第6話-2

「イ゛、ヤ゛、で、す!」

 何が嫌かって、こんな状況なのに灰が遠出をすると言うのだ。

(何で!? 私の気持ち理解してくれたんじゃないの!?)

「ユイア」

「イヤです!」

私は出掛ける準備を進める灰にしがみついて離れなかった。邪魔をしていると言っても過言ではない。

「酷い酷い信じらんない。こんな時に置いていくなんて……」

「ユイア」

「う゛う゛ぅ〜」

灰は溜め息をつくと私を抱擁する。

「お前が想像する嫌な状況にはならん」

「そんなの分からないじゃないですか……」

「大丈夫だから。祭壇にはリベリオ殿が残る」

「う?」

「俺はイレネーと共にガブリエルとハルトを連れて行く」

「……それを先に言ってください」

(絶対一言足りないのよこの人)

私は灰を目一杯抱き締めてから体を離した。

「早めにお帰りください」

「わかった」


 人前で駄々をこねて格好悪かった聖女ユイアでしたが、灰の勇者がハルトを強制的に、イレネーがガブリエルを挑発して遠出に誘って神殿を後にしてからはしれっとしていました。

(ええ、ええ、分かってます。聖女は人前で駄々をこねません!)

朗読を語り聞かせる相手もいない私は両膝をついて祭壇にひたすらお祈りを捧げた。

(灰の怪我が少なく済みますように。体が軽く動きやすくなりますように。あとそれから……)

「熱心ですね」

いつの間にか魔法使いシリルがそばに座っていた。一瞬驚いたものの、私はまた祭壇に向き直った。

「今回は灰のお方が遠出をなさるので……」

「さっきも酷く取り乱しておられた」

「心配事がいくつかあったので……」

「心配事とは?」

「三の国の方が、その、遠慮のない方で……」

「ふむ」

「……今日は灰のお方にそばにいて欲しかったのです」

「だが彼は遠出をしたと」

「はい。ですが、三の国の方を連れて行かれましたので……懸念けねんはひとまず消えました」

「なるほど」

祭壇をぼうっと見上げて、私は再び両手を固く握りしめた。

「私はここで祈ることしか出来ません」

「例えそれが真実でも、決してそんなことはないと言いましょう」

「いいえ、同情はいりません。祈るだけが私の存在意義なのです」

聖女なんて言ったって、本当の不死と言われたって力のない若い女には変わりない。私たちはよみがえるだけ。簡単に男に殺される。

「灰のお方は当たり前の奇跡が使えず泣きわめくだけの女に呆れず、いえ、呆れてもここまで見捨てずに来てくださいました。私が返せるものなどほんの一握りなのです。だから祈ります。祈って、それが勇者さまのかてになるなら何日でもここにいます」

灰の立場になって物を考えるべきだった。自分が不遇ふぐうなのを嘆いて被害者面するのは簡単だ。灰は遠回しにでも私のためを思って厳しくしてくれていたのに、そこまで考えが回らなかった。

魔法使いシリルは私を静かに見つめていて、ぼそっとつぶやいた。

「一途だな」

「はい?」

「いや」

シリルはお尻を払って立ち上がった。

「ならば、しばらくの間あなたの護衛は私がします。使命としてはオルタンスが優先ですが」

「あ、ありがとうございます……」

「何、魔法使いの気まぐれですよ」




 神殿にいた不死人曰く、灰がいない間の私はぼうっとしていて普段以上にはかなく見えたそうだ。

はかない美人に思われていたのがそもそも意外なんだけど)

不死人たちは祭壇で熱心に祈りと歌を捧げて、時々散歩に出てはぼうっとしている私にヤキモキしたらしく、事あるごとに構ってくれた。

野花をくれた人もいたし、出所はともかく宝石を贈ろうとした人もいた。嬉しかったけどほとんどは気持ちだけもらって品は返し、勇者の帰りを待った。




 気持ち的には一ヶ月、実際は二週間程度の旅を終え勇者たちは戻って来た。

「お、お帰りなさい……!」

私は抱きつきたいのを我慢して灰に駆け寄った。ボロボロではあったけど、灰は自分で歩いて帰って来た。イレネーは相変わらずケロッとしていたし、ガブリエルはしれっとしているもののそれなりにボロボロ。ハルトは見た目は綺麗だけどぐったりしていた。

