第5話 役割提案

 努たちはギルドに戻りステータスカードを更新。努はレベル十になりヒールの上位スキル、ハイヒール。死亡して三分以内のPTメンバーを復活させるレイズを習得した。


 それを確認した努はそのまま受付でお金の引き出しをお願いする。



「それじゃあ最高品質の中魔石一個引き出しで。あ、換金込みでお願いします。鑑定証も一緒に入ってるので」

「あいよ」



 努がステータスカードをカウンターに置きながら受付の男に言うと、彼はステータスカードを受け取って奥へ引っ込んだ。


 ギルドでは特注の巨大なマジックバッグで物や金を預かる、金融機関のような業務も執り行っている。巨額の大金を手に入れた努はそれを持ち歩くわけにもいかないので、当然それを利用していた。


 そのサービスは死んだら一つの物を除き全てを失う可能性のある探索者にとっては必須のものである。ギルド内であれば何かトラブルが起きてもギルド職員が対処してくれるが、外ではそうはいかない。


 ギルドに装備を預けておけばもしダンジョンで死んでも万全の状態でギルドを出ることが出来るので、服一枚で外を出歩くよりは断然安全だ。ほとんどの探索者は基本ギルドに装備や魔石、Gゴールドを預けている。



「それじゃ外で美味いものでも食べにいきましょう。あ、僕が奢りますよ」



 受付から十万Gを受け取った努は振り返ってそう言うと、エイミーは魚を貰った猫のように跳ねて喜んだ。



「わーい! たっだめ~したっだめし~!」

「……ツトム。いいのか?」



 うっきうきで歌いだすエイミーとは裏腹に、ガルムは眉を顰めていた。努はエイミーに聞こえないように声を潜めた。



「明日からのダンジョン探索について色々話したいんですけど、ガルムさんたちからすると突拍子(とっぴょうし)もない話かもしれません。美味しいご飯と一緒ならそれも和らぐかなと」

「……なるほど。それなら遠慮なく同行させてもらおう」

「樽(たる)の帽子亭とかどうでしょう?」

「あそこはあいつが出禁だ。十万Gだと、そうだな……魚住食堂(うおずみしょくどう)なんかどうだ。あそこは生きた魚をその場で捌いて料理するから猫人には評判だ」

「いいですね。そこいきましょう」



 サムズアップした努にガルムも無言で親指を立てて返した。そして案内するために歩き出したガルムに努は上機嫌のエイミーを呼びながら付いていった。


 ギルドを出ると外は夕方で薄暗く、火の魔石を原動力に動いている照明がちらほらと点き始めていた。石で舗装(ほそう)された地面をガルムは迷いなく進んでいく。



「ここだ」



 外からも見える巨大な生け簀がシンボルマークの魚住食堂に着くとエイミーは期待に身体を震わせ、黄金色の瞳を輝かせた。



「魚住食堂じゃん! やったぁー! ここ高いし普段埋まってるんだよね!」

「この時間ならまだそこまで混んでいないはずだ。入るぞ」



 レストランに初めて来た子供のようにはしゃいでいるエイミーをよそにガルムは店に入る。生け簀で泳いでいる色鮮やかな魚に目をやりつつ、努もガルムに続いた。


 努たちを出迎えたのは青い鱗をびっしりと手足に生やした魚人だった。薄い水かきの見える手を広げられて席に通され、努は少し怖がりながらも円形卓の席に着いた。


 全員着席すると背の大きい魚人がガラスのコップを配り、ガルムにも劣らない凛々しい声で歌うように詠唱する。すると何もない空間から水が渦巻き、コップに収まるように注がれた。思わず拍手をした努に魚人の男は魚眼を自慢げに細めながらも一礼し、メニューを渡してきた。


 それからエイミーは好きなものを注文し始め、努の注文はガルムにおまかせした。そしてどんどんと運ばれてくる料理。


 海藻サラダにバゲットのような黒いパン。綺麗に盛られた色とりどりの刺身に丸ごと揚げられた小さい魚の揚げ料理。極めつけは努が両手を広げても収まらない巨大魚の姿煮。


 それで大体の料理が机に出揃ったので努が食べるように促すと、エイミーは早い者勝ちだと言わんばかりに手を出し始めた。刺身を箸で挟んで醤油が欲しいなと思いつつも、努は話を切り出した。



