第9話 ヒーラーの有用性

 その日のダンジョン探索は沼の二十一階層から始まり、沼の階層主であるクイーンスパイダーを倒したところで終了となった。階層主のいなくなった上空の張り巡らされた蜘蛛の巣を見ながら、エイミーは身体に張り付いた蜘蛛の糸を双剣で斬って剥がしている。


 未だ階層主が消滅した際の粒子がその薄暗い洞窟の中できらきらと宙を待っている。エイミーは努に治されて少し突っ張っている二の腕を触りつつ、全ての蜘蛛の糸を剥がし終えた。ガルムは未だ大きい尻尾に入り込んだ糸に四苦八苦している。


 そんな中、無色の大型魔石を両手で抱えてきた努はエイミーの下にそれを持ってきた。



「これ、どうです? 結構大きいですし三十万くらいしますかね?」

「うーん。見た感じでも質悪いし、十五万くらいかなー」



 大きさはあるが所々ヒビが入り気泡も多く含んでいる魔石をそう評したエイミーは、うわーと項垂れる努を見つめた。


 一階層でとんでもないお宝を引き当てた幸運者の少年。黒杖のオークションからは評価の高くない白魔道士のジョブを持ち、そこは幸運者ではないのかと後ろ指を指されている。実際エイミーもそう思った。


 白魔道士は前線の誰かを蘇生させたら後は見捨てられ死ぬだけのジョブ。粒子化した味方を回復スキルのレイズとハイヒールで万全にした白魔道士は、ほぼ全てのモンスターから集中的に狙われて仲間に見捨てられる。白魔道士が狙われている時間は、蘇生された者が落ちている装備を拾って着替える時間だ。


 モニターに映る時も大体真っ先に死ぬため観衆の評価は最悪で、大型店や貴族からの広告主指名――スポンサー依頼も来ない。白魔道士は名声を得られない。


 収入は他の者とは違いダンジョンでの報酬だけ。更に死んだ際には装備をPTが回収出来ないこともある。勿論大手クランなら補填(ほてん)を受けられるが、ダンジョンからの一品物は補填しようがないので金でしか補償されない。


 その当時大手クランで双剣士として人気が高かったエイミーは白魔道士たちを憐れみ、そして心のどこかで見下してもいた。プライドを捨てて金を拾うなんて自分はゴメンだと。


 そして白魔道士の努にも可哀想と憐れみを向けていたが、ギルド長の命令で渋々努の護衛を請け負うことになった。その間はのんびり時間でも潰そうと思っていた矢先の、四十階層到達。


 そして今回の沼探索でガルムの言っていたことが、エイミーにもわかり始めていた。


 努の飛ぶヒール。前回アタッカーを受け持っていた彼女はあまり怪我を負わないのでその凄さがわからなかったが、今日タンクを受け持ってからはその認識が変わった。


 まずはポーションの費用を下げられること。怪我を即座に回復させる緑ポーションは前線を張る近接系アタッカーからの需要が高く、現在はかなり高めで人気のポーションは品切れが多発している。


 それに比べ精神力を回復させる青ポーションは黒魔道士が階層主を倒すときに使う程度だ。精神力はよほど消耗しない限りは死なないし、自然回復するものだ。命に関わらない分必須ではないし、現在は需要がないので緑より安い。エイミーは努に中魔石を貰った後、自分の足でポーション屋を訪れてそれを確認している。


 それに緑ポーションは高額なので少しの怪我で飲むのは勿体ないと考える探索者が多い。なので大抵は怪我を負ったまま無理をして戦い続けるか、少量飲むために戦線を離脱するかの二つに分かれる。結果その怪我や離脱が引き金になってPTに死人が出ることはよく起こることだ。


 しかし努の飛ぶヒールは少しの怪我もすぐに回復してくれるので戦闘に支障が起きないし、ポーションを飲む際の戦線離脱もしなくていい。万全の状態でモンスターと相対出来るので死ぬ確率も低くなる。


 ポーションという回復手段を持ちながらも痛みを必死に耐えて戦ってきた今までが馬鹿らしく感じるほど、今の戦闘は肉体的にも精神的にも楽だとエイミーは感じていた。実際ガルムもそう感じたのだろうなとエイミーは思った。


