第6話 先と現実
その四日後。二十一階層から探索を進めた努のPTは、現在四十一階層まで進むことに成功していた。
「おぉ! 海の匂い!」
久々に感じる潮の香りに努が感動している中、後ろにいるガルムとエイミーはエメラルドグリーンに煌(きらめ)く海を唖然と見つめていた。
ガルムとエイミーは自分たちのレベルがあれば四十階層までならギリギリいけるだろうと踏んでいたが、ここまで早く到達するとは夢にも思っていなかった。
草原、森はまだしも沼と荒野は状態異常や地形対策が必須になり、モンスターもガルムやエイミーでも一撃二撃で倒せる敵は少なくなってくる。だから沼で努が死に始め、ダンジョン探索が詰まり始めると思っていた。
実際沼が最終到達階層の頭打ちになるPTは多い。毒の状態異常への対策不足、底なし沼の見分け方や対処。視界や足場の悪い中での戦闘の不慣れ。ゆっくり、じわじわとした殺され方が多い沼は、探索者の心を蝕んで腐らせる。
なのでガルムは沼で攻略が詰まってからは四十階層までの知識を努へ着実に教えていき、彼のレベルを沼までで上げられるレベル上限――四十まで育ててから挑む算段だった。
しかし努はゲーム内での知識と有り余る
それに沼からは努の提案した構成、タンク、アタッカー、ヒーラーの構成も生きてきた。高い
モンスターとの戦闘中に飛び交うヒールやハイヒールは的確にガルムだけを回復し、毒などの状態異常を受けても数秒後には努が新しく習得した回復スキル、メディックが飛んできて即時回復。努の指示通りにガルムがコンバットクライを放てば、ほとんど努にモンスターが向かうこともなかった。
稀にガルムを無視して努に襲いかかるモンスターもいたが、努が攻撃スキルで時間稼ぎをしている間に大抵はガルムかエイミーの援護が間に合う。階層主の範囲攻撃や即死に近い攻撃も努はまるで未来を予測しているかのように回避し、回復と状態異常回復を絶やさない。
マジックバッグに入っている潤沢なポーションや階層ごとの対策装備、道具なども使うタイミングは的確。そのおかげでガルムはモンスターの引き付けと防御。エイミーは攻撃にだけ集中出来て沼は二日であっさりと突破した。
アンデッド系モンスターが初めて出現する荒野でも努は事前に準備していた道具で対策。どんどんと階層を更新していく。
現在の努のレベルは二十。二十で四十階層に挑む者などガルムとエイミーは聞いたことがないし、いけるはずがないと無意識に思っていた。基本は階層ごとのレベル上限まで上げきってから挑むのが常識である。しかしその有り得ないことが現実に起こっていた。
ガルムとエイミーがステータスカードで到達記録を残している最高階層は、四十九階層だ。エイミー、ガルム共に浜辺の階層主で手詰まりとなり、エイミーは鑑定眼。ガルムは純粋な腕と正義感を買われてギルド職員としてスカウトされて今に至る。
これ触っても害とかないですよね? と海を指差している努。ガルムとエイミーは、この時だけは仲良く一緒に放心していた。
「えぇ……」
「…………」
「ガルムさーん? エイミーさーん? ……あっ、すみません。今日はここら辺りで終わりにしましょうか」
二人の様子に努は一人で納得したように眉を下げると、二人を労わりながら後ろの黒門へと一緒に入った。三人は粒子化してギルドの黒門へと転送された。
「あ、お疲れ様です」
ギルドの黒門に到着して努が挨拶をすると、門番をしている竜人(ドラゴニュート)は静かに目礼した。門番はダンジョン内で死んで亜麻色の服を着ている者以外には基本関心がない。まだ動かないガルムとエイミーを見てこれは重症だと努は焦りながらも、黒門の傍から二人を連れ出した。
「お二人にばかり痛い思いをさせて本当にすみません。明日は休みですけど、明後日も休みにします。ささやかですがこれはお礼です」
ぽんと高品質の中魔石を渡して努はその場で解散した。残った二人は握らされた魔石を見てまた少し放心。
ガルムとエイミーはお互い顔を見合わせた。
「やばいよ! やばいやばい! 三人PTで! 四日で四十階層!? 私、一回も死んでないんだけど!? やばいって! なに? いつの間にアンタそんなに強くなってたの!? ねぇ! 教えてよ!」
「落ち着け……」
雷が弾けるように喋りだしてガルムに顔を近づけたエイミーは、肩まで伸びている白い長髪を振り乱した。ガルムは突き出した黒い犬耳を上から塞ぎながらも自分に言い聞かせるように呟いた。
「いつの間にアンタ階層更新してたの!? ずっと門番やってたじゃんガルム!」
