第7話 準備と視察

 ギルドを出た努はまず魔石換金所に向かった。ギルドの中にも換金所はあるのだが努はあまり一人でギルドに居たくないので、一人の時はわざわざ街に出て魔石を換金している。


 街の換金所よりギルドの方が安定した値段で魔石を買い取ってくれることが多い。しかし針の筵(むしろ)であるギルドで鑑定している時間を待たされるくらいなら、多少の損を覚悟で街の換金所を利用した方がマシだった。


 それに街の換金所は魔石をギルドより高く買い取ってくれることがある。物珍しい魔石や需要の高い属性の魔石などは交渉次第で値段が上がる。ただし値段をぼったくる換金所も一定数存在する。


 ガルムからは魔石の目利きがある程度出来るようになるまではギルドが無難と教えられている。幸運者の二つ名がなければ努も交渉などは面倒なので街の換金所は利用しないのだが、それを言うとガルムが犬耳をしょんぼりさせるので努は黙って街の換金所を利用していた。


 魔石の値段が書かれた看板を見つつも努はガルムに勧められた換金所に足を運ぶ。大きい木箱が規則正しく揃えてあり、それを運んでいる幾人かの労働者。槍を持っている見張りが厳しい目つきで巡回している、石造りの刑務所のような見た目の換金所。


 見張りが横に二人立っている白石で作られている無骨な受付カウンター。その中では小さい女の子が椅子に座りながら虫眼鏡のようなものを持ち、拳大ほどの魔石を鑑定していた。努は背中のマジックバッグを下ろしながらも長袖を捲くっている少女に声をかけた。



「こんにちは。魔石の買取をお願いします」



 努が声をかけると少女は努を見上げて茶色いショートカットの髪を揺らした。そして一つ返事をするとカウンターの奥に入り、受付の横にある扉が開いた。



「小さいのはこっち。大きいのはカウンターで」



 少女はその見かけと変わらない可愛らしい声とは反面、きびきびとした動きで自分の身長と変わらないほど大きい桶を抱えて持ってきた。水の貯められた深い桶がドスンと努の前に置かれる。


 ドワーフである彼女はその小さな見た目によらず力が強い。相変わらず絵面が凄いなと思いながらも努はマジックバッグから出した袋の紐を解いた。


 屑魔石や小魔石を大量に入れてあるその袋を深い木箱の上で逆さにする。じゃーっと魔石が袋から滑り落ちて水に次々と落ちる心地よい音が響く。それを三回繰り返した努はこれで終わりましたと告げる。


 少女はそれを両手で軽々と持つと奥の広い作業場に運んでいった。その間に努はマジックバッグに手を突っ込み、拳大から両手で収まりきらないほど大きい魔石を想像しながら次々と取り出していく。カウンターに戻ってきた少女はその魔石を見て目を見開いた。



「今日は大物もあるんだ」

「四十階層までいけたからね」

「へー」



 興味なさげに相槌を打ちながら少女は簡易鑑定で魔石を見つつも後ろへと流していく。そして珍しい紫色の魔石を簡易鑑定すると手を止め、虫眼鏡を取って詳しく鑑定し始めた。



「この魔石……へぇ、流石幸運者だね」

「あはは……」



 魔石から顔を上げた彼女に少し馬鹿にするような目を向けられたが、努は微笑を浮かべながら頬を掻いた。努の様子に少女はつまらなそうに吊り目の視線を落として木の板を彼に手渡す。



「日が傾く頃には終わると思う」

「わかりました。あ、あと火の魔石も買いたいです。小を三千G。中を五万G分お願いします」

「ちょっと待ってて。……火の魔石ちょうだーーい!!! 小中ねーー!!」



 努が指で値段を示しつつ注文すると少女は後ろを向いてそう叫んだ。すると奥の作業場から上半身裸の屈強な男が手を上げた。


 その間に少女は赤い袋に努から指定された値段を紙に書いて袋にのり付けし、赤い魔石が取り付けられた判子を袋に押す。袋からじんわり煙が出て少し焦げ付く匂いがすると少女は判子を離し、軽く息を吹きかけて袋をぱたぱたさせた。