 探索者時代、大手クランに所属していた二人は最高階層をどちらが更新出来るか争うように凌ぎあっていた。その時エイミーは巨大モニターでガルムのことを見たことがあったが、自分よりも酷い状況だった。


 腕が折れようが内臓が破裂しようがモンスターと戦い続け、血を吐きながら剣を振るう。そして本当に限界が来たらポーションの使用を許可される。そんな経験をしてきたガルムだからこそ、努を絶賛したのだろうとエイミーは推察した。



「あ、エイミーさん。腕は大丈夫ですか? もしかしてまだ治ってないんです?」

「へ?」



 無意識に二の腕を押さえていたエイミーを心配するように声をかけた努に、彼女は珍しく素で驚いた。



「いやいや! 大丈夫! ちょっと肌が突っ張ってる感じがするだけだから! ほら! ……ていうかそもそもギルドに戻ったら元通りだしね」

「そうですか。でもエイミーさんたちにだけ痛い思いをさせて、本当にすみません」



 ばたばたと白い尻尾を振ったエイミーに努は申し訳なさげに眉を下げた。すると後ろから来たガルムがエイミーの頭に強く手の平を置いた。



「ふん。正当な評価も出来ないコイツなど捨て置けばいいのだ、ツトムよ」

「あー……エイミーさん。タンクは大変でしたよね? PTで一番モンスターと相対することになりますし、痛い目にも遭います。実際エイミーさんは前回より大幅に被弾が増えていますよね?」



 ガルムに置かれた手を払ってむくれているエイミーに努は言葉を選ぶようにしながらも話を続ける。



「タンクが痛い目を肩代わりしてくれているから、エイミーさんは比較的自由に攻撃出来ます。タンクが敵意を集めてくれているからこそ、僕のスキルも十全に使えます。勿論アタッカーも重要なロール役割ですが、タンクも同じくらい重要なんです」

「……うむ?」



 努の言葉に違和感を感じたガルムが首を傾げている間、彼は締めくくるように口を開く。



「ガルムさんとは相容れない部分もあるとは思いますし、仲良くなれなんてことは言いません。しかしPTで一番痛い思いをする役割をこなしてくれていることを理解し、お互い尊重しあえるような関係になってほしいと、僕は思います」

「……まぁ、同じようなものか。エイミー。これでわかっただろう?」

「……うるさい。わかってるよ」



 下を向いて珍しく囁くような小さい声で呟いたエイミー。そして拗ねたようにそっぽを向いた彼女に努は慌てたように手をあたふたさせた。



「いや! 勿論アタッカーも重要なんですよ!? DPSが不足してたらそもそもダンジョン探索すら出来ませんからね!」

「またツトムがよくわからない言葉を話しだしたね……。さ、帰ろ帰ろ!」



 一転してケロッとした様子で黒門に歩き出したエイミーを努は不思議そうに、ガルムは誇らしげに顎を上げながら見やった。



 ――▽▽――



 その翌日には努たちのPTは四十九階層まで足を進めていた。浜辺からはゲームでも少し工夫がいるようになっているので努は気を引き締めていたのだが、少し肩透かしを食らった気分をしていた。


 敵モンスターも主に海に住んでいる生き物をベースにしたものが多く、浜辺とはいえその特性は厄介なものが多い。しかしガルムの全く崩れないタンクにエイミーの敵を殲滅する火力。この階層では些か過剰だった。十階層の森とほぼ同じ速度で進むダンジョン探索に戸惑いながらも努は二人についていく。


 五十階層への黒門が見えると努はその周りをエイミーに索敵させ、敵モンスターがいないことを確認すると二人にヒールをかけた。そして努の精神力が自然回復するまでは休憩になった。