何があったのか、道中怪我はどうだったのか聞こうとした私に、灰は青い花を差し出した。

この世界ではアドニスと呼ばれるアネモネの花。持ってくるまでにクタクタになってしまったくきを見て、私の涙は決壊した。

 公衆の面前で泣きついて離れない私を、灰は抱き上げて三階の寝室に連れて行ってくれた。灰は私の気持ちが落ち着くまで抱擁して待ってくれて、目元がれても嫌な顔をしなかった。


 私が不死人たちの前で号泣するのを見て、灰に連れ回される間に色々経験したハルトさんは、私が再び姿を表すとお詫びの印に野花を差し出して来た。

「相手が生身の人間だと思ってなくて、かなり失礼なことしました。すみません」

ハルトさんの謝罪を受け入れた私の髪には、ヴェールの下、灰が取って来た青いアドニスが花弁を開いている。

「第一印象は最悪だったと思うんですけど、俺あなたに振り向いてもらえるように頑張りますね」

(……何ですって?)

この言葉がかんさわったのか灰は私たちの間に割って入った。

「我が聖女に触れたら殺す」

「あ、お手柔らかに。でも諦めません。すげー美人なんで」

灰の向こう側からハルトさんはニパッと人懐ひとなつこい笑顔を見せた。

「よろしくお願いします、ユイアさん」




「穴があったら入りたいです……」

「まあ、何故ですか?」

 今日も聖女四人で集まって、歌の練習。二階のベランダはすっかり聖女たちの集合場所になっていた。

「だって、聖女は不死人を導く存在ですし、その聖女が大号泣をしてしまうのは示しが……」

「そんなことはありません。ユイア様が灰の勇者さまを心から心配なさっていたと皆さまに伝わりましたし、何よりユイア様が心優しい方だと皆さま改めて思ったでしょう。ねえ?」

「はい。私もつられて泣きそうになる程でした。さぞご心配なされたのだと」

「わ、私もユイア様が……その、心配でした」

(この聖女たち本当に聖女ね!!)

そしてやっぱり恥ずかしい。

「ありがとうございます……。ですが灰の方にすきは作るなと重々言いつけられておりますし、以後気をつけます……」

「心掛けはとてもよいことですが、わたくしたちも人です。気を付けていても感情がたかぶる時はございますから、どうか気に負わず」

「フェリ様……!」

(聖女……! あなたは最高の聖女よ!)


「ユイアさん! 違った、様!」

 祭壇に戻ると三の国のハルトさんは色とりどりの薔薇ばらの花束を持って現れた。灰は何故か偶々たまたまいない。こう言う時こそいて欲しいのに……。

「あの、困ります……」

薔薇ばらはダメっすか!?」

「花そのものは駄目ではありませんが……その、聖女と言うのは男性と親密になってはいけないのです」

「恋愛禁止ってことっすか?」

「はい」

「ええぇ〜窮屈きゅうくつぅ〜」

この辺りで灰は戻って来ていたが、何故か私たちに近寄らず物陰でひっそりと会話を聞く。

「何で恋愛禁止なんすか?」

「さ、さあ?」

「え? 理由も知らないのに従ってるんすか?」

「灰の方は何でもかんでも駄目と言う訳ではないのです。理由が必ずあるはずなので」

「でも勇者には教えてもらってないんですよね?」

「え、ええ。まあ」

「それ不誠実じゃないっすか?」

(いや、まあそうなんだけど……)

「……その」

「なんか、大事にされてないですよねそれ? 俺が言える立場じゃないかもですけど?」

「え、ええと……」

「いやー聞きましょうよ? ちなみに俺、この世界と似たお話? 知ってるんですけどそれだと別に恋愛禁止事項なかったような?」

(砕けて喋るとチャラッチャラなのねハルトさん……)

