第8話『影の国からの使者』

 三の国のハルトさんは聖女と勇者が運命共同体だと知ったあの日以降、探索から戻って来なかった。出発前の彼と会った魔法使いシリルは「思い詰めた様子だった」と話して、私は彼が心配になった。


 また何日かして、勇者もほかの不死人もそれぞれ世界樹への道を突き進んでいたある日。神殿に老人を抱えた白髪の女性が辿り着いた。

 女性の名前はソフィア。泥の国と言うかつて神に捨てられ奇跡も魔法も得られない泥人どろびとたちの故郷から来た年若い乙女は、不死人となったことで神殿への旅に出た。

「祖父には止められたんです。でも、昔から神殿や神話に興味があって……」

 気落ちした彼女を祭壇前に招いて話を聞くと、抱えてきた老人は彼女の祖父でだいぶ前に果ててしまったそうだ。

「祖父は両親を亡くした私を育ててくれたんです。だから遺体を放って自分だけ神殿に来るなんて出来ませんでした」

せめて神殿の近くで埋葬することを許してほしい、とソフィアは言った。不死人たちに協力してもらい、墓穴を掘ったあと横たわった祖父の上にソフィアは土を一掴み、投げ入れた。


「ありがとうございました」

 ソフィアは私に深々とお辞儀をした。

「いいえ。聖女として当然のことですから」

「聖女だからと、役目だからと人に親身になれる訳ではございません。本当に感謝しています」

ソフィアの手を握ってなぐさめると、彼女はやっと一筋の涙を流した。


 泥人である彼女は不死になっても奇跡も魔法も覚えられない。戦士であった祖父と旅をしながら見様見真似で剣を覚えたと話した。親身になってくれた私のために礼がしたいと言った彼女にロナルドが一つ提案をした。

「俺の従者として同行しろ」

灰の勇者の手助けをすれば間接的に灰の聖女を助けることになる。勇者のそばにいれば剣の修行も出来る、と言う発想だった。ソフィアは理由を聞くと二つ返事で頷いた。

 ロナルドはソフィアを連れて探索へ向かった。出発前、ロンはかぶとを口元だけ上げてすくった私の髪に口付けた。

「浮気するなよ」

「し、しませんっ!」




 ロナルドとソフィアが発ってから数日。また不死人たちが神殿に到達した。最初の人数に比べると数は少ないが、たまにこうして後発組がやってくる。

(なんかこう、不死人が増える時期みたいなのがあるのよね)

新しい人たちをお迎えした方がいいのかしら? と思って祭壇前で立っていると、黒いローブに身を包んだ魔法使いのような格好の男たちが三人、目に入る。

そのうち中央に立っている高身長の細身の男性は私に気付くと慌てた様子でこちらにやって来た。黒ローブの三人組はビルギットに似た黒い力をただよわせていた。

(影の国の人?)

「アニエス! アニエスではないか!?」

影の国の人たちが広間へ入る寸前、私の前に青みがかった黒いボロ切れに身を包んだカラスの仮面の男がヒラリと舞い降りた。

「……ニン、じゃなかった。間者さん?」

灰の国の間者は立ち上がるとチラリと私を見て影の国の人たちに対峙たいじした。

(勇者が不在の間は代わりをしてくれるのね)