「ま、ここまでは来れるか」

「……ふむ、そうだな」



 努に渡された軽食のサンドイッチを手に、エイミーとガルムは遠い目をして黒門を眺めていた。彼らはここの浜辺の階層主、シェルクラブに何度も挑んでは敗北してきている。


 シェルクラブは一定の体力を削られると潜って他の場所へ移動し、体力を回復する習性を持つ。なので一気に体力を削るか潜られた先を予測しなければいけない。


 アタッカー四人によるポーションゴリ押しで削り切るには多大なポーションが必要で、尚且一度に大きい火力を出せる黒魔道士が必須となる。エイミーやガルムのクランには階層主を一気に削り切れるほどの黒魔道士がいなかった。


 ならば潜られた先を予測するしかないのだが、素早く見つけられなければ体力を回復される。そして黒門の先に広がる広大な浜辺をしらみ潰しに探していては、まず見つからない。


 大抵は体力を八割ほど回復された時に見つかってアタッカーが死に、ヒーラーも既に死んでいることが多いためそこで全滅。多大なポーションを消費した上での全滅を繰り返し続けて無茶を通した結果、彼らのクランは解散に至った。


 そんな彼らにとってシェルクラブは大きな壁だ。攻撃しても攻撃しても、身を潜められて回復されて再戦。努の戦法に従って確かに今までは楽になったが、それでもここの階層主は越えられないだろうなと。一種の諦めに近い気持ちが浮かんでいた。



「ツトム。何か策はあるのか?」



 少し犬耳が伏せられているガルムが縋るような視線を努に向けた。努はサンドイッチから指に垂れたソースを舐めとりながらも、気分の沈んでいるガルムを不思議そうに見つめた。



「普段通りガルムさんがタンクをしてエイミーさんがアタッカーです。蟹(かに)は見た感じ鉗(はさみ)に挟まれなければガルムさんが即死することはないと思います。エイミーさんは普段通り自由に攻撃して貰えれば大丈夫です。あっ、関節とか狙うのが効果的かもしれませんね」

「確かに攻撃や防御は問題ないだろう。……しかしシェルクラブはある程度消耗すると潜って何処かにいってしまうんだ。その対策は何かあるのだろうか?」

「エイミーさんだけだと流石に火力不足なので、一度は逃げられるでしょうね。ただ三箇所の巣のうちの一つに自分が罠を仕掛けに行くので、一度目の逃げ場所は多分確定させることが出来ます。エイミーさんは最近調子も上げてきてますし、一度の逃げで大丈夫な筈です」

「……巣に罠とはどういうことだ?」



 ガルムにがっと肩を掴まれて努は思わずサンドイッチを取りこぼした。砂まみれになってしまったサンドイッチにガルムを批難するような目をした努は、所構わず肩を離さないガルムに戸惑った顔をしながらも話しだした。



「シェルクラブは体力と鎧を回復するために自分の巣に帰って食事をします。その消耗具合は口の泡色と貝の剥がれ具合を見ればわかるので、おおよそ三箇所の巣に絞り込めます。エイミーさんの火力からして第一段階で逃げられると思うのでその巣に罠を張ります。自分が罠を仕掛けている間は無理に攻撃せず二人でポーションを飲みつつ注意を引きつけておいて下さい」

「…………」

「あ、と言ってもこれらはまだ確定情報ではないです。ライブ見た感じ推測は正しいとは思うんですが、もし指定の巣に行かなかった場合はすぐに撤退しましょう。そうしたら翌日ポーションを多めに持ってきて対処します」



 信じられないといった表情をしている二人に努は心底不思議そうに首を傾げた後、二人の最高階層が五十階層を越えていないことを思い出した。レベルだけ見れば五人PTなら火山攻略の適正レベルだが、彼らのステータスカードは青色。五十階層から先の光景を二人はライブでしか見たことがない。


 道理で浜辺の階層攻略が異様に早かったはずだと努は今更思った。浜辺でレベル五十九まで上げたのなら相当な数のモンスターを倒し、幾度となく浜辺を探索したのだろう。そしてそれでもシェルクラブが越えられなかったことも推測出来た。



「まぁ、取り敢えず今回はやれるだけやってみましょう。もう自分は回復したのでいけます」

「…………」

「ふむ、そうだな」



 歯切れの悪い言葉を返すガルムに珍しく神妙な顔で無言を貫くエイミー。努はその後シェルクラブのおおよその行動を二人に確認した後、黒門を開いて先陣を切った。

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