第3話 幸運者

 努がガルムに護衛依頼と知識の師事を依頼してから一ヶ月が経過した。その間努は改めてこのゲームの世界に来てしまったのだと、そんな思いに耽(ふけ)りながらもガルムに教えを受けた。


 ここらは治安が悪い、ここらは治安がいいというこの迷宮都市の地形情報や、良品の揃う店の紹介。店の配置はほとんどゲームと変わらなかったが、ゲームでは第三者視点で見下ろすように表示されていたので案内は助かった。それにゲームにはなかった店も数多く並んでいた。


 一般常識や装備のことなど、多種多様のことを努はガルムから教わっていった。結果として努の生活費と依頼報酬含めて一月で最高品質の大魔石一つが無くなったが、努は特に気にしていなかった。


 努が鑑定に出した黒杖は猫人に最低でも最高品質の大魔石二十個ほどの価値があると認められ、鑑定証を渡された後に猫人からの提案でギルド主催のオークションに出品される運びとなった。


 最終的な値は最高品質の大魔石三十二個まで釣り上がった。手数料として大魔石一つをギルドに徴収されたが、それでも手元には最高品質の大魔石三十個。G換算にしておよそ三千万Gだ。この世界で慎ましく生活すれば二十~三十年は生活出来るほどの大金。


 しかし努は元の世界に帰ることを諦めてはいない。友人はほぼ損得関係だけの友人ばかりなので問題はないが、両親にだけは申し訳なかった。帰る希望が皆無(かいむ)ならまだしも、帰れる希望はある。


 ダンジョン制覇。ダンジョンを制覇すれば帰れるのではないかという希望だ。神からの誘いというアイテムを受け取って努はこの世界に来た。そしてダンジョンを管理していると言い伝えられている神。それは簡単に結びつく。


 その希望を胸に努はダンジョン制覇を目標にこの三千万Gの使い道を考えた。


 現在の最高到達階層は五十九階層。それが半年ほど動いていないらしい。百階層を目指すだけなら、最高到達階層を達成しているクランに入ることが一番の近道だとガルムにも提言された。


 しかし努は裏ダンジョンのことを知っている。元の世界へ帰る時に裏ダンジョン攻略も必要になった時を考え、努は自分でクランを設立した方がいいと考えた。


 クランは百万Gから設立出来る。G問題は余裕でクリアだが、クランを設立するためにはまずは自分含め三人のPTメンバーを集める必要がある。


 その二人のPTメンバー。まずは基本のタンクとアタッカーを集めてギルドを設立するのが努の第一目標だ。そのためにはとにもかくにも勧誘である。


 しかし努には現在不名誉な二つ名がギルド内で吹聴(ふいちょう)されていて、勧誘はほぼ不可能な状況に陥っていた。



「へい幸運者(ラッキーボーイ)。今日もガルムに連れられお散歩か?」

「いいねー金持ちは装備が豪華で! 少しはその金分けてくれよ~」

「一緒にPT組もうぜ幸運者! あ、報酬は山分けなー! ぎゃはははははは!!」



 ギルド内に備え付けられている食堂からそんな野次が飛んでくる。努の隣にいるガルムが睨みを利かすと昼間から顔の赤い探索者は舌打ちをして視線を逸らした。


 探索者の言う通り努の装備は一月前とは大分変わっていた。うっすらと光を帯びている純白のローブに、同じく淡い光に包まれている白ズボン。その腰へ巻かれた特製のベルトには緑の回復ポーションが入れられた細長い容器が提げられている。


 背中には大容量で体積も一番小さく、防犯機能も仕込まれている高価なマジックバッグを背負っている。その中にも色々な装備やアイテムが収納されていた。


 最高品質の大魔石二十個を使って装備を一新している努は、その探索者の言葉を無視するとガルムの後ろへ続いた。


 一階層では異例である最高位の宝箱入手者。オークションでの煽り文句で鑑定した猫人が喧伝したことも相まって、それは瞬く間にギルド内で広まった。今ではギルドの外に出ても努は幸運者(ラッキーボーイ)と指を指されていた。理由は神が都市に配置しているモニターと、都市の唯一情報機関である新聞屋にある。


 神がダンジョンにいる者を映し出すモニターは、ギルド内だけではなくこの都市の広場にも何十と設置されている。魔石を除けば中世に近い文化であるこの都市では、神が配信するダンジョンの様子は一番の娯楽にもなっている。


 そして最有力クランの一軍黒魔道士であり、その恵まれたルックスから都市の人たちからも人気の高いアルマという女性。彼女がオークションで落札した黒杖を振るって六十階層のボスである火竜を倒した際、仲間と和気あいあいしながらもこう言った。



