第7話『ツギハギの聖女』

 ビルギットの首と体を無理矢理繋ぎ合わせたあと、私は遺体を抱いて神殿の外で娘をあやしていた。

子守唄を歌って軽く揺するだけ。

ビルギットは目を開かないけれど、土に埋める前にそのくらいはしてあげたかった。

不死人たちが掘ってくれた穴にビルギットをそっと横たわらせた。

細くて痩せた体。

ろくに食べられないまま死んだ子供の体。

彼女の額に口付けて離れ、一番最初に盛り土を握って遺体の上へ放る。

埋まっていくビルギットを見ながら私は両手を握り締めた。

「ビルギット、よくお休みなさい」

私は小さな墓にしおれた青いアドニスを添えた。


 祭壇に戻った私はビルギットのために祈った。祭壇の炎から小さな蝶が二つヒラヒラと舞い上がり、神殿の天井に吸い込まれていくのを見届けた。

「……ユイア」

「ユイです」

「何だと?」

「ユイです。私の名前。少し思い出しました」

「……他に思い出したことは?」

「いくつか」

「……聞こう」

「では、ほかの部屋で」




 勇者リベリオに祭壇を任せた私と灰は以前私が運び込まれた三階の寝室へ向かった。ベッドに並んで腰掛けると、灰は私に手を差し出した。

精神的に疲れてクタクタなのは日常茶飯事だった。それでも何とかなったのはこうやって、灰が支えてくれるからだ。

灰の手を取って彼に体を預けた私は勇者の背に腕を回した。

「私は異世界から来る前、学生でした」

「学生……勉強していたのか」

「はい。私の国では平民も一律いちりつに学びが得られるんです」

「そうか。それで?」

「私自身は、ユイは男性とお付き合いがありませんでした。生娘きむすめですね。聖女の条件に当てはまる若い女です。でも多分、容姿がこの世界の聖女に相応しくなかったんだと思います」

灰から体を離した私は自分の両手を見た。

細長く白い指。爪は丸くて長く艶やかだ。

ユイの手は丸っこくてぷっくりしてて、赤ん坊みたいだった。

可愛い手だねって褒めてくれた友達もいるけど、私は自分の手が好きじゃなかった。

「何か、神さまって言えばいいんでしょうか? その人はこの世界で死んでいて、聖女らしい見た目の女性から姿を引き抜くと私のものにした。多分ですよ。感覚的な理解なので。それがビルギットのお母さん、アニエスさんだったんだと思います」

「では……」

「私は異世界のユイと言う娘と、この世界のアニエスと言う婦人を組み合わせて作られた聖女なんです。恐らく」

ちょっと不細工なフィギュアだからパーツ交換をして見目を良くしよう、みたいな。そんな感じだったのかもしれない。

人形のように美しいのも納得だ。神の手が入った作り物なんだから。

私は自然と両手を握り締めていた。祈るように。

「ビルギット、ビリーに対する母の愛は本物でした。私はアニエスでもあるんです。ユイだけでなく、生娘きむすめだけではなく一人の母親なんです」

「それは、確かか?」

「はい」

私は胸の前で両手を握り締めている。

「ビリー、私の子……。アニエスが抱く前に母親から引き離された可哀想な闇の子。ビリーは生まれた時から闇の力が強すぎたんです。それは才能でもあったけど、結晶の国出身のアニエスにとっては毒だった。腕に抱くことすら許されなかった。二人はガラス越しに会うしか出来なくて、毎日アニエスは泣いて過ごしたんです。ビリー……。アニエスは産褥さんじょくが良くなくそのまま亡くなりました。まだ十六、七でした。ユイと同じくらいの年頃で」

私は灰のかたわらでうつむいていた。

私は私だと思っていたけど元になった夫人はほかの男性と寄り添っていた。いま彼に触れていいのか分からない。

「アニエスの体そのものじゃありません。それは分かります。でも、アニエスが経験したことも私の中にある……それって生娘きむすめなんでしょうか? 私は何なんでしょうか?」

「……お前はお前だ」

「そうですかね」

「違うと?」

「わかりません」

「……では言い方を変える」

灰は私の手首を掴むとベッドに押し倒した。

「その体にほかの男の記憶があるのか?」

思わず息を飲んだ。灰は静かに、重く、うなるように怒っていた。

「わ、私にあるのはビルギットのお母さんと言う部分で……」

「抱かれたのか?」

灰はかぶとを脱いで投げ捨てた。ガチャンと金属がぶつかる音がして……。

 灰の顔を初めて見た。見慣れたけど相変わらず不思議な夜空と夕焼けが混ざった瞳。顔立ちは運動部の男子みたいで正直なところストライク。短髪は元々茶髪だったところに炎がくすぶり赤みを強めていた。火の化身。そんな単語が思い浮かぶ。

「ゆ……」

ヴェールを乱暴に取られた。灰は私の両手首をきつく握りしめて、首に噛み付いてきた。

「ひうっ……!」

抵抗するものの灰は私の首筋を何度も噛む。

「い、痛い……! やだ……!」

灰は私のドレスを脱がしていった。

「ま、待って……あっ!」

鎖骨もうなじも噛まれた。噛んだところを舐められて、痛いのと気持ちいいので私の頭は混乱した。

「ひ、あう……」

灰の指が私の体をう。ゆっくり、激しく。高熱で溶かされていくみたいに私の頭はグチャグチャになった。体はドロドロになって、強い快感から逃れたかった。

「あ、ん……」

本番じゃない。前戯だと言うことくらいわかる。でも何もかも初めての私は抵抗すらままならず灰の手にもてあそばれた。

「ゆ……しゃ、さま……」

「ロンだ」

「ふぇ?」

「ロン」

(ロン……ロナルド……?)