「俺の最高階層はお前と同じ浜辺で、上限まで上げきっている……六十 だ。お前もそうだろう」
「えっ、じゃあ私が強くなった……わけないわね。むしろ鈍(なま)ってた」
エイミーは失念したようにガルムの肩を離してしょんぼりと白い尻尾を垂らす。ガルムは乱れた黒髪を適当に整えながらもため息を吐く。
「なら消去法でわかるだろう。ツトムのおかげだ」
「うん? 確かにあの飛ぶヒールとかは見てて面白いけど、それだけでしょ? あー、でもポーションとか聖水は凄いよね。あのポーションって森の薬屋で一番高いやつでしょ? 私はまだ使ってないけどあれ味もいいんでしょ? 太っ腹だよねぇ」
「…………」
ガルムがエイミーの言葉に考え込んで押し黙る。するとエイミーは苦々しい顔をした後、悔しそうに口を結びながらも絞り出すように告げた。
「……わんちゃんが凄いんでしょ」
「は?」
「あーもうムカつく! あんたのおかげだって言ってるの! あんたの方に敵がずっといくのにあんた死なないし、それだから腕が鈍ってる私でも簡単に敵が倒せたし! ツトムのポーションのおかげだろうけど、楽だったよ!」
「な、なんだお前。あれか、沼で毒でも貰ってきたか?」
「あーーーうざい!! その目やめろ馬鹿!!」
忌々しげに黄金の瞳を細めながらもそっぽを向いたエイミー。ガルムもあのエイミーが自分を褒めたことに動揺しながらも、調子を取り戻すようにふむ、と顎に手を当てる。
「そうだな。確かにお前からはわかりづらいかもな。いいか? 俺はポーションを確かに貰ったが一本も使用していない。全てツトムが回復してくれていたんだ」
「はぁー? ツトムの精神力ってまだD+でしょ? 持つわけないじゃん」
「恐らく精神力を回復する青ポーションでも飲んでいるのだろう。それにあの飛ぶヒール。凄いぞ」
「……ふーん。でも結局ポーション使ってるんだし、別にツトムがヒール撃とうがガルムがポーション飲もうが変わらなくない?」
エイミーの物言いにガルムはむっと表情を暗くすると彼女は慌てたように両手を振った。
「そんな怒んないでよ。いや、ツトムも凄いよ? あんな低レベルで浜辺まで死なずついてこれる子はそうそういないと思うし、前代未聞だよ」
「……お前には話すより実際にやらせた方が早いな。よしお前、今度のダンジョン探索は俺の代わりに、あれだ。タンクをしろ」
思いついたようにエイミーを指差したガルム。そんな彼の言いようにエイミーは面倒くさそうに顔を引きつらせた。
「タンク? よくわかんないけど、やだよ面倒くさい」
「しかしタンクというのはツトムが言うに、VITが高くてヘイトを稼ぐスキルがないと務まらんらしい。努が許可を下ろすかわからないが、それでもお前、やってみろ。そうすれば俺の言わんとすることがわかるだろう」
「話勝手に進めないでよねー。私はわんちゃんみたいにじっとしてるのはやなのー!」
そう言い残してエイミーは手をひらひらとさせながらガルムに背を向けた。うわこれ最高品質じゃん! と、手にある中魔石を拝んでいるエイミーにガルムは肩を落とした。
――▽▽――
迷宮都市の中央広場に存在する、ダンジョン内のライブ配信が流れている巨大モニター。そこでは様々な人たちが集まってそのライブ映像を見学している。貴族から乞食まで揃うその広場には様々な屋台が立ち並び、その近くには多くの店が設立されている。巨大モニター付近はさながら市場のような役割を果たしていた。
巨大モニターの他にも大型、中型といったモニターは中央広場や他の広場にも配置してあるが、やはり注目を引くのは中央広場の巨大モニターだ。民衆からは一番台と名付けられている巨大モニターでは、今潜っている探索者の中で一番最下層に進んでいるPTが絶対にそこへ映る仕様となっている。
他の大型モニターは二番台、三番台と続き、十番台までは純粋な階層順。十番台以降の中型モニターにはモンスターと戦闘しているPTが映し出される。こちらも見ている者は多くいるが、やはり一番台と比べると人集りは少ない。
そんな中ベンチに座りながら硬い豚の串焼きを噛み締め、中型モニターを食い入るように見る黒髪の男、努がいた。糸のように細い目は僅かに開き、高い鼻柱には串焼きのタレが付着している。
努は人気の少ない三十番台の前で朝から昼の今まで貼り付くようにモニターを見ていた。主に一階層から三十階層が見られる三十番台を努は見ながらメモを取っていく。
(ポイズンスパイダーの糸は炎で焼却可、っと。)
努が『ライブダンジョン!』で培ってきたゲームでの知識は現状かなり役に立っている。敵の弱点や攻撃方法などはゲーム通り。マップに関しては全て一致するわけではないが、ある程度は共通点があるので楽に進めている。