「……とにかく個人的な頂き物は受け取れません。申し訳ないのですが」

「えー、そう言わず。ルールなんて破るためにあるんすよ」

(アンタそっちの人種か……)


 どうこうかなと思っていたら灰が音もなくハルトさんの後ろに立っていた。音消しの魔法か、指輪でも使ったのだろう。

「聖女が他者に不用意に触れてはならんのは」

「どわぁ!?」

ハルトさんは背後にキュウリを置かれた猫のごとく跳び上がった。

「いたんすか!!」

「……聖女が万人に奇跡を与える存在だからだ」

ある意味当たり前のことを言われて私とハルトさんは首を傾げる。

「つまり、聖女は他者に触れると自然と力を与えてしまう。そして、聖女が他者に与える奇跡の力には限りがある」

「えっ!? この力有限なんですか!?」

灰はコクリと頷いた。

(それ真っ先に聞きたかった事実なのに!)

「おいそれ初耳!!」

「故に、不用意に触れてはならん。特に恋人とのやり取りは回数が多い。奇跡などあっという間に枯れてしまう」

「か、枯れるんですか? この力……」

「枯れたらどうなんだよ!?」

灰は黙ってしまった。言うか言うまいか悩んだのだろう。

「おい! 言えよ! ユイアさんは知らないんだろ!?」

「……奇跡が枯れた聖女はその場で果てる」

ハルトさんと私は言葉を失った。

「……今なんて」

「不死人が完全な不死ではないように、聖女が受ける神の加護にも限りがある。枯れれば果てる。んだ花が枯れるように」

「お前……!」

ハルトさんは灰に掴みかかった。

「それを一番最初に教えてやれよ!!」

「絶望したらその場で死にそうな女に言えと?」

灰はハルトさんを押し退けると私を背中に隠した。

「今はまともに話すし気力も湧いているが、以前のユイアはうつろで誰に対しても仕込まれた答えを返すような状態だった。そんな女に力が枯れたら死ぬぞと教えられるか?」

灰は私が毎晩すすり泣くだけの日々を覚えていた。

口下手な彼は私が心をすり減らしても上手く声をかけられず、ならば力が尽きて果てるより防衛手段を教える方が先だと思ったのだろう。

灰は振り向いて私と視線を交えた。

「勇者と聖女は契約関係にあるから触れても力を浪費することはない。聖女同士もお互いに奇跡をかけ合うことはない。ただの不死に配ればその分は減ると言う話だ」

「……聖女も死ぬんですね」

「そうだ。そして勇者が世界樹へ辿り着き、目的を果たしたら聖女も果てる。世界へ力を返還し終わりを迎える」

「えっ!」

「……聖女と勇者は運命共同体」

「そうだ」

(なるほど、相手を変えるなんて最初から出来ないんだ……)

