第8話 エイミー、タンクになる

 休み明けの努は少し不安に駆られながらもギルドに赴(おもむ)く。奥の食堂から飛んでくる巻き舌気味の幸運者(ラッキーボーイ)を受け流しつつ、いつもの巨大モニター前に歩く。


 集合時間の五分前。時間通りにいつものベンチに座っている鎧を着込んだガルムを見て、努は花が開くような笑顔でガルムへ声をかけた。



「おはようございます、ガルムさん。調子はどうですか?」

「うむ、おはよう。調子は上々だぞ」

「そうですか。ではこれからもタンクをお願いしてもいいですかね……?」



 沼からはタンクの被弾がかなり多く、努はそれでガルムがタンクを嫌になってしまったのかと思っていた。身体を張ってモンスターの攻撃を受けることなど努にはまだ到底出来そうもない。なので申し訳ないがこのままガルムにタンクを務めてほしい、というのが努の本音だった。



「ん? この前と同じことをすればいいのだろう? 何の問題もないぞ」

「本当ですか!? 凄い助かります!」

「う、うむ。……してツトム。どうせエイミーが来るまで時間がある。その間に一つ話しておきたいことがあるのだが、いいだろうか?」

「はい。なんでしょう?」



 ガルムの問題なさそうな様子に安堵しつつも努は頭を下げた後、彼の隣に腰掛ける。そしてガルムの話に耳を傾けた。



「エイミーにも一度タンクを経験させたいのだが、可能だろうか? やはりVIT頑丈さが高くないと駄目か?」

「……エイミーさんがタンクですか。一応VITがなくてもタンクを受け持つことは出来るんですが、少し敷居が高いですね。浜辺は少し厳しいかな……。あ、でもガルムさんの言い方からして、エイミーさんにタンクの役割を理解してほしいんですよね?」

「うむ。そうだな」



 ガルムの提案に努は巨大モニターを見上げつつ思案する。モニターに映っている浜辺を見ながらある程度考えがまとまると努は話しだした。



「うん、それなら自分も新しい支援スキルを試したかったので、練習に丁度いいです。場所は……沼で試すのが良さそうですね。レベル的にあそこならエイミーさんも無理やりタンク出来そうですし、タンクの役割もわかりやすいです」

「そうか。ありがたい。あいつは何か勘違いしているみたいだから、身をもって体験させたくてな」

「そ、そうですか」



 黒くふさふさとした尻尾をぶんぶんと振り、悪戯をする子供のような顔をしているガルムに努は愛想笑いを返す。


 それからはガルムにこの前渡した最高品質の中魔石を努は返された。いやいや一度渡したものですから、元々貰うものは貰っているからと押し問答を繰り返していると、彼らの後ろから快活な高い声が聞こえてきた。


 ギルドの入口から走ってきたエイミーは腰に付けた双剣の鞘(さや)を揺らしながらも努の前でピタリと止まり、いつものように元気そうな様子でビシッと手を上げた。



「お待たせ! あ、ツトム! この間は魔石ありがとね! あれでまた魚住食堂友達と行ったよ! やっぱあそこ美味しーよね!」

「そうですか。それはよかったですね。あ、エイミーさん? ガルムさんから話は聞いていますか?」

「んー?」

「タンクの話だ」

「あー……」



 ガルムが先ほどの表情を引っ込めてぶっきらぼうに言うと、エイミーは目を瞑りながら首を捻って固まった。そして思い出したのか目をパッと開いた。



「タンクってのを私がやるって話? でも私のVIT、Cだよ? あとヘイトだっけ? そういうスキル持ってないし! タンクってそれがなきゃ出来ないんでしょ?」

「一応タンクはVITなくても出来るんですけど、少し特殊なので敷居が高いんですよね。ただ、今回は沼に向かう予定なのでエイミーさんでも大丈夫です」

「だそうだ」

「うえー。じっとしてるの苦手なんだよねー」

「いえ、エイミーさんの場合はどんどん動きながら攻撃して頂いて大丈夫です」

「え?」



 ガルムと一緒に立ち上がって混んでいる受付に並びつつも努がそう言うと、彼女は意外そうに目を丸めた。



「エイミーさんは敵のヘイトを稼ぐスキルがないので、純粋に攻撃でヘイトを稼いで貰います。ガルムさんとは違うタイプのタンクですが、タンクの理解は深まると思います」

「あ、そうなの? それなら出来そうかな?」

「ただやはりヘイトを稼ぐスキルがないとヒーラーが狙われやすくなるので、ガルムさんは敵の殲滅は控えめで僕の護衛をお願いします。沼のモンスターならエイミーさんのVITでもある程度耐えれますし、ガルムさんまでアタッカーに回ったら敵がすぐいなくなりそうですしね」