「明日からのPT編成ですけど、ガルムさんをタンクにしようと思います」

「タンク?」



 巨大な姿煮をナイフとフォークでほじくりながらエイミーは首を傾げた。



「えっと、タンクはPTの盾役を担う役割のことだね」

「盾役ぅ~? ツトム君を守るってこと? わんちゃんにはお似合いかもね! いいんじゃない?」

「私は構わない」



 エイミーはバリバリと揚げ料理を食べながら笑顔でそう言った。事前に努からタンクのことを聞かされているガルムは一つ返事で頷く。



「ガルムさんはジョブが騎士だからヘイト……敵の気を引くスキルを使えますよね?」

「うむ、あまり使わないから忘れていたが、コンバットクライという敵対心を煽るスキルを持っている。他にもいくつか同じようなスキルがあると記憶している」

「ガルムさんは普通の攻撃に加えてそのスキルを使い、モンスターの攻撃を出来るだけ一身に集めて下さい。ガルムさんは高いVIT頑丈さを持っているのでそうそうやられることもないでしょう。その間にエイミーさんは全力で一匹ずつモンスターを倒します。そして僕は皆さんの受けた怪我や状態異常を順次回復していきます」

「うんにゃ?」



 刺身をフォークで突き刺して口に入れようとしていたエイミーは、自分の名前を呼ばれて動作を停止した。



「とは言ってもエイミーさんはそこまで立ち回りを変える必要はありません。一匹を集中して狙うことは今までもやっていたと思いますから」

「取り敢えず今までどおりモンスターを倒せばいいんだね! あーむっ!」

「はい。そうですね。ただガルムさんが今ほどモンスターを倒せなくなりますので、その分エイミーさんに倒してもらうことになりますけど」

「だーいじょうぶだいじょうぶ! 私がいれば楽勝だよ! 任せて!」



 刺身をざくざくとフォークで何枚も突き刺してそれを一気に口に入れたエイミーは、それをすぐに飲み込むとそう言って膨らみの薄い胸を叩いた。努が水の入ったコップを手渡すとそれをごくごくと飲みほす。



「多分ガルムさんは最初上手く敵を釣れないと思いますし、敵の攻撃もかなり受けてしまうでしょう。この中では一番覚えることが多く、負担のかかる役割です。大変だと思いますがよろしくお願いします」

「……まぁ、ツトムがやりたいのならそれで構わない」

「ありがとうございます! 僕も最初はミスって敵に回復スキルを当ててしまうかもしれません。お互いの役割に慣れるまでは草原で練習しましょう。それである程度連携が取れるようになってきたら、森や沼に進みたいと思います」

「了解した」



 黒いバゲットに魚の身を乗せているガルムは特に気負いもしていない表情でそれを口に放り込んだ。



「あとの話はダンジョンで試しつつ話します。それじゃあ明日に備えて食べましょう!」



 努がそう締めくくるとガルムはしっかりと、エイミーは口いっぱいに煮魚を頬張って話半分に頷いた。



 ――▽▽――



「コンバットクライ!」



 ガルムの叫びと同時に彼の身体から赤い気の波が発現する。それを受けた五匹のゴブリンは闘争心を刺激され、耳障りな声を上げて棍棒を掲げながらガルムへ突っ込んでいった。前日と違い今日はきちんとした装備を着用しているガルムは、左手に持っている銀の中盾で棍棒をいなす。そして右手の長剣でゴブリンの腹を突いた。


 その間にエイミーが身につけた半甲冑を揺らしながらも、ゴブリンの後ろから双剣を首に突き刺す。軽く捻ってから双剣を抜きすぐさま次のゴブリンも切りつけた。


 ゴブリン相手では努の出番もなくすぐにゴブリン五匹は屑魔石に姿を変えた。仕事のない努は魔石を拾いつつも周囲の警戒をする。


 敵影はないので努は魔石をマジックバッグにしまいつつ先に進む。現在は第九層まで努のPTは足を進めていた。そして自然の息吹を感じる草原の中。空間を裂くように不自然なほど黒い門が努たちの前に存在している。