「本当にあの幸運者(ラッキーボーイ)君には感謝だよね! おかげで六十階層の壁を突破出来たわ!」



 神が管轄しているダンジョンで最高到達階層を更新している主力クランメンバーの発言。それとそれを面白おかしく記事にした新聞屋と、いきなり莫大なGを稼いだ努に嫉妬した探索者たちの無駄な尽力も相まって、努の顔は都市中に広まることとなった。



(宝くじで一等とか当てた人は、こんな感じなのかね……)



 ギルドでは嫉妬と侮蔑(ぶべつ)の篭った幸運者(ラッキーボーイ)。都市の中でも大半の者は努をそう呼ぶ。都市の者たちはそこまで悪意を孕んでいないにせよ、努はうんざりしていた。


 しかし不幸なことばかりではない。努が不名誉な称号を付けられてしまったことを重く見たギルドは、この二つ名が成りを潜めるまでは護衛兼PTメンバーとしてガルム。そしてオークションで無駄に努のことを吹聴した猫人のエイミーも護衛兼PTメンバーとして、無償でギルドから貸し出されることとなった。



「すまない。ツトム」



 努がギルド内で幸運者(ラッキーボーイ)と言われるたびに黒い犬耳を畳んで謝罪してくるガルムに、努はいやいやと白いローブをはためかせながら手を振った。



「もし僕が幸運者(ラッキーボーイ)になれなかったら、あんな一階層で燻(くすぶ)ってる奴らとPT組むことになってたでしょうしね。ガルムさんとエイミーさんとPTを組むことが出来て、本当に僕は幸運者(こううんもの)ですよ」

「……ツトムが二つ名をそこまで重視しない者で良かったと、心から思うよ」



 その小声とは裏腹に飄々(ひょうひょう)とした態度をしているツトムに、ガルムは真顔で返しつつも受付に並んだ。



「それにしてもエイミーはまだか。もう十分は過ぎている」



 モニターに表示されている時間を見ながらガルムは忌々しげに舌打ちする。努は苦笑いを浮かべながらもギルド内を見回した。



「大体この時間になると来るんですけどね。ここ一週間は」

「一体誰のせいでこれだけ騒ぎになったと思っているんだ。そもそも神から幸運を賜ったツトムがここまで不名誉な立場になったことも元を辿ればあいつが元凶。本来ならギルド職員の座を剥奪されても文句の言えない立場にもかかわらずツトムの温情のおかげでここまで罪を軽く出来たのだ。その軽い罪すらまともに清算出来ない者など神の管理するダンジョンの入口であるギルド職員の資格はない。ツトム。今からでも遅くはないぞ。あいつを――」

「はーい! 私のリストラ計画は即刻阻止させてもらおう!」



 しゅばっ! と後ろから飛び出してきたエイミーはガルムの肩に手を置いてそのまま宙返り。そして努を挟んでガルムの反対側へ着地した。藍色のズボンじゃなければ見えてたな、と努は少しだけ残念な気持ちになった。



「貴様は何度遅れれば気が済む!」

「暇人門番のわんちゃんと違ってこっちは鑑定の仕事もあるんですぅー! こっちは忙しいんですぅー! あ、ツトム。遅れてごめんね!」



 舌をペロッと出して謝る姿に反省の色は全く見られないが、二週間連続で遅刻してきていることに逆に感心してしまっている努はいつもの言葉を返す。



「次は遅刻しないように頼みますよ」

「はーい! あ、あそこ空いたよあそこ! いこいこ!」



 探索者から人気のない髪を剃り上げた壮年の男がいる受付に進んだエイミーを、ガルムが文句を言いながら追った。努をそれに続く。



「おっちゃん! ステカはやく!」

「黙れバカもんが。さっさと唾液を出せ!」

「お手数おかけします」

「おうガルム。今日もエイミーのお守りご苦労なこった。ツトムもな」

「あはは……」



 ダンジョンのモンスターも逃げ出すような笑みを浮かべる男に努は頭に手を当てながらも、彼に差し出された白い紙に唾液を垂らした。エイミーとガルムも同様に差し出された紙に唾液を垂らした。


 その小紙を受付の男が受け取ると、後ろにある魔石の備え付けられた大きい機械へと紙を入れる。するとカウンターの後ろにある膨大なステータスカードから三つのカードが抜き出されてカウンターに置かれた。