「うむ、わかった」



 満足そうに頷くガルムに対してエイミーは頭の上にクエスチョンマークが出ているような顔をしている。



「詳しくは前と同じように実戦で試しつつ行いましょうか」

「うん! わかった!」

「ちっともわかってもいないのにわかったというな貴様は……」

「はぁー!? わかってますぅー!」



 言い争いを始めた二人に努ははにかみながらも空いた受付に二人を連れて向かった。



 ――▽▽――



 太陽が見えないほどの濃い灰色の雲に覆われた空。三人は少しぬかるんだ地面に着地した。周りには生い茂った背の高い植物に、枝が垂れ下がった木がポツポツと立ち並んでいる。


 二十階層の沼に到着した三人はいつも通りエイミーが周りを索敵。その間にツトムは衝撃に強い素材で作られた細長い容れ物にポーションを注ぎ始め、ガルムは努に教えられた準備運動を行っていた。


 基本的には黒門から出た直後にモンスターから襲われることはない。大体は近くても五十メートルほど離れている。沼の場合着地した先が沼で開幕全身泥濡れという運が悪い転移はあるが、出た瞬間から戦闘や死ぬような転移先は確認されていない。


 なのでギルドの魔法陣やダンジョンの黒門から出た直後はのんびりと準備を行っている。努がガルムへ容器に入れられたポーションを手渡しているとエイミーが戻ってきた。



「北は底なし沼がいくつかある沼地帯。東と西はここと変わらない感じ。南はおっきい水草がある沼地帯だね。色が薄かったし多分底なし沼はないと思う」

「了解です。それでは北に行きましょうか。泥スライム、フロッガー、ブラッディビーはいい練習になりそうですしね」



 革の靴から太ももまである長靴に履きかえた努がポーションをエイミーに渡すと、彼女はうげーと舌を出しながらもガルムの後ろに歩いた。



「あ、エイミーさんは今回タンクなので、前でお願いします」

「はーい」



 エイミーを筆頭に三人は北へ向かう。進むにつれて茶色がかった土に黒っぽさが増し、足場のぬかるみが強くなってきた。するとエイミーとガルムは靴を努に預けて裸足になった。


 努は二足の長靴を買っていたのだが彼らは裸足の方が慣れていて動きやすいとのことで、その長靴はマジックバッグの肥やしになっている。気持ちいいーとエイミーが裸足でひんやりとした泥の中を跳ね、努の白い服に泥が付く。


 ガルムに注意されるエイミーとどうせ汚れるからと宥(なだ)める努。それから少し進むと泥に身を隠している泥スライム。木の下で寝そべっている集団のフロッガーが先にいた。



「それではエイミーさん。目に見えるモンスターをタゲ取り……じゃなくて、足場のいいこちらにおびき寄せて下さい」

「わかったー」



 努がVIT頑丈さの上がるプロテクと新しく習得したAGI敏捷性が上がる支援スキルのヘイストをかけると、裸足で泥遊びにでもいくかのようにエイミーは駆け出す。


 腰の鞘に収まっている双剣を引き抜き沼に潜伏しているスライムを一突き。ドス黒いスライムはその上から刺された剣を取り込もうとしたが、既に剣は引き抜かれている。フロッガーの下へと向かっていったエイミーを泥スライムはのそのそと追いかける。


 蛙を大型犬ほどまで大きくしたような見かけをしたフロッガーは、くすんだ緑がかった肌をしていて至るところにいぼが吹き出ている。個体によってはそのいぼから毒を噴出することのあるフロッガーは、エイミーに気づくと強靭な後ろ足で泥を蹴って飛んだ。