 奥の作業場からは男が二人がかりで木箱を運び込んだ後、努に陽気な声で挨拶した。大量に赤い魔石が入った木箱を丁寧に下ろした男たちに少女は首をしゃくると、彼らは奥の作業場に小走りで戻っていく。


 少女は捲くっていた袖を戻してからその木箱の中にある赤い魔石を無造作に掴み、赤色の染められた袋に入れた。傍から見ると相当適当だが、きちんと質も加味した価格分の魔石が入っている。


 魔石を確認するように言われた努は表面の魔石を少しだけ見た。そして中身を確認もせずに袋の紐を縛ると、数字の書かれた木の板をしまって換金所を後にした。


 次に努が向かったのはポーション屋だ。巨大モニターのすぐ近くに店を構えている有名な店である、森の薬屋。そこに努は足を踏み入れた。


 綺麗に掃除された店内は薬品が染み出たような匂いが漂っている。努がカウンターの呼び鈴を鳴らすとしゃがれた女性の返事。努がマジックバッグから大きい瓶を取り出している最中に、お婆さんが杖をついて奥から出てきた。


 お婆さんの金髪にはいくらかの白髪が見え、その耳は人よりも長く髪から突き出ている。精神力が高く長寿のエルフである彼女は、この伝統ある森の薬屋の創設者である。



「こんにちは」

「こんにちはぁ。今日もポーションの詰め替えかい?」



 太陽のように温かみのある笑みを浮かべながらも、お婆さんはカウンターに置いてあるポットに手を当てた。努は頷きながら瓶を差し出す。



「はい。青ポーションをこの瓶にありったけお願いします」

「まぁた青ポーションかい? 毎週こんなに買ってくなんて物好きな子だねぇ。先週でもう原料の在庫がなくなっちまったから、買いにいかなきゃだよ」



 お婆さんは少し困ったように外を指差しながらも茶化すように笑った。努がすみませんと頭の後ろに手を回して、何か協力出来ることはないかと提案する。ここの青ポーションは精神力回復の効き目がよく味も爽やか。なにか素材が必要なら努は協力を惜しまない心構えだった。


 お婆さんは努のやる気まんまんの様子を見て嬉しそうに含み笑いをすると、彼に向かって軽く手を振った。



「若いもんが変な気を回さんな。こっちは倉庫の場所取りが減って大助かりさ。……青ポーションは今じゃそこまで売れないからねぇ。昔はもっと売れたんだけど、最近はみんな緑ポーションばっかりさ」

「そうですねぇ。黒魔道士の人は買うでしょうけど、白魔道士の人は買わないでしょうしね」

「そうさね。あんたはその格好からして白魔道士だろう? あんま無茶ばっかしちゃいけないよ? ……心を壊しちまった人を私は何人も見てきてるからねぇ。あんまり根を詰めてダンジョンに潜るんじゃないよ?」

「……前向きに検討させて頂きます」

「なんさね。その長老みたいな言い回しは」



 生活のほとんどをダンジョンに費やしている努は誤魔化すように視線を逸らすと、お婆さんは呆れたように杖で床を叩いた。


 そのお婆さんの目を遮るようにポットの中にある緑の魔石が薄く光ると、彼女はポットから手を離した。そして大きいストローのような物をポットの射出口に設置し、瓶を下に置く。


 それからお婆さんがポットの上に手を添えると、上から押し出されるようにして青いポーションが瓶の中に注がれていく。ブクブクと気泡を立てながらも瓶は青い液体で満たされた。努は満タンになった瓶にギュっと蓋をし、緑のスライムのような緩衝材(かんしょうざい)で包んでマジックバッグに入れる。