「うわ。唾吐きかよ。だっせぇ」

「まだ幸運者は痛いのがだめでちゅか~?」



 そんな小言が今度は努の横から飛んでくる。隣の列に並んでいる柄の悪いPTが唇を突き出しながらゲラゲラと笑い、他の列のPTもヒソヒソと身内で努の行為を小馬鹿にしていた。


 受付の者はステータスカードの登録時と同じように、探索者へ体液の提出を要求する。主な目的は二つ。膨大なステータスカードをいちいち手動で管理するのは相当な手間がかかるため、魔石を原動力とした機械による手間の簡略化。もう一つはその体液とステータスカードを使ってPTを編成するためだ。


 そしてその体液は基本的に唾液か血液のどちらかを提出するのだが、唾液を提出するのは針の痛みを怖がる臆病者、という風潮が探索者の中で存在していた。その風潮のことは努はガルムから事前に知らされていた。


 しかしダンジョンに入るたびに指に針を突き刺すのは、努には無駄に感じたし痛いのもゴメンだった。美人の受付嬢の前で自前のナイフで手の平を斬り、自慢気に血を見せている探索者の気の方が知れないと努は常々思う。


 それでポーションなりヒーラーの手間を煩(わずら)わせているのだから、あんなPTのヒーラーには絶対なりたくない。今の状況に不満がないわけではないが、ガルムとエイミーとPTを組める幸運に努は感謝した。


 隣の列のPTに何か文句を言おうとしているエイミーを宥(なだ)めながらも、努は元の白色から黄緑色に変化している自分のステータスカードを見る。レベルは九まで上昇しているがステータスに変化はない。しかしそのレベルを見て努は密かにガッツポーズをした。


 ガルムやエイミーのステータスカードは青色。ステータスカードの色はその者の現在の最高階層を示している。努は第一階層の草原の象徴である黄緑。ガルムとエイミーは浜辺の海を表す青。つまり彼らは四十一階層までは到達済みということである。



「ほんとあの虫どもは腹立つわね……」

「何度も言ってますけど、僕に合わせなくていいんですよ?」

「それだと私があの虫どもと同じ意見ってことになっちゃうでしょー!? やだよ!」



 ピンクの唇を尖らせて白い尻尾をピンと立てたエイミーに、ガルムはステータスカードを受付に置いてふんと半目で彼女を睨んだ。



「だったら文句を言わずに黙っていろ」

「はいはい忠犬さんは偉いですねー。文句も言わず待て! うーん、お利口すぎて反吐が出るね!」

「……お前は一度痛い目に遭わないと分からないらしいな」

「お前ら飽きもせずよくやるよ。ダンジョン内で規則を破らないかひやひやするぞ」



 受付の男が呆れたようにため息を吐きながらも、三人が唾液を垂らした紙を受付に置いてある赤色のランタンの中に投げ入れた。



「ほら、PT申請は済ませた。報酬は三等分でいいな?」

「はい。大丈夫です」

「ステータスカードの更新が終わったならさっさと行ってこい。特にエイミー、邪魔だ」

「どうせここに並ぶ人なんてあんまいないでしょ! べー! ハゲ!」



 あっかんべーをしながらそう言い散らしてダンジョンの入口へ走っていたエイミー。額に青筋を浮かべている受付の男に一礼した後にガルムと努はエイミーを追った。


 ダンジョンの入口には人が五人ほど並んで入れるほどの魔法陣が、五ヶ所ほど横に並んで設置してあった。


 その魔法陣に探索者PTたちが次々と入っていっては光の粒子を残して消えていく。もう努には見慣れた光景だが、最初はこの魔法陣に乗ることを怖がってエイミーに冷やかされていた。


 順番はすぐ回って来たので努はすぐに魔法陣に入った。ニヤニヤしながら努の手を握ろうとしたエイミーを彼は目で制した。



「あれ? 手繋ぎはもういいかな?」

「うん。僕はガルムさんに掴まってるしね。最悪エイミーさんが他のところに飛んでも、ガルムさんがいれば問題ないから。ばいばいエイミーさん」



 にっこりとした表情でガルムと手を繋いだ努に、エイミーは焦ったように白い猫耳をぴこぴこさせた。



「ふ、ふーんだ! ツトムなんてもう知らない!!」

「あ、そう言いつつも手は握るんだね。エイミーさん」

「さぁ! 今日も草原で特訓だね! 楽しみだね!」



 半ば無理やり繋がれた手に思わず鼻で笑ってしまった努は、エイミーに爪を立てられてぎりぎりと手を握られた。いたたたた、と努は顔を歪めながらも口にした。



「一階層へ、転移!」



 努たち三人も他の探索者同様に光の粒子を残してギルドから姿を消した。

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