「アニエス!」

私が前へ出ようとすると灰の国の間者は左腕を上げて私の行く手をはばんだ。

「ありがとうございます。でも自分で対処します」

私が真っ直ぐ見上げると灰の国の間者は腕を下ろした。

影の国の人たちは闇術使いだから祭壇の間へは上がってこない。

私は祭壇の間から出ないようにギリギリまで近付いて、ドレスのすそを持ってお辞儀をする。

「灰の聖女ユイアと申します。影の国の方々」

「その声は……やはりアニエスではないか?」

「いいえ。私はそのお方によく似ていますが、瞳をご覧になれば違うとお分かりになると思います」

私はヴェールをめくって影の国の人たちに顔を見せた。アニエスさんと瞳の色は違うはずだ。影の国の一番背の高い男性は私の顔を見て息を飲んだ。

「確かに、アニエスとは瞳の色が違います。彼女は青い瞳……だが瓜二つだ!」

「申し上げた通り、別人です」

私が再びヴェールで顔をおおうと男性は右手を出しかけて、引っ込めた。それからやっと胸に手を当ててお辞儀をする。

「影の国のハインリヒと申します。灰の聖女様」

残りの二人もハインリヒに合わせてお辞儀をする。そこへ、尊大な足音が響き鏡の国のガブリエルが現れる。

「おやおや、誰かと思えば影の国の王弟殿下ではございませんか」

尊敬の念が一切ないような皮肉めいた口調で告げると、ガブリエルはわざとらしくうやうやしいお辞儀をハインリヒにした。

「ご機嫌、麗しゅう」

「……その声はガブリエル殿か」

「いかにも」

ガブリエルは影の国の王弟ハインリヒ殿下の横を通り過ぎ私と彼らの間に立った。

(何のつもり?)

私は後ろへ下がって灰の国の間者の後ろへ隠れた。

「灰の聖女は神殿内で人気でね。独り占めはよして貰えますかな」

「彼女はアニエスにそっくりだ!」

「私もそう思いましたよ。聖女の顔を拝見したのは今が初めてですが」

(え、気付いてたの?)

「だが別人です。アニエス様はとうにお亡くなりですし、この聖女は灰の勇者に相当大事に飼われています」

(飼っ……!? 失礼な!)

私は一人でプンと頬をふくらませた。

「おい!」

 この状況で何故ハルトさんまで戻ってくるのだろう? 頭が痛くなってきた。

ハルトさんは泥々の装備でズカズカと広間へ踏み入るとガブリエルとハインリヒに対峙する。

「なんだお前ら!」

「こちらの台詞だ。どなたかな?」

「ああ、三の国とか言う無名国家の若者です。灰の聖女に懸想けそうしていて」

「何?」

ハインリヒは何故か怒った声を出した。

(な、何この状況……)

私は思わず灰の国の間者のボロローブにすがった。間者は私の方にチラッと振り返る。

「あ、あの」

私が小声で話しかけると間者はかがんでくれた。

「王弟殿下ってことは国王の次にえらい方ですよね? アニエスさんは影の国に嫁ぎましたけど……有名なんですか?」

「アニエス様は影の国の王に嫁いだ王妃殿下です」

「……は?」

(アニエスさんは王妃だったの? え? じゃあビルギットは王女? あんなにせてて? とても王女の待遇たいぐうには……)

「ビルギットは本来なら王女ですが、忌み子と呼ばれる特殊な生い立ちで王女としては数えられていません。王位継承権を持たないので平民以下の扱いでした」

「それであんなにボロボロの服を……?」

「国王とアニエス王妃は政略結婚です。子供は生みましたが夫婦間に愛情はありません。アニエス王妃は母国で別の殿方に懸想けそうしていて、王妃に懸想けそうしていたのがハインリヒ王弟殿下です」

(片思いだらけの昼ドラ……)

ガブリエルは政治的な理由で私を狙っている。

ハルトさんは私を攻略したい。

ハインリヒ殿下はアニエスの写しである私にほの字?

(勘弁してよ……)

ここにロナルドが帰って来たらと思うと頭が痛い。絶対嫉妬するし、勢いで全員殺しそうだ。私が顔をおおって溜め息をつくと間者はフッと笑う。

(あ、笑った)

