第7.5話『灰の国の間者』

 俺は、いや俺たちは灰の国の間者だ。

二人の時もあれば三人の時もある。

灰の国と旅立った灰の勇者と聖女の間を行き来し、国に情報を持って帰るのが任務だ。


 最初、灰の勇者がと聞いて異世界から来た聖女が心配になった。五男坊のロナルド氏と言えば社交界のマナーは完璧だが、自分の意見を素で言わない、完璧に猫をかぶれる男で有名だった。

あまりの徹底ぶりに魂が入っていないのではと噂されるほどのロナルド氏は、その処世術で騎士団の中でも誰の味方でもなく完全な中立を貫いていた。

中立だから誰にでも頼られ、一匹狼でもある。

情報が集まってきやすく勝手な行動も取りやすい彼は、騎士よりも我々のような間者に向いていた。


 聖女を連れ神殿へ向かう旅の道中、あの若者は眠る聖女のヴェールをいで人形のような美しい顔をじっと眺めていた。

俺たちから見てもあの白磁の肌と烏の濡れ羽色の髪は美しい。

だがそれを飽きもせず、毎晩、彼女が眠りについてから眺めるのは、どんな時も中立を貫いてきた男の行動にしては奇妙だった。




「灰の勇者の行動がおかしい?」

「かなり、奇妙でして」

 旅の最中の動向も報告せねばならないため、俺は国王に素直に話した。

ロナルド氏にしては聖女へ執着しているように思えます。あくまで所感です」

些細ささいでも何でも構わぬ。最初に命じた通り、勇者が聖女を害するようなら殺せ。灰の聖女に代わりはいないが勇者なら代替だいかえが利く」

「御意」

そう、俺たちは何かあったら勇者を殺すよう命じられていた。しかしロナルドは恐らくそれに気付いていながら平然と聖女を守りつつ神殿へ向かった。


 異世界から呼ばれた聖女は魔物に襲われるたび悲鳴を上げた。泣いて喚いて子供のように震えた。異世界では未成年だったと後から聞いた時は納得したが、成人を迎えているはずの女が自分を抱きしめて震えている様子は哀れを通り越して呆れが来た。

ロナルド氏もそうだったのだろう。

だが彼は文句も言わず聖女を守り抜いた。

毎晩寝顔を眺めることも欠かさなかった。


 ロナルド氏の奇妙な行動は神殿についてから顕著けんちょになった。

「我が聖女に近付く者は、打ち落とした首は谷底に、タマはカラスに食わせてやる。俺の許可なく立ち入るな」

あのロナルドが? と耳を疑った。敵を作らず、味方も作らないロナルド氏が、不死人たちを強く牽制けんせいしたのだ。

勇者の行動としては正しいかもしれない。しかし、ほかの間者から聞いたロナルド氏の生前と比べると異様な言動だった。

この時点である程度、灰の勇者が変だと気付いていた俺たちはいつでも勇者を殺せるように準備していた。


 勇者の元から抜け出した聖女を追いかけたロナルド氏の変装は見事だった。俺たちの一人に祭壇の見張りを命じたロナルド氏は、聖女の後ろについて行く魔女ビルギットよりも早くテラスに着き、生前のような当たり障りのない人柄を演じた。

そう、あれは演技だ。

勇者として蘇ってからしていたぶっきらぼうな物言い。あちらがロナルド氏の本来の言動なのだ。

あの若者は異世界から来た美しい娘に素の自分をさらけ出していた。これに気付いた俺たちは王へ報告を入れた。聖女は美人だった。気が緩んでいるんだ。そう感じた。


 鏡の国の公爵家子息が現れた時は忙しく駆け回った。エレオノーラと言う聖女をかたる女にも気を付けねばならんし、情報はどんなものでも欲しかった。エレオノーラに灰の聖女をかたらせるつもりだったのはすぐに分かった。ガブリエルと言う男は道中、エレオノーラに灰の聖女を名乗るよう仕向けていたからだ。

 様々な思惑を考慮した。最終的に、灰の偽聖女を交渉材料に灰の国の領土をもぎ取り、その上で薄明の国と結晶の国に戦争を仕掛けるのがガブリエルの、鏡の国の目的だろうと推測した。

 鏡の国は戦略と戦士は優れている。だが国土が小さく圧倒的に資源が足りない。大国である薄明の国相手に戦争を仕掛けるなら資源が足りないはずだった。灰の聖女はただ現れただけで灰の国が略奪される可能性を一つ潰した。本人にその自覚はなくとも国を救った。聖女として、彼女は予言通り役目を果たしていた。




 灰の勇者の言動は日に日に柔らかくなっていった。聖女に心を開いて交流しようと試みているのが見てとれた。アドニスの花以降、それは特に顕著だった。そして……聖女の体が別の夫人の写しであると聞いたロナルド氏はとうとう彼女に手を出した。


「ひゃあう……」

(よくもまあ毎晩のように)

 聖女を害したら殺せと言う命令は撤回されていない。ならば我々は勇者が聖女の純潔を奪い、その力を失わせることがないよう警戒しなければならなかった。それはつまり二人のねやのぞくと言うことだ。これも仕事だ、仕方ない。


「ひぅ、許して……許してぇ……」

「許さん」

「ひぅう……もうやだ……。ゆうしゃさまぁ……」

(あーあー、あんなに鳴かされて……)

勇者はギリギリを見極めて聖女に自分の跡を付けた。手と口だけで極限まで聖女を追い込み、ドロドロになるまで愛した。

(しかしあんなに独占欲が強かったとは……)

 先達はロナルド氏の人柄を見誤っていたんじゃないか? とさえ思った。完全中立の一匹狼? 自分の目に映るロナルドの姿は、火の奇跡に愛されながらその奇跡を与える聖女をどこまでも自分の物にしたくて逃げ道を潰しているように見える。

「そこやだぁ……」

「手の平で感じるのかお前は」

「あう……」

「塩の王子に触られたところだ。覚えてるな?」

「ごめんなさ……」

「じゃあこっちは?」

「やっ……!」

(今夜はこれでもう四回目……)

聖女は何回も、クタクタになるまで勇者に抱かれた。

「今度俺の前でほかの男を匂わせたら許さんぞ」

「ごめ……なさい……」

「お前は誰のものだ?」

「ロ、ナルドさま……の」

「そうだ。忘れるな」

「あっ、やぁ……まだするの……」

(いい加減放してやれ)

「も、やだ……」

(俺もやだ)

 不死人は動く死体だ。生き物じゃないし、どう頑張ったってたたん。ロナルドのあれは行為ではない。匂い付けだ。猛獣のようにギラついた目で聖女が何も考えられなくなるまで自分の跡を付けて、疲れて寝入った顔を見て満足している。

(厄介な奴と組んじまったなあの聖女も……。いや、聖女の方も本気で拒否していない。満更でもないのか)

あと何日これを観察せにゃならんだ? と思いながら俺たちの夜は明けていく。聖女と俺たちが直接関わることになるのは、それから間もなくだった。

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