 努は代金を払いながらもカウンターに値段と魔石換金所の焼印が押された袋を置く。赤い魔石が入った袋を受け取るとお婆さんはにっこりと努を見上げた。



「いつもありがとうねぇ。手間が省けるよ」

「いえいえ。こっちも助かってますから」



 頼まれた魔石を代わりに買ってくるとお婆さんは多めに代金を差し引いてくれるので、努にしてもありがたい話だった。



「それではまた来週伺います。魔石はどうしますか?」

「それじゃあ水の魔石と風の魔石をお願いするよ」

「了解しました。あと青ポーションの方は出来たら生産お願いします!」

「あいよ。回復ポーションはもう作り飽きちゃったしね。いいボケ防止になるよ」



 くつくつと笑いながら手を振ってくるお婆さんに、努は礼を返しながら森の薬屋を後にした。


 それからは人混みをかき分けながら努はモニター近くの屋台を見物する。どれも日本では物珍しい物が多くパフォーマンスもあって通行人の目を奪う屋台が多い。


 しかし努は屋台でめでたくアタリを引いて以降は珍しいものにあまり手を出していない。それからは主に火を通している屋台料理を買っている。


 少し小腹が空いたので努は何かの肉団子が入った濃い味付けの汁物を買い、屋台に備え付けられた椅子に座って店員に出されたフォークを受け取った。


 はふはふと熱々の肉団子をかじり、どろりとした濃い目の汁にパンを付けてふやかし口に入れる。最後に残った汁を掻き込むように飲み込み、努は空になった木皿を返して椅子を立つ。


 それからはしっかりとした屋台や床置きの商品などがまばらに並ぶ市場を冷やかし、それに飽きると努は中型モニターの前にあるベンチに座り、マジックバッグからメモ帳とペンを出して配信を観戦する。


 大手クランと虫のPTは大体ポーション火力ゴリ押し戦法がほとんどで、努はそれを察すると別のモニターに移る。努が見たいのは中堅クランの戦法だった。


 中堅クランは戦法やPT構成にそれぞれ独自性があり、ポーションの出費を抑えたいのだろうという思惑が窺える戦法が多い。ただ努がこの二週間で見た範囲では、中堅クランはそもそもヒーラーを入れずにアタッカー五人構成のPTが多かった。


 しかし中堅クランでは稀に攻撃を控えて防御に重点を置いている重戦士や、支援スキルやモンスターの動きを阻害する状態異常スキルを使う黒魔道士などをちらほらと見かけた。それに一度だけ白魔道士がそこそこ機能している中堅PTも見つけた。


 そういった者たちに目星を付けつつも、努は沼階層を探索をしている中堅PTを見ていた。


 女性のみで活動している中堅クランPTが二十階層の沼で解毒のポーションを切らし、撤退を選択。泥に足を取られながらもゆっくりとした足取りで進んでいる中、彼女らの後ろにはのそのそと泥スライムがついてきていた。


 打撃や斬撃は効果が薄く魔法での対処が最適解であるモンスターだが、どうやら魔術師二人の精神力はもう切れていて憔悴(しょうすい)している様子だ。もう二人欠けているPTはぬかるむ足場に苦労しつつも黒門を目指している。


 黒門はもう目に見えてきている。リーダーの黒魔道士が掠れた声をかけながら先導して進む中、最後尾を歩いていた重戦士がつまずく。黒門が見えたことの安心感とモンスターを一人で長時間相手取った疲れ。彼女は派手に転んだ。斜め上から映されていた映像がすーっと下がる。


 前を歩いていた魔道士が何とか起こそうとするも、鎧の中に泥が入り込み中々持ち上がらない。何とか跪くような体勢で顔を泥から出せたが後ろからは泥スライム。PTのリーダーらしき女性は少しだけ止まった後、重戦士に顔を近づけて声をかける。


 いくつか言葉を交わした後にPTリーダーは重戦士の顔を布で拭った後、小さい袋型のマジックバッグだけを回収した。涙ぐみながら重戦士を起こそうとしている魔道士を引っ張って黒門に向かうPTリーダー。映像は先に進んだ二人と取り残された者を交互に映す。


