変わらない地形や物体は存在する。


 そのため階層ごとの特徴や知識は役に立つ。海辺の盛り上がっている場所自体はライブで確認済みだったので、努は一先ず収穫はあったと一安心した。


 努は帰る途中に海辺を見て回りつつ、いくつかの穴だけになって消えている道標を差し替える。


 そして努は道標を辿ってシェルクラブと戦う二人の下へと帰りついた。

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