「モテますね」

「嬉しくないです……」


 三人が未だに火花を散らし合っていたので、間者の後ろから出て行く。私が三人の中央に立つと彼らは私に注目した。

「ハインリヒ殿下」

「はい」

「ついこの前までここにビルギットがおりました」

「それは、本当ですか?」

「ええ。ですが私をアニエス様と勘違いした挙げ句……暴走して果てました」

全部話すのはやめた。私の可愛いビリーが死んでよかったとは思わないけど、彼女のせいでエレオノーラが危なかったし、魔女を止めたガブリエルの判断は正しかったから。

「何ですって」

「彼女の小さなお墓を作ったのです。よろしければ墓前に……」

「無論、参ります」

「こちらです。ああ、」

私はサッとガブリエルとハルトを片手で制した。

「これはアニエス様とビルギットと私に関わる問題なので、お二方はご遠慮ください」

灰の間者を手招き、私はドレスのすそを持ち上げる。

「どうぞ、こちらです」


 ハインリヒ王弟殿下はビルギットの墓に手持ちの小さなカードを捧げた。華美な装飾が入ったタロットカードのような物だ。

「ビルギットはその……いつからいつまで?」

「今期の初発組だったと思います。私よりも先に神殿に着いていて、あとはほとんど神殿にいて私の朗読を聞いていたようですが」

「左様でございましたか……」

私が見上げるとハインリヒ殿下はフードの下でニコッと笑った。

(影の国だからってみんながみんな鬱々うつうつとしてないのね。と言うか結構イケメンだわこの人。年がかなり上だけど)

「ハインリヒ殿下から見たビルギットはどのような子なのですか?」

「ああ、そうですね。私はもう不死人ですし、王室とは関係ありませんから……これは個人的な話です」

神殿の中へ戻るよう私をうながしてからハインリヒ殿下はぽつぽつと語り始めた。

「ビルギットは血縁としてはめいにあたります」

(そうよね、自分のお兄さんの娘だもの)

「ただ、王弟と忌み子と言う立場から面と向かって話したことはございません。彼女は離宮に閉じ込められ、母親であるアニエスですら面会は月に一度と決まっていました」

「そんな……」

(じゃあアニエスは二、三回しかビルギットを見てないんじゃない? 出産から半年しないで亡くなったわよね?)

「ビルギットも早くに亡くなったので、かなり若かったと思います。成人していたかどうか……」

「小柄でしたけど、そんなに若かったのですか?」

「はい。ビルギットは私の八つ下なのです」

「……えっ?」

思わず耳を疑った。

「私が国王と年が離れている上に、ビルギットが亡くなってからかなり経っているのです」

(この人四十代以上よね? その八歳下のビルギットが亡くなったのが十六前後? ええと……)

思わずこめかみを押さえるとハインリヒ殿下は慌てる。

「ど、どうなさいました?」

「ああ、すみません。年齢のズレが分からなくなってしまって……」

「ああ、不死人は亡くなった年と起き上がるまでの年数はそれぞれですからね。こればかりは神の采配さいはいですから」

(神、ね)

そんな人いるんだろうか?

ハインリヒ殿下は神殿に入ると柔らかく微笑んだ。

「ビルギットがアニエスによく似た貴女あなたさまに出会えたのも神のご慈悲だと思います」

そうだろうか? うんとは言えない。

「……そのビルギットの叔父上である貴方さまがここにいらしたのも、ご縁でしょう」

ハインリヒ殿下には全面的な肯定に聞こえたのだろう。嬉しそうに微笑むと私にお辞儀をした。




「意外だった」

 間者と広間に戻るとガブリエルが壁に寄りかかって待っていた。彼は私の前に歩いて来て進路をふさぐ。

「かばわれるとは思わなかった」

「……あの子が果ててよかったとは思っていません。でもエレオノーラを助けた貴方の判断は正しい。めいを失った人に余計なことを言う必要はない。それだけです」

「理知的だな。お前の評価を間違えていたよ」

一応、それがガブリエルの謝罪なのだろう。彼は私の前からどくとどうぞ、と片手で祭壇へうながした。ドレスのすそを持って一礼した私は間者と祭壇へ戻った。




「何すかアレェ!」

 祭壇前、いつものように腰掛けて。

ほっぺたを膨らませたハルトさん相手に、ビルギットは影の国の出身だと言うことと、私が彼女の母親アニエスにそっくりだと言うこと。

それからハインリヒ殿下が二人とどう言う間柄なのか話してあげた。

最初はふくれっ面だった彼も、私の話を聞き終わる頃にはそれなりに納得していた。

「昼ドラっすね」

(まあ日本人ならそう思うわよね)