 映像は重戦士の方へ向かい少し泥のついた彼女の顔を移した。PTリーダーに笑顔を向けている重戦士は、カメラの存在に気付いたようにモニターの正面に目線を合わせる。重戦士はウインクした。


 映像は彼女から離れ黒門に入り粒子化する二人を映す。それを見送った重戦士は一つため息を吐いた後、しばらく沼から抜け出そうと身体を動かす。


 ばちゃばちゃともがく重戦士を他所に、のそのそと後ろから迫る泥スライム。そして沼スライムが彼女の太ももから辿るようにして背中へのしかかった。


 重戦士は背中の重さに耐えられずに沼に顔を押し付けられる。一分半ほど沼の中でもがいていた重戦士はそれから徐々に動かなくなり、それからしばらくすると粒子化した。所在なさげにじっとしている沼スライム。そして映像はそこで切り替わった。



(よくあんなこと出来るよなぁ。自分にあれが出来るかどうか)



 死亡がほぼ確定した状況でもどうせ後で生き返れるのだから、あの場面は仲間に価値のある物を渡して囮になるのが最善策だろう。しかし努が取り残される側になった時、あんな平然と出来る自信はなかった。


 最善の自己犠牲や痛みを恐れない精神。戦法はあまり参考にならないが、そういう精神的な面では見習うところがたくさんあると努は感じていた。パソコンの前でキーとマウスを動かすのとはわけが違う。


 多少は動けるようになった今でも回復やヘイト管理、状況判断はまだまだ甘い。パソコン画面のように上から第三者視点で見れるわけでもないし、スキルも自分で考えて動かさなければならないため気を使う。たまに来るモンスターの攻撃も死なないとはいえ恐ろしく、身が竦むことが多かった。


 犠牲を払う場面にならないことが最善だが、そういう覚悟だけはしておくべきだ。それがまだ出来るとは思えないけど、と努は自虐しながらも傾いてきた日差しを見て換金所へと向かった。


 受付に行くと暇そうに両手を頭の後ろに回しているドワーフの少女が座っている。努が木の板を渡すと彼女は魔石の鑑定証を渡してきた。



「小型は全体的に色無し多くて質が悪かったからそんなもん。文句があるなら他のところ持ってって」

「あ、大丈夫です」

「そう。それじゃ次は中型と大型ね」



 そう言うと少女は受付からいくつかの魔石を出すとそれを並べた。



「中型は下が二。中が四。高が三。合計二十万四千Gね」

「……はい。それで大丈夫です」

「じゃあ大型ね。これは色無しだけど大きいし品質中だから四十万G。この紫の魔石は珍しいし、色をつけて百二十万Gってとこかな」

「わかりました。色無しはそれで大丈夫です。呪いの魔石はギルドで売ろうと思うので引き取らせて頂きます」



 努がそう言って紫色の魔石に手を触れると、少女は小さいゴツゴツした手の平を努の手に重ねた。



「……百六十万G」

「ギルドと大して変わらない値段なら結構です」

「うー。わかったよ。百七十三万G!」

「はい。ありがとうございまーす」



 努が紫の魔石から手を離すと少女はそれを片手で持ち上げつつも唇を尖らせる。



「わかってて知らんぷりかよ。人のいい兄ちゃんだと思ってたのに、性格悪っ」

「大きい物はエイミーさんが鑑定してくれるんでね」

「くっそ、ガルムだけかと思ったら鑑定スキル持ちいるのかよ! 今夜は高いお酒飲めると思ったのに!」



 硬貨のGを数えながらも器用に頭を抱えている少女に努は苦笑いを返す。今度来た時にお酒でも包んでやろうかと考えながらも、約二百五十万Gを貰って換金所を出た。


 その後はそこそこ値の張るいつもの宿屋に泊まり、翌日も同じようにモニターを見て過ごした。

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