第4話 飛ばすヒール
「よっ、と」
もう慣れてきた転移の落ちるような感覚に身を任せつつ、努たちは三人で手を繋ぎながらも地面に着地した。この感覚がわからず努は最初何度か転んだがいくらか転べば慣れてくる。今では転移した瞬間に地面へキスすることも無くなった。
周りはギルドと打って変わって黄緑色の芝生が見渡す限り広がっている。どうやら見通しのいい場所に出たらしく、努でもちらほらとモンスターが見て取れた。
「それじゃエイミーさん。索敵(さくてき)お願いします」
「はーい」
エイミーは風のような勢いで草原を駆け出すとすぐに努から見えなくなった。その間に努は背負っていたマジックバッグから白い杖を取り出す。自分の真っ白な装備を見てこれぞ白魔道士だな、と努はひとりごちながらもイメージトレーニングを行う。
その後ガルムに声をかけられて準備運動を手伝っていると、エイミーが少し息を整えつつも帰って来た。
「探索者なーし。大した敵もなーし。いけるよ!」
「了解です。じゃあ手始めにあのゴブリンからいきますか」
「うむ、わかった」
手を上げて報告するエイミーと準備運動を終わらせたガルム。彼らの装備はギルド職員の制服のままで、武器は持っていない。理由は万が一死んだ時のための保険ということもあるが、大部分は他のPTへの抑止力である。
ギルド職員は事務職以外全員ダンジョンを四十階層以上突破している者のみが、試験を受ける資格を得る。その後は難関である筆記試験と自分の特技を評価される実戦試験の両方を高水準で通過し、最後にギルド長と面接し問題ないと認められた者だけがギルド職員となれる。
そんなギルド職員の制服を着た者が二人もいるPTに嫉妬から嫌がらせをしてくるPTはほぼいない。最初は武器を持っていないと勘違いした者が絡んでくることもあったが、努のマジックバッグから彼らの武器が手渡されるとすぐに逃げていった。
「それじゃあの三匹を目標で。プロテクかけます」
努が白杖を掲げると先にある白い宝石が淡く発光し、黄土色の気のようなものが全員に降りかかる。術者の込めた精神力に比例してかけられた者の皮膚が硬化する支援スキル、プロテク。ありがとー、と言葉を言い残してエイミーが駆けていき、ガルムと努も小走りで後に続く。
エイミーが接近に気付いたゴブリンの顎を軽く蹴飛ばす。ガルムも向かってきたゴブリンの顔面に拳を叩き込んだ。努は最後の一匹に目を向けつつも杖を地面についた。
「ヒール」
エイミーたちは怪我どころか擦り傷一つすらないが、努は練習がてら彼女に回復スキルを放つ。杖を振るうと拳大の緑の気が発射され、上手くそれを操作して今も動いている彼女の背中に当てた。
しばらく努は的当てゲームのように動き続けるエイミーたちにヒールを当て続けた。そしてエイミーが飽き始めたのか動きが鈍くなってきたところで、ガルムがゴブリンの首を足で踏み折った。
ゴブリンは息絶えると緑の粒子となって血の跡も残さずに姿を消し、後には一欠片の薄い透明の魔石だけが残った。エイミーがその屑(くず)のように小さい魔石を回収して戻ってくる。
「ツトムの曲芸も上手くなったもんだね。最初はゴブちゃんも回復させてたっていうのに!」
「最近はミスも減ったんですから、そろそろ見直して下さいよ」
「あの時はガルムが飼い犬に噛み付かれたみたいな顔してて面白かったなぁ!」
屑魔石を努に放り投げながらもケラケラと笑うエイミーに、彼は困ったように笑いながらもそれを受け取ってマジックバッグへ入れた。ガルムはそのことを思い出したのか顔を横に逸らした。
努がガルムに指導を受けながら初めて潜ったダンジョン。ゲーム時代と同じイメージでヒールを戦っているエイミーにかけた時、打撃を受けて衰弱していたゴブリンも元気になって努は心底驚いた。ゲームでは敵まで回復することはなかったからだ。