選択肢なんて最初からなかった。

元の世界から離れた私はこの世界でも終わりを迎えると決まっていた。

私は灰の胸にそっと手を添えて頭を預けた。

灰は片腕で私の肩を抱く。

「勇者にも聖女を選ぶ権利はありませんよね」

「ない」

「組み合わせが悪い場合どうなるんでしょうね」

「不思議とその手の話は伝承にはない」

「ああ、そうですか」

私たちに決定権はない。拒否権もない。

聖女も勇者も世界の外側にある大きな力に運命を決められて振り回されるだけ。

灰から体を離した私は酷い話を聞いたはずなのにスッキリしていた。納得出来なかった何かがストンと腑に落ちた。

「清々しいくらい逃げ場がありませんね私は」

「……そうだな」

貴方あなたは一言足りなくて一言余計ですが、最近はこまめに交流してくれますしいい人だと思っています」

「そ、そうか」

「はい。貴方あなたが私の勇者でよかったです」

「……その言葉を……いや」

灰は拳を固く握り締めた。息を一つすると灰は私を真っ直ぐ見る。

「俺もお前でよかったと思っている」

灰は素直な気持ちを言った。私の心は晴れ晴れと青空のように広がった。絆を確かめ合った私たちの横で、一人納得いかない者がいた。

「何もよくない」

ハルトさんは拳を固く握り締め震えていた。

「クソみてえなシステムに縛られて何がいいって?」

「……ハルトさん?」

「世界なんて完璧じゃねえ。ゲームだってな! あらがあるんだどこかにな!」

ハルトさんは声を荒げて灰の胸ぐらを掴んだ。

「いい子ぶってシステムに魂売り飛ばして終わりか!? アァ!?」

「お前には関係ない話だ」

「あるね! 惚れた弱みだ!」

(それちょっと表現が違うような……)

ハルトさんは乱暴に灰を放すと荷物を抱えて私たちに背を向けた。

「俺はバグ穴探して遊ぶタイプなんだ。神様の言う通りにクリアしてたまるかよ」


 ハルトさんが苛立ったまま祭壇の間から離れようとした時だ。何か大きな、おぞましい力が神殿に入ってきて不死人たちはゾッとする。

「ふ、ふ、ふ……」

裸足でペタリペタリと歩いて来たのはビルギットだった。彼女は泥にまみれた貴婦人のドレスを手にうつろな目で私を見ている。

「お母さま……やっぱりお母さまだった……」

ハルトさんと灰は剣を抜いて私をかばい前に出る。

「お、おいコイツ誰!?」

「魔女だ」

「ま? ……えっと」

「闇術使いだ!」

ビルギットの周囲には黒い力があふれていた。うつろな少女は若草色の美しいドレスを差し出しながら歩いてくる。

「棺にご遺体がなかった……やっぱりお母さまは尊い方だから聖女になったんだわ……。お母さま……私のお母さま……」

ドレスをバサリと落としたビルギットは私に向かって手を伸ばす。

「お母さま……私に子守唄を歌ってくれた……うふふ、うふふ……お母さま……あなたの娘です。ビルギットですお母さま……」

ハルトさんと灰は剣を固く握り今にも振りかぶらんとしていた。私は、二人をそっと押し退けて前へ出た。

「ユイ……ッ!」

「ビリー」

やっぱりこの姿は私の物じゃない。

私自身の記憶ではない、説明のつかない感情があふれる。

目の前のビルギットが愛おしい。この腕に抱いて撫でてあげたい。

私は両手を広げてビルギットに差し出した。

「私の可愛い子」

「お母さま……!」

ビルギットが私に触れる寸前、灰は私を引き寄せて腕に抱くと後ろへ倒れた。ハルトさんは剣を振りかぶり、しかし柱の影から飛び出した小さな女性がビルギットをかばって倒れた。ビルギットをかばったのは不死の赤子エレオノーラだった。

「だめ……!」

ハルトさんはすんでのところで剣を止めた。

「離して!!」

ビルギットは激昂げきこうしてエレオノーラの首を絞めておおかぶさった。

「私のお母さまよ!! 邪魔しないで!!」

「うっ……!」

「ビリー駄目よ!!」

駆け寄ろうとした私を灰は抱きすくめてその体で視界をおおった。

ザクッ、と嫌な音がした。

(やめて……やめて……!)

ビルギットを貫いたのはガブリエルだった。ガブリエルはビルギットから剣を引き抜くともう一度振り、首を飛ばした。

「やだ……」

「ユイア! お前は聖女だ! あの女の母ではない!」

「やだ……ビリー、私のビリー……!!」

灰を突き飛ばした私はビルギットの無残な死体を目にした。ビルギットは生首で、駆け寄る私を見ると口元をだらりとゆるめた。

「おかあ、さま……大好……」

ガブリエルは自身が奇跡使いだった。

その正体をバラしてでも、エレオノーラを助けたのだった。

聖なる力で浄化された忌み子のビルギットは蘇ることなく果てた。

「ビリー……!」

私が触れた時には闇の強い力は消え失せていた。私は、ビルギットの頭を抱きしめて慟哭どうこくした。


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