灰とロナルドが似ていた理由がやっとわかった。ロナルドは灰が変装していた姿だし、灰の名前はロナルドだった。

「ロナルド……さま?」

「そうだ」

ロナルドは仰向けに転がした私の唇を吸って来た。深く、ゆっくり。人より遥かに高い熱を持った舌が私の口の中に入ってきた。

「ん……」

あとはほとんど覚えていない。猛獣かと思うような彼の手付きは優しいものに変わり、私の頭が真っ白になって何も考えられなくなるまで行為は続いた。

「お前は俺のものだ。髪の毛一筋たりともほかの男にはやらん」




 どこから持って来たんだと言う猫足バスタブで湯浴みをし、いつ用意したんだと言う新品の黒いドレスに着替えさせられ、聖女ユイアは元通りになった。見た目は。

灰の勇者ことロナルドは人から見えない位置で、私が確認出来る場所にキスマークをいっぱい残していった。恥ずかしくてたまらない。

(お風呂といい着替えといいアフターケアが完璧すぎる……絶対この人奥さんいたでしょ。奥さんじゃないにしても女性はいたはず……)

私の男性歴は嫌うなのに自分はいいのか? と聞きたいのを我慢して聖女の仕事に戻った。ロナルドは何もなかったようにしれっと祭壇横に立った。


 この件で発覚したのはロンは頭に血が上りやすいのではなく嫉妬深いと言うこと。

濡れたハンカチを預かったのは私がエレオノーラの涙をぬぐったからだし、勇者同士ですらお互いの聖女に触ることに慎重なのに、勇者をかたって私に触ろうとしたガブリエルはもってのほかだし。

私に勝手に触れた塩の国の王子は何回殺しても気が済まなかっただろうし、王子が触れたところなんて見るに耐えられないからハンカチでぬぐったんだ。

“手の甲にキス出来ないのが残念”もあの時本当にそうしたかったから。

その他細かいところも諸々もろもろ、考えてみれば全部納得がいく。納得はいくけど、それって……。

(私のこと好きすぎない……?)

聖女と勇者がどうこうじゃない。

ロンはユイの魂を持ったアニエスの似姿のが好きで、自分はお前の勇者だからと何度も言い聞かせたのも“俺はお前のものだし、お前は俺のものだろう?”と言いたかったからだ。

(顔から火が出そう……。よくもこんな恥ずかしいことを……)

私はユイなのかアニエスなのかと言う悩みは見事に吹っ飛んだ。灰のおかげ、ロナルドのせいで。




 それから私はしばらく不死人たちから猛烈もうれつに視線を浴びた。あとから聞けば私の体から花のような香りが立ち上っていたそうで、それが男たちには恐ろしいくらい魅力的だった。それで私が灰の勇者相手にギクシャクしていたので、何かあったんだなと勘付かれていたらしい。ほんと、穴があったら入って埋まってそのまま出たくなかった。


 あとロンの“お仕置き”はその後も何回かあった。

「あっ、あっ、やだ……」

私が許しを乞うても身をよじって逃げたがっても彼は私を抱きすくめて離さず、快楽の海におぼれる様子をずっと見ていた。

 何日かそう言う日が続いて、この件についてはロンに抵抗する気も失せた。勝手にしてくれと思いつつ、気持ちがいいと分かって欲しがるようにもなってしまった。

「お前は誰のものだ?」

「ロ、ナルドさま……の」

「そうだ。忘れるな」

 私の体がロンの口と手を覚える頃、やっと彼から解放された。少なくとも彼が無理に抱く日はなくなった。欲しい時は言え、と不機嫌そうに言いつつ頭を撫でるロナルドの手は優しかった。


 ビルギットが死んでから色んなことが起きすぎた。寡黙かもくで私に一切興味がないと思っていた騎士が、実は口下手で私が好きすぎて独占欲が強すぎる男だと発覚して髪の毛一筋から爪の先まで印を付けられ、周りもそれとなく気付いて生温かい目で見ていたと気付いた時の恥ずかしさと言ったら!




 やっとロナルドの気が済んで落ち着いたある日、私は避けていたビルギットのお墓の前にやって来た。どこで受粉したのか、種を持っていたのか。しおれた青いアドニスは次の芽を吹かせて朽ちていた。

(ただ死んで終わりじゃないのね)

ビルギットのお墓はやがて青いアドニスが咲き誇る、神殿屈指の花畑になるのだがそれはまだ先の話。

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