その戦闘が終わった後ガルムに自分たちが戻ってきた時だけヒールをかければいいと指導され、努はやはりゲームとは違うなと思いつつも従った。
しかし翌日からもガルムに同じことを要求される。努はただ後ろでエイミーたちがゴブリンを蹂躙(じゅうりん)していくのを見ているだけ。戦闘が終わってからヒールをかけると努はガルムに褒められる。
それを半日繰り返して努は退屈そうに欠伸をしながらもギルドに戻り、レベルが五つほど上がっていることを確認した。更にステータスカードの下に新しいスキルをいくつか習得していることに気づく。支援スキルのプロテクと攻撃スキルのエアブレイド。
しかし翌日は戦闘前にプロテクをかける作業が一つ増えただけ。ガルムたちがゴブリンを蹂躙。終わったらヒール。エアブレイド撃ってもいいですか、と努が言うとガルムは駄々をこねる子供を諭(さと)すように口にした。
「ツトムの仕事は戦闘前にプロテクをかけるのと、戦闘後にヒールをかけることだ。それ以外は必要ない」
「えーっと、流石に過保護過ぎません? 一度でも死んだら終わり、ってことならわかるんですけど、一応戻れるんですよね? いや、痛い思いは出来るだけしたくないですけど」
「白魔道士は戦闘の初めに支援スキル。戦闘後に回復スキルを使うだけでいい。それだけをしていれば問題ない」
「……そうですか」
その時はダンジョンのライブ配信をそこまで見ていなかった努は、ガルムに舐められているのかと思い不機嫌になった。少し不穏な空気を纏わせた努にガルムは声をかけたが、努は表面上の笑顔を取り繕いながらもダンジョンに潜るのを一旦休止した。
それから努は五日間訓練場に篭りきりスキルの軌道操作、効果範囲の圧縮や拡散の練習を徹底して行った。そして完璧とまではいかないが白杖の効果も相まって、ある程度のスキルコントロールを身につけることに努は成功した。
そこまでしてからダンジョンのライブ配信で上位陣の動きを確認しようと、最上位クランの戦いが映し出されている巨大モニターを半日ほど見た。そしてガルムがそこまで間違ったことを言っていなかったことに気づき、努は素直に謝罪した。
「基本は怪我したら戦闘中に自分でポーション飲むし、普通はヒールなんて戦闘後くらいにしかしないんだけどね」
「一番安いポーションで一万Gですよ? 勿体なさすぎますよそんなの。ライブ見てても赤字で帰ってくるPTの多いこと多いこと。それじゃあたとえレベルは上がっても飯は食えない。だからいつまで経っても草原止まりなんですよ」
「うわーツトム、虫に厳しいねぇ」
第十層をいつまで経っても攻略できず草原に留まっているPTは、他の探索者たちから虫と揶揄(やゆ)される。しかしそのあだ名はむしろ虫に失礼な気がするので努はあまりそのあだ名を口にしない。
そうこう雑談しているうちにまたゴブリンが五匹ほど現れたので、努はまた全員に支援スキルのプロテクをかける。エイミーとガルムは努を置いてゴブリンに素手で向かう。
努としてはこのゴリ押し寄生戦法を一刻も早く変えたいのだが、努が十レベルに到達するまではガルムの指示に従うことをギルドに推奨されていた。
それに最初の一件もあってガルムが少しだけ傷ついた様子を見せていたので、努は十レベルになるまではガルムの指示通りダンジョンで動くことにしている。ヒールを当てる練習だけは、努は我が儘で通したが。
今の探索者PTの主流構成はアタッカー四人とヒーラー一人の構成だ。これは大手クランが採用している構成である。
アタッカーがタンクをこなしつつも敵を素早く残滅する戦法はゲームでも存在していたが、少し難しい部類に入るので努は最初その構成を聞いて少しわくわくした。しかしギルド内の巨大モニターで大手クランのライブ配信を見るとその内容は酷いものだった。