 エイミーは左の剣でフロッガーの突撃を防ぐと挑発するように泥を蹴り上げた。黒目をぎょろぎょろと動かしたフロッガーはゲコゲコと鳴きながら跳ねてエイミーを追いかける。


 モンスターがいた場所よりかは少しだけぬかるみのない所まで退いたエイミーは、後ろにいる努に目を向けた。



「エイミーさんは敵の攻撃を避けながら反撃してヘイトを稼いで下さい。あ、スキルは出来るだけ使わないで下さいね」

「えぇ!? この数相手に!?」

「スキル使うとすぐ終わっちゃうんで練習にならなさそうですしね。相当難しいと思いますが、エイミーさんなら大丈夫です。プロテク。ヘイスト」



 努が白杖を振るって小さく纏められたプロテクとヘイストを飛ばして後ろへ下がる。エイミーはひくひくと口端を動かしながらも六匹のフロッガーと対峙する。


 エイミーは腰に巻いているホルダーに挿しているポーションの位置を確認しながらも、振るわれたフロッガーの前足を後ろに避けた。



「わわっ」



 敏捷性(びんしょうせい)が上がる支援スキルのヘイストにより足が軽くなったエイミーはその感覚を慣らしつつも、フロッガーの突撃や後ろ足蹴り、伸ばした舌などを次々と避けていく。


 三十秒ほどそれを繰り返しているとヘイストの効果が切れる。足が重くなったことをエイミーが確認している間に、背中から青い霧が飛んできてまた足が軽くなった。



「すみません! 少し遅れた!」



 後ろから叫んだ努は謝りつつも続けて杖を振るってプロテクをエイミーに飛ばした。するとフロッガーの二匹が努に目標を変えて迫ってくる。



「エイミーさん! 先頭のフロッガーを攻撃! ガルムさんは後に続く一匹を対処!」



 努の指示にエイミーは自分から方向を変えたフロッガーの頬に右の剣を突き入れた。体勢を崩し血を流すフロッガーはエイミーを睨む。


 その後ろから努に向かって飛んだフロッガーはガルムが中盾で受ける。大型犬ほどの大きさのフロッガーを軽々受け止めたガルムは、エイミーの方へフロッガーを押し飛ばした。



「エイミーさん。奥の三匹に一撃ずついれて下さい。それとフロガの背後からスラ四体接近。西にビー確認。おおよそ十匹前後」

「そんなこと、言われたって、無理ぃぃぃ!!」



 努の言葉に必死で返しつつもエイミーは地面を蹴って体当たりしてくるフロッガーを避けつつも、避け際に双剣を振って傷を与えていく。努はプロテクとヘイストを切らさないようにしつつも、周りを見回して戦況を確認。


 努に目標を変えて突撃してくるフロッガーは全てガルムが防いでエイミーの方に押しやっている。ガルムさん鬼畜だなぁと努は呟きながらも、ヘイトを一気に稼がないように効果時間を低めたプロテクとヘイストをエイミーにかけていく。


 エイミーはスライムも迫ってきていることを目で追って限界を感じたのか、双剣を前に構えてスキルを発動した。



「双波斬(そうはざん)!」



 スキル名を叫びながらエイミーが双剣を振るうと、それを受けたフロッガーは胴体が真っ二つになって魔石に変換される。そしてその奥から接近していた泥スライムも縦に分かれた。


 双剣を振るって斬撃を飛ばす双剣士で唯一の遠距離スキルである双波斬を使い、エイミーはその場で踊るように斬撃を飛ばす。フロッガーは二匹を残して魔石へと変わり、スライム四匹は細切れになる。


 その間にフロッガーは二匹同時にエイミーへ飛びかかる。弾丸のように飛んでくる一匹は双剣で処理したが、もう一匹の体当たりをエイミーは腕に受けた。


 努が受けていれば骨折は免れないフロッガーの突撃は、エイミーのVITとプロテクが相まって打撲程度で済んだ。じんわりと広がる痛みを感じつつも、エイミーは腕に組み付いてきたフロッガーの頭を双剣で突き刺した。



「エイミーさん。西からガルムさんが敵を引き連れてきましたよ」

「はあぁぁぁ!?」

「申し訳ないですが、ガルムさんが納得するまでは頑張って下さい」



 腕に飛んできたヒールで打撲を治されつつエイミーは西から走ってきたガルムを睨む。人間の顔ほどの大きさがある毒蜂のブラッディビーが十数体。後ろからは何匹かのフロッガーがついてきている。エイミーは天を仰いだ。

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