「王侯貴族は基本、契約結婚なんです」

窮屈きゅうくつっすね〜。だから駆け落ちとかするんだ?」

「そうかも」

私がフッと笑うとハルトさんもニッコリする。

「ユイアさんが笑ったの初めて見た」

「そう?」

「はい。あ、そうだ。お土産あるんすよ」

ハルトさんはカバンをゴソゴソと探ると小瓶を取り出す。一見エリクサーに見えるが、ものすごく小さい。

「それは?」

「名付けてミニミニエリクサー!」

(まんまじゃん)

「どうぞ!」

(え、う、うーん。いいのかな受け取って?)

まあエリクサーだし、と思って何気なく受け取ってしまう。


 ハルトさんは私の手の平にエリクサーが載った瞬間、ナイフを素早く取り出して小瓶を叩き割った。

パリン! 音と共に景色に妙なヒビが入り、周りの人たちも止まる。

「きゃあ!」

ハルトさんは素早く手に載ったガラスの破片ごと私の手を握った。彼は真剣な顔で辺りを見回す。

「……上手くいったっぽいな」

「な、何が起きたんですか?」

「俺言いましたよね? バグ穴探して遊ぶタイプって」

景色に入ったヒビのせいで神殿の天井が抜けて世界樹が見えている。その世界樹にもヒビが入って、木々の隙間から黄金の大きな瞳が見えている。月でもない、太陽でもない。大きな瞳だ。

「は、ハルトさん……」

私が指差した大きな瞳を見上げても、ハルトさんは疑問にも持たず私に振り返った。

「今のうちなんで行きましょう」

彼は私の手を引いて立ち上がる。

(あれが見えてないの!?)

「ど、どこにですか!?」

「本来連れて行けない聖女をラスボス手前まで連れて行くバグ見つけたんすよ。これならユイアさんを連れたままクリア出来るはずなんで!」

「何言ってるの!?」

「ここは『ダークロード ビギンズ』の世界なんです! いいから俺を信じて!」

私はもう一度世界樹を見上げた。黄金の瞳は変わらずに私を見ている。

(聖女は神の祝福を受けている……。なら神は常に聖女を見ている?)

「早く!」

ハルトさんは私の手を握ったまま駆け出した。


 どうしたらいいのか分からないままハルトさんと走り出してしまった。ハルトさんは本来なら壁がある場所をすり抜けたり、建物の地下部分を潜りながらジグザグに走る。

「ユイアさんのところに帰った時大して時間経ってなかったんですけど、俺ウラで相当バグ世界にいたんすよ! トライアンドエラーでずーっと試してて!」

「は、ハルトさんが何を言ってるか分からないです!」

「俺とユイアさんだけ別の世界から来てるんです!」

(バレてる……?)

「ほかの人はみんな固定のステータスが振ってあって、俺とユイアさんだけステ振りが自由でした! これは俺たちにしか通れない道です! ほかの人を置いていくことになるけど、元の世界には帰れるはずです!」

「そんな……」

(じゃああの人はどうなるの? ロナルドは?)

いつも守ってくれたロナルドの背中を思い出す。視界にノイズが走って、激しい頭痛に襲われる。

「うっ……いった!」

「ユイアさん!?」

立ち止まって手を離し、その場に立ち止まる。頭が割れそうに痛い。ハルトさんの声が重複して聞こえる……。


 音がなくなって顔を上げた。左側に色が抜けた白黒のハルトさんの姿。右側に同じように色が抜けた灰の勇者ロナルドの姿。二人とも、窓ガラスみたいな透明な板の向こうにいる。

そして二人の間。真正面の遠くには、世界樹の枝を頭に生やした黄金の人型が立っている。

(選べって言うの?)

片方を選べば片方は切り捨てることになるの? 二人とも選べないの?

(私、わたしは……)




ハルトの手を取る→エンディング ユイルート


ロナルドの手を取る→9章へ

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