しかしモンスターがゲームとは違う行動や攻撃をすることも数多くあった。そのイレギュラーな行動は頭の中での予測を裏切られ、思考が鈍る要因となる。
一階層のゴブリンやコボルトでさえそれは確認していたので嫌な予感はしていたが、ゲーム内の知識だけではとてもじゃないが対処出来ないと努は感じてきていた。
今はガルムとエイミーという優秀なタンクとアタッカーがいてくれているので知らなくても問題ないかもしれない。しかしガルムやエイミーたちはあくまでギルドから貸し出されている、いわば半固定のPTにすぎない。貸出期間も努の幸運者(ラッキーボーイ)という不名誉な二つ名が鳴りを潜めるまで貸し出す、という非常に曖昧な約定になっている。
金にも時間にも余裕のあるこの期間。この期間を有効的に使わないでどうすると、努は週に一日設けている休暇も出来うる限りダンジョンの情報を集めていた。
朝から張り付いていたおかげでメモ用紙を切らしてしまった努は、串屋に鉄串を返しながらも陰鬱(いんうつ)な面持ちでギルドに向かった。
ギルドに入ると探索者たちからすかさずいつもの幸運者野次が飛んでくる。よくもまぁ新入りの君らは十七日間も言い続けて飽きないな、と努はその野次をBGMのように聞き流しながらもギルドの受付に向かった。
努が切らしたメモ用紙を補充してすぐにギルドを出ようとすると、黒門方面から大きい声が聞こえてきた。
「な、なんで俺だけ屑魔石だけなんだよ!」
「けっ。何だお前新入りか? ヒーラーの分け前なんてそんなもんだろ」
「こんなんじゃ宿にも泊まれねぇよ! ふざけんな!」
「は、事前に分け前の比率を聞かなかったお前が悪い」
食ってかかる亜麻のような薄茶色い服を着た若い青年と、成人しているであろう装備を着込んだ三人の男。会話の内容からしてまた報酬分配の揉め事だと努はため息をついた。
「し、しかもお前ら! 俺の装備も回収してないじゃんか! 弁償しろよ!」
「あぁ~? んなもん死んだてめぇが悪いんだろ! もうPTは解散してんだ。さっさと失せろ!」
「おい貴様ら、何を揉めている」
ギルド職員が声をかけると男はやせ細った手を擦りながらも頭をぺこぺこと下げた。
「この餓鬼が報酬について後からぴーぴー喚いているだけです。気にしないで下さい」
「こいつらが、俺を騙したんだ!」
「……出せ。貴様ら全員だ」
ギルド職員が紙と針を出すと四人の探索者はそれぞれ血を紙に擦りつけた。すぐにギルド職員が四人のステータスカードを持ってきて見比べる。
「報酬の比率はアタッカーが三割、ヒーラーが一割になっている。稼いできた魔石を全て出してもらおうか」
「はいはい」
ギルド職員は三人の男と青年がポケットから出した魔石を受け取ると、全員のステータスカードを確認した。そして改めて魔石の数を確認すると受付にステータスカードを戻す。
「ステカを見れば討伐したモンスターはすぐにわかる。それと魔石の数を照らし合わせた結果、配分は大方一致している。問題はない」
「ち、ちょっと待って下さい! 俺の装備は!?」
「ダンジョンでは生き物に触れていない物体は三十分前後地面や壁に放置されれば、自然と消滅する。君が死んだ際に戦闘中であった場合、その時間内で拾えない可能性は考えられる。なので装備については自己責任だ」
「ふ、ふざけんなよ! 適当な仕事しやがって! こっちはギルドに十万Gも払ってるんだぞ!」
「……報酬配分も確認せず、ダンジョンでの常識も知らん。勉強料としては安いほうだろう。これ以上騒ぐようなら叩きだすぞ」
「ふざけやがって! ふざけやがって!」
屑魔石を握りしめて走っていった青年にそれを笑う探索者。そして彼は外でも良い目には遭わないだろうなと、努は横目で見送りつつも一つため息を落とした。
巨大モニターを見て探索者に憧れ、何の情報も仕入れずに探索者になる者は意外と多い。そういったカモが定期的に釣れるからあの探索者たちものさばる。それに対してあくまで中立を装うギルドの対応。ギルドも慈善事業ではないのでしょうがないとは思うが、有料のステータスカードを作らせておいて後は知りませんという態度はどうなのかと努は思った。
(嫌なギスギスの仕方だなぁ……)
虫の探索者の嫉妬を一身に受けている努は呑気にそんなことを考えつつも、さっさとギルドから立ち去ってモニター近くの市場に向かった。
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