「ツトム~? 十層への扉だよ!」

「はい。それじゃ同じように行きましょうか」

「了解した」



 努のあっさりとした言葉にガルムが頷き、黒い門を押し開いた。黒門の先にも草原が広がっていたが中央の方は草が綺麗に抜かれていて、踏み均(なら)された土の地面には木製の小屋が不規則に乱立していた。最後尾の努が入ると黒門は閉じてその場から消失した。


 そしてそれを皮切りに小屋からゾロゾロと緑色の肌をしたゴブリンたちが出てくる。棍棒や小剣。弓矢を持ったゴブリンが五十匹ほど。その中でも青い肌をした少し体格の良いゴブリンが叫ぶと、ゴブリンたちは一斉に努たちの方へ向かってきた。



「プロテク」



 努が白杖を降ると黄土色の気が三人を包む。走っている何匹かのゴブリンが努に目を向け、後ろに待機している弓を持ったゴブリンが努に向かって矢を番(つが)える。



「コンバットクライ!」



 赤い波がガルムを中心に素早く広がってゴブリンたちにぶつかる。するとほとんどのゴブリンたちはガルムに闘争の本能を駆り立てられて突撃していった。矢も数本ガルムに放たれる。



「エアブレイド」



 ゴブリンの集団に努が杖を向ける。不可視の刃が先頭を走るゴブリンたちの足を切り裂いて地面に転ばす。いくらかのゴブリンが転倒に巻き込まれているのを努は確認しつつ、上空にある矢も風の刃で弾いた。


 そして矢を放ったゴブリンの横から二対の斬撃が強襲した。静かに移動していたエイミーが弓ゴブリンたちを優先的に斬り捨てる。まるで草を手で千切るようにエイミーはゴブリンたちの命を散らしていく。


 エアブレイドでの転倒に巻き込まれなかったゴブリンは次々とガルムに飛びかかっていくが中型の銀盾で頭蓋を割られ、剣で突き刺されて屑魔石へと変わっていった。


 しかし数の多さは力である。起き上がったゴブリンたちも含めて十匹同時に攻撃されてはガルムでも捌ききれない。ガルムは銀の鎧にいくつか打撃を受け、ゴブリンはゲラゲラと掠れた笑い声を上げながら追撃しようとする。


 笑いながら棍棒を振り上げていたゴブリンは盾で顔をぶん殴られて吹き飛び、身体を痙攣(けいれん)させながら緑の粒子となって消えていった。その光景に何匹かのゴブリンは怖気ついたように後ずさる。


 ガルムのVITはB+。渓谷の階層主である火竜のブレスでさえ、彼を一撃で葬ることは出来ない。それに努のプロテクも重なりゴブリンの打撃はマッサージのようなものだ。ガルムは鋭利な武器のみは弾きつつも、三十を超えるゴブリンを相手に大立ち回りを演じていた。


 その間にエイミーは弓ゴブリンを全て倒し終えるとリーダーである青ゴブリンに躍りかかる。


 普通のゴブリンより少し賢く力も強い青ゴブリンだが、エイミーの脳天への一撃ですぐに魔石へ姿を変える。エイミーはすぐに多くのゴブリンを相手取っているガルムの援護に向かった。


 前にはガルム。後ろにはエイミー。可哀想なゴブリンたちと努は心の中でつぶやきながらも、素早く動くエイミーに暇つぶしのヒールを当てていた。


 そして最後のゴブリンをガルムが剣で突き刺して魔石へと姿を変えると、パキンッ! と何かが砕けるような音が鳴った後に二つの黒門が出現した。



「このまま進む?」

「そうですね。進めるところまで進んじゃいましょう」



 その日で努はダンジョンの自己最高到達記録を二十一階層まで更新し

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