基本的な戦法の流れはヒーラーが最初に支援スキルをかけ、アタッカーが敵に突っ込む。そして傷ついた者は基本各自でポーションを飲んで回復し、ヒーラーは隠れる。そして死んだPTメンバーを復活させる時にだけヒーラーは顔を出す。
そして一番努が驚いたのがどのPTもヒーラーを基本使い捨てていることだった。魔法スキルはステータスにもある精神力を使って発動するのだが、どのPTでもヒーラーはメンバーを生き返らせて支援スキルをかけると、精神力をほぼ使い切っていた。
ヒーラーが回復スキルや支援スキルを使うと当然モンスターもあの敵は厄介な敵だぞと認識し、ヒーラーに
ギルドの中央に設置されている巨大モニター。そのライブ映像を備え付けのベンチで座りながら見ていた努は、ガルムにあれはどういうことですかと静かに説明を求めた。
ガルムが言うには大手クランは最高階層の更新を目指しているので、赤字覚悟で回復はポーション、不意の攻撃で死んだ者をヒーラーが蘇生するという戦法を採用しているのだという。
そして最高階層を更新中は必ず都市の巨大モニターやギルドの巨大モニターにそのPTが映し出され、都市の民からの人気やクランの知名度が上がる。
人気が上がれば自然とその探索者が身につけている武器や防具、道具などの宣伝となる。巨大モニターに映ることが出来れば八割がた武器屋や防具屋にうちの武具を使ってくれないか、などと宣伝を依頼される。それに熱心なファンからの貢物や、新聞屋からのインタビュー料などで採算は取れるらしい。
問題はその大手クランの戦法を
大手クランでさえ赤字なので当然下の者たちは赤字確定だ。だがそれでもいずれ黒字になる。あの大手クランが、あの有名人たちがやっているのだからとその下のクランやPTは思考停止のダンジョン探索を繰り返す。そして赤字で帰ってくるか全滅。装備はほぼダンジョンに吸収されるか同業者に回収され、残るのはたった一つのなにかと亜麻色の古着だけ。
採算が取れずに苛つくアタッカーに力では劣るヒーラーや荷物持ちは脅され、蔑(ないがし)ろにされる。そして不当な分け前を渡されている者たちを努はギルドで数多く見てきた。その現状を努は快く思っていない。
(ヒーラーが不遇とか、ふざけんな。ヒーラーはPTに必須の
ゲームの戦法を現実に当てはめることを出来ないのかもしれない。ゲームと違い首を飛ばされれば即死することから、あのヒーラーの役割も一理はあるとも思う。しかしそれでもあのヒーラーの扱いは、努には許せなかった。
何よりエイミーやガルムでさえその戦法をある程度称賛していることに努は密かに腹が立っていた。特にエイミーはヒーラーを小馬鹿にするような言葉を無意識に吐いている。
――まずはその認識を改めさせる。今日でレベルは恐らく十になるだろうと努は確信している。レベル十になったら努はこのPTのリーダーとなり、ある程度の命令権をギルドから認められていた。
その後ゴブリンを数十体倒してもらいもうレベルは上がっただろうと、努はギルドに帰ることをすぐに提案した。
「さぁ帰りましょう! すぐ帰りましょう! あ、帰ったらすぐにやりたいことがあるんですけど時間ありますか?」
「ツトムがなんか凄い元気になってる……。大丈夫かなぁ。私、Hな命令とかされない?」
拾った屑魔石を手で弄(もてあそ)びながらいじらしい表情を浮かべているエイミーに、ガルムは氷のように冷たい視線を向ける。
「貴様の貧相な身体に欲情するほどツトムは変態ではない」
「んー? 死にたいなら死にたいって素直に言えばいいのに。ダンジョン出たらすぐに殺してあげようか?」
「やれるものならやってみろ」
「ちょっ。何でそんな喧嘩腰なんですか二人共!?」
手に持っていた屑魔石を放り投げてガルムに食ってかかったエイミー。努は一触即発の二人の間に割り込みつつ、捨てられた屑魔石を